第四十六話 帰還
「さて、そろそろかな?」
木彫りの椅子に腰掛けたまま、人一人分が入るガラスケースを眺める。この隠れ家に備え付けられた物だが、これが意外と高性能だ。なんせ…人の魂を書き換えられるのだからな。
「ははっ!あんたの言う通り、この玩具はそれなりに使えそうだな?博士」
「ひひっ!そりゃあ、もう!西洋ではこの位無くては生きてゆけませぬゆえ」
ボサボサの白髪頭を振り乱して獰猛そうな八重歯を覗かせてジジイが笑う。
ここは西洋ではなく極東なんだがな、とか思いながらガラスケースを一撫でする。
曇りないガラスに指紋の汚れが残り、若い男の顔が映り込む。
「この器の代わりは用意してあるんだろうな?」
「当然です!この者ほど活きが良いとは言えませぬが、それでも素質は充分かと」
「『色の名家』…ね。で、残りは幾つだ?」
「『術の名家』『祭の名家』『霊の名家』。そして…統べる『妖の名家』の四つでございます」
四つ…四つか。鍵が多ければ多いほど面白いが、ちとしゃれにならない名だな。
博士ーーダンタリオンが資料と思われる紙束を寄越してくる。
そこに載っているのは残りの四人の当主の顔と、それに従う妖怪の姿。
歴代の当主に付き従う妖怪達は皆、神クラスは当たり前の化け物揃いだ。そんな中、一際異彩を放つ一組の家。
「『妖の名家』…俺が放った『あの妖怪』が作り、加護を与えた家…か」
「最も新しい家柄でありながら、遙か昔よりある家柄を押し退けて統べる者へと成長した事に疑問を抱いておりましたが、アレの影響とあらば是非もありますまい」
一睨みして資料を燃やす。
燃えた資料の灯りに照らされて部屋の中が明るくなる。
その灯りに照らされたその先に、控えている五人の西洋人の姿が現れる。
「どうだ?」
「祭りは近いかと。ただし残り四つの名家が参加するかは不明です」
「それでいい。どうせ奴らは目立って行動しないだろうからな。お前らは『穴』を作る事に尽力しろ」
「「「「「御意!」」」」」
「行け」
やたら日本語が上手いが、まあ、そこはダンタリオンの能力で説明がつくか。
あれからもう五十年以上経った。村を捨て、自分を捨て、命を捨てた。
ようやく、ようやく見つけた。存在を取り戻す唯一の方法を。
蛇神の力を得て、実験と専門家の殺害を繰り返してようやく解った世界の中心。神の座が存在する世界で、奴が待ってる。
目を閉じれば視える。薄く笑みを浮かべて玉座でふんぞり返る女。
「待ってろよ。貴様の玉座はいずれ、俺が奪う!」
「その意気でございます。私の夢の為にも…ね。ひひっ!」
二人の男の野望の声が上がる。
声は外まで響き、人気のない暗い場所で恐ろしい欲望の産声を上げ続ける。
残る名家を狩る日々が始まる。
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意識が緩やかな波の中で揺蕩う。
久しぶりに昔の夢を見た。
互いが幼い頃から知っている故に、隣にいるのが当たり前だった。二人とも日が沈むまで飽きずに遊び、遅くなっては二人で怒られた。
その度に二人で反省して、忘れて、また遊んだ。…そしてまた怒られた。
そういえば…家族ぐるみで旅行した事が一度だけあったっけ。場所は…あれ?どこだっけ?
まあ、いい。今でも僕の中には華蓮がいる。
それに、昔とは違って今は護りたいものが増えた。
華蓮を救えなかったあの後悔を、僕はもう二度と味わいたくはない。華蓮がいなくなって僕は心を壊しかけた。コンとコルがいなければ…
「コン、コル…ありがとう…」
「ご主人?」
「ご主人様?」
不意にご主人が呟いた…ような気がした。
土花の家に帰る途中の電車内。あともう少しで駅に着く。数か月ぶりの故郷へと。
でも、その時に聞こえた声は私にしか聞こえず、嬉しいはずの言葉も、この時ばかりは不吉に思えた。
ご主人の肉体も、心も、命も、何もかもが母によって守られた。
私達は知っている。
母が…長篠 華蓮という少女が夢見た光景を体現する事が出来る少年を見つけたその時から、守り続けた。
誰にも侵されぬ為に、最期の命をもって私達を創り出したように。
「もう……失わない」
前方の席から友達の声がする。
この人と出会って見つけた沢山の大切なもの。もう、命と共に喪うなんてこりごりだ。
だから…
「今後もお護りします……ご主人」
静かな決意を、隣で心地よさそうに眠る少年に呟き返した。
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「「たっだいまーーー!」」
「やっと、帰って来れたね」
「そうですね」
数ヶ月ぶりに到着した土花の家を見て、僕の胸中に安堵の思いが広がる。
今何をしたいですか?と聞かれたら、迷わず布団にダイブしたい。…そういえば?
「ねえ、そういえば僕達の私物って全部処分とかされてないよね?」
「ええっと…人形なら残ってます」
「それ以外は?」
「……記憶にございません」
横を向かれてしまった。あれ?これは今までの僕達の生活の結晶が全て消えてしまったという事か?
いや、しかし、まさかあの久城さんがそんな隙を残すはずがない。…と思いたい。
家の前で二人で俯き合う。土花はたぶん、処分してしまったかもしれない事による罪悪感。僕はこの先の失った小物をどこで買うか、である。
僕達の存在が一時的とはいえ消えていたのは紛れもない事実。つまり、学校の成績に関して言うなら朱雀さんに頼めば空白の時間は書き換えられる。だが…海外の両親の頭からも消えていたら話は別だ。
つまり…仕送りが途絶えている可能性がある。
「どうするかな〜」
「ひとまず…中に入って電話しますか?もしかしたら融通してくれるかも」
「お〜い、どうした?他の奴らは皆もう中に入ってるぞ?」
家の前で長話し過ぎたようだ。
黒部さんに促されるまま、僕と土花は久しぶりに屋敷へと入る。
ひとまずしなければならないのは留守中に溜まったであろう部屋や屋敷の掃除、そして僕はその後に電話…かな。
「やあ皆様、お久しぶりでございますね」
「「………」」
「猫が喋るたあ、こりゃ世界が終わるのも時間の問題かね?」
身近に妖怪なんて存在が近くにいる分、アドリブや予想外の出来事には耐性があるはずなんだけど…。どうやら、身近過ぎて有って無いようなものだったらしい。
さて…この居間で器用に湯呑みからお茶を飲む猫は一体?
「おやおや、私の事をお忘れですか?まあ、無理もありませんかね。一応、死んだ身ですから」
「ええっと…」
どこか執事めいた応答、そして内側から微かに感じる妖気の質。確かに、どこかで会ったような感じがするが、それでも僕の知っている限りで喋る猫と友人になった記憶は持ち合わせていない。
驚きでろくな声も出せずに立ち尽くす僕達の心境を知ってか知らずか、黒い喋る猫は華麗に机から降りてどこかへと歩き去って行った。
その場の誰も身動きを取れず、黒部さんも土花も唖然としてその猫を見送る。
「今のは…夢か?」
「黒部さん、それ完全に夢じゃないフラグです」
「向かったのはキッチン…ですかね?ちょっと見てきます」
「あっ、なら僕も」
「じゃあ、俺も…」
「「方向音痴は荷解きをお願いします!」」
見事にハモった。二人同時に冷たくされて流石の黒部さんも鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。
しかし、黒部さんほどの方向音痴ではキッチンに着くのが三十分以上…なんてザラにある。ここは、堪えてもらいたい。
土花と二人、先ほどの黒猫を追いかけてキッチンへと向かう。しかし、僕達は気付くべきだったのだろう。
僕達の近辺で亡くなり、尚且つあんな喋り方をするやけに大人な人なんて一人しかいなかったのだから。
「お嬢様、お二人をお連れしましたよ。ですから……今すぐ冷蔵庫から上体を抜かれたらどうですか?」
「むぐ〜〜、むぐぐ〜〜〜!」
いや、前言撤回。やっぱり誰だか分からない方が良いかもしれない。こちらの為にも、向こうの為にも…ね。
冷蔵庫に頭を突っ込んで上から落ちてきた食料品に潰されている少女を見て、頭の中でパズルのピースがはまるように仮説が立てられる。
「えっと…、月緋さん、ですよね?どうして私の家に、というかどうやってこの家に?」
「むぐぐ〜〜、むぐむぐむぐぐ〜!」
「お嬢様、はしたなさいですよ。会話はちゃんと相手の顔を見るのが礼儀です」
わざとなのだろうか?前足で少女の横腹をつつきながら黒猫が喋る。誰も彼女を助けようとしないのは、何か和むものがあるからだろう。
しかし、それでは話も進まない。黒猫に大量の食料品を退かす力があるとは思えないので、僕が率先して少女を救出する。
歳はカゲメと同じくらい、清楚な白のワンピースを着てサラサラの黒髪に埃を被らせた少女ーー朱雀 月緋ちゃんは涙目になりながら黒猫に掴みかかっていた。
「酷い!久城、今わざと私の事踏んでたでしょ⁉︎冷蔵庫だって、久城が乗らなかったら上の棚のやつは落ちてこなかったはずだよ!」
「お嬢様、落ち着いてください。このような身体で出来るはずがありませんよ。不幸な偶然です。…まあ、踏んだのは事実ですが」
やっぱりわざとだ!と本気で怒っている月緋ちゃんを呆然と眺め、僕達は現状の把握へと脳を働かせる。
とりあえず、方法は分からないが月緋ちゃんと喋る黒猫がいて、その黒猫は月緋ちゃん曰くクジョウという名前で……
「ん?クジョウ……クジョウ…久城」
「「久城⁉︎」」
またハモった。今日は土花との相性が良い日らしい。
「ようやく思い出して頂けましたか?黄泉より帰りし第一世代救世主が一人、久城 覚です」
猫とは思えないおちゃらけたダンスを披露する久城さん(?)を信じられないといった風で見つめる土花とは裏腹に、僕は別段必要以上に驚く事はなく、その事実を受け入れていた。
なんとなく分かっていたのだろう。この人が簡単に死ぬはずがない…と。
それは遺体を見ていないからだろうし、人から聴いたというだけのあやふやなものだったからかもしれない。でも、この人は無策で死ぬとは思えない。そう思わせる何かを持っているのだ。
「はあ…、なんで黒猫になってるかは分かりませんけど…。取り敢えず、二人共居間に行きませんか?僕達もゆっくりしたいですし」
「えっと…、えっ?はい?」
「土花、訳は当人達に聞くとして、お茶を人数分用意してもらえるかな?先に居間に戻ってるからさ」
未だ混乱している土花には、少し状況整理の時間が必要だろう。人数分の沢山のお茶を用意する時間と同じくらいには。
相変わらず責め立てる月緋ちゃんと、それを飄々とした様子で切り抜ける久城さんの二人を連れて、僕は居間へと戻った。
僕に付いて居間に向かっている時の久城さんは、何やら視線を光らせて僕の事を終始見ていた。
僕達も、彼にいろいろと話す必要があるのはなんとなく分かった。
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「…どうぞ」
「これはどうも」
「ありがとう、土花お姉ちゃん」
居間にある青田家自慢の机に大多数の人達が集まる。
上座から見て右側を僕達帰宅組が、そして左側には久城さん組が座る。ちなみに、カゲメは月緋ちゃんにターゲットされて向こう側に拉致られてしまったので、イレギュラー的に左側に座っている。
土花が全員にお茶を配り終えて一息ついた所で、礼儀として僕の方から久城さんに話しかけた。
「それで、どうしてまた生き返ったんですか?そこの所ははっきりしたいんですけど」
「そう殺気立たないで下さい。私の方でも予想外の結末ですから。まあ、初めから話すつもりではいますよ」
しかし、とここまで言った久城さんは一つ前置きをした後、全員を順番に見回して条件を一つ提示してきた。
「皆様の事も話していただきます。赤原様の方は事前に知っていますが、残りお二人についてはまったく耳に入っていません。それに、そこでお嬢様にべったり張り付かれているカゲメ様の妖力が桁違いに上がっている事も…すべて話していただかねば支障が出ます」
「死んだ奴がよく言うじゃねえか。こっちも掌の上で踊らされてイラついてた所だ。生きているなら文句の一つは言わせてもらうぞ?」
「お言葉を返すようですが。黒部様の独断専行にはこちらも目を瞑っている状態です。ご自身がどれだけ危ない事をされているか、自覚なさって下さい」
「んだと⁉︎」
「黒部さん!」「久城!」
僕と月緋ちゃんの制止の声が響く。
流石に年下に諌められては黒部さんも久城さんも子供みたいに暴れる事はない。大人しく下がる二人の非礼を両代表者が謝罪する事でその場は収まった。
「コホン、では、まずは礼儀としてこちらからお話します。久城の事は見ての通り、無事に生きています。肉体の方は死んでしまいましたが、今は『猫又』という妖怪としてこの世に存在しています。詳しい事は久城に話させます。……ところで、そちらは?」
月緋ちゃんがうずうずとした様子で僕の背中に隠れた一人の少女に視線を向けた。
そこにはついこの間仲間になったばかりの……
「……ルイと言うです。この間、お供させてもうようになったです。特技は『力の増幅』と『地震操作』です」
恐る恐るといった様子で、それでも最低限の自己紹介をするルイ。
だが、こちらは月緋ちゃんを見ずに、ずっと久城さんの方を見続けている。…猫が好き、とは聞いていないが?
ルイの事をひとしきり検分した月緋ちゃんはまだ満足していなそうだったが、時間を取っては悪いと思ったのか、咳払いを一つして久城さんを促した。
それに応えて、月緋ちゃんの側で控えていた久城さんが机の上に飛び乗る。人間とは筋肉の動かし方は違うはずなのに、ここまで自然に動けるのは慣れだろうか?
「ご紹介に預かりまして、私から…といきたい所ですが、正直コレをしたのは我が師 千代婆ですので話せる事は微細です。赤原様もお会いになったでしょう、あの化け物との戦闘で確かに私は死にました。それは間違いありません」
そこまで一気に語った久城さんだったが、そこで一呼吸置くと、少し悲しげな憂いを秘めた眼で訥々と続きを話した。
「私が今、別の生を持っているのは…ひとえに『サトリ』のお陰でしょう。まったく、自分の命を最優先にすると踏んでいたのに…これでは実に申し訳ない」
シュンと頭を垂れる黒猫姿の久城さん。
もちろん、あの妖怪とは会話をした事もなければ具体的に姿を見た訳ではない。よって同情をするにしても少し薄くなってしまうのが実情だ。
しかし、僕達としては久城さん自身の事より、その惨事を起こした当の妖怪についての方が重要なのは言うまでもない。
僕の脳裏には朱雀苑で出会った華蓮の姿を模した妖怪の姿。
手も足も出せず、結果としては『憤怒』の暴走が無ければ命も危うかった敵。
「それで…その元凶の妖怪は?」
「残念ながら、『サトリ』を殺して満足したのかさっぱり行方が知りません。朱雀家の情報網にも掛からないとすると、正直お手上げです」
器用に両手を挙げて肉球を晒す。見た目だけでなく触れば質感も猫そのものだろう。一体、どういう原理なのだろうか?
まあ、そんな個人的な事は後で聞くとして、その肉球を晒した久城さんの顔はお手上げと言いつつも、まだ手の内を隠したギャンブラーのような顔をしている。
言わずもがな、この意地悪く生き残った人が簡単に音を上げるとは到底思えない。肉球を下ろし、久城さんは僕達にその『手の内』を晒した。
「赤原様、それに皆様も……我々と手を組んでいただけませんか?」
「断ります」
「丁重に辞退します」
「嫌なこった」
三者三様、それぞれがほぼノータイムで、そして順番に口を開く。最も単調で、そして最も斬れ味のある最高の殺し文句を。
猫が口を開けて本気で驚いた顔というのを、僕は今日初めて見た。
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久城さんが口を開けて硬直してしまった後、僕は月緋ちゃんに朱雀さんも来ているのかを聞いた。
返事こそは来ている、との事だが、月緋ちゃんも今はその所在を知らないらしい。家の中にはいるだろうとの事なので捜し歩いていたら、意外な事に向こうの方から話しかけてきた。
「どうやら、ちゃんと成長して戻ってきたみたいね?」
「ええ…まあ…」
やけにシリアスな顔をして……埃だらけの傷だらけになった状態で。
「何して遊んでたんですか?」
「あっ、遊んでない!ちょっと納屋の前を通ったら冒険心を擽られて、それで入ったはいいけど物に躓くに躓きこんな有様…分かった?」
ええ、分かりましたよ。結局遊んでただけというのは!なんの弁明にもなってませんよ!
しかし、こんな些細な事でツッコんでいたら話が進まない。後で朱雀さんにはお風呂に直行してもらうとして、僕の用事を済ませよう。
「まあ、そんな事より朱雀さん。僕の存在が消えた件。アレって海外にいる両親にも影響するんでしょうか?というか、もう用事も終わりましたし、そろそろ解いてくれません?」
「あっ、忘れてた」
さいですか〜。僕の登校日数とか大丈夫かな〜。
あまり深く考えた事無かったけど、もしかしていつの間にか退学させられている…なんて事はないだろうか?
「それは大丈夫かな?『存在が消えている』というよりかは『別の所で存在している』という表現の方が的確だから。たぶん、留学扱いされてるんじゃない?」
埃をはたき落として朱雀さんは述べる。今までの僕の所在を。
となるとだ、僕は平然と学校に戻っても大丈夫なのだろうか?留学扱いされているのなら、相応の何かがありそうだが…。
「事象変革といえば良いのかしら?とにかく、周囲の人間には『都合の良い』風に私が記憶を書き換えて置く。それで万事解決よ」
「よく分かりませんけど…取り敢えず、明日からは学校に行きたいんでよろしくお願いしますね」
「分かったわ。必要最低限な物な猫にでも頼みなさい」
用事は済んだ事を示すように、朱雀さんは手を振りながら去って行く。向かっている先は…お風呂場かな?
「あっ、朱雀さん、お風呂場に行くなら気をつけて下さいね?」
「はあ?」
「いえ、なんとなく」
僕も自分の用事は終わった。
久城さんの硬直が解けていたら、まあ話を通しておくとして、後は土花の手伝いでもして時間を潰して…
「わきゃーーーー!」
「ぬっ?何をしに来たのだ?お主」
「あんたこそ、何やってんのよ!いくらお風呂がデカイからって幼児化して泳いでんじゃないわよ!水飛沫が大量に飛んできたんだけど⁉︎」
「いや、こうでもしなければ飢え死にしてしまうやも…」
「しないわよ!」
言ったそばから…。いつぞやセレが幼児化した時からなのだが、セレはいつでも変化出来るように事あるごとに変化するようになった。
その最たるものが入浴だったりする。いつも幼児化してお風呂場から出てくるから驚くだろうなあ、と思ったのだが…どうやら、もっと別の事で驚いたようだ。
「そりゃ、まあ、いきなり幼女が泳いでいたら驚くか」
「幼女がどうかしましたか?」
いつの間にか、背後にはエプロンを着た土花が水の入ったバケツを抱えて立っていた。
水が汚れていない所を見ると、どうやら今から掃除らしい。
「土花、今から掃除?」
「ええ、ですから夕飯の買い物は『幼女』四人組に任せました」
「何か、棘がない?」
「別に…」
頬を膨らませて横を向いた土花。土花のこの時々見せる感情の表現を、僕は正体を掴めずにいる。いつか、分かる日が来るのだろうか?
土花に掃除の手伝いを申し出たが、そんな大した量ではないと断られて手持ち無沙汰になる。
コン達がいないとなると、月緋ちゃんの相手は誰がしているのだろう?
そんな事をふと思い、少し月緋ちゃんの姿を捜してみると、相も変わらず居間で硬直している久城さんを玩具にして遊んでいた。
早くに両親を亡くし、久城さんが親代わりのように育てた少女。その久城さんも、今はもうただの人間としては生きられなくなってしまった。
その上、まだ無茶をしようと言うのだ。少なくとも僕は、あの同盟にはそういう理由で反対している。
全ては命あってのもの。命を無くす時の恐怖は誰よりも久城さんが知っているはずである。
久城さんを玩具にして遊んでいた月緋ちゃんも流石に飽きたのか、一向に動こうとしない久城さんを机の上に放置してどこかに行ってしまった。話をするなら、今が丁度良いだろう。
「久城さん」
「………」
返事が無い。まるで屍のようだ。
「いや、洒落にならないし。久城さん、起きてください。同盟の話、もう少し詳しくお願いしますよ」
自分でノリツッコミをしつつ、屍のような久城さんを叩いたり振り回したりして目を覚まさせる。
動物虐待?徳川五代を連れてきてから言いなさい。
「ああ…、赤原様でしたか。どうかなさいましたか?…私のような死に損ないに、何か御用でも?」
「どこまで引きずってるんですか。とにかく、僕達にも事情があります。何の利害も一致しない状態では、誰だって拒みますよ」
「り、利害ならあるではありませんか!我々が情報を提供し、それを元に皆様は行動出来る。仕事だって優先的に回せるはずです!」
体全体を使って力説する久城さん。だが、残念かな。やはり久城さんは根本的な事を理解していないようだ。たぶん、黒部さんが断った理由そのものである、大きな『穴』を。
サトリという妖怪がいなくなって、少し先を見通す力が無くなったのも影響しているのだろうが、久城さんは前よりも行き当たりばったりな考え方になってしまっている。深く物事を考えられなくなってしまったみたいだ。
「良いですか、久城さん?久城さんの話を総合すると、久城さん達朱雀家が情報を集めて僕達に流す。僕達はそれを聞いて動く『都合の良い駒』…そういう事ですよね?」
「そ、そんな事は!」
「そういう事なんですよ。だから、黒部さんは断った。言っていたでしょう?掌の上で踊らされてイラついたって」
「………」
目を伏せて自分の言葉を吟味するように沈黙を作る久城さん。
この人は決して馬鹿じゃない。たぶん、結果を求めすぎた末に空回りしてしまったのだろう。だから、少し時間を与えれば真剣に考えてくれる。自分達だけでなく、相手方にも相応の物を与えられる条件を。
「僕と土花はそんな理由ではありませんけどね。ただ、ようやく取り戻した平穏を壊したくはないだけですよ。土花は特に…ね」
「暫く見ない間に、途轍もない時間が過ぎ去ったような錯覚を覚えますね、あなた様は」
シニカルに笑ってゆらりと尻尾を振る久城さん。この時、たぶんだが僕も笑っていたと思う。
何に対してかは分からないけれど、暫く土花達と別れて行動した時の事を思い出して自然と笑みが零れた。そんな感じだった。
「久城さん、暫く泊まったらどうですか?月緋ちゃんも、どうせ最近は遊べていないんでしょう?カゲメも一日中家に居て体に悪いですし、ついでに遊び相手になって欲しいですし」
「それは…同盟を組む事の本質を見極めろ、という事ですか?」
「少し違います。だって、同盟を組まなければそっちに利害は一切無い。ここに泊まっている間に、僕の出す条件を考慮しておいて下さい」
ちょっと悪い笑みを浮かべて後ろ手に襖を開けて出て行く。
半分だけ襖を閉じ、声だけはちゃんと聞こえるように、僕は久城さんに提示した。
「情報だけでなく、顧客とアフターケアをお願いします。僕達は、これから大変な事を始めたいんです」
頭の中で描いた空想•夢想。それらを実現するためには、どうしても権力のある家柄の援助を受けなくてはならない。
土花や黒部さんにはまだ話せていないが、反対されても僕はこの『夢』を実現させる。
「明日からまた僕達、学校に行くんで。諸々の用意と家の留守番、よろしくお願いしますね?」
久城さんの光る金色の眼に睨まれながら、僕は襖を完全に閉じる。
用事は全部終わった。
僕はコン達の帰りを待ちながら、部屋でくつろがせてもらうとしよう。
そう思い、僕は久々に歩く屋敷の感触を確かめながら、自分の部屋へと一歩一歩踏み出すのであった。
夏休みじゃ〜い!
皆様、いかがお過ごしでしょうか?休み返上で勉強し続けている、片府です。
お忘れではありませんでしたか?
まあ、忘れていたら読んでもいただけないでしょうから大丈夫だとは思いますが。
私の地元では浴衣を着た人達が最寄り駅から夏祭りに行く光景が見れるのですが……正直、あまり良い気持ちはしませんね、ええ。
私の心が狭いんでしょうが、カップルなんて見ようものなら落雷でも喰らわないかな〜、とか思ったりします。まあ、私はあまり年上は好みではないので、精神的ダメージはまだ少ない方ですがね!
実は今後書きを書いている中、外はどしゃ降りの雷鳴りの状態なのですが、こんな時でも夏祭りってやるんですかね?
梅雨は明けたとニュースでは言っていましたが、この様子を見た感じではもう少し続きそうな気がします。
では皆様、今日はここら辺でお暇を。
不安定な天気ではありますが、皆様のご健勝を心より祈っております。
では皆様、さよなら〜。




