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高校生神王の後日談  作者: ぺのじ(旧春瀬)
第2章 高校生神王の器
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高校生神王の選定

「えっとね、真希凪まきな。真希凪は、天界獣に襲われちゃったんだよね?」


 戻ってきたユミルは、開口一番にそういった。その手には、なにやら竹のようなものでできた笛を持っていた。使い込まれているのだろう、その端々は黒ずみ、艶がでていた。


「おお、よく知ってるな」

「うん、エミステラさんに聞いたの」


 ユミルは無垢な笑顔で続ける。


「でもね、誤解しないで欲しいの。天界獣の危険度はBランク――だけど、それは感情が高ぶっているときっていうか、戦闘態勢に入っちゃったときだけで、普段は穏やかで、おとなしい生き物なの」


 たしかに、温かい日差しのしたで日光浴をする天界獣をみるかぎりは、そのようだった。気持ちよさそうにうたた寝をしているもの、草花に鼻を近づけ香りを楽しむもの、そして、ほかの天界獣と楽しそうにじゃれ合うもの。


「なんか、楽しそうだな」

「そう、そうなの!」


 真希凪が率直に感じたことを口にすると、ユミルは頬を染めて気色ばむ。


「あのね、この子たちはすごく賢いの。きちんと考えることができるし、ひとの言葉を理解することもできる」

「なら、ユミルの言葉も?」

「あったりまえじゃん! みてて……マルコ、アルバート! ちょっといい?」


 と、ユミルがじゃれあっている二頭の天界獣に声を掛けると、驚いたことに、二頭はふと動きを止め、翼を使うことなく、その四本の手足を存分に動かし、駆け寄って来る。


「ふたりとも、真希凪にすごいの見せてあげて!」


 二頭はまるで示し合わすかのように顔を見合わせ、コクリとうなずいた。そして音を立てて翼を広げると、ふと脚を屈め、力を込める。そして一度の羽ばたきにより周囲に風を沸かせると、回転しながら上空へと舞いあがった。

 二頭は交差しつつ、ときに並走しつつ、自由に、しかし一定の秩序をもって飛翔する。


「……すご」


 恋子の言葉に、真希凪もうなずく。ふとユミルの表情をうかがうと、そこには自慢も驕りもなく、ただ二頭の天界獣への好奇心と、愛情があるのみだった。


「ふたりとも、ありがとうー!」


 二頭は空中で「お安い御用だ」とでもいうかのように、ぐるりと宙を一周し、先ほどまで自分たちが居たところまで飛んでいった。


「どう、真希凪?」

「いや、すごいよ。……なんか、通じあってるんだなって感じがした」

「えへへ、ありがとう! でも、真希凪もこれくらいできるようにならないと、あの子たちには乗れないと思うよ?」

「ユミルは、乗れるのか?」


 てっきり「もちろん!」というと思ったのだが、ユミルはかぶりを振る。


「ううん、わたしは乗れない。だって、器がないから」

「器?」

「うん。天界獣はね、真希凪。頭がいいっていったけど、それ以上に誇りが高い生き物でもあるの。だから調教師は――本当はわたし、この呼び方もあんまり好きじゃないんだけど――決してこの子たちを下に見たりしない。飼いならしたりしないの」


 なるほど、たしかにここにいる天界獣たちは、どれものびのびと暮らしている。鎖で縛るわけでもなく、檻で囲うわけでもない。放牧というのだろうか、ただ天界獣たちは居心地のいい自由な空間にいる、という様子だった。


「だから、天界獣は背中にひとが乗ることを嫌う。たぶん、それは服従の証だと思ってるのね。でも、真希凪は――神王様は、違う」


 それは神王様としての器があるからだ、とユミルはいう。


「天界獣は、神王様にだけ、その背を、その心を許すの。真希凪はいまから、そのなかで最も心を通じ合わせることができる天界獣を選ぶ――それが選定の儀」

「……それはまた、一骨折れそうね」


 恋子の言葉に、真希凪はなにもいわなかった。同じ気持ちだったからだ。

 沈黙を破るかのように、エミステラは、


「さあ、ではユミルさん。さっそく天界獣たちのもとに、案内してくれますか?」



「無害とはいえ、やっぱりあんなことがあったあとだと、緊張するわね」


 山までとはいかないが、大岩ほどの巨躯を持つ天界獣を見あげながら、恋子はそんな感想を漏らした。

 それだけではない。

 いずれの天界獣も、慣れない侵入者たちの存在に早くも気づき、好奇心と警戒心の入り混じったまなざしで真希凪たちの一挙一動を注意深く見守っていた。


「大丈夫、大丈夫。この子たちは、わたしたちからなにかをしないかぎり、襲ってくることはないよ。それに、これもあるし」


 そういってユミルは、先ほど忘れ物といってとってきた笛に口をあて、静かに息を吹き込んだ。流れ出すは、柔らかな羽毛のような音の粒。それはふわりと天界獣たちを包んだ。


「……いまのは?」


 演奏が終わると、真希凪はユミルに尋ねる。


「これは、この子たちとコミュニケーションをとるためのもの」

「言葉は理解してるんじゃなかったのか?」

「うん。でも、みんながみんな、わたしと完全に心が通じ合ってるわけじゃないの。それに、声だと複雑なお願いはできないし。これはどちらかというと、調教師としての道具なの」

「なるほどな。それで、いまはなんて伝えたんだ?」

「うん、このひとたちはわたしの友達で、危険はないよっていうこと」


 みれば天界獣たちから、若干警戒心のようなものが消えているようだった。


「……それと」

「それと?」


 なにやらユミルの表情に翳りを覚え、真希凪は訊き返す。


「それと、真希凪は神王様なんだよって」

「へえ。それで、天界獣たちはなにかいってたか?」

「ううん、とくに。……そうなんだ、って」

「そうか」


 なんとなく、どうしてユミルが自分と目をあわせようとしないのか、真希凪はわかるような気がした。しかし、そのことから目を逸らすかのように、


「よーし、じゃあさっそくやるか、選定の儀とやらを! ……もう、できるのか?」

「うん。何頭か足りないけど、たぶん、散歩にいってるんだと思う。元々、いっぺんにみんなが揃うことなんてないし、とりあえず、いまいる子たちのなかから選んでみようか」

「……ちなみに、心が通じ合うっていうのは、どうやったらわかるんだ?」

「なんていうか……言葉では表せないけど、わかるの。心でわかるっていうか……」

「そいつを見つけたら、どうする?」

「背中に乗るの。翼を触れられることは嫌うから、付け根をしっかしとつかんで。足場はこの子たちの脚を使えばいい」

「わかった」


 ゴクリと喉が鳴った。うしろに控えている恋子もエミステラも、なにもいわない。ただ、視線だけを背中に感じた。


「――それではただいまより、新神王による選定の儀をはじめます。立会人は神王秘書エミステラ・アルテミス、その眷属である水星恋子、そしてわたし、天界獣の調教人であるユミル・ドルドラン」


 静かに、ユミルはふたたび笛を手にとる。

 今度の曲は、なにやら厳かな曲調だった。長いあいだひとが立ち入ることのない森の奥深くに、歩みを進めていく。近くで獣の息遣いがして、遠くで怪鳥のいななきが木霊する。それに囚われつつ、しかし一歩ずつ、先へ進む――いまだひとを知らない湖へと。


「……すごい」


 恋子が言葉を漏らしたことも無理はなかった。

 それまで自由に腰を据えていた天界獣たちはなにかに魅入られたかのようにのろのろと立ち上げり、横一列に並んでいく。そしてあたかも恭しくひざまずくかのように、鎮座した。


「神王様――いまこそ、選定のとき」


 ユミルはそれまでとはちがう声で告げる。


「各々の神獣と向かいあい、心を重ね合わせてください」

「……おう」


 真希凪は一歩進み出て、頭を垂らした天界獣たちの正面に立つ。そしてその左側の天界獣から、選定を進めていく。ときには瞳を重ね、ときには呼吸を確かめ合い、そしてときには触れてみる。

 天界獣の頭の毛はゴワゴワとしていて、思ったよりも固かった。ためしに撫でてみると、天界獣の腹の奥で唸り声が聞こえたような気がしたので、あわてて手を離した。

 ユミルはまた、先ほどと同じ曲を吹いていた。

 エミステラは無感情に、恋子は心配そうに、真希凪を見守っていた。

 そしてそのまま――真希凪は最後の天界獣となかなかあわない視線を交わし、もやもやとした気持ちを抱えたまま、終わった。

 なんとなく手持無沙汰であり、また、二度目だったらわかるのではないかと思い、真希凪はふたたび右から左へと、選定を再開する。

 それまで目を閉じていたユミルが薄目を開けたのがわかった。

 エミステラが眼鏡の位置を直し、恋子が息を呑んだのがわかった。


「……真希凪」


 真希凪は焦っていた。

 真希凪の描いた、最悪のシナリオ。

 おそらく、エミステラも、恋子も、ひょっとしたらユミルも、描いていたかもしれないシナリオ。

 それは、嫌だった。

 それは、できなかった。

 だから真希凪は――、


「――っ」


 一頭の天界獣のまえで、歩みを止めた。

 心が通じ合っているかはわからなかった。しかし、なんだか視線がよく合うような気がした。手を頭においても、それほど嫌がっているようではなかった。考えれば考えるほど、この天界獣しかいないような思いすらしてきた。

 真希凪はさらに一歩、この天界獣に近づいた。

 うしろでだれかが息を呑んだ。もはやそれがだれのものかなんて、わからなかった。ユミルの曲は心なしかテンポが上がっていて、さらに真希凪の心を焦らせた。


「…………」


 ユミルのいっていたことを、真希凪は心のなかで反芻する。

 天界獣は翼に触られることを嫌うから、付け根をしっかりと掴む。背中にあがるときは、その丸太のような脚を使え、と。

 しかし、真希凪が覚えていたことはそれだけだった。


「……よし」


 そういって真希凪は汗ばんだ手を広げ、天界獣の翼の付け根に、手を当てた。


「――っ」


 ピクリと、天界獣の体が震えた。

 しかし、それだけだった。

 大丈夫だ――そう思った真希凪は、背中に上がるため、付け根を強くつかんだ。

 そのときだった。


「あ」


 と、だれかの声が聞こえた。それまで間断なく続いていた曲が止まっていたから、ユミルのものだったのだろう。


「――」


 ユミルがなにかを叫んだ。

 その内容を理解するよりも先に、五体が吹き飛ぶほどの衝撃を感じた。

 そう、ユミルがいっていたもうひとつ――天界獣は、器のないものに背に乗られることを、ひどく嫌うのだ。

 真希凪ははるか上空へと吹っ飛ばされた。


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