高校生神王の傷心
『真希凪様! なにをしているのですか、《披露の儀》がもうはじまります、早く、天界にお越しください!』
天界ネットワークを通じた向こう側で、エミステラは鼻息を荒くして、まくしたてた。
あの夜から数日。真希凪は、何事にも身が入らないまま、《披露の儀》が行われる今日をむかえていた。
『いいですか、真希凪様。《披露の儀》とは、その名のとおり、《選定の儀》で選んだ天界獣を披露するための場であり、そこで選ばれた天界獣の質が、新しい神王様の質を示すとされている、重要なものなのです』
そして、と、エミステラは続ける。
『恋子さんが本当に神王の座を奪おうとしているのなら、狙うのはそこしかありません』
恋子――その名前がでると、真希凪の心は、執拗に締めつけられるようだった。恋子とはここ数日、言葉をかわしていない。しかし、その気持ちなどなんでもないかのように、真希凪はうなずく。
「ふうん」
『……なんですか、その反応は』
「むしろ、エミステラのほうがどうしたんだ、って感じだよ。……いっただろ、俺は神王をやめるって。だから、べつに、俺に敬語を使う必要はないぞ」
『……そういうわけにはいきません』
愁眉をひそめるエミステラ。
『だいたい、神王をやめるといって、そう簡単にやめられるわけではないでしょう。お聞きしますが、どうやってやめるつもりですか?』
「そんなの、わからねえよ。……俺は、未完成品だからな」
『…………』
「でも、あいつが、うまいことやるだろ。俺がやめるんじゃなくて、あいつがやめさせてくれるはずさ。それこそ、《披露の儀》とやらでな。……そうだ」
真希凪は思いついた考えを口にする。
「《披露の儀》ってのは、天界獣を見せて、それで力を誇示するわけだろ? なら、申し分ないじゃないか――だって、あいつは、三頭の天界獣を、従えてるんだから。どうだ、これならできるだろう?」
『……それは』
エミステラは言葉を探すも、あとには続かない。
そしてそれは、真希凪としても、同じだった。
「……だれだって、あれを見せられたら――あれを見せつけられたら、引き下がるしかないだろ」
そうだ。
真希凪があれほど苦労した天界獣の選定を、恋子はあっさりと、やってのけてしまったのだ。イッカクとイビツの二頭と、さらに、すでに真希凪が従えていたライオウをも。
それはすなわち、恋子の器が真希凪の器を上回っているということであり、恋子が完成品であるということにほかならない。
「だからエミステラ、おまえも、もう、あいつのところにいけよ」
『……いえ。わたくしは、真希凪様の、教育係ですから』
「……そうかい」
エミステラはやんわりと、しかし確固たる意思を添えて、拒絶する。真希凪は適当にあいづちを打つも、続くエミステラの言葉は、予想だにしていないもんどあった。
『ですから』
「?」
エミステラの瞳の奥が、メラリと燃えた。
『すっかり腑抜けた真希凪様を教育するのも、わたくしの役目です』
「――なっ」
言葉の終わりと同時に、光が弾け――次の瞬間。
「こんにちは――神王様」
目のまえに、実際の質量をともなった、エミステラがいた。驚きを隠せない真希凪の正面に、エミステラは口を斜めにしつつ、眼鏡をクイとあげる。
「え、エミステラ、おまえ、人間界に来ることができたのか?」
「あたりまえです。天界獣も、普通に来ることができていたではありませんか」
「だからって……ま、そうだけど。……で、なんのようだよ? いっておくけど、もう教育を受けるつもりはないぞ。だって俺は、神王じゃないんだからな」
「安心してください。わたくしだってなにも、真希凪様をボコボコに叩きのめして目覚めさせるつもりはありません。真希凪様がそれをお望みなら、そういたしますが」
「……誰が、そんなこと。つーか、安心もなにも、受けないっていってるだろ」
「真希凪様」
エミステラの体が、ぐいと近くによる。エミステラの体の熱を感じる。エミステラの心の熱を感じる。瞳に悲哀の色を浮かべ、言葉に悲痛の念を乗せ、エミステラはいう。
「真希凪様は、恋子さんが急にかわった――かわってしまった理由を、知りたくはないのですか?」
辛うじて、真希凪は答える。
「……それは、わかりきってるだろ」
恋子がかわってしまった理由。
そんなことは、考えるまでもない。自分ほうが真希凪よりも優れていると、気づいたからだ。きっと、選定の儀に苦労している真希凪を見ながら、恋子は、どうしてこんな簡単そうなことができないのだろうかと、疑問に思っていたからだ。
そして実際に確かめてみて――確信にかわった。
「なあ、エミステラ。これまでに、三頭もの天界獣を従えた神王ってのは、いたのかな?」
「……どうでしょうか。歴代の神王様はおそらく、一頭の天界獣のみを選んだそうですが。ですが、たんに数が多ければいいというものでもないと思います」
「それは、そうだろうけど」
事実、恋子はライオウにまたがった。それはすなわち、イッカクよりも、イビツよりも、ライオウのほうが優れているということだろうか。ならばなぜ、恋子はイッカクやイビツを従えたというのだ?
そして、恋子の去り際の、あの涙の意味は。
「なあ、エミステラ」
「……はい」
「エミステラにいったかは覚えてないんだけど、なんであいつじゃなくて、俺が神王になったかって、話したっけか」
エミステラがかぶりを振るのを見て、真希凪は話しはじめる。
「最終決戦のときもさ。あいつ、あのまま千代丸――最終決戦の相手なんだけど――に攻撃していれば勝ってたのに、わざわざ俺を助けて、それであいつ、やられちまったんだ」
「……は?」
「な? 笑っちまう――つーか、驚きだろ? だって、あそこで俺を助けても、俺が千代丸に勝てるのは確実じゃなかったんだぜ? 俺が勝てたから、よかったもののさ」
「…………」
「だからさ、俺が神王になるのも、あいつが神王になるのも、ほんの小さな差だったんだ。たぶんだけど、どっちもありえる話だった。……でも、その差は、めちゃくちゃ大きい違いだったみたいだな」
ふと、真希凪は気づいた。エミステラの表情が、かたく強張っていることに。
「……エミステラ?」
「真希凪様」
「なんだよ」
「真希凪様は、真希凪様がいま考えたことを、恋子さんが考えなかったと、思いますか?」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味です。あの聡明な、神王としての器を持つ恋子さんが、その不確定な未来に、すべてを委ねることが、あるでしょうか?」
エミステラのいいたいことは、つまり。
「……恋子は、わかってたっていうのか――俺が千代丸に勝つってことが」




