高校生神王の自覚
「その通りです、真希凪様。いまから真希凪様には、天界獣の選定をしていただきます」
「いや、それは無理だろ……なあ?」
それとなくエミステラに同意を求める真希凪だったが、エミステラは鋭利な視線を以ってしてそれを跳ねのけ、いう。
「無理では困るのです。神王は代々天界獣の背に乗ってきました、伝統というものです」
「けど……」
真希凪はためらう。つい先日、大神高校の屋上でその天界獣に襲われ、九死に一生を得たばかりなのだ。その背に乗れといわれても、簡単に乗れるものではない。
エミステラは真希凪の心境を斟酌したかのように、
「真希凪様の気持ちもわかります。しかし一方で、真希凪様は天界獣という生き物を誤解しています。……まあ、それは、専門のかたに説明していただきましょう」
「専門のかた?」
「ユミルさん、こちらです!」
と、エミステラが声を掛けた方向を見れば、そこにはひとつの人影があった。
ユミルと呼ばれた天界人の女性――その背には白い翼が生えていた――は、エミステラを視認すると羽を広げ、ふわりと浮きあがり、真希凪の数歩手前で器用に着地すると、その場で恭しく頭を下げる。一本一本が光り輝く金色の髪が、はらはらと流れ落ちた。
「こんにちは、エミステラさん……それと、神王様」
顔をあげると、彼女は女性というよりもむしろ、少女というほうが形容に適しているようだった。仕草はよそよそしかったものの、その瞳には、子供の特権というべき好奇心が強い輝きを放っていた。
「彼女が、天界獣の当番を任されている、ユミル・ドルドランさんです」
「ユミル・ドルドランです、今日は神王様の選定儀の案内をさせていただきます。……よろしくお願いします」
ふたたび、ペコリと頭をさげる。
「こんな小さいのに、あれの飼育を任されているの?」
「は、はい……えと」
「ああ、申し遅れたわね。あたしは水星恋子。こいつの眷属よ」
恋子は優雅な微笑を浮かべる。真希凪には決して向けられることのない、外での恋子の顔だった。しかしユミルは慌ただしく恋子と真希凪の顔を見比べ、
「け、眷属様なのに、し、神王様を、こいつ……?」
「あー、いや、その、あたしはこい――真希凪の知り合いであって。いつもそういうふうによんでいるの」
と、恋子は取り繕うとするが、逆効果だったようだ。
「いつもこいつ呼ばわりしている? え、で、でも、神王様はこの世を統べるはずの御方で、誰よりも偉いはずじゃ……? でも、こいつ呼ばわり……眷属様なのに、神王様よりも偉い……?」
ただで緊張しているということもあるのだろう、ユミルはたちまち混乱してしまう。
「え、えっとね、だから、その……あー、もう、真希凪、あんたが説明しなさいよ!」
「だから、そういう言い方が誤解を招くんだろ!?」
と、抗議しつつ、
「あー、だからな、ユミル。なんていうか……そう、俺はあんまり、そういう呼び方にこだわらない男なんだ。だからユミルも俺のこと、好きなように呼んでいいんだぜ」
「け、敬語も……?」
「敬語? ああ、いらんいらん。子供がそういうことを気にする必要はないんだ、うん」
「本当!?」
ユミルの表情が、ぱっと華やいだ。
「じゃあわたし、真希凪のこと、真希凪って呼ぶね!」
「おお、好きに呼べ」
「うん! じゃあ真希凪、いまから天界獣のところに案内するね! ……あ、しまった、わたし、大事なもの忘れてきちゃった! てへへ、わたし、緊張してたから……。とってきてもいい?」
「もちろん」
そういってトタトタと掛けていくユミルの姿を眺めつつ、真希凪は恋子とエミステラに笑いかける。
「はは、可愛いもんだな」
「真希凪……あんた、ロリコン?」
「ちげーよ」
「というのは冗談として――真希凪」
ふと、恋子の瞳が真剣みを帯びる。真希凪の背が、自ずと伸びた。
「あんた、なんていうか……そういうところが『自覚がない』んじゃないの?」
「……なんだよ、急に」
「うーん、うまくはいえないんだけど……やっぱり、神王っていうのは、敬われるものだと思うのよね、きっと」
「おまえにいわれるとはな」
「聞いて」
何気ない軽口は、恋子のいつになく真面目な様子に跳ねのけられる。こういうときの恋子は、まるで抜き身のナイフのように鋭い。
「もちろん、子供にそれを強要しろといってるんじゃないの。けど、わざわざ敬語で話し掛けてきてる子供に、タメ口でいいっていうのは、違うんじゃないかしら」
「…………」
「わたくしも同じ意見です」
それまで押し黙っていたエミステラも、同意する。
「真希凪様は先ほど、ユミルさんのことを『子供』と称しましたが、果たしてそうでしょうか。彼女は大人です――それこそ、あの年で天界獣の世話を任され、かつ目上のものにきちんと敬語を使うことができる程度には。それを、体が小さいという理由で子ども扱いするというのは、ある意味で失礼だともいえます」
「俺は……そういうつもりじゃ」
ないとは、言いきれなかった。
「再三になりますが、真希凪様。いいですか、貴方様は神王なのです。近所に住む優しくて親切なお兄さんではないのです」
その言葉は、真希凪の心にグサリと突き刺さった。こういうのを的を射ていた、というのだろうと、真希凪はまるで他人事のように思った。そしてやはり、まるで自分のものではないかのようにな口から絞り出てきた言葉は、薄いフィルターを挟んでいるかのように、よそよそしかった。
「……俺も、わかってるんだ」
「真希凪」
「……やっぱり、俺に、俺に――」
「真希凪~、お待たせ~!」
遠くから聞こえてくるユミルの声は、やはりどこまでも、遠かった。




