高校生神王の謁見(2)
ふと、眼前に階段の終わり――踊り場のような空間が見えた。
「ライオウ、あそこで降ろしてくれ」
と、指示をして、真希凪はそこに着地する。
改めて周囲を見渡せば、そこは三六〇度、暗黒だった。なにもないというよりも、黒がある。闇がある。ずっとだれかに見られているような感覚を、真希凪は覚えた。
『そんな虚空を見て、なにを探している?』
「……おまえは、どこにいる」
『偉大なる初代神王を、おまえ呼ばわりか。しかも、おまえのような未完成品が、だ』
「……未完成品?」
『ふふ、自分が未完成品であることにすら気づいていない、未完成品か。傑作だな』
「……てめえ」
「未完成品」という言葉の真意こそわからないものの、自分がバカにされているということだけはわかった。怒りを抑え、真希凪はいう。
「へっ、それこそ傑作だ、初代神王っていうからどんなやつかと思ったら、闇にまぎれて後継者についての文句を垂れるだけ。それが初代の仕事なのか?」
『おまえごときが後継者だと? 笑わせるな』
低い声。真希凪は雷で打たれたかのように、震える。しかし、そのことはおくびにも出さず、あえて軽薄そうに、言葉を続ける。
「俺だってべつにおまえを笑わせるつもりはないし、笑えないのは同感だ。後継者になっちまったんでな――あいにく、あんたがはじめた一〇〇日ゲームとやらで」
返答はなかった。
だがそれは、静寂ではない。沈黙だった。闇のカーテンの裏側で、初代神王が思索に走っている様子が見てとれた。そして、重々しい暗闇のトビラを開きようやく返された言葉は、予想だにしないものだった。
『後継者になってしまった……まったくだ』
「な……っ?」
『どうやらおまえは自身が神王になったことを不満に感じているようだが、それだけはわたしとしても――天界としても、同じ意見だ』
「……どういうことだ?」
『ふふ、気になるか? わたしの真意が――神王の神意が。ならば最初から、そういう態度をとっていればいいのだ。無知無能品の未完成の分際でわたしと駆け引きをしようなど、舐めた真似をしおって』
「くっ」
見えない相手と、真希凪は見えない火花を散らし合う。
そのとき、後方の暗闇のなかから、足音が近づいてくる――エミステラだ。
「真希凪様。……それにまさか、初代神王様も?」
『おお、エミステラよ。よくぞわたしの存在を察知した。優秀、優秀。完成した教育係であることよ。……どこかのだれかと、ちがくてな』
その言葉に含まれたわずかな棘だけで、エミステラは真希凪と初代神王とのあいだの諍いをも把握したようだ。ごくりと喉を鳴らすと、
「初代神王様。たしかにいまの真希凪様は、神王としての器には至っていないかもしれません。しかし必ず、わたくしが一人前の神王へと――」
『エミステラ』
「――っ」
たった一言だった。
しかしその一滴の雫は、黒き水面に落ちると、瞬く間に闇を払い、かわりに光で空間を満たした。
それだけではない。
「こ、ここは」
まぶたを開けると、真希凪の視界に飛び込んできたのは、先ほどの手狭な踊り場ではない、まるで謁見の間のように、ひらけた空間だった。
そして、謁見の間には――神王が、いる。
「エミステラよ」
声の主はもう一度、同じ言葉を発した。だが、いままでのように不思議なエコーが掛かったようなものではなく、直接、初代神王の口から真希凪の耳へと届く、肉声だった。
エミステラの表情が固まる。その視線は玉座に腰かける人物に、固定されていた。
いや、あれを人物と評していいのだろうか。真希凪は戸惑いを隠せなかった。もしあれが初代神王だと知らなかったら、真希凪は悪い冗談だと玉座から払いのけていたかもしれない。
「ふふ、無礼なやつめ」
そんな初代神王の言葉など、左から右だ。いや、それが人語を発したことで、真希凪の思考はさらに迷宮へと誘われる。
真希凪は見つめる。
ぽっかりと空いた、本来あるべきものがない、ふたつの穴を。
そう、初代神王の顔は、頭は――髑髏だったのだ。
「そんなことはまあいい――それよりも、エミステラよ」
「はい」
「おまえの役目はなんだ?」
「神王様の教育係です」
エミステラは即答する。しかし、その語尾はかすかに震えていた。
「そうだ、その通りだ。おまえは教育係だ。それも優秀な教育係。しかし――職人ではない」
「と、言いますと」
初代神王は鼻を鳴らす。髑髏があまりにも人間くさくそうした仕草をすることは、見ようによればコメディだった。
「おまえにその言葉の意味がわからないはないのに、わざわざそれをわたしに説明させるか。……ふふ、出来の悪い主人を持つと苦労するな? エミステラ」
真希凪を一瞥する初代神王。
「いいか、エミステラ。教育係とはその名の通り、教育をするものだ。すでにあるものを、すでにある才能を、伸ばすもの。それが教育係。――決して、いまだなきものを、創り出すものではない。ましてや未完成品を、完成品にすることでもない」
未完成品――その言葉が出たとき、今度はエミステラが、ちらりと真希凪を見た。
「おまえのやるべきことは、未完成品を伸ばすことだ。鍛え上げることだ。なるほど、そうすればその未完成品はより素晴らしい未完成品になることだろう、優秀なおまえの手にかかれば、なおさらだ。しかし悲しいかな、その未完成品はどこまでいっても未完成品なのだ。未完成品として完成していると、いってもいい」
だんだんと、真希凪は憤りを覚えてきた。
わざわざこんなところにまで連れてこられて、耳にするのは自分の悪口ばかり。未完成品だの、さらには未完成品として完成しているなどといわれている。
その考えを読んだかのように、初代神王は口を開く。
「ふふ、わたしが憎いか? 未完成品よ。しかしな、わたしのほうが、もっとおまえを憎んでいる。恨んでいる。伝統ある一〇〇日ゲームを台無しにした、おまえをな」
「……台無し?」
「一〇〇日ゲームという完成品を、おまえは粉砕した――おまえが神王になることで」
「……どういうことだ」
そういいつつ、真希凪の胸中には、ひとつの答えが現れた。いや、それは元々、真希凪の考えの底にあったものだろう。それがいま、最後の鎖を外されて、浮かびあがってきたのだ。
初代神王はうなずく。
「察したようだな。そう、おまえは本来ならば――」
だだっ広い空間に、言葉が響く。
「一〇〇日ゲームを勝ち抜くはずでは、なかった」




