高校生神王の傷心(2)
「いや、そうはいっておりません。もちろん可能性のひとつとしてはあるでしょうが、全知――すなわち《神のみぞ知る》は、初代神王様の神意であり、恋子さんの神意ではないですから」
「じゃあ、なんで恋子は、そんなことを……」
「わかりません」
エミステラは告げる。
「しかし、わからないからこそ、知りたいとは思いませんか?」
真希凪の頬がピクリと反応する。しかし、その答えは、かわらなかった。
「……《披露の儀》には行かねえ。だって、あいつのほうが神王として適切だってことは、エミステラにもわかってるだろう?」
「一〇〇歩譲って、そうだとしましょう。……ですが、だからといって、恋子さんの本当の気持ちを知らなくていいことには、繋がらないのではないのですか?」
「…………」
たしかにそうだ。
初代神王の言葉を借りるのならば、恋子こそが「完成品」だ。そして真希凪は、「未完成品」。そこに疑いはない。
しかしなぜ、完成品がしかるべき場所におさまらず、未完成品がとってかわるようなことが、起こってしまったのだろうか?
「行きましょう、真希凪様。いまからでも、間に合います」
「……嘘つけ。《披露の儀》は、一〇時からだっていってたろ」
部屋の壁に掛けられた時計は、九時五〇分を示していた。
「いまから天界に転送して、さらに《披露の儀》の場に移動するだけでも、一〇分は掛かる。……第一、披露するライオウ――天界獣だって、いないじゃねーか」
「それは、わかっています」
エミステラは凛とした声を響かせ、いう。
「わたくしが間に合うといっているのは、恋子さんの本音を知ることです」
「――っ」
「真希凪様」
エミステラの目に、言葉に、力が入る。気圧される。そしていよいよ、こらえきれなくなった想いが、堰をきったようにあふれでる。
「……だから、さっきからいってるだろ! あいつの――恋子の本音は、もうわかっているって! おまえもわかってるだろ!?」
しかし、エミステラは、ひたすらに、冷静で。
「……本当にそう思っているのですか?」
「……どういうことだよ」
「真希凪様もわかっているはずでしょう――本当に恋子さんがクーデターを企てているのなら、あの夜、真希凪様の目のまえに現れる必要はなかったということに」
「それは」
それは、真希凪も気になっていたことだ。
気になってはいたものの、目を逸らしていたことだ。
エミステラのいうとおりだ。本当ならば、《披露の儀》に突然、現れてみせればいいのだ。天界獣を二頭、引き連れて。さらにその場で真希凪からライオウを奪えば、いうことはないはず。民衆たちはみな、恋子が真の神王だと納得するだろう。
だが、恋子は、そのまえに、真希凪のまえに姿を現した。
「……おおかた、俺の心を折ろうと思ったんだろう。事実、バッキバキだ」
「それは、なんのためにだと、お考えで?」
真希凪は言いよどむ。思いつかなかったからではない。
「たしかに、真希凪様の心は粉砕され、強風で吹き飛ばされ、もはや見る影もありません。しかし、それは《披露の儀》でも同じこと――いえ、むしろ、さらに大ダメージでしょう。《披露の儀》で同じことをしたほうが、民衆は納得するでしょうに」
エミステラは続ける。真希凪がすでに考えたことを。
「そういう意味では、恋子さんは、真希凪様がどうせダメージを負うのなら、それを必要最低限に済ませた、というふうに考えることはできないでしょうか?」
「……それをいうなら、あいつが俺にとってかわらなければよかっただろう」
「ですがあのときすでに、真希凪様は知っていましたよね――恋子さんこそが、真の神王となるべき方だと。そして、恋子さんにかわってもらうつもりだと、口にしていたではありませんか」
「……それは」
真希凪は言葉につまる。非の打ちようのないどころか、それはすでに、真希凪自身も、考え、悩んでいたことだからだ。
恋子はどうして、あの夜、自分のまえに姿を現したのか。
「……あいつにも、それくらいの情はあったってことだろう」
「しかし、恋子さんはまるで、非情に、無情に、同情の余地もないかのように、振る舞った」
そうだ。あのときの恋子は、冷血で、冷徹で、怜悧だった。
「……おかしいとは思いませんか? 恋子さんが神王になったところで、問題はないはずです。おふたりは、あの一〇〇日ゲームをともに勝ち抜いた、仲間なのでしょう?」
「……仲間」
「話せばわかるはずのことです。たしかに、残念なことではあると思います。しかし、だからといって、それくらいのことで、おふたりの関係は途切れてしまうものではないはずです!」
必死の叫びだった。それは、真希凪の心の琴線に触れ、かすかに震わせた。
「……つまり、エミステラ。おまえがいいたいことは」
恋子は、話さない――もしくは話せない、理由があった?
「はい、おそらく」
と、エミステラは首肯する。
「…………」
どれくらいの時間が経っただろう。
おそらく、そう長い時間ではないはずだ。沈黙が部屋を満たし、そして、また部屋の隙間から、ゆっくりと抜けていき、抜けきるまでの、そんな時間。
ふと、真希凪はつぶやいた。
「エミステラ」
「はい」
「……俺を殴れ」
「……はい」
次の瞬間、真希凪の頬にエミステラの渾身の鉄拳が叩き込まれる。
静寂に満ちていた部屋が一転、騒々しい音が響く。壁に打たれた腰をさすりつつ、真希凪は立ちあがる。口を斜めにして、いう。
「……遠慮がねえな」
「これでもしたつもりですが」
エミステラはニコリともせずにいう。どうやら、本気で怒っていたようだ。
「悪い、エミステラ――前言撤回だ」
「真希凪様」
「俺、逃げてたよ。知ることから、逃げてた。初代神王から結果だけを知らされて、知るっていうことを避けていたんだ」
そして、真希凪はいう。
「《披露の儀》に行くぞ。俺はまだ、知らなければならないことが、あるみたいだ」




