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第四十四話 完成(遭難編 第九部)

 一昔前、とある実験をしてみた。

 それは、一つの村に自分の力の一端を流してみる事。

 あの黒い蛇神の力の一端であり、今は自分の力である神通力。本来なら、これは人々に天啓や災い、そして恵みを与える物。その力は使う時々でランダムだ。

 だから、実験をした。

 どういった状況で、どういった事が起これば、神通力は働くのかと。

 結果は…散々だった。

 なんせ……何も起こらないのだから。いや、正確には起こったが、起こらなかったと言うべきか?

 村では誰もが幸せだった。不平不満を言う事はあっても、それは別に心の底から嫌になっていたわけではなかった。

 どれだけ腹を空かせても、どれだけつまらない人生を送ろうと、その村の住人は誰もが本気で『変化』を求めなかった。

 結果、変化を起こすはずの神通力はただ垂れ流れ、その人間らしい平穏を持続する事しかなかった。

 つまらない。あ〜、つまらない。

 せっかく久々に楽しめると思ったが、結局は人間。自分の生き方に疑問を持つ奴など居やしない。

 だから、燃やした。

 せっかく組み立てた模型だとしても、期待以下なら置いておく必要はない。むしろ、邪魔に、目障りに感じるだけだ。

 燃えて燃えて燃えて、何も残らない程燃えてしまった後を確認する事もなく、自分はそこを立ち去った。

 後々知った話としては、その焼け跡のとある民家に、たった一つだけ煤の無い綺麗な場所があった。

 子供一人分。その位の大きさの綺麗な地面の見える場所。

 何が起きたのかは知らないが、何か起きたのは事実だ。

 流し続けた神通力はその場にまったく残留していなかった。


「ははっ…、はははっ!あーはっはっはっ‼︎…そうか、生まれたか。新たな可能性が」


 自分がこれ程まで笑ったのはいつ以来だったか、思い出す事は出来ない。

 新たな楽しみが一つ、この時に生まれた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 楽しすぎてしょうがない。

 誰でも良い。(助けて…)

 誰でも良いから、斬られて欲しい。(助けて)

 力が、霊力が、妖力が、際限なく溢れ出る。

 視界はただ赤く、全てが血の色に染まっている。

 右腕が痛い。(もう嫌だ…)

 なんだ、まだ治っていなかったのか?(もう、俺は負けただろう?)

 面倒だ。妖力を使ってカバーしておけば、精々数時間は動くだろう。(負けたのに…何故戦いたがる!)

 ああー、うるさいなあ。

 頭に響く誰とも分からない声が俺を責める。

 獲物は森の中をひたすらに逃げ惑っている。それを自分が狩れると思うと、頭が沸騰するような、痺れるような甘い陶酔感が出てきた。

「くくっ、くふははっ!」

 自然と笑みが零れる。

 獰猛に持ち上がる口角、がたいの良い獲物が俺から一生懸命距離を取って逃げている。

 そういえば、この腕は奴にヤられたんだっけ?なら、殺しても、問題無いよな?

「おらおらおらおらぁぁぁぁぁーーー!」

 妖力でカバーコーティングした腕で刃を振るう。

 紅い色の凶刃が奴…森場のギリギリを通ってその奥にある樹を薙ぎ倒した。

 実に楽しい。

 たった一振りだけで簡単に切り裂かれてゆく物を眺めるのは、実に清々しかった。

「んあ?なんだ?」

 斬り裂いた樹の断面から、なにやら霧のような煙が溢れ出る。

 それはすぐに森場の姿を隠し、俺の視界を白く染め上げた。どうやら、完全に誘導されたらしい。

「小賢しい。こんなの気休めにしかならんのにな」

 適当に刀を振り続ける。凶刃の軌道上の霧が割かれ、視界をクリアにする為に。

 だが、霧は割かれた後に再生するように再び集まり、霧散する事をしない。

「どうやら、本気で俺から逃げるつもりのようだな?」

 それはそれで面白い。隠れんぼから鬼ごっこに変更というわけだ。

「簡単に捕まるんじゃねえぞ?」

 膝を大きく曲げ、限界ギリギリまでバネに力を込める。

 力を解放して上へと跳び、俺は霧を置き去りにしながら、逃げ回る獲物を追い始めた。

 獲物と狩人。ハンティングの幕が、俺の中できって落とされた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 さあ、状況確認といこう。

 こちらと向こうの彼我の差は大きなものだ。こちらは背中を負傷。対する向こうは使える腕は片腕のみ、しかも限界は数時間と言った所。

 ここ最近のサバイバル生活における精神状態も鑑みると、こちらが優勢……に見えるだろう。

「ただし、それはあくまでも相手が『人間』であればの話だ」

 神通力ーー神とその恩恵を与えられるに相応しい者が持つとされる人智を超えた力。

 神クラスの妖怪や霊はその強大な力故に、現実に与える影響が大きい。だから、神クラスは自制して精霊クラスにまで力を下げている。

 下げねば宿主も、世界もただでは済まない程強力な力。しかし、自制していては精霊クラスと遜色は無い。

 一説ではあるが、故に神は神通力を造ったと言われている。

『どうする気なの?足止めも有効的な手段とは言い難いわよ?』

「仕方ない。『聖域』に追い込む。先に行って術式の準備をしておいてくれ」

『分かったわ』

 自身の中から気配が一つ消える。木霊が術式を編みに行ったようだ。

 木霊が少年を止める為に編む術式は、木霊唯一の封印術式。その所為もあって編纂するのに時間がかかる。

 誰かが時間稼ぎをしなければ、とてもではないが間に合わない。

「腕が折れてたお陰かな…。傷は思ったほど酷くなさそうだな」

 だが、傷が治る事もない。木霊の報告通りなら、あの妖刀は自然治癒を含めた傷を治す術全てを封じる。

 雷の『拘束』から派生した物だろうが、厄介な副産物だな。まあ、人の事は言えないが。

「さてさて、どこから来るかね?正面か、側面か、はたまた…」

「上からだ!」

 陽光を背にして、大きな影が降ってきた。

 横に転がるようにして避け、派手な音を立てて抉り取られた地面を傍観する。

 土煙の上がっている最中にも、その向こうでこちらの動向を伺う問題児の視線が俺の首を狙っていた。

「よお、鬼ごっこは終いか?なら、その首刎ねさせてもらうぜ?」

 殺人を楽しむように、その眼が妖しく真紅に染まっている。

 髪や尻尾、衣服には変化が見られない事から、『憤怒』が再発した訳ではなさそうだ。

 相変わらず不安定な霊力と妖力、身体から発せられているソレは流れるだけ流れて樹々へと到達、触れた樹々は焼け爛れるようにその表皮を融解した。

「まるで毒だな。しかも酸性と来たもんだ」

「良いのか?そんなに余裕ぶってて、こいつがお前に当たったら、唯の人間にはキツ過ぎると思うがな?」

 毒の生命力。確かに脅威だ。下手をするとその肉体に触れるだけでこちらの拳が溶けかねない。

 でも…まだ足りない。

「そうなった理由は大体想像がつく。ならば、対策も立てられるってもんだ」

 あくまで余裕に。毒に恐怖するのは獣のする事だ。

 ブラフでもなんでもない。あくまで客観的な事実を告げよう。

 毒?武器無しの縛りプレイ?尚且つ触れたら死亡確定?

 大いに結構!

「イイね…、大いにイイね!昔に戻ったみたいじゃないか!暇つぶしなんてものじゃない!これが…生きるという事だ‼︎」

 眠っていた筋力、思考、闘気が活力を灯す。

 全てを受け入れるように、両の手を天へと上げて吠える。

 曇天は変わらない。だが確かに、俺はその向こうで輝く太陽を見た気がした。

「何がなんだか分からねえが…。死にてえって事で良いんだな?」

 圧迫感の上昇。

 殺気と殺気の応酬。

 爆発する力は時間の流れを遅くする。

「経験の差?知った事か!神の通ずる力は無敵だ!」

「そこまで行くと過信でも慢心でもない、ただの傲慢だ!死ぬ気で行くぞ!」

 神が駆ける。

 時間稼ぎなど、二の次だ。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 毒が飛ぶ。風に紛れて赤色の毒がこの身を容赦無く飲み込もうとする。

 下から吹き抜ける死の風を紙一重で避け、迫る凶刃を風の余波を使って流して避ける。

 一撃でも当たれば…否、掠っただけで死んでしまう。そんな、ガラス細工のような肉体の人間だからこそ、戦い方を工夫する。

「ちい!さっきからちょこまかと避けやがって!」

「経験不足を侮ったらいけないよ?君の稚拙な攻撃は威力を重視した単一砲だ。そんなの、当たらなければどうと言うことはない」

 ターンとロール、半身になったり急停止したり、ありとあらゆる避け方で猛攻を掻い潜る。

 この戦いが始まってから俺がしてきたのは、あくまで避けるという行動一択だけだ。

 攻撃をせず、それでも攻撃は当たらない。

 これは、俺が昔から得意とした戦法だ。

「勝負がつかなければ、それはもはや勝負じゃない。千日手に持ち込めれば、どちらにも勝機は無いんだよ」

「うるせえ!それじゃあ、戦う意味なんか無いじゃねえか‼︎」

「だから…それで良いんだよ」

 大きく距離を取り、久々に攻撃に間が空く。

 毒は相も変わらず瘴気として空気中に散布されている。森が聖域であるが故にまだ樹や肉体に影響は無いが、それも時間の問題だ。

 樹が枯れ始める前に、片を付ける。

「戦う事に意味を求めるのは愚者のやる事だ。君達は、今まで意味を与えて戦っていたのかい?」

 そうじゃないはずだ。

 昔は一つの信念を持っていたに違いない。今と変わらず、あの仇敵を倒すという復讐を。

 だが、それを弟分が変えた。

 覚の妖怪の能力は『未来予知』。制限があるとはいえ、自分の望んだ未来を引き寄せる可能性を持つ能力。

 そんな覚でさえ、自分の命を投げ出さねば叶えられない望み。今までの生涯をかけて実行した…最初で最後の弟のワガママ。

「理由を探して戦うのは辞めないか?君は負けるのを恐れ過ぎている。勝ち続ける事は経験を生かす途を閉ざす。もう、気付いてるだろ?」

「……」

「強くなりたいなら、意識するな。その代わり、一時一時の状況で学べ。それが人間だ」

「………」

「さあ、今すぐそのしがみ付いている力から離れるんだ」

 手を差し出す。

 二人の距離は約十五メートル。当然、手なんか差し出しても届きやしない。だが、この行動が目印になる。

「…そうかい。勝ちだけに価値があるわけじゃないのか」

 瘴気の流れが緩やかになる。勢いが弱まり、やがてその流れが止まる。

 ホッと一安心。あとはこのまま、彼自身が終わりを望めば…

「んあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!」

 天地が震える。

 文字通り空間が軋み、空が、地面が、森が、まるで薄い膜が割かれんばかりの少年の絶叫に混乱する。

 瘴気の流出は無い。ーー妖気のバランスは相変わらず最悪にも、関わらず。

「ヤバいっ!」

 少年を中心に竜巻が唸る。まるで、少年を縛り付けるように…

「ぐあぁぁー!」

 血走った眼で竜巻の鎖を振り切るようにこちらを駆ける少年。

 十五メートルとはいえ、普通の人間なら数秒は駆け抜けるのに時間がかかる。だが、たった一歩、僅か一歩でその距離を詰められる。

「(これは…避けられん!)」

 物理的制約を無視した一閃が下から襲いかかる。

 刃が身体を捉え、押し付けられ、めり込み柔らかな人間の皮膚を…

「…水よ」

 視界が青く染まったのは、その時だった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 水が青というのは、間違った解釈であり、誤解である。

 水色と呼ばれるものが存在する理由は、空の色が映し出された青い海から由来すると聞いた事がある。

 要するに、水とは無色透明で色などが存在しないという事なのだが…

「(何故、俺は水の中にいる⁉︎)」

 いや、俺だけではない。目前にまで迫っていた少年も、俺のように水状の球体に捕まっている。

「あの、お願いですから少しは自重してもらって良いですか?そろそろ私、面倒みれなくなりそうなんですが…」

 ポツリと聞こえた愚痴とも非難とも取れる声。液体の中にいる所為か少し歪んだ、少女の声。

 しかし、声の主はまだここに来るには速すぎる気がする。なんせ、俺が木霊から報告を貰ったのが少年と戦う直前だ。

「セレ、この水の玉、解除するにはどうすれば良いんですか?」

 姿の見えない位置から声が聞こえる。一つの疑問を植え付けて。

「えっと…、水を身体の一部として意識して、込めた力を抜く要領で水を解放するっと」

 自分に言い聞かせるように呟かれた直後、球体が本来の動きを取り戻したように地面に水溜りを作る。

「がはっ!ごほっ…げほっ」

 肺に入った水を吐き出し、呼吸を整えようと身体が自然と酸素を求める。

 頭を上に向けて気道の確保をした時、少年の球体は未だに健在している事を知った。

「これは…一体…」

 どういうことだ?と言う前に、俺に近付いてきた者によって言葉を飲み込む。

「大丈夫?主には悪いけど、術式の編纂よりこちらの方が速そうだったから勝手に動かせてもらったわよ?」

「木霊?」

 深い深緑の髪と瞳、特徴的なエルフ耳にフワリと開く戦闘には不向きとしか思えないドレスのような服。会うのは久しぶりだが、確かにそこにいたのは木霊だった。

「無茶したものね。どうせ、隙があれば殺す勢いでやったのでしょうけど、その様子では無理だったみたいね?」

「余計な…お世話だ」

 木霊に身体を支えられて取り敢えず、少年から距離を取る。

 緊張が解けたからか、はたまた球体に閉じ込められたのがよほどのダメージだったのか、身体は自分でも驚くほどに衰弱していた。

「それで?お前の待望の少女は何処に?」

「いるじゃないの。あそこに」

 視線を投げてその位置を指す。少しだけ首を動かしたその先には、相も変わらず球体に閉じ込められて足掻く少年と…

「おいおい、冗談はよしてくれ。あれが本当にか?様変わりし過ぎだろ?」

 その少年を眺める。長く青い髪と眼と小さな角、髪に隠しきれずに覗く控えめなエルフ耳。

 服はまるで巫女服のように白と赤を基調とし、腕と足を大胆に出している。

 頭に生えている小さな角以外は、その面影を完全に失っていた。

 木霊は言ったのだ。アレが、あの妖怪となんら変わらないあの姿の少女がーー青田 土花。

 完成したのが、あの姿だと。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 時を少し遡って一から順を追って回想していきましょう。

 私があの時、土蜘蛛から聴かされたのは、実に突拍子もない嘘のような真実でした。


 人間じゃない?私は立派な人間、それ以外でも何も…

「あるんですよ、それが。主も薄々勘付いているのでしょう?何せ、主はあの二人の子供なのですだから」

 ………

「黙り込んだのはその証拠。そもそも、我々は貴女に対して酷い要求を散々しているではないですか。まさか、あれがただの嫌がらせとでも?」

 一片の疑いも無く思っていた。…というのは酷すぎるでしょうか?しかし、事実ただの嫌がらせだと思っています。

 今も、昔も、ずっと私はあなた達に嫌われていたから。

「いえいえ、そこからしてまず前提が違います。嫌ってはいましたが、我々にも考えがあったのです」

 ほう、その考えとは?

「ただの復讐者の手に落ちては元主殿に悪いな〜、と」

 元主殿というのが誰かは存じませんが、ただの復讐者で悪かったですね。大変面倒をお掛けしましたー。

「棒読みで言われても誠意がありませんよ。まあ、それより、話をすると言っても我々は何も言う事が出来ない。あくまで、主が気付かなきゃいけない。気付く事が出来れば、我々は色々教えられる」

 だから、その気付くとか勘付いているとか、何の事か見当がつかないのです。

 やれやれといった様子で私を見下ろす土蜘蛛が首を振る。しかし、土蜘蛛のその何も言わなくても分かるでしょ?みたいな過大評価は甚だ不本意です。

「はあ…、ではヒントです。一発で覚醒させてやります」

 何やら不穏な気配が…

「記憶の海へと落ちていけ!大丈夫、頃合い見計らって引き揚げます!」

 見下ろしていた土蜘蛛が徐々に近くなる。いや、あれは落下しているのでしょう。

 私へと向かって落下してくる土蜘蛛の片手はチョップの形で固定されている。

 まあ、この先はなんとなく想像出来ますね?

 薄くなっているはずの私の肉体に、土蜘蛛の手刀が的確に入る。

 特に痛みはありませんでしたが、まるで重力に引っ張られるように、私は自分の下を轟々と流れる記憶の渦へと呑まれていきました。


 懐かしい。

 今となっては思い出すのが難しい記憶の一ページ。

 喉の渇きを覚えた私が居間へと向かい、お酒を飲む両親を見つける。

 いつもと違うその雰囲気に、少し興味を抱いた幼い私は隠れて二人の話を盗み聞く。

 主に話されるのは私の話。

 今日はこんな話をしたとか、土花もだいぶ大きくなったとか。

 そんな他愛ない話。でも、話すのはいつもお父さん。お母さんはただ聞いて、頷くだけ。

 勿論、お母さんとだって沢山話した。お母さんにしか話さなかった事もある。なのに…

「どうしていつもーーそんなに他人事なの?」

 十四になった私が思う。

 そうだ。あの時も、その時も、どの時でもお母さんだけはいつも一歩引いていた。

 申し訳ないように、自分は飾りだとでも言うように。

 飾り…ああ、そうか。

 本当にーー「飾り」だったのか。

 遊園地に遊びに行った私が無邪気に笑っている。

 何も知らず、これから起こる事を予想すらしていない純粋な笑顔で。

 三人で歩くその後ろ姿を最後に、私の身体は持ち上がった。

 土蜘蛛の言う所の、頃合い。

 フワリと浮かんだ身体は再び重力を忘れたように、今度は本当の重力のある元へと飛び立った。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「おいおい、今ので何を納得しろって言うんだ?木霊よ」

「別に今理解する必要は無いわよ。ただ、あの娘がやっと出生を知った。それだけで充分」

 深緑の髪を掻き分けて、腰を下ろす俺に告げる木霊。だが実際、出生を知っただけであそこまで激変するものだろうか?

 そもそも、あの姿は以前の物とはまるで違う。土蜘蛛だけじゃない、見た感じではセレという人魚まで憑依させている。

 これでは、大前提が崩れるというものだ。

「渋い顔をして…。言ったでしょう?今理解する必要は無いと。どうせ、もうすぐ解るわ」

 少女…土花嬢が先ほどと同じように少年の入った水球を解除する。

 こちらは生身の人間だったからダメージを受けたが、向こうは半分以上が妖怪側に移った人間だ。ダメージは無く、即座に後退して距離を稼ぎ、頭を垂れた。

 しかし、その行動は先程の危険な状態とは異なり、人間味がありありと感じられた。

「赤原さん、少しは頭も冷えましたか?」

 青い髪を靡かせて土花嬢が刀をその手に現す。刀は、それだけは相変わらずの土塊で出来た柄を持つ刀だった。

「まったく…手荒だな、土花。人が折角心配してたのに、これじゃあ骨折り損だ」

「すみません。ご心配をお掛けして…」

 眉を少しだけ落とし、土花嬢が深々と謝罪する。反対に少年は垂れていた頭を上げ、暴走する前のガキっぽい好戦的な瞳をこちらに向けた。

「暴走が…止まっ…た?」

「いや、まだね。まだ妖気の乱れは改善されていないわ。どちらかと言うと、いつぞやの鼬の子に近い感じかしら?」

「鼬?」

 思わず口をついて出たのか、木霊がしまったとばかりに口を手で隠し視線を泳がす。

 どうやら、俺には内緒で随分前から彼らを見ていたようだな?まあ、今は深くは言及しないが。

「対処法としては俺を殺すか、俺が気絶するレベルで力を使い切るか…のどちらかかな?」

「つまり選択肢は一つ…という事ですね?」

「そうだな。悪いな、土花。面倒をかける」

「たまには、私も力になりたいですから。それに、どこまでついて行けるか試してみたいんです」

 土花嬢の顔に薄い笑みが広がる。髪も長くなり、その雰囲気はどこか大人っぽくなったような気がする。

 おっさんの目線から言わせてもらうと、あれはいい女になるだろう。

「ちょっと、顔がだらしなくなってるわよ。久々に女の子が目の前にいるからって鼻の下伸ばさないでよ」

「こりゃ、失礼。お前の前では自殺行為になりかねないな」

 場の空気が少しだけ軽くなる。

 命懸けの戦いになるとはいえ、それは限界ギリギリまで神経を張り詰める程にはならない。

 しかし…

「強くなったな、土花!」

「いえっ!まだっまだです!」

 少年の妖刀は確かに強い。

 刀身から雷が迸り、その余波が樹々を焼く。

 距離を取って傍観している俺ですら、木霊が結界を張って護ってくれていなければ消し炭になっていただろう。

 だが驚くべきは少年よりもむしろ、土花嬢の方だ。

「ふふっ、あの人の血を受け継いでいるだけの事はあるわね。まさか、扇子一枚でここまで変わるなんて」

「水を操る扇子…。どうやら間違いではないようだな?あの娘、二重で憑依してやがる!」

 リンッ!と力強く左手に持っている扇子が振るわれる。それに呼応するように、どこからともなく水が少年の刀の軌道をズラす。

 ズラした軌道を縫うように、今度は右手に持つ土塊の刀を振り絞る。

 機動力で明らかに劣る少女の身体は、しかしその実少年を着実に追い詰めている。

「シフトチェンジ!」

 少年が大きく距離を開けて退くと、土花嬢は声を張り上げ憑依する者達に指示を出した。

「刀と扇子が…逆転した⁉︎」

「赤原さん、驚くのはまだ早いです。このスタイルの戦い方の真骨頂は、この後ですよ!」

 駆け出す。

 小さな体躯を落とし、風を切って開いた距離を詰める少女の手に持つ青い刀が輝きを増した。

「洋の式 断罪水虎!」

 水が身体を包み込む。まるで、主を守り運ぶ水精の加護のように。

「その技は!」

 少年の顔が恐怖に染まる。そういえば、情報では少年も限定的とはいえセレと憑依出来たか?となると、一度見た事があるのかもしれない。

 少年は刀を腰だめにして、向かってくる土花嬢を真正面から受け止めるつもりのようだ。

「葛の式 雷子抜刀!」

 力の放流が二つ。

 水と雷の異なる光が強くなる。

 やがてそれはフラッシュのようにその場の全員の視界を白く染めた。

 だが、染まる瞬間、俺は確かに見た。

 少年の妖刀が暴走した妖力の色である赤から本来の青白い色へと変わり、そして妖刀の形状が一瞬、明らかに変化したのを…。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 刀の操者の眼をも焼くフラッシュが起こると同時に、俺の燃えるような熱さを持っていた身体が元の熱まで下がった。

 しかし、一度発動した技を途中で止めるには、俺も土花も本気になっていた。

 結果、俺と土花の刀が衝突する衝撃だけが手元に残った。

 重く、一度でも気を抜けばこちらが両断されかねない程の鋭い水の刃。

「(耐えてくれ、虎狐!)」

『葛の式 雷子抜刀』は俺が最近編み出した技の中では最高の斬れ味と強度を誇る技だ。

 何故なら、一度黒部と特訓した時に撃った『葛の式 電子砲撃』を改良した技だからだ。

 あの時、強度優先で造った結界を簡単に消し飛ばしたアレを、今度は雷華のように刃の部分にだけ纏わせる。

 自動車の窓を拳で殴っても割れにくいが、鍵などの先端などで突けば割れやすくなるように、高威力過ぎて自分の身すら危険に晒した脅威が、今度は最高の武器となる。

 フラッシュが少しずつ治まり始め、刀を押し返す力も比例するように弱くなる。

 フラッシュが消えた時、目の前には慈愛に満ちた笑顔で俺を見る土花の顔が…そこにはあった。

「おかえりなさい…赤原さん」

「お、おう、ただいま。…土花も、おかえり」

 互いの刀は未だに当てたまま、俺達は二人で笑いあった。少し離れた所で腰を抜かしている森場の姿が、特訓の終了を証明していたから。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 影が一つ。

 スルスルと影と影の中を移動する『何か』が先程までフラッシュのあった場所を離れるように、逃げるように動いていた。

「おやおや、何を慌てているのかしら?」

 暗い海の底を泳ぐように泳いでいた影が止まる。

 影には今、顔が無いし為表情も無い。だが、その心境は並ではない程に慌てていた。

 当たり前だ。その影は、今まで自分の姿を認知された事も、気付かれた事も無いのだから。

「安心しなさい。大人しくしていれば手荒な事はしないわ」

 大人びた、姿の見えない声が聴こえてくる。

 影の中に沈んでいるにも関わらず意思疎通が出来る。ならば、同属か?

「少し違うわね。というか、一緒にしないでくれるかしら?私は一人で生きられる。でも、あなたは違うでしょう?」

 なに⁉︎

「だってそうでしょう?私の同志の身体に無断で入って、ただで済むと思ってるの?」

 どこから!どこから話している⁉︎影の中にはいない…ならば!

「遅いわね」

 眼が地上へと向く。でも、速すぎる。

 眼が向く前に、身体に大きな穴が開く。いや、これは…か…げ?

「おや、影が虫ピンになる面白い光景かと思ったら、虫ではなく魚。ふふっ、まあ、いいわ。皆の元に行きましょう、人騒がせな害魚さん?」

 か…は…

「おいおい、虫の息じゃねえか。殺っちまったら意味ねえだろ?」

「大丈夫よ。仮にも妖怪、そんなに簡単に死なないわ。今すぐセレの元に行けばまだ間に合うでしょ?」

「鬼畜だな〜」

「クロベに言われたくないわね?まさか、一度捕虜となってこの世界から追放された後、自力で戻ってくるなんて…ね」

「ふん、まあ…ちっとばかりは有意義だったかな?」

「さあ、戻りましょう?」

「おう」

 お腹に刺さった影をそのままに、空に向かって仰向けにされたまま移動を開始される。

 そこまで理解して……私の意識は薄れていく。

「ごめ…ん…なさ…い。マス…ター」

つ〜か〜れ〜た〜(扇風機の前で)

はい、どうも皆様お久しぶりの私、片府です。

いつの間にやら第九部まで行ってしまった遭難編。本来なら、ここまでやる事は無かったのですが…なんで、こうなったんでしょうね?

まあ、そんな失敗はさておき、今回をもって遭難編は終了。そして、次回は何時ぞやにもあった番外編と称してやらせていただきます。

最後にカゲメに刺されたのは誰なのか、そして、一度捕虜になった黒部さんが今までどこに行っていたのか。そこら辺にスポットを当てられたらと思います。

最近目の下のクマから目の周りのクマに変わりつつある片府ですが、意識落ちるまで頑張ろうと思います!

では、今日はこの辺で。

では皆様、また次回でお会いしましょう。さよなら〜。


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