高校生神王の出陣
浮遊感が体を包む。次の瞬間、三六〇度、至る方向から、力に引っ張られる。自分の体がウネウネと、変質していく。散り散りになり――そして、カチリという閃光とともに、視界が開ける。
天界についたのだ。地上よりも少しまぶしげな太陽の光に目を細めながら、真希凪はいう。
「よし、次は《披露の儀》の場所に行くぞ、飛龍の手配は?」
「すでに!」
先に転送されていたエミステラが叫ぶ。
「行き先は、アルミノの丘です!」
「わかった、時間は、どれくらいかかる?」
「飛龍だと、一五分は掛かるでしょう。……こんなときに、天界獣がいれば」
と、臍を噛むエミステラに、真希凪は、
「いないものは仕方ねーだろ! あいにく未完成品なもんでな、心が通ってねーんだ!」
「……真希凪様、開き直りましたね」
「そりゃそうだ! そうでもなきゃ、やってらんねーよ! とにかく、急ぐぞ!」
真希凪は踵を返す。すると、その正面の窓の外に、黒い影が見えた。エミステラも気づいたようだ。指を差し、声をあげる。
「真希凪様、あれは!」
「わかってる!」
影は大きな翼をはためかせ、すさまじいスピードで接近してくる。天界獣だった。
あれは、まさか。
「……ライオウ?」
隻眼の天界獣、ライオウがいた。あの夜、恋子に連れ去られた以来の再会だった。そして、突然の訪問客は、ライオウだけではなかった。
「うわあ、本当にふたりともいたよ!」
「ユミルさん?」
ライオウの背からひょこりと顔をのぞかせる、ひとりの少女――ユミルだ。すこし日に焼けていたが、それでも、好奇心にあふれた瞳は、なお健在だった。
「すごい、ライオウ、なんでわかったの?」
ユミルの問い掛けに、ライオウはなにやら満足げに喉を鳴らす。真希凪を射抜くように見つめると、ライオウはひざまづくかのように頭を垂れ、翼を広げた。まるで、背中に乗れと、いっているかのように。
「……おまえ、どうして」
「質問はあと、乗って、真希凪!」
「ああ! ……いや、でも、エミステラは」
「わたくしはあとから飛龍で追いますので、先にいってください!」
そんなエミステラの言葉を制するかのように、ライオウは喉を鳴らし、翼をひとふりした。
「……わたくしも、乗れ、と?」
ライオウはうなずく。
「行くぞ、エミステラ!」
「……わかりました!」
ふたりが背に乗ると、ライオウは銃弾のように飛び出した。天界城をまたたくまに置き去りにするほどのスピード。これなら、一〇分以内でアルミノの丘に到着することができるだろう。
「ひゃわっ」
「大丈夫か、エミステラ。ここ、つかまれよ」
「……ありがとうございます」
常に突風が吹いているかのような状態だ。ふたりは肩を寄せ合い、身を低くする。ライオウの柔らかな体毛が、懐かしく、心地よかった。
突風に目を細めつつ、真希凪はユミルに尋ねる。
「それで……これはいったい、どういうことだ? つーかユミル、なんでおまえが」
「むしろ、わたしのほうがききたいことがたくさんあるんだけど……。なんで《披露の儀》に、真希凪じゃなくて、恋子が来てるの? しかも、天界獣を複数引き連れて」
やっぱりか。
真希凪はエミステラと顔を見合わせる。どうやら、予想通り、恋子は《披露の儀》に現れわれたようだ――クーデターのために。神王となるために。
「悪いな、ユミル。まず先に、俺たちの質問に答えてくれるか? ……《披露の儀》は、どんな状態だ?」
「それはもう、大混乱。だってそうだよね、予定とはちがうひとがきて、しかも天界獣を複数連れてきて。さらに恋子、なんていったと思う? 『ご所望なら、天界中の天界獣を全頭、連れてきましょうか?』って」
天界中の天界獣を、全頭。
こういうのを、笑えない冗談というのだろうか。恋子なら、それも可能なのだろう。
「なるほど……それで?」
「いま、審議中。前例のないことだからね。けど、たぶん、《披露の儀》は行われると思う。……ううん、もしかしたらもう、行われているかもしれない。恋子を見ればその資格があることはわかるし、それになにより、真希凪がいないんだもの。どういうことよ、もう!」
「だから、悪いって」
真希凪は苦笑する。そういえば、ここ最近、笑っていなかったことに気づく。肩に入っていた力がふと抜けたようだ。
「状況はわかりました。ですがなぜ、ユミルさんは――そして、ライオウはここにいるのですか?」
「……それは、説明が難しいんだけど」
言葉を濁すユミル。
「わたしも、ライオウも、アルミノにいたの。わたしは、天界獣が暴れたりしたときのためで、ライオウはもちろん、恋子が連れてきたの」
でも、と、ユミルは口ごもる。
「ライオウが、ふと……恋子さんの近くから離れたの。わたし、どうしようかと思って。恋子さんに訊いたけど、特に気にしてないみたいで。でも、ライオウを放すわけにもいかないでしょう? だからわたしがついてきて、そしたら……」
「天界城に、ついたと」
「うん」
ユミルはうなずく。真剣な表情だったが、すぐに相好をくずし、にへらと笑う。
「でもまさか、ふたりがいるなんて」
「……まったくだ」




