第三話 少年、少女、それぞれの変化
両親は逃げる様に海外に行ってしまった。
最後の両親の言葉は今となっては覚えていない。でも、恐怖を押し殺した様な、申し訳なさそうな顔を今もまだ覚えている。
刀なんか持って家に入ったのだ、そりゃ怖がられもするだろう。
むしろ、今でもまだ学費や生活費を送ってくれるのだから寛容ですらあるだろう。
もちろん、刀が少女になるなんて両親は知らない。知っているのは、刀を取り上げてもいつの間にか僕の側にあるという事実だけ。
それでも何か感じたのだろう。五回程試した所で両親は海外の航空券を買っていた。
それ以来、僕は刀と共に、コンとコルという不思議な家族と共に暮らして来た。
ただ一つの願い、華蓮を殺した犯人を見つけ出す為に…
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水滴の落ちる音がする。
地震が起こってからまだ時間もそんなに経っていない。普通の地震なら地下にある下水道なんかは壊れていても不思議じゃない。
しかし下水道は壊れているどころか何の異常も無く普通に通っている。
「小娘の刀の能力ですね。ご主人とコルにはまだ話していませんでしたし…丁度良いですからこのまま話してしまいましょう」
そんな前置きを挟んでコンは先の地震の原因であろう少女、青田 土花さんの刀について語りだした。
「あの小娘の能力は、おそらくご主人が予測した通り知覚系の能力ですね。支点となるのは今ご主人や私達が立っているこの地面だと思われます。有効範囲がどの位かはわかりかねますが、その範囲内なら相手の動きをほぼ予測する事が可能と思われます」
「どうして地面に触れているだけで予測出来るんだ?まさか、心でも読んでくるとかそんな感じ?」
「ご主人様、良く考えて下さい。地面に足を触れていると言う事は太い血管が近いと言う事です。血管からは心拍数が測れてしまいますし、足が地面についていれば重心の有無で方向を予測する事は可能です。」
なる程、まさか妖怪に科学を語られてしまうとは、なんとも滑稽な物だ。
「ご主人、話はまだ終わっていません。あの小娘の能力はただの探査系の能力ではありません。探査はおそらく副産物でしかありません。つまり、メインの能力はまだ謎のままと言うわけです」
「えっ?でもコンは大体能力は分かったって言っていたよな?メインが分からないんじゃ意味が無いんじゃないのか?」
「ええ、まあ、なんというか…分かったというか、もしかしたらというか」
どうも要領を得ない。つまり、コン自身もまだ確証が持てていないと言う事なのだろうか?
コンが何とも話しづらそうな顔で黙り込んでしまい下水道を歩く三人分の足音がやけに鮮明に聞こえる。
否、足音だけでは無い。この場で耳にするには不釣合いな音。まるで、金属を壁に当てる様な、刀を壁に擦らせるようなそんな不愉快な音。
背後を見る暇は無かった。見る前に僕の体はコンとコルによって前方へと吹き飛ばされ、そして二人のいる後方から爆発音が響き渡る。
慌てて上体を起こして後ろを見る。
下水道が消えていた。
別に、全てが消えた訳では無い。消えたのはほんの一部、さっきまで僕達が立っていた場所。その場所がクレーターが出来たようにごっそりと消失していた。
もしも、コンとコルが突き飛ばさなければ、僕もあの場所の様に消失していただろう事は誰の目から見ても明らかだった。
「ご主人、大丈夫ですか?」
「コン、コル?どこだ?」
「上です。上ですよ、ご主人様」
いや、上って言われても下水道は暗いから全然見えないんだけど…
「もしかして、見えてません?仕方ありませんね」
そう言うと同時にコンとコルが電気を纏いながら僕の横に着地する。
すると、光源が確保された事により前方の爆発の原因が判明する。
「み、水?」
水、というより水の集合体と言った方が正しいだろうか。
前方には人間の形をした水の集合体が一本の刀を持って立っていた。
「あの刀、ご主人お気をつけ下さい。見ればわかると思いますが、あれは正真正銘の妖怪、怪異の刀、異刀です」
「ご主人様が今まで相手にして来た、ただの妖怪とは一線を画します。下手をすれば、こちらの身が危険です」
そう言ってコンとコルは互いの服を僕に見せてくる。そこにはさっきの爆発により服の一部が完全に消失していた。
もはや、燃えるとかそんな次元では無く、ただ消失する。そんな有様になっていた。
「逃げるなら今しか無いと思いますよ」
「ご主人様、ご決断を」
迷う必要なんて何も無い。相手は物質を消失させる。なら五年前の火事はこれがやった事ではないという事だ。
なら…
「分かった。コン、コル。目くらまし頼めるか?」
「了解」
「かしこまりました」
3…2…1…0
僕が心の中で数字を数え終わると同時にコンとコルの体に纏っている電気が一瞬で強さを増して空間に光だけを残していく。
僕達三人はその瞬間に相手とは逆に走り出し、一時的とはいえ逃げる事に成功した。
一時的…そう、一時的
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「はあ…はあ…はあ…」
「ご主人、大丈夫ですか?」
「コン、ご主人様の生体電気、どこまで操作できますか?」
おや?何か嫌な予感が…
「コル、まさか今やる気ですか⁉」
「仕方がありません。まさか、こんなに早く異刀に会うなんて、予想外にもほどがあります」
「しかし、ご主人にはまだ早い!」
「いや、待ってくれ、何を言ってるんだ?異刀がどうとか、予想外とか、そもそも異刀って何の事だ?」
話について行けずに思わずコンとコルの会話に割って入る。二人は少し間を開けてから渋々といった様子で口を開いた。
「ご主人、私達は今までどうやって妖怪と戦ってきましたか?」
「そりゃ、コンとコルをそれぞれ刀の形態にして…だけど。」
そうでなければ人は妖怪に勝てないと、二人がそう言ったから。
「ええ、そうです。私達は今まで、ただ刀に成っていたに過ぎないのです」
つまり、と間を開けてから再び言葉が発せられる。
「「私達はただ刀に化けていたに過ぎないと言う事です」」
何だ?何を言っている?
脳が思考を放棄する。考える事を止めてしまう。
化けていただけ?初めて妖怪を斬った時も?それ以降の妖怪達も?
「ご主人様、何を言っているか分からないという事は私達も重々承知しています。しかし、今私達が逃げているのは妖怪を超えた正真正銘の化け物です。今は理解する事を放棄して下さい」
そう言ってコルが少しずつ僕の方へと近づいて来る。
何だ?この感情は、僕はコルを…怖れている?
目の前の少女は今まで一緒に暮らして来たコルじゃない。なんとなく、そう思った。
だからこそ、下水道の奥から青田さんが現れた時、僕は無性に安心してしまった。
「小娘、無事だったのか」
「見た通りです。しかし、逃げるので精一杯でしたが…」
青田さんの制服も既に袖が消失している。恐らくあの水人形にやられたのだろう。
その顔はいつもの様に無表情。しかしどこか違和感がある。
「青田さん、でしたか?貴方、髪はどうしたのですか?」
か、髪?
良く見てみると、確かに髪がばっさりとなくなっている。
ばっさり?
なぜだ?どうして僕は彼女の髪が長かったと認識しているんだ?
「もう、誤魔化せませんね。…私の髪は刀に捧げる、供物です。」
「供物?」
「はい。赤原さんも何かあるはずですよ?刀を持つ者は何か代償を支払うはずです。そうでなければ刀の力を十分に発揮出来ませんから」
供物?そんな物、僕はコンとコルに渡した事は一度も無い。無論、そんな物を要求された事も無い。一体…
「小娘、余計な事を話すな」
「余計…とは?」
「タイムオーバーです」
爆発。
爆発。
爆発。
三つの爆発音を伴いながら次々と水飛沫が迫って来る。
「走って‼」
四人の足音が下水道に鳴り響く。
ランダムに走る内に追撃の音が遠のいていく。完璧に巻くまでに実に三十分を要してしまった。
「くそっ!休みなく走らせやがって」
「どうしますか?赤原さん。このままではいずれ体力が尽きて終わりです」
どうする?どうするだって?そんな簡単に考えが出てくるなら少なくともさっき走って逃げる必要は無かった。
「くそっ」
「小娘」
「何ですか?」
「近くのマンホールに行って脱出出来るか見てきて下さい」
「それをやる意味があるのですか?あの水人形を見る限り、相手は水系統の妖怪です。
つまり、ここは相手のホーム。脱出出来る手段があるとは思えません」
「構いません。私達に考えがある。でもそれには少し時間が掛かります。つまり、…暫く話をする時間が欲しいと言う事です」
コンとコルの言葉を聞いて暫く考えていた青田さんはやがて無言で立ち上がる。
「最短で十五分、長くて三十分だと思って下さい。それ以降は保たないので」
「「感謝します」」
青田さんの姿が闇の中に溶けていく。その姿を見送った後、コンとコルは単刀直入に切り込んできた。
「これで分かったはずです。ご主人」
「今回の相手はただ刀を使うだけでは乗り切れません。ご主人様の疑問にはこの局面を乗り切ったら幾らでも答えます」
そんな事を言われても、現状把握すら出来ていないのに…
「ご主人様、一つお聞きしたい事があります。」
「何だよ。」
「青田さんのあの言葉、ご主人様はどう受け取りました?」
「な、何だよ。…普通に水人形がここまで来るまでの大体の時間じゃないの?」
「違います。」
断言したコルの顔は自信しか無いと言いたげな顔をしている。
「じゃあ、何だって言うんだよ?」
「ご主人様。私達は狐の妖怪です。そして、狐は良く豊穣の神として崇められます。それは私達も変わりません。さらに、神として崇められる妖怪は一つの共通項があります。」
「きょ…共通項?」
「私達、神の共通項。それは…人の心を読む事です。」
「ど…読心術?」
「それとは、少し違いますが…。まあ、問題無いです。話を戻します。青田さんが言った時間の意味は敵の接近ではありません。青田さんの真意は…自身が足止め出来る時間です」
「あ…足止め?」
「はい、しかもただの足止めではありません。小娘の奴、…このまま死ぬ事も厭わない腹積もりです」
死…ぬ?
「そんな、バカな。死ぬ…なんて」
「嘘じゃありません。あの小娘、心ではいつ死んでも構わないと思って生きています」
「こうしている今も青田さんは異刀と戦っている事でしょう。戦闘が始まってしまえば、いつ死んでも不思議じゃありません」
覚悟を決めるには充分すぎる説得だった。
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刀同士のぶつかり合い。
火花を散らしながら動く姿は少女が本当に出せるのかどうか疑う程に洗練されていた。
「(あれから十五分は軽く過ぎている。そろそろこちらも限界ですか)」
限界…それは言葉通りを示し、すなわち死を迎える事を意味する。
だが、少女に恐怖心は無い。
「(お父さん、お母さん。二人が死んでずっと私は一人だった。刀を手にいれても刀は私に声を聞かせてもくれない)」
だからだろうか。
声を掛け合える、あの三人が羨ましかった。
自分とは違い、堅い絆で結ばれている事を他人から見ても感じさせる。そんな関係が…羨ましかった。
「(私には絶対に得られない。なら私はいつ死んでも構わない。それは、お母さん達が死んだ時に誓った事)」
やがて動きがぶれ始める。そこから刀を落とされてリーチをかけられるには、そう時間は掛からなかった。
「(終わった。少しは役になれただろうか。まあ、良いか。有言実行はしたのだ、後は彼等の自己責任)」
少女は完全に諦めていた。自分はここで死ぬ。それが運命なのだと完全に割り切っていた。
だから、相手が突き出して来た刀が弾き返された時、最初は理解出来なかった。
状況を理解した時。自分の前に白い和袴を着た、狐耳に二本の尻尾が生えた少年が立っていた。
「おいおい、勝手に死ぬ覚悟を決めんじゃねえよ。お前に何があったか知らねえけど、俺の前で死のうとするんじゃねえ」
髪の色は輝くような金色だし、耳や尻尾、口調まで変わってしまっていたのにも関わらず、青田 土花にはそれが誰だか直感だけで分かってしまった。
「あ…赤原さん?」
「おう、待ってな、すぐ終わらせちまうからよ。」
相手は斬れない水の塊、触れられる部分は刀の部分だけ。そんな状況にも関わらず、目の前の少年は気にしていない様に前へと歩みを進めていく。
『危ない』の言葉も言えなかった。
勝負は、否、もはや勝負ですらなかった。
まるでマジックの様に、ただ少年は二本持つ刀の一本を無造作に降っただけなのに…
水人形は内側から爆弾が爆発するように刀だけを残して消えてしまった。
「知ってるか?水ってのは電気を通せば電気分解出来るんだぜ。その水が下水道の水ならな」
少年は刀に問いかける様に残った刀を拾いながら言葉を紡ぐ。
その声は少女の内側に波紋の様に広がり、それはやがて、涙となる。
死ぬんじゃないと…
覚悟を決めるなと…
初めてそんな事を言ってくれる人に出会った少女は、この時生まれ変わった。
死ねないと、死にたくないと、この時少年の輝く姿を見ながら少女は静かに思う事が出来たのだ。
輝く少年の姿は少女にとってかけがえのない存在へと変わるのに、そう時間はかからなかった。
いや〜、疲れました。
どうも、片府です。
今回、意外と字数が多くなってしまって、書いている方としてもとても大変な目に会いました。
しかし、今回ちゃんとバトル展開を入れる事が出来たのは少しは成長していると言う事なんでしょうか。正直自信はありませんが…。
さて、今回、色々な事があって混乱する方もいるでしょう。ですから次は主人公に一体何があって姿などが変わったのか説明を入れたいと思います。
ここまで読んでくださった読者様には感謝の念が止まりません。
さて、長くなってしまいましたし、そろそろ引っ込ませて頂こうと思います。
では、皆様次回もよろしくお願いします。