第三十六話 前座 (遭難編 第一部)
「あの、赤原さん」
「ん?どうしたの?」
「私達がここに来てから、どのくらい経ったんでしょうか?」
小さくポッカリと空いた洞窟のような空間。しかし、洞窟というにはあまりに小さく、そして奥行きがあまりにも無い。
せいぜい雨宿りするのが精一杯な場所で、僕と青田さんは絶賛雨宿りをしていた。
青森県から静岡県のここ、富士の樹海に僕達が来たのが十一月の二十二日。
ここに来た目的は主に二つあるのだが、今はその内の一つを絶賛攻略中という訳だ。
話せば長くなるが、まあこの雨が止む気配が無い以上暇なので、少し状況確認ぐらいはしても良いだろう。
話し始めると実に滑稽で、荒唐無稽な話ではあるけれど、それは事実なのだから。
事実は小説より奇なり。
さて、この言葉が現実で起こった瞬間を的確に、それでいてある程度手短に話そう。
聴者には、少しの間静粛にしていて欲しい。
さあ、世にも奇妙なお咄の始まり、始まり。
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さて、セレのちょっと危ない姿を見られはしたが、一応誤解は解けて僕の社会的地位は守られた。
といっても、僕がしばらく部屋にも入らせてもらえなかった事をここに記しておこうと思う。
「さて、坊主が俺達を呼んだって事は問題が片付いた…それで良いのか?」
「ええ、まあ、僕の問題は片付きましたね。色々と」
その色々にセレの事が含まれているのは言うまでもない。
僕の誤解が解けると同時に、セレの変化も解けていつもの大人びたセレに戻ってくれた。
やっぱり、こっちの方がしっくりくる気がする、セレは。
「何よ。ちょっと修羅場を期待した私に得は無いの?何でそんなにあっさりと誤解が解けちゃうのよ。つまらない」
頬を膨らませてそっぽを向く朱雀さん。
どうやら僕が部屋から追い出され、最も喜んだのは彼女のようだ。
「人の不幸を喜ぶ所、どうやら変わっておらぬようだのう?朱雀」
「ふふっ、あなたも相変わらず男運が無さそうね?人魚姫」
言い忘れていたが、この二人、どうやら知己のご様子で仲が悪い。
セレもなかなかに世の中を渡っているから出会っていて当然なのだけれど、この二人が知己なのは少し違和感がある。
片や赤い髪に絢爛豪華な衣装、燃えるような眼を持つ朱雀。
片や青い髪に現代人のような普通の格好、冷たさと潔癖さを思わせる青い眼を持つセレ。
これほどまでに正反対で、それでいて似ているペアを僕は視た事が無い。
「お二人さん、そこらで喧嘩は止めとけ。話が進まねえ」
黒部さんの忠告で、セレと朱雀さんが敵意むき出しのまま引き下がる。
まあ、僕とコンとコル、黒部さんに青田さんにカゲメ、セレと朱雀さんと沢山の人が部屋に押し込まれているのだ。
本来は四人用の部屋が手狭になるのは当然故、ここで暴れられると被害が尋常じゃなくなる。
黒部さんには感謝しておこう。弁償なんてしたくないし。
「それで…私達を呼んだ理由はあるんですか?赤原さん」
今までずっと黙っていた青田さんが口を開く。
今回最も反感を持っていたのは彼女だ。その雰囲気が刺々しいのは気の所為ではないだろう。
「用…と言えるものは持ってないけど、取り敢えず報告をしようと思って。電車でそっちに向かうより、朱雀さんに来てもらった方が速いから」
「なっ⁉︎貴様よりにもよって私をパシリにしたのか⁉︎」
うん。なんで朱雀さんがそんな言葉を知っているのか甚だ疑問だが、今はそんな事はスルーする。
世の中は肝心な所を流さないと生きていけないからね。
「ただ少し気になったのがここに来るまでの日数。青田さん達がすぐにでも動けるのを知ったのは問題が解決する前。でも、実際に動けたのは今日。…何かあった?」
あの日、僕達がいなくなってから一週間が経ったあの日、僕達は青田さんが合流出来るのを知った。
その時点では連絡するつもりは無かったけれど、予想よりも早く僕の問題は解決してしまった。
だから予定よりも早く連絡したのだが、結局電車を使って合流するのと対して変わらないタイミングになってしまった。
僕はそれが不思議で、おそらくセレやコンとコルも思っている事だろう。
「そういえば、坊主はあの事は知らねえのか」
「仕方ないと言えば仕方ないですね。まだここに来てから誰も話してませんし」
青田さんと黒部さんが互いの顔を見合わせて頷き合う。
カゲメは少し哀しそうに、朱雀さんはどこか膨れたように、一体何があったのかは想像出来ないが、かなり大変な事があったのは事実のようだ。
「その事については私が話そうかねえ。坊や達にあまり余計な心配は掛けたくなかったんだけどねえ…まあ、もう話しても問題無いだろう」
突然部屋の扉が開き、久し振りなお婆さんが姿を現す。
そういえば、後々コンとコルから名前を聞いたが、千代とは実にお婆さんらしい名前だと思ったのは内緒にしておこう。
別にお婆さんだから千代…とかは思っていないが、誤解されると厄介だから。
「余計な心配って、結局何があったんですか?」
「久城の坊やが殺された事。たったそれだけの事さね」
さも当然の、定例の報告事項みたいに答えるお婆さん。
その顔も別に悲しみなどは表れず、まったく意に介していないように視える。
しかし、あの久城さんが死んだ…か。
実に軽々しくなってしまうが、どうにもあの人が簡単に死ぬとは思えない。
それに、おそらくはかなり強力な妖怪の仕業なのだろうが、何故久城さんが一人で立ち向かったのかも不思議だ。
だが、そんな事は些末な事。久城さんを殺す事が出来る程の実力の持ち主。となると…あいつか。
「なるほど、それの御葬式や御通夜に時間を取られた訳ですか。それなら納得です」
「赤原さん…」
青田さんが僕を見て哀しそうな声を出す。
彼女の心中が分からない程、僕も堕ちてはいないけど、今は気にしてもいられない。
それに、いちいち気にしていては久城さんも浮かばれないだろう。
冷たいとは思う。でも、それが僕と久城さんとの『暗黙の了解』だ。たぶん、それは青田さんも黒部さんも理解しているだろう。
人の死に慣れる事はない。でも、慣れる必要もないのだ。
それが命を奪う側の責任なのだから。
「ライカ、あなたが何を選択して、何を思うかはあなたの自由でしょう。でも、人間の心を忘れれば、それはもう人間ではないんですよ」
「カゲメには言われたくなかったかな。最後に会った時とは比べ物にならない程の妖力漲らせて、黒部さんも優しいものですね」
「俺に話を振るんじゃねえ」
久し振りとは思えない、どこまでも慣れた皮肉を浴びせる事に安堵を覚える。
コンとコルの眼を通す事で視えてくる、この場にいる者達の妖力と霊力。
最も大きな変化をしたのがカゲメ。その後が僕で、青田さんと黒部さんに変化があったようには思えない。
力を得た者というのは、どこか達観的になる傾向がある。
僕もカゲメも、そして『不死性』を持つセレもどこか現実を現実とは思えない時がある。
人の『死』なんていうのは、それの最たるものだろう。
「しかし久城さんが…ね。あの人はあと五十年はしぶとく生きると思っていましたよ。そんな素振りも視せませんでしたし」
『未来視』を持つ久城さんの事だ。自分が死ぬ事なんてずっと前から知っていただろうに。
すっかりその演技に騙されてしまった自分に嫌気が差し、思わず眉をひそめる僕。
そんな僕を見て、青田さんが言い辛そうに小さく手を挙げた。
「あの、月緋ちゃんなんですが、彼女に何かが憑いているかもしれないんです。それも、読心術が使えるレベルの」
「ほう…、あのちんまかった娘がねえ。妖怪に憑かれる程成長したのかい。そりゃ、一度診に行かないとねえ」
実に嬉しそうに、まるで孫を愛でるようなその反応に黒部さんが視線を鋭くする。
そういえば、黒部さんと青田さん、カゲメはお婆さんとは初対面のはずなのに、まるで知人のような気軽さだ。
元々の人柄というのもあるだろうが、久城さんから少しは聞いていたのだろうか?
「となると、これからの行動は決まってきましたね?」
カゲメが締めるように手を叩く。
外はもうすっかり暗くなり、月が煌々と輝いている。ここらが潮時だろう。
「ライカ、ツチカ、クロベ、セレ、私は当初の予定通りに、スザクと婆は眠り姫の所へ行く…これで良いかしら?」
「異議なし」
「「(コクッ)」」
「私も」
「俺もだ」
「我も」
「ふん…」
「ほほっ」
満場一致で全員の頭が縦に振られる。
計画を立てるというのは実に重要で、これからの自分達の指針となる。
それをカゲメに取られてしまったのは少し悔しいが、名司会であったのは間違いないので良しとしよう。
お婆さんは新しくもう一部屋取ってくれ、男性陣と女性陣で部屋割りを再度行った。
といっても、男性陣は僕と黒部さんの二人だけので、部屋は十分過ぎる程に広いのだが。
そうして僕達は一夜を明かした。
次の日からは、また新しい事情と向き合う事を心に決めながら、その瞼を落としていった。
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「それじゃあ、そっちはそっちで頑張るんじゃぞ?」
「くれぐれも、気を抜かないようにね」
お婆さんと朱雀さんからそれぞれ忠告を貰い、僕達は互いの道を歩く。
お婆さん達は朱雀さんの瞬間移動を使って朱雀苑へ、僕達は静岡の青木ヶ原樹海へ。
久城さんの意志を受け継ぐ形で、僕達はその場所へと向かう事になった。
とはいえ、朱雀さんの瞬間移動が使えない以上、僕達が静岡に行く手段は一般の公共機関になる。
そこは久城さんから前に貰っておいた朱雀家御用達のフリーパスがあるから問題無いのだが…
「問題はそれが四枚しかないのが問題なんですよねえ…」
「四枚…ですか」
そう、僕とコンとコル、そしてセレの四人がそれぞれ一枚ずつ持っているフリーパスだが、全員分だとあと三枚足りていない。
これを用意してくれたのは久城さんなので、もういない人間に頼む事も出来ない。
結果、僕達は駅まで来たは良いものの、それから先に進めなくなっていた。
「どうしましょうか?」
「最悪、俺と嬢ちゃんとカゲメは自腹だろ。カゲメの分は俺が払うとして、嬢ちゃんは自分で払えるか?」
「ええ、親が沢山遺産を遺してくれましたから。それを下ろせば、なんとか」
そういえば、基本的に青田さんは遺産で生活をしているのだったか。
それにしても、それに甘えている僕達をも養う事が出来る程の遺産。…一体幾らなのだろうか?
「妖怪家業は一種の裏事業ですからね。その中でも権威だった両親の遺産は、働けない私にはとても助かります」
「なんか、悪いな。そんな事で使わせちまって」
「黒部さんが謝る事ではありませんよ」
そう言って、青田さんの無表情な顔が僕の方へと向けられる。
まあ、うん。言わんとしている事はわかるのだが、お願いだからそんな冷たい目で見ないで欲しい。
僕だってわざとこんな状況にした訳ではないのだから。
「仕方ありません。コル、あの方法で行きましょうか」
「そうですね、コン。こうなってしまっては最終手段です」
二人が互いの顔を見合わせて一つ頷く。
何かを思いついたようではあるが、それはおそらく単純で、ついこの間まで使っていた反則的な手法である事はまず間違いないだろう。
僕も真っ先に考えた手法でもある。だが、これは二人の意思が最も重要であったが故に言えなかったのだ。つまり…
「私達がストラップに成れば良いんですね〜」
「いたって単純、simple is best です」
「まあ、そうなるよね…」
輝くような笑顔を振り撒きながら、コンとコルの身体が光を放って姿を変える。
普通の人に見られなかったか些か不安ではあったが、特に騒がれる事もなく、コンとコルは狐のストラップとなり、僕の手の中に収まった。
『さあ、行きましょうか!ご主人』
『静岡ですか〜、お茶とお茶菓子が食べたいですね〜』
頭に響く二人の声。
幸いにしてコンとコルは化けるのに特化した妖怪、『頬を摘まむ』狐だ。
幻覚や変幻はお手の物である。
「な、なんか余計に罪悪感が…」
「大丈夫だ、嬢ちゃん。たぶんだが、あいつらも満更でもないように見える」
「まったく、イチャつくのならば後にして欲しいものじゃのう?」
三者三様の冷たい視線。実に理不尽ではなかろうか。
さて、これで自腹は一枚分だけで済みそうだ。
「あっ、私の分は結構よ。誰かの影に沈ませてもらうから」
「「「あはは…」」」
列車の発車まであと少し。
新たな事情を抱えて僕達は、北から南下を始めるのだった。
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『静岡〜、静岡〜。お降りの際はお忘れ物に御注意下さい』
この乗車を促す放送パターンの変化はなかなかに面白いものではあるが、寝台車も新幹線も変わらないのは如何なものかと思う。
「そのぐらい良いじゃねえか。むしろ、そんな事を思えるだけ幸せって奴だぞ」
「そうですね。私なんて列車の外見や中身の違いでワクワクしますし」
駅から出て伸びをする黒部さんと、無表情ながらもしみじみと頷く青田さん。
セレとカゲメはトイレに行っていて今はいないが、やはり僕と一緒に行動していたセレと、していなかったカゲメでは落ち着きの差は歴然だった。
「さて、静岡に来たのは良いですけど、ここからどうやって行くんですか?」
青田さんから発せられる最もな質問。だが、残念な事に僕が答えられるのはほんの一言。
「そりゃ勿論、徒歩に決まってるよ?」
「えっ?」
「まっ、だと思った」
若干引き気味の青田さんと、もう慣れたと言いた気な黒部さん。
いや〜、大人は適応能力が高いんですね〜。
「いや、だって静岡に知人なんていないし。それに、詳しい行き方も知らないし」
「よくそれで行こうと思いましたね…」
まったくもってその通り。いや〜、目の前に視える富士山は高いなあ!
人混みが激しい駅前で、どうやって行くかも分からず立ち止まる僕達。…なんか、最近こんな事が多くなった気がする。
「またせたの」
「お待たせ」
近くのコンビニからセレとカゲメが姿を現し、めでたく全員が集合する。
まったくこれからの事の目処も立てずに。
「どうするんですか…」
「どうするんだ…」
ジト目で見てくる黒部さんと青田さん。
う〜ん、…どうしよう?
「ご安心ください、ご主人!」
「私達に妙案があります、ご主人様!」
ストラップから人型に戻ったコンとコルが、頭を悩ませていた僕に助け舟を出してくれる。
ジト目だった二人の視線も、今度は訝しむ色を抱えてコンとコルを見る。
コンとコルはその眼に自信を滾らせて、傍らに立つセレの両腕を取った。
「「魚は水に還る者。水脈探知はお任せです!」」
「我はいつから水源探知機になったんじゃ!」
セレの回し蹴りがコンとコルに入ると同時に、僕達の胸には「その手があったか〜」的な思いが去来していた。
黒部さんは苦笑、青田さんは無表情ながらも確信を、カゲメは状況が分からずポカンとした表情を浮かべている。
「はあ…、まあ、してやらなくもない。取り敢えず、徒歩で行くからには覚悟しておれよ?一体何時間掛かるか、分かったものではないからのう」
「そうだね。出来れば途中で車に乗っけてもらう事も考えておくよ…」
一歩ずつを確かな足取りで進む僕達。
富士の山は荘厳に、長い道のりを思わせる遠近感を出しながら聳え立つ。
水脈を頼りに富士山を目指す珍しい一行のお話は、ようやく始まるのであった。
お待たせいたしましたーーー!
そして、申し訳ありません‼︎
ここまで程度の低い作品を書くのにここまで時間を掛けてしまうとは…。
読者様方には申し訳なさで熱を出しそうです。
さて、ではここらで近況報告をば。
どうやら最近はノロウイルスなどが流行っているそうで、私の学校の先生が一人罹りまして大変だったと言っておりました。
あれ?近況報告と称して他人の報告になってしまいましたね。
いや、しかし実際そんな事ぐらいしかないのですよ。本読んで、塾行って、寝てのサイクルで基本生活していますからね。
強いて言うなら、久々に中学時代の友人と会って遊んだくらいですかね。いや〜、楽しかったなあ。ゲームも貸してもらったし。
やはり、友人は大切にしなければなりませんね。
さて、次回はここまでのお話で出てきた設定の説明を誰かにしてもらおうと思います。
新キャラかそれとも他の誰かはまだ未定ですが、楽しみに待っていて頂けると嬉しいです。
では皆様、また次回でお会いしましょう。さよなら〜。




