第四話 新同居人セイレーン
相手は人間じゃなかった。
急に現れた…そんな言葉ですら生ぬるい。
最初からそこにいた。まるでそんな感じの影だった
影
光が当たった時に出来るアレ。
後々聞いた話、あの影の正体は異刀と呼ばれる物の様だ。
復讐は考えた。しかし、それをしても意味が無い事をしっかりと理解している。してしまっている。
私は本当に両親を愛していたのだろうか。
最近まではそんな事を考えていた。
そう、最近…あの時、あの少年に助けられて声を聞くまでは…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
下水道での戦闘の後、僕は暫く寝込んでしまった。
その間、青田さんも傷を癒やすからと言って僕の前には暫く姿を見せようとはしなかった。
しかし、僕が回復してから一ヶ月程経った時、学校の帰りにある公園で青田さんは僕を待っていた。
「お久しぶりです。赤原さん。少しお話出来ませんか?」
「うん、良いよ。僕の家が近いからそこで良い?お茶の一杯は入れるよ。」
「は、はい…ありがとうございます。」
何だろう?少し緊張している様だけど…
と、そこまで思って思い至る。僕はあの戦闘の時、青田さんに大分雑な口調をしていた。
まだ、出会ったばかりの人間にあんな口調で話されたのだ、話もし辛いだろう。
「青田さん、別にそんなに緊張しなくて良いよ。今の僕は、あんなに雑じゃないから。」
「い、いえ。その事で緊張している訳では無いのですが。」
青田さんの無表情な顔が少し赤くなっている。風邪だろうか?
「青田さん。体調が悪いなら話は別に今度でもいいんじゃないの?」
「いいえ。今話さないと駄目なんです。」
何だろう。前に会った時とは何か印象が少し変わっている。まるで…何かやりたい事が見つかった様な、そんなひたむきさを感じる事が出来た。
「行きましょう。赤原さん。」
青田さんが僕の前を先導するように歩き出す。でも、僕は一つ言わなければならない。
「青田さん。」
「はい。何ですか?」
「僕の家、…こっちなんだけど。」
彼女はとんちんかんな方へと歩き出していた。
そう言えば、青田さんはまだ僕の家に来た事が無かったっけ。まあ、僕も彼女の家は知らないけれど。
青田さんの顔が今度は羞恥の色に染まっていく。基本的に無表情だけど、彼女は彼女なりの感情が在るのだと、僕はこの時実感した。
「さあ、入って。」
「お邪魔します。」
場所は変わって僕のアパート、部屋の中。
僕と青田さんは居間へと入ってとりあえず一息いれようという事で、僕はお茶とお菓子を、青田さんは部屋の掃除(別にそんなに汚い訳では無いのだが、どうやら掃除が好きらしい。)を各々手早く出来る範囲でやっていた。
「ふう、これで大体良いかな。」
「赤原さん、こちらは終了しました。」
「うん、ご苦労様。僕も直ぐにそっちに行くよ。」
僕はお茶を持って居間へと向かう。
居間では青田さん、それとストラップから少女の姿になったコンとコルが行儀良く座っていた。
「はい、お待たせ。それじゃあ、話って言うのを聞かせて貰っても良い?」
コンとコルが何事もなさそうな顔をして座っている。
でも、今の僕は知っている。本当のコンとコルの心境を、コンとコルの力を十全に発揮した僕ならば…
「話と言うのは、先日の赤原さんの事です。あの時、私は水人形と戦っていたので、どうして赤原さんがあんな姿になったのか…それが知りたいんです。」
まあ、予想通りだ。
と言うかそれしか心当たりも無いだろうに、コンとコルはバツが悪そうな顔をしている。
「赤原さん、あれは何だったんですか?」
「ああ、うん。話せば長くなるというか、そこに行き着くまでの過程が長いんだけど、それでもいいかな?」
「構いません。家には私しかいませんから。気になさらなくても結構です。」
うん、まあ、そう言うわけではなかったのだけれど…まあ、良いか。
「分かった。でも僕自信、理解している事はとても少ないから僕から話す事は出来ない。もし、先日の事を説明するならコンとコルから聞いてもらわないといけなくなるんだけれど…」
コンとコルに視線を送る。
なんて言うか、既にコルは半泣きである。コンは何とかまだ平静を保っているけど、何かキッカケがあれば直ぐに崩壊するだろう。
「まあ、時間が大丈夫なら急ぐ事もないし。青田さん、晩ご飯食べて行きなよ。今から材料買いに行くから付き合ってくれない?」
幾らなんでもあからさますぎただろうか?
まあ、構わないか。コンとコルには話す覚悟を決めてもらわなければならない。それが約束でもあるのだし。
「分かりました。買い出しですね。お供させて頂きます。」
良かった。こっちの誘いに乗ってくれ…
「我も行かせてもらうぞ?小僧。」
そんな声がしたかと思った直後、居間に隣接する、日頃コンとコルが寝ている部屋から一人の女性が姿を現す。
コンやコル、青田さんとは違って完璧に成熟した、僕と同じ位の少女は、髪をポニーテールでまとめて子供心を忘れない、モデルと言っても通ってしまいそうな美しさを持っていた。
「我も同行させろ。こんな狭い部屋で一日中過ごしたのじゃ、それぐらいは許してもらっても良いじゃろ?」
「赤原さん、この方は?」
「ええっと…、この人は…」
「先日の下水道で小娘、お前を殺そうとした刀だよ。」
今まで黙っていたコンがここに来て女性の正体を言ってしまう。
「コン!そんなど直球な…」
「しかし、ご主人。いずれ分かってしまうのでしたらここで話した方が得策かと思います。」
「うん、まあそうだけど。」
いくらなんでも唐突すぎるのでは無いか?自分を殺そうとした奴が目の前にいるのだ、パニックを起こしても不思議じゃない。
「なるほど、あの時回収していた刀の中身ですか。なるほど納得です。」
納得されてしまった。僕の心配を返して欲しい。
「大丈夫ですよ、赤原さん。私は二度と自分の命を軽んじたりするつもりはありません。安心して下さい。」
その時の彼女は少し笑っていたと思う。
いつも無表情な彼女だからこそ、そう思ったのかもしれないけれど、なるほど、確かに安心しても良いと僕はこの時思った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コンとコルを残して僕と青田さん、そして新同居人のセレ(何でも元はセイレーン、つまり人魚の怪異だったらしいのでそこから一部取らせてもらった。)は、今近くのスーパーで買い物をしているのだが…
「小僧!あれはなんだ⁉何やら沢山のカップがあるぞ!」
「それはインスタントラーメン、つまりお湯を入れるだけで食べ物になるお手軽商品だよ。」
「ふむ〜、ではこれはなんだ?」
「インスタントコーヒーと言う、お湯を入れるだけで飲み物になる便利な物ですよ。」
「そうなのか。小僧達は沢山の事をしっているのだな。」
着いて早々、セレの質問攻めを受けていた。
セレの質問に答えながら(何故かインスタント系が多いが)少しずつスーパー内を回っていく。
「赤原さん、これだけ買えば大丈夫じゃないですか?」
「そうだね。それじゃあ、早く帰ってご飯にしますか。」
「うむ、今日は良い勉強になった。やはり外は良い物じゃな。」
レジを通って袋に詰めて、僕達はアパートに向かって歩き出す。
歩いている間にもセレは色々な物に興味を惹かれてその度質問を浴びせてくる。二つ程答えた所で僕は疲れてしまったが、青田さんは苦も無く淡々と僕の分も答えてくれた。
「ご、ご主人!」
「ご主人様!」
慌てた様子のコンとコルがこちらに向かって走ってくる。
「どうしたんだ?そんなに慌てて?」
「ご主人、早く人がいない所に…」
「ご主人様、急ぎましょう!」
「だから、何があったんだよ。」
「「奇襲です‼」」
き、奇襲?何から奇襲されたというのか、コンとコルは早く早くというばかりで話せる状態ではない。
でも、話される必要は無かった。既にその奇襲者は、その場にいたのだから…
「何だ何だ?狩りはここで終了か?」
その場の全員が上を見る。
頭上には鴉の翼を持つ、細身の男が僕達全員を見下ろしていた。
「ご主人、奴は私達と同じです。」
「妖怪を十全に発揮する人間、だっけ?」
「はい。」
「はは!違うだろ狐共。発揮?違う違う。妖怪を十全に使役する人間、だろ?」
男の手に一本の錫杖が握られる。
男は錫杖を地面に向かって投擲する。
錫杖は地面に刺さるや錫杖を中心に不思議な場を形成していく。
気がついたら、その場に存在しているのは男と、僕とコンとコル…だけだった。
「青田さんとセレが…消えた?」
「いいえ、ご主人。消えたのは私達の方です。」
「どういう事だ?」
「現実とは違う、もう一つの場を作る。結界の類だと思われます。ご主人様。」
「『ニ結層』。俺が主に使う決戦場だ。はは!つっても、今いる俺は本体じゃないんだがな。」
「本体じゃない?どういう事だ、小僧?」
「何、簡単な事だ。俺はちゃんと現実に留まっている。ここにいるのはホログラムだと思えば良いって事だ。はは!」
確かに男の体は既に消えていこうとしている。
投影と言うのは嘘ではないだろう。
「あんたが僕達をここに閉じ込めた理由は何だ?」
「話しても良いが…残念ながら時間がない。ここから出られたら、話してやるよ。ヒントは、…二結層。」
ヒントを告げると同時にホログラムが消滅する。
時間がないとはホログラムの事だったようだ。
「ご主人、どうしますか?」
「ホログラムの話だと、ここから出るには条件があるみたいだし。謎解きしないといけないのかな?」
「ご主人様、推理物って得意でしたっけ?」
正直に言おう。全然解らない。
「ヒントは二結層。と言う事はこの空間に関係するという事でしょうか?」
「コン、結界の構造ってどう言う感じになっているの?」
「そりゃ、結界っていうくらいですからね〜。大体は何かを媒体にして、そこから展開って感じですけど。」
「でも、発生させた錫杖は別に刺さってないんだけど…」
「ですよね〜。コル、何か分かる?」
「結界の展開方法は他にも有ります。さっきの錫杖が起点ではないとすると、この中の物を暫定的に起点にしているんだと思います。」
なるほど、つまり起点を探せば良いと…
「なあ、コル。この結界ってどれ位範囲あるんだろうな。」
「そうですね。家からいつも見えている馬鹿でかいタワーが遠くに見えますからね〜、町一つ分くらじゃないですかね〜。」
どうしよう。範囲広すぎるんじゃないだろうか?どんなに小さな町でも普通に回っていけるはずが…
「これって、ねえ?」
「誘ってますね〜。」
「誘われてますね〜。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
赤原さんはおそらく結界に囚われてしまったのだろうと思う。
現に赤原さんの姿は消えて目の前には錫杖を見る鴉の翼を持った男がいる。
「ふむ。あの男、小僧を殺す気は無いみたいじゃの。」
「どうして、そう思うんですか?」
「殺す気であれば奴もあの空間に入っておるはずじゃろう。もし、分断して各個撃破を目論んでおるなら、既にお主は生きておらんじゃろうしの。つまり、奴は我らと争うつもりはないという事じゃ。まあ、目的はわからんがの。」
殺す気はない。そんな事を言われても私は信じられない。そうやって生きてきたのだから、私は。
「何、あの小僧はそう簡単には死なん。あの力を使えばそう時間を掛けずに出られるじゃろうしの。」
「あの力?」
「ほれ、我の水人形を倒した時のあれじゃよ。」
「あれの正体を知っているのですか?」
「うむ。あの狐共から聞いた。そうじゃの、あの男も動く気配は無いし。我が話しても問題ないじゃろう。」
良いか?とでも言うように荷物を置いてこちらに顔を向ける。
私もそれに習う様に自分の分と赤原さんが置いていった分を自分の近くに置いて話を聞く態勢をとる。
「あの力、一言で言うなら憑依の様な物らしい。」
「憑依、ですか?」
「うむ。自分の体に刀となる妖怪を憑依させる。簡単に言うならそういう事らしい。」
「憑依だけであんなに変わる物ですか?」
「確かに、そうじゃろうな。しかし、それを強力にしている物が二つあるのじゃ。」
強力にする物。強化剤みたいな物だろうか?
「まず一つは、供物。」
「供物?それなら私も捧げていますが。」
「違う違う。供物といっても、即物的な物ではないのじゃ。」
「即物的では無い…ですか?」
「うむ、あの小僧は供物として…性格を与えている。」
「性…格?」
「あの小僧は無自覚のようじゃがの。何でも、あの小僧は元来攻撃性の高い性格をしておったようじゃな。それを供物として捧げた。そりゃ「僕」なんて柔らかい表現をする訳じゃよ。」
「長期的な無自覚の供物が…一つ目?」
「無自覚でなければいけない訳ではないが、大抵は無自覚みたいじゃの。あの男だってそうだったかもしれん。」
そして、と間を置いてからセレは口を開く。
「二つ目は…人間としての肉体じゃ。」
「はい?」
驚きはもはや湧かない。それ程までに何を言っているのか理解するのが困難だった。
「人としてってどういう事ですか?」
「あの力、仮に『憑依』と呼ぶとして、普通の憑依とは根本から違う所がある。それが、人の肉体を捨てる事。つまり、肉体を妖怪に限りなく近くさせるという事じゃ。」
それは、つまり…
「赤原さんは…人では無いと?」
「いや、限りなく近くなっただけで厳密には妖怪では無い。だが、小僧やお主の様に大切な者を妖怪に奪われた身としては、代償としては充分すぎるじゃろ?」
「どうして、それを?」
「狐じゃ。あやつら、お前の心を覗いた事を大分気にしておったぞ?こんな事が無ければ謝るつもりですらあったらしい。」
「そう…ですか。」
別に知られたのが嫌なわけではない。ただ、謝るつもりだったというのがただ単純に…嬉しかった。
「今までお主らは、刀をただ単純に刀としか扱ってこなかった。だが、『憑依』は自分を刀の妖怪とする事で元の妖怪の力を十全に発揮するのじゃよ。」
まあ、その間は供物を捧げんから元の性格に戻ってしまうみたいじゃがの、と少し可笑しそうに笑っているセレは大事な事を思い出した様に再びこちらを向いた。
「肉体を妖怪に近くするにはなかなかにリスクがあるらしい。あの小僧は狐が生体電気を操ったそうじゃが、失敗しておれば小僧は死んでおったじゃろうな。」
そこまで話されてようやく私は考える。
私が、あの時助かった可能性の少なさに。もし、あの時、彼が死んでいたならと思うと…とても怖かった。
「お?帰って来たみたいじゃぞ?」
そう言ってセレは錫杖の方を注視する。
錫杖は一見何の変化も見られない。しかしセレと男は何かを感じたのか、男は空へと飛び、セレは私を抱えて後ろへと跳ねる。
逃げると同時に錫杖は、破裂音を響かせながら爆発した。
煙が錫杖のあった辺りを浮遊する。
煙は一本の刀の薙ぎ一つで完全に払われてしまい、その中心には…白い和袴を着た狐の耳に狐の尻尾、輝く金色の髪を持った少年が立っていた。
「さあて、愉しい鴉狩りの始まりだ!」
みなさん、こんにちは。片府です。
いや〜、後書きは書くたびに慣れるなんて言われていますが、慣れる気配が一向に見られません!
まあ、まだそんなに書いていないから仕方無いと言えばそれまでですが…
そう言えば、私こと片府は最近嬉しい事がありました。
それは、なんと作品に対して感想を書いて下さった読者様がいらっしゃったんです。
いや、純粋に嬉しいです。書いて下さった読者様、有難うございます。
皆様も何か感想、質問がありましたら気軽にご投稿下さい。私、片府が丁寧にお答えします。
では、みなさん、また次回にお会いしましょう。