第四十三話 帰り着く先は… (遭難編 第八部)
むせ返る血臭の中、ようやく俺は覚醒する。
ああ…、外はもう暗くなっている。
気怠げに立ち上がり、ボロく古い寺の本堂を歩いて灯りを探す。途中、何か大きな物体が転がっていたが、気にせず跨いで本尊の近くにある蝋燭に火を灯した。
気まぐれで昼寝をしてみたが、どうやらガッツリと眠ってしまったようだ。まあ、ここにはもう誰もいないのだから、問題は無いが。
蝋燭を手に持ちながら、俺はサボっていた物探しを始める。
本堂のあちこちに転がる石の塊のような大きな物体…頭蓋を、たまに跨いで、たまに蹴っ飛ばして探索を続ける。
頭が痛い。
身体が重い、心が重い、……それでも、足は前へと進める。
本尊の後ろ、本来は誰も立ち寄らないだろう場所に、隠し扉が隠れていた。
それを無機質な眼で探り当て、鍵のかかった隠し扉をぶち抜く。
ぶち抜いた先、手すりの無い螺旋階段がぶち抜かれた扉を容赦無く暗闇の底へと呑み込んでいった。
呑み込まれた扉が反響する音も無い。つまり、先は気が遠のく程に遠いという事か。
「無限に続く螺旋階段。あの神にはピッタリの隠れ場所だな」
この寺の坊主共の畏れが体現した姿で、俺は笑う。
皮肉な物だ。この寺の坊主共が恐れ、疎い、忌み嫌った者は彼らの師匠であり、育ての親たる前の僧正なのだから。
「ふん。まあ、こんな坊主らしくない坊主は嫌われて当然か?」
乱れ、手入れされていない髪、そしてくたびれた黒いロングコート。顔を触った感じでは髭もある。よくこんなで僧正を名乗っていたものだ。
石段を一つずつ下り、足音が鈍く壁に反響する。
ロングコートに手を突っ込みながら、俺はこれまでの事を考える。村を焼き、人を焼き、この世の神秘すら壊した数は既に記憶に残っていない。
あの日、湖の湖面に顔を映し、自分が存在出来る場所は無いのだと気付いた時の絶望感を思い出す。
真っ黒な影…いや、真っ黒な穴と形容した方が正しいだろう。人も獣も、ましてや同族である妖怪達ですら、この姿に嫌悪を抱かなかい者はいなかったのだから。
何もおらず、誰もおらず、そこには何も無いのだと理解される。
誰が予想出来たか!
こんなに恐ろしく、惨い結末を。
誰が救える!
自分で望んだ。愚かな選択の尻拭いを。
答えは……皆無だ。
誰も予想出来ず、誰も救える者はいない。ならば、自分でやるしかないではないか。
「我救う者ならず、我能う者ならず、故に汝たるは無価値なり…か」
黒のコートが一度大きくなびく。
誰だったか、こんな事を言われた時はえらく腹も立った。今となっては、まあ当たり前と言えば当たり前なのだが。
しかしーー
『上の無能共はどうしたのだ?…その男の姿に騙される程、我々は無能ではないぞ』
「分かっているさ。でも、お前等の言う通りで上の無能はこれだけで実力を損なってくれて、大変楽だったよ」
螺旋階段を下る中、どこからともなく声が響く。腹の底にまで重く、熱を冷ますような深い声。
螺旋階段はまだまだ続く。それこそ、とぐろを巻いた蛇の体を降りていくような感覚だ。
「俺の目的は知ってるよな?だったら、こんな面倒な試練を省略して欲しいのだが?」
『ふん、人間を辞め…いや、まだ辞めきってはいないか?でなければ、そんな妖怪よりも中途半端な姿にはならんか』
「貴様、この姿について何か知っているのか?何だ、何を知っている!」
石の階段、石だけの空間に自分の声だけが反響している。
俺がこの姿になって数百年の月日が過ぎた。未だに、この姿を変える方法も自分の存在を戻す方法も見つからない。
だから、見つからないものは探すのは辞めた。
空っぽになったのなら、また満たせば良い。何人殺そうと、何人の恨みを買おうとも。
『自分の存在を得たいなら、我々の元へと来るがいい。我々の元へと来られるのなら…な』
空間が歪む。歪み、捻れ、曲がる。
現れたのは黒く、赤い眼を携えた幾万もの蛇達。おそらくは、俺の目的たる者の眷属。
欲しければ奪い、奪いたければ殺す。なるほど、俺好みと言えば聞こえが良い。
「俺が本気になれるだけの敵ならば…だがな」
形容し難い闇が覆う。足場の狭い場所での戦闘なんぞ慣れっこだ。いくらでも、いつまでも戦い続けてやる。
視界で黒と黒とが潰し合う。
俺の顔が醜く歪む。意識しなくとも分かる。今の俺の眼は赤く、紅く輝いている。
さあ、妖怪達の潰し合いを始めよう。
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「準備は良いかい?」
「それはこっちの台詞だ。何だよ、お前その格好で戦う気か?」
「動ければ大丈夫さ」
土花の倒れていた場所とはまた違う拓けた場所。そこと違うのは、ここは邪魔の入らないように三重に結界が張ってあるくらいか。
そんな場所で俺と森場は向かい合い、戦闘前の雑談をする。
戦闘前に雑談なんて本来はするはずがないのだが、奴の服装が少しだけ気になった。
森場の服装は実に軽装。肌着にジーパンの二つだけだ。過去にこれだけの軽装で戦いをしようとする愚か者はいないだろう。
「武器も無しでいいのかよ?それに、見た感じでは妖怪の気配も無いが…」
「君が心配する事ではないさ。今は一秒でも早く私を倒す事だけを考えなさい。それに、君の肥大した自信では私の動きも分かるまい」
右足をトントンと叩き、森場は余裕の笑みを浮かべて俺と虎狐を見る。
ここに来るまでにもずっとこいつは俺と俺の手の中にある刀を見ていた。まるで、面白そうな玩具を見つけた子供のような顔で。
まあ、知った事ではない。俺ももう腕の痛みでどうにかなってしまいそうなのだ。さっさと終わらせてやる。
「行くぞ!」
「うん、いいよ」
大きく一歩、地面を踏み締めて森場へと接敵する。
右手で振った虎狐が強い光を出して森場を切り裂く為に幾筋も疾駆する。
「(『葛の式 雷華』を飛ばした斬撃を更に分裂させた多重攻撃。妖力をギリギリまで絞り、放った後に暴発するギリギリで解放しなければ出来ない芸当だ。簡単に躱されてたまるか!)」
放出と暴発などの相反する物の調和は実は案外難しい。そもそも、人間の生活はそんな相反する物の調和によって成り立っている。
身近な物で言うと、原子力発電だろうか。
熱エネルギーによって生成される水蒸気は多くの家庭を養う電気となる。
もし片方が強過ぎれば被害が出て、弱ければ満足のいく結界は出ない。
土花が眠っている間に色々と考えた手の内の一つ。ここで試させてもらおう。
「食らえ!」
死角無しの雷撃が森場を襲う。
涼しい顔で直立していた森場が真面目な面持ちに変わる。その顔は樹の陰から出てきた時のような、百戦錬磨の玄人の顔。
「まったく、これだから素人は…」
そんな一言が聴こえた。その一言を認識しただけ、まだ僥倖だろう。
だが、結局その一言を認識した後には、俺の身体は結界の端にまで飛ばされていた。
「がはっ!」
肺から全ての空気が強制的に吐き出され、一瞬だけ気が遠のく。
膝を着き、吐き出した酸素を求めて喘ぐ中、俺のみぞおち辺りが熱を持っていた。
「(掌底⁉︎あの中をか⁉︎)」
雷撃は確かに森場が立っていた場所に焦げ跡や深い溝を作っている。だが、当の森場は俺が立っていた場所で掌底を突き出した状態で停止していた。
「(まぐれ?いや、常人では考えられないスピードで全部潜り抜けやがったのか!)」
脳に酸素も回り、冷静な判断を下せた所で俺は再び立ち上がる。
森場の一撃が相当重かったのか、俺の脚は既に笑い始めて落ち着かない。
たった一発でこの威力。次に食らったら立ち上がれるかも分からないというのが本音だ。
仄かな焦りと身体のダメージから身体中から嫌な冷たい汗が滴る。刀を握る手にも嫌に力が入った。
「物事に偶然やまぐれは存在しない。そこには必ず原因があり、要因があるものだ。そこまで気付いただけでも良しとしよう」
「何を…言っている?」
拳を握ったり開いたりしながら、森場が意味ありげに呟く。その顔は先ほどとなんら変わらない、ただ遊び道具を試すような薄い笑みを貼り付けているだけだ。
薄気味悪い
ようやく、この時になって俺は森場にこの感想を抱いた。
気味が悪いと思った事はこれまでにも何度かある。セレの水人形に襲われた時、黒部に初めて会った時、カゲメと一人で相対した時。
その全てが、皆自信に満ちた眼差しと薄い笑みを浮かべていた。
「でも、その全員がその笑顔を壊されたんだ」
体幹を攻撃されないように半身だけずらし、右手の刀を突きの構えで次の攻撃に用意する。
余裕から笑みを浮かべる奴は総じて自信家の奴が多い。だから、その自信を突き崩せれば、勝機は見える!
「諦めない気持ちは大変結構。だが、今の君では一撃だって俺に当たりはしない」
心を乱すな。ハッタリ、ブラフに引っかかるのは愚者の所業だぞ。
森場はまた直立して薄気味悪い笑みを浮かべながら俺を見る。
その目に宿るのは嘲笑でも同情でもない。ただ、当たり前の事実を突き付ける学者のような目があるだけだ。
だからこそ、それがブラフたる由縁。
「(顔の表情、目線の強さ、果ては身体の動かし方までも意識する事で自らが上だと主張する。カゲメの戦闘スタイルに近い。ならば、足で掻き回すのみ!)」
突きの体勢をそのままに、右足に力を込めて森場の元へと疾駆する。今回『雷華』を纏うのは…自分の身体。
「へえ…、バリエーションに富んでいる。良い技だ」
肉体強化されたまま刺突を食らわせようとしていると考えた森場が横へ少しだけ跳ぶ。…だが、考えが甘過ぎる!
「 ‼︎ 」
森場の直前まで疾駆した俺は肉体強化の恩恵として、本来なら無理な可動もこなす事が出来る。つまり、森場が横へ跳ぶと同時に方向を変える事も可能なのだ。
「くっ!」
森場の苦悶の声が聴こえ、方向転換された虎狐の切っ先が浅く森場の横っ腹を切り裂く。
横を通り過ぎる間際、赤い液体が横目に写るのが見えた。
「どうだい。一撃入れてやったぞ」
『雷華』を解き、横っ腹を押さえて膝を着いている森場を見下ろす。しかし、それでも森場の薄い笑みが消える事は無かった。
「何が可笑しい?」
「ふふっ、いや、すまない。まさか、自分の今の状況をまだ認識していないとは思わなかったからね。注意力散漫と言うか…自信もここまで来ると痛快だね」
森場の言葉にイラつきを覚えるも、どうせあと一撃で終わると思い受け流す。
森場にもう一歩近付こうと足を伸ばすーそこで、ようやく気付いた。ーー自分の右腕から両足にかけて、深緑の蔦が複雑に絡み付いている事に。
「なに⁉︎」
「言っただろう。君は俺には勝てないと。君の動きには驚いたが、俺の表情に満足しているようでは、ブラフも見抜けないさ」
蔦は腕と足を一体化させるように巻き付き、しかも、蔦は物凄いスピードでその数と太さを増していく。
一分もしないうちに、俺の腕と足は深緑の蔦で完全に隠れ、虎狐の雷のように脈打つ刀身だけが虚しく輝いていた。
「まず一つ、俺は君の決死の一撃に当たっていない。あれは蔦の元となる種に霊力を流したかっただけさ。ほれ」
脇腹を一つ、ポンと叩いて立ち上がった森場の傷は勿論、肌着も元に戻っていた。
「そして二つ、技は派手さイコール強さじゃない。掌底一つで戦い方は幾らでも増やせるんだ。この蔦のように」
きつく縛り上げ、俺の身体を飲み込むように広がり続ける蔦は遂に胴体を完全に飲み、残すは頭と刀だけになっていた。
その頭も早くも侵食が始まり、驚異の成長速度で視界が塞がれていく。視界が、聴覚が完全に無くなる間際に脳に流した情報は、薄気味悪い笑みを貼り付けた森場の顔とーー
「我救う者ならず、我能う者ならず、故に汝たるは無価値なり。この言葉、よく考えると良い。狐神」
ーー決定的な格差の違いを感じさせる、その深い声のみだった。
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女性の名前はワカナと言うらしい。あくまで、親しい者達が呼ぶ名前であって本当の名前ではないようですが、それでもワカナさんは自慢の名前だとフワリと笑って答えた。
「昔、ちょっと満身創痍だった時に、出会った人間が名付けてくれたのよ。『貴方の眼は夏に芽吹く若葉のようだね』って言って」
「そんな事を平然と?少し感性を疑いますね…」
「ふふっ、本当よね」
ワカナさんに連れて来られた場所はあのログハウス…によく似ているが内装の違う、まったく別のログハウスでした。
私、青田 土花がこの場所に来てからというもの、ワカナさんは思い出話を楽しそうに延々と語り出してしまいました。
別に退屈だったという訳ではないのですが、その殆どが惚気に近かったので対応に困ります。憑依を解いておいて正解だった、と思ってしまうのは失礼ですが、正直な本音です。
「え〜っと、ツチカちゃんよね?ごめんなさいね。思い出話で時間を取ってしまって」
「いえ、どうやら私の目的の場所ではなかったみたいなので。赤原さん達が気にはなりますが、あの人なら大丈夫でしょう」
淡々と確定事項を並べるように、顔の表情を動かさずに言葉を羅列する私をワカナさんの優しげな笑みが迎えてくれる。
それだけで、私は満足感に近しい物を感じてしまいます。
ここはひどく居心地が良い。
それがワカナさんの雰囲気の所為なのか、それとも戦闘に至らない事への安心感から来るのか。
「気になる?」
「えっ?」
「私はずっと見ていたのよ?こっそりと、誰にも気付かれないようにね。バレたら怒られちゃうと思うけど、それでも見ていたかった。『家』と呼べる場所を、あの人は持っていなかったから」
ワカナさんの優しい眼が私の顔を捉える。こんな視線を…以前にも…どこかで…
「そろそろ時間ね。私は信じてるわ。あなたの、あの人の遺した『家』を形にしてあげてね」
瞼が重い。でも、やっぱりこの場所は居心地が良い。揺りかごに揺られるような浮遊感と安心感。
どこでしょう?どこだったでしょう?
ふと浮かんだのは、絵本を読んでくれる父の姿。父と母の仲の良い会話。
でも、その会話はどこか距離を感じる。
走馬灯のように巡った幼き記憶を遡り、私の時間も遡る。
父と母の記憶は、簡単に砕け散った。
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揺蕩う波のような不思議な流れが仰向けになっている私を運ぶ。
目的地は分からない。そもそも、現在位置すら判断がつかない。分かるのは抗う術が無い事と、いつからかは分からないが、既に私は肉体を持っていない事だけだ。
流れに身を任している最中にふと手を見たら、少しだけ透けた自分の手があった。
今思い出してみると、ワカナさんと話している時からやたら身体が軽かったように思える。
私…死んだの?
過去の走馬灯のように駆け抜ける記憶の波達。
私の声にならない小さな呟きは大きな波に飲み込まれて消えていく。誰も、この問いに答える人はいない。
波に流れるたくさんの記憶のワンシーンが、私の前で映し出される。
その記憶は、あまり思い出したくはない記憶。両親の葬式の時の記憶だ。
いやだな…、どうして走馬灯で悲しくならなきゃいけないの?
小さい私が泣きじゃくっている。今ではもう、あの時のようには泣けない。なのに、悲しいという感情だけは深く根付いている。
「ふふっ、我が主も年相応に泣いていた時期があるのですね?」
私が泣きじゃくる記憶が流れて行った。そして、その直後に久し振りに聴いた声が聴こえる。
土蜘蛛?どうしてあなたが?
「おやおや、バレてしまいましたか。本当はいきなり顔を出して驚かそうと思ったのですが」
実に悪趣味。やっぱり、前より性格が悪くなった気がする。
「言ってくれますね。まあ、良いです。声が聴こえているのなら、このまま話してしまいましょう」
話す?何を?
「あなたのお父上について…ですよ。少しばかり長くなってしまうかもしれませんが、聞いて損はありません。むしろ、主はそろそろ知らなきゃいけない時期だと判断します」
仰向けになっている私を見下ろすように、赤原さんとは造りが少し違う和服を着た青年が現れる。
関西圏でよく知られた大妖怪土蜘蛛。
彼と出会ったのは実は我が家だったりするのだが、正直、今に至った経緯を既に私は忘れている。
それほどに、その出会いは在り来たりだったのだ。
「在り来たり…というより、恥ずかしいだけでは?まさか、神棚に本当に土蜘蛛がいるとは思わなかったのでしょう?腰を抜かす程驚いていましたし」
もう…やめて、泣いちゃう。
「泣けないでしょう。今の君は」
意地悪だ。本当に意地悪だ。
久方ぶりに顔を合わせたらこれだ。よほど今までの扱いに嫌気が差していたのだろう。
何にしても、用件があるなら早くして欲しい。死んだなら死んだで、私はやる事がある。
「やる事って…何するのさ?」
決まっている。幽霊になって赤原さんに取り憑く。
「真面目な顔して言わないで欲しいなあ。彼も二人に憑かれたら大変でしょうに。まあ、時間が惜しいのも事実、我々も早く肩の荷を下ろしたいし、本来の使われ方をされたい」
さて、と前置きして、土蜘蛛の頭たる青年は話し出す。彼の話を。
そして知る。自分の事も、神棚の本当の意味も。
青年の語り口の第一文は、こうして始められた。
「青田 土花。君はまず…純粋な人間ではない。話すなら、そこからが妥当だろう」
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「あ〜、疲れた」
『お疲れ様…なのかしら?』
木霊の声で気が抜けたのか、崩れるように腰を下ろした俺に冷や汗が流れる。
そもそも、戦闘自体を得意としない俺では荷が勝ち過ぎていたのだ。
刀だけを残して全身を蔦で覆われた少年は、下手をするとそのままリアル植物人間と化すだろう。こちらも危ない賭けではあるが、これぐらいで死んではこの先生きていけない。
「そっちの方はどうだ?木霊」
『ええ、こちらも今しがたそっちへ送ったわ。ちゃんと抜けられるかは分からないけれど、案内役がちゃんとすれば問題無いわ』
「えらく淡々としてるな。会うのは久し振りなんだろ?もう少し何かないのか?」
『あなたがノロノロしてるから、十分に話す時間があったわ。それに、語り過ぎちゃうとバレかねないもの。あの娘も、彼と同じで勘が鋭そうだから』
頭に流れ込む声はどことなく弾んでいる。隠そうとしているようだが、やはり嬉しいのだろう。丸わかりだ。
それにしても…
「やっぱり、木霊の宿り木でも刀は喰えないか」
当然と言えば当然だが、俺が少年をグルグル巻きにしたのは何も俺の力ではない。
木霊とは森の樹々、その一つ一つに宿る本来なら小さな精霊達だ。だが、俺の木霊は違う。
「なあ、前にも聞いたかもしれんが、今のお前は依り代がなければ生きられない状態なんだろ?なんで、俺だったんだ?」
『物覚えが悪いにも程があるわ。まあ、でも、昔はそうだったというだけで、今は実体化しようと思えば出来るのよ?ただ、ここで過ごすのが好きなだけ。別に誰でも良かったし、ただ単に、あなたがこの森の守護者になると言ってくれたから…それだけよ』
いや、確かにその通りなのだろうが、どうにもそれだけではない気がする。
その昔、五十年前になるかどうかのあの日、存在をギリギリまで擦り減らした彼女が俺の『夢』を利用して語りかけてきた。
懐かしいったらありゃしない。
『喋っているのは良いけれど、そろそろ時間よ。本気で戦いたいなら、その男の子を…っ⁉︎』
息が詰まる雰囲気が伝わる。いや、息が詰まったのは木霊だけではない。俺も、俺自身もその光景に絶句した。
「この…くらいで!……終われるかぁぁぁぁーーー!」
少年の刀を握る手。その手の爪が尖り、伸びている。まるで、獣の力を持った人型妖怪の類いのように。
関節を動かす事も出来ないくらいに巻きついている蔦を、無理矢理に引き剥がす。これにより、右手が自由になった。
「(右手一本…それだけあれば、脱出は容易!)」
本来ならあり得ない。関節を決められたにも関わらず、無理矢理に曲げるなど!
「ちっ…、折れたか」
やはり、身体は正直だ。無理矢理曲げられた腕はあらぬ方向に曲がり、あれは完治に何ヶ月も要するはず。だが…
「(甘くみれば…まずい!)」
蔦が崩れる可能性があるが、ここは全力で拳を叩き込む!
拳を中腰に構え、風を切るようにただ一直線に未だ半身以上を蔦に絡まれた少年に肉薄する。
ギリギリまで近づき、五十年前から鍛え続けた地層にまで侵食する一打を身体の中央に叩き込む。勿論、手加減はしない!
音速を超える拳が少年の細い身体を蔦を舞わせて剥がれ飛ぶ。森の空高くまで鈍い音は響く。
当の少年は、遙か後方に飛ばされ、その動きを止める。
蔦はやはり剥がれてしまったが、背に腹は変えられない。
「おい、まさかそれで終わりか?」
紅い一閃。
認識出来たのはそれだけ。一瞬血かと思ったが、違う。
極限にまで昇華した雷に、恐らくは少年の物と思われる霊力。だが、その霊力がおかしい。
一言で言うなら、バランスが取れていない。
許容量を超えたコップから水が落ちるように、倒れた少年から紅い刃状の不安定な霊力が周囲の物を切っていく。
「これは…」
「俺がお前に勝てない?笑わせるな。もうお前は……負けてんだよ」
後ろから声。
倒れていたはずの少年は俺の背後で、妖しく、ただ無情に、俺を笑っていた。
その人間とは思えない、赤い瞳と溢れ出る陽と陰の気を持って。
俺は背中から斜めに、袈裟斬りを食らったのだった。
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蛇は死んだ。
黒い蛇の眷属達はその姿を霧散させて消えていき、残ったのは俺の掌に掴まれた一匹に黒い蛇のみ。
「自分のあの中に紛れてるとは、考えたものだな?危うく殺しちまう所だった」
『どうせ殺すのにか?我々の霊格を得て存在を得たいのだろうが、根本的解決には至らぬぞ』
「分かってるさ。でも、それでも良い」
今はまだ、自由に行動出来る肉体があれば良い。それでも、まだ足りないのだが。
「次に向かう場所は、お前の頭に考えてもらうとしよう」
『我々の知識と霊格を持ってしても、まだあの御方には届かぬぞ?』
「良いから、とっとと喰らわれろ」
握りつぶす。ただそれだけで、蛇はその姿を消した。
そして感じる。身体の内に渦巻き始めた、膨大な知識とその力、更には世界の基盤を支えるとまで言われた神通力を。
「神のみに与えられた神通力。使いこなすには…もっと喰って抑え込むか」
神通力とは、本来なら発現する事の無い稀有な才能。
限られた神でもその使用を躊躇う、一種の麻薬。
これに魅せられた者は、その身体を自身の赤で染めるまで止まらない。
「使うのは、なるべく避けるようにせねば……なあ?」
誰もいなくなった寺院で、再び影のように姿を変えた『何か』が動き出す。
これは、まだ第一世代救世主の時の話。
影が蛇を喰い、神に迫る力を神と同じにまで高めた昔語りの一説。
さあ、次の獲物は何処にか?
まずは一言、この言葉から始めさせていただきます。
すいませんでしたーーーーーーーーーーー‼︎
m(__)m
前回を読んでくださった読者様は覚えておいででしょうか?
私、片府が前回言った言葉を…
『次回で地に足をつける、の意味が分かる…』
分からねえじゃねえか!ええ、そうですよ!終わらなかったですよ!そもそも、上限とか期日を付けるからこんな事になったのですよ!
試行錯誤してどうにかして終わらせようとしましたが、結局は終わらず仕舞いでこの体たらく。…もう一回謝罪するべきでしょうか?
有言実行にならず仕舞いのこの章、そして進化せずにただただ停滞を続けるこの稚拙な文章。
ああ…、やっぱ才能無えなあ。
まあ、才能が無いのは元からなので、そこで悩んでも始まりません。今はいかにこの失態を挽回するかを考えます。
今回完結しなかったお陰で、次回はバトル描写をたっぷりと増やせそうですし。
次回は、バトルに乞うご期待…です!
さて、話は変わりまして読者の皆々様。ここで私、片府からお願いが御座います。
絶賛受験勉強中の私ですが、そろそろ余裕が無くなってまいりました。出来る限り投稿するようにしますが、これからは一ヶ月に何回出せるとか宣言出来ません。
二ヶ月、三ヶ月経ってしまう可能性がある事を、是非ともご了承下さい。
感想やご意見などは問題無く答えられますが、応援メッセとか貰えるともっと嬉しいかな〜。とか思います。
調子乗るな!のツッコミが聞こえてきそうではありますが、改善点などでも構いません。今作のご意見をお聞かせ下さい。宜しくお願いします。
さて、次回はいつ会えるかは分かりませんが、その代わり悔いの無いようにやらせて頂きます。
では皆様、また次回のお話でお会いしましょう。さよなら〜。




