第八話 消えた日常 (狩り編 第二部)
とあるビルの屋上。
もはや廃墟となったそのビルは昔、名のある会社だったらしい痕跡として中々に広かった。
まあ、時代遅れの私の印象など合っている方が驚きであるが。
「空から見てもやっぱり分からないわね。私を狙ってる輩も出ているみたいだし、そろそろ潮時なのかしら?」
とは言え、気になる事がないでも無い。
今までの町でも襲われる事は度々あった。しかし、ここまであからさまに、しかも依頼人までいるケースは初めてだ。
「少し探ってみる必要があるかしら?」
「その必要は無いと思うぜ。」
後ろからの声に少し驚きながらも顔は余裕を持って振り返る。
「よお、お前が本命だな。」
今となっては珍しく、懐かしい。
白い和袴を着た、狐の尻尾に耳を持つ少年が立っていた。
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「おい!嬢ちゃん。本当にこっちで合ってるのかよ!」
「間違いありません。あなたの鴉同様、土蜘蛛も地面さえあれば信頼出来る回答を導いてくれます。」
赤原さんがいなくなってかれこれ二時間は経っている。
土蜘蛛の探査能力は自分が知っている相手、または、半径一キロの間合にいる者を探査出来る。
今使っているのは前者だが、さっきから赤原さんが全く動こうとしない。
ただ単に止まっているだけか、それとも本命と出くわしたかのどれかだろう。
「ったく、夜でも一般人はいる。隠行してはいるが、もし万が一にも見つかれば即パニックだぞ!」
明日のニュースで私達が走る姿が映し出されるのを想像してみる。…うん、これはない。
テレビに出るならもっとマシな出方をしたい物だ。
そんな場違いな思考も土蜘蛛が出した新たな結論に凍結される。
「なん…で?嘘!」
「どうした?嬢ちゃん。」
「狐…さんが…」
赤原…さんが…
「反応が…消え…ました。」
赤原さんが、完全に失踪してしまった。
私はその場から一瞬、動く事が出来なかった。
「嬢ちゃん。場所は何処だ?」
「はい?」
黒部さんの顔は前髪によってよく見えない。
しかし、その声色に仄かな怒りの色を含んでいるのが分かった。
「嬢ちゃん、狐の野郎が消えた場所は何処だと俺は聞いているんだ。」
黒部さんの怒りは妖怪ではなく、失踪した彼自身に注がれている。
「ここから北西に…300メートル程進んだ廃ビルの屋上です。」
「分かった。嬢ちゃんはどうする?ここで帰るのも一つの選択だぜ。」
「いえ、…帰りません。狐さんには命の借りがありますから、帰るわけにはいきません。」
嘘を吐いた。
本当は帰りたいのだ。
帰って寝て、明日の朝、皆の朝食を作りたかった。でも…命の借りがあるのは嘘じゃない。私は、赤原さんに一生恩義を返す為に生きると決めたのだ。
「行きましょう。」
私達は赤原さんのいたであろう廃ビルへと足を伸ばして行った。
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ここまで順調に相手を見つける事が出来たのは意外だった。
最初は高い所から探そうとも思ったのだが、それでは相手に居場所を教えている様な物。
場の掌握術としてまずはこちらが相手を視認してから話す方が、相手に精神的な圧迫感を与えられる。
昔華蓮から教えてくれた術の一つだ。
現に相手は少なからず驚いた事だろう。
背後から話し掛けられた事でわずかに背中が揺れていたのがその証拠だ。
「よお、お前が本命だな。」
俺は目の前にいる少女に問いかける。
いや、相手の身体的年齢は10歳程にしか見えないから、もはや少女と言うより幼女だろう。
黒いロングヘアーの髪、膝まである黒い服を着て手の中には柄も刀身も黒い刀。
もはや白いのは彼女の肉体だけだろう。
だが、その黒さが、危険な不気味さを俺の意識に植え付ける。
「あなたも誰かに依頼されたのですか?」
幼女はその見た目とは裏腹な大人のイメージを浮かばせる喋りで問うてくる。
「先に聞いているのはこっちだぜ?こっちの質問に答えてから問うのが普通じゃないか?」
「それもそうですが、しかし私自身はあなた達の言う本命と言うのが理解出来ませんので。だって、私はいきなり舞台に引き揚げられた人形の様な物ですから。」
「でも、お前は人を殺したよな?」
「私は質問に答えました。次はあなたが答えて下さい。」
当然の事を言う様にしれっと言ってくる幼女に少しばかりイラつきが混じる。
「ああ、俺もお前が殺した奴と同じ人間に雇われた。これで良いか?」
結構、と言ってこちらに体を向け直す彼女の仕草の一つ一つは、10歳どころか、壮年の人間を思わせるほどに洗練されていた。
「お前は、人を殺したか?」
「ええ、殺したわ。今までも、そしてさっきも。でなければ死んでいたのは私だもの、仕方ないと思うけど?」
そう、仕方ない。
殺らなければ自分が死ぬ。
それは、現代の法律でも許されている事だ。
「そうだな、仕方ない。だから、俺があんたを殺すのも仕方ない事だ!」
刀から雷が迸る。
コンとコルは憑依していても俺を止めようとしているのか、時々俺から支配権を取り返そうとしている。…まあ、許すはずがないけどな。
「攻撃的な思考ですね、それでいて酷く幼い。私が殺した遺体を見たのでしょうが、あなたは何をそんなに怯えているんですか?」
怯えている?俺が?
「ふざけるな!俺が怯える事なんて何も無い。俺の復讐は、間違っていない!」
「復讐?」
俺は相手の懐へと飛び込む。
コンとコルの最後の抵抗で技は殆ど使えないが、雷だけでも出れば充分だ!
「はっ!」
左手の刀を横に一閃。相手はビルの柵に座っている。避ける事は出来ない。
…はずなのに。
刀は、何か黒い物体によって止められていた。
「な…に?」
「残念ながら、物理的な攻撃は私には無駄だと思いますよ?なにせ、影はどこにでもありますし。」
影の刀。
確かに彼女は足元に伸びている自分の影から黒い物体を出している。
「影を操る…刀?」
「そうなんでしょうね。何百年も一緒にいましたから。刀の性質は大体そんな感じです。」
俺が刀の性質に歯噛みしていると、脇腹に大きな衝撃とナイフで刺された様な激痛が走った。
振っていなかった右手の刀に返り血が飛んでいる。
「俺の…影…を?」
後ろを向く必要も無い。と言うより向くだけの精神力が無い。
だが、今聞いた刀の性質上、出来なくはないだろうと思った。
「ご安心を。いわば体に穴が開いただけ、内臓などは一切傷つけていません。まあ、あなたがショック死しなければの話ですが。」
体に穴が開いただけ、そうは言っても血はとめどなく流れていく。
瞬間的な血液の損失により、俺は意識を闇の中へと手放した。
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「嬢ちゃん、ここか?」
「はい。」
赤原さんの反応が消えてから三十分、私達はようやく廃ビルの前へと辿り着いた。
「坊主が死ぬとは思えねえが、万が一ってのはどうしてもつきまとってくる。嬢ちゃん、そこは覚悟しとけよ?」
「大丈夫です。あの人は、絶対に死んだりしませんから。」
私は感情が表に出ない。
生まれつきではないのは確かだが、いつからと言われると自信が無い。
でも、この感情だけは顔に出てくれたのだろう。黒部さんの顔が少しにやけていた。
「ほんじゃ、早速調べに行きますか。」
「はい。」
私達は廃ビルへと足を踏み入れた。
廃ビルの中はガラスの破片が散乱していて歩くのが困難になっていた。
階段は錆びていただけなので比較的簡単に次の階に進む事が出来たが、やはり、散乱物の方に意識を向けなければ先に進むのは容易ではなかった。
屋上の扉を見つける頃には二人共、精神的に疲弊していた。
「行くぞ、嬢ちゃん。」
「…(コクッ)」
一気に扉を開け放つ。
開け放たれた扉の先からは夜風の涼しさと一緒にはっきりと分かる、血の匂いがあった。
「この血、坊主のか。」
「なんで分かるんですか?もしかしたら、妖怪の血かも…」
「嬢ちゃん、良く見な。血だまりの中に狐の毛が混ざってやがる。あの狐しか可能性はねえ。」
「でも、赤原さんが負けるなんて…。」
あり得ない、と言うには私はまだ赤原さんを知らない。本当にそれを私が言っていいのか、そんな事まで考えている自分に嫌気がさしてくる。
「まあ、俺もただ負けたとは思えねえ。それに、あいつがそんじょそこらの妖怪に負けるなんてそれこそあり得ねえと思う。」
「どういう事ですか?」
「相手は…異刀だ。」
異…刀。また、あいつらの仕業。
あの日の事がフラッシュバックする。
黒い影に殺される両親、それを見ている幼い私。影はこちらを見て笑い、嗤いかける。
『憎め、恨め、それで私は一つの個となる。』
「おい、嬢ちゃん。」
「は、はい!」
「大丈夫か?頼むから嬢ちゃんまで坊主みたいにならないでくれよ?」
赤原さんの様に…か。
「何故、赤原さんは急に行ってしまったのでしょうか?」
「さあな、殺した妖怪を恨んでの行動と言うのが一番しっくり来るが、そんな感じではなかったように思える。」
「私もそう思います。何処か…怯えているような、自分に対して怒っている様な感じがしました。」
「怒っている…か。ったく、何か面倒な事を考えていそうだな。」
屋上に残っている大体の物は結局赤原さんとは殆ど関係がなかった。
関係していたのは、赤原さんの血液だけ…
「嬢ちゃん、探査能力ってのは相手が地面に足を付けなきゃいけないんだよな?」
「ええ、相手の足が地面に触れていれば必ず衝撃を生みます。土蜘蛛はそれを探知するんです。」
「そうかい、そりゃ良かった。」
「どういう事ですか?」
「嬢ちゃん、安心しな。坊主は死んでいねえ。敵の手中に入っちまったのは確かだろうが、ひとまず死ぬ事はねえはずだぜ。」
「どうして、断言出来るんですか?」
私は今、矛盾した事を言っている。
先程までの私なら、その言葉がどれだけ荒唐無稽でも、赤原さんが生きていると言われれば信じたはずなのに。
なのに、冷静になった私はその言葉に理由を求めている。
何故?
簡単だ。嘘はすぐにバレるから…だ。
冷静でなければ嘘は長い持続力を発揮する。
しかし、冷静であればあるほど嘘に対する構えというのが出来てしまうのだ。
だから、今必要なのは嘘ではなく、客観的な事実。
完璧な事実として、赤原さんが無事だと言って欲しいのだ、私は。
「理由は大きく分けて三つ。まず一つは血痕がここだけにある事。隣のビルとかもみたが、屋上に血痕らしい物は無かった。二つ目は嬢ちゃんの探査能力の曖昧性。足が触れていなければ探知出来ないなら運ばれていると考えるのが妥当だろう。三つ目、出血量の少なさ。これだけならまだ死ぬ量ではない。だが、ギリギリ気を失うぐらいの量である。…以上!」
黒部さんの講義の様な説明に少し意外な気持ちになる。
「鴉さん、何処かで先生でもしていたんですか?」
「いや、なろうとしただけの挫折者だよ。」
そう言って黒部さんは少し暗い顔をして黙り込んでしまった。
「とにかく、鴉さんの話が本当ならば狐さんは敵に拉致監禁を受けている事になります。どのみち危険である事に変わりはありません、早く見つけましょう。」
「ああ、だがどうする?お前の探査能力も、何故か坊主と一緒にいた妖怪は感じなかったみたいだし、お前の探知は使えないぞ?」
「いえ、あの。何か変な感じがしてはいたんですが、どうも不明瞭で…たぶん、もっと質を上げればいけると思います。」
「質を上げるって、どうやって?」
そう聞いて来る黒部さんの方を向き、私は黒部さんの鴉の羽を黙って見る。
「まさか!」
黒部さんもどうやら思い当たってくれたらしい、しかしその顔は乗り気ではなかった。
「嬢ちゃん、本気か?少し前に言ってたじゃねえか、何度かやってダメだったって。下手をすると今回こそ乗っ取られるかもしれないんだぞ?」
「分っています。しかし鴉さん、言い忘れていましたが、それは当時無気力だった私がやろうとした事です。でも、今回は違います。私は生きなければならない、赤原さんが生きている限りは恩義を返し続けると決めたんです。本人に言った事はありませんが。」
黒部さんは何か熱い物の近くにいるような顔を私に向けている。
「はは!ったく、最近の中学生ってのはどうしてこうも熱いのかねぇ。」
蹴った。
脛を蹴った。
しかも三度。
「おまっ!やめろ、痛い!かなり痛い!」
「人が真面目な話をしている時に茶々を入れないでください。」
「分かった分かった。悪かったよ。」
こういう大人にはなりたくないものだ。
「鴉さん、私が憑依するにあたって一つ頼みたい事があります。」
「何だ?」
「私が憑依している間、と言うか私が刀と対話している間、私を個室で一人にして下さい。勿論、様子が変だと感じたら入ってもらって構いませんが、せめて最初の時点は一人にして下さい。」
「そのぐらいは構わない。だが嬢ちゃん、もし、仮に、嬢ちゃんが憑依に失敗して体を乗っ取られたらどうする?」
「その時は、言わなくても分っていると思いますが…ね。」
「そうかい。」
もし、乗っ取られたら、私を殺す。
それはいわば、暗黙の了解と言う事である。
刀を使いこなせなければ、死ぬ。
それが自然、当たり前の事だ。
でも、こんな事、赤原さんには言えないなあ。
また、私は自分の命を軽んじている。
あれだけ赤原さんの前で豪語したというのに、でも、大丈夫かな。
だって、要は失敗しなければ良いのだ。
無事に強くなってまた、皆の朝ご飯を作ってやる。
あの日々に戻れるならば、悪霊の十体や百体、制御し切ってやろうではないか。
とは言え、やっぱり少し不安感は否めない。
ここは赤原さんの力を借りよう。
「…さあ、愉しい悪霊狩りの始まりだ…。」
言ってて恥ずかしくないのかな?あの人。
「嬢ちゃん、何か言ったか?」
「いえ、行きましょう。」
そうして、私達は憑依するに適した場所を求めて、また、夜の町へと歩き出した。
残り日数 …三日
どうも〜
テストが返って来た片府です。
テストが終わってからというものだいぶダラけた生活になっていしまっています。
期末が終わったというのにまだまだ続く学校。
まったく我が校長は何を考えているか分かりません!
期末が終わったら休ませるのが普通でしょう‼
こほん、失礼しました。
さて、前回の後書きで三部構成を予定していると書きましたが、なんと、まさかの、第二部で既に三部は無理じゃね?と言う結論に至りました。
いやマジでごめんなさい‼
舐めてんのかと言われるのが目に見えてきそうですが実際問題キツイです。
と言うわけで、三部構成は出来ないと思いますが、尽力していきたいと思います。
また、技名考えてみたや、スピンオフリクエストを是非とも宜しくお願いします。(どんなに壮大でも構いません。技の特性なども一緒に書いて投稿願います。また、スピンオフはキャラの名前だけでも構いません。何かこんな話にして欲しい等があれば一緒にお書き下さい。)
では次回でもまた、読者様に読まれる事を祈って、さよなら さよなら〜。