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第三十話 未来視の最期(孤立編 第五部)

 草を踏む音が二つ。

 真夜中の森の中は静かで、ただ前を向いて歩くだけでは何もいないように思える。

 だが、一度後ろを振り返れば分かるだろう。

 追われている訳ではないが、それでも確かにはっきりと見える輝く眼。

 ここまでは未来視通り、私が『サトリ』となった時に視た光景そのままだ。

 今目の前で歩くアレの姿が変化している事を除けば…だが。

「どうした?怖い顔をして。私がそんなに怖いかね?」

 クツクツと笑う化け物。

 今私がこうして森に住む妖怪に殺されていないのは、こいつがあらん限りの殺気を辺りに振りまいているからだ。

 まったく悪趣味な化け物だ。私を殺す為に私を一時的に護るとは。

「護っているんじゃなく、囲っているんだよ。『未来視』」

 勘違いは困る、と言いながら化け物は草を薙ぐ。

 読心術。しかも、まったく私と目を合わせる事もせずにそれを行使した。

 神の座に就いた朱雀でさえ、読心術は最悪でも目を合わせなければ行使出来ない。

 おそらく、赤原様のあの狐達も。

 逆戻りすること三十分前、私の、久城 覚の部屋に飛び込んできた少女の姿をした化け物。

 赤原様が出会った当時のままの姿をした蛇神が、窓を破って入ってきた時に私は悟った。

 歴史は、私を殺す為に最悪の手段を取ったのだと。

 私が視る未来は実に他人寄りだ。

 私が関わっていようと、視えるのはあくまで私の視点からであり、未来に私がいなければ未来は視えない。

 つまり、あらゆる時系列に私がいる事で私は未来を知り得るのだ。

 私がもし三十分後に死ぬのであれば、三十一分先の未来は視えないのである。

 最後に時計を見てから早くも二時間以上経っている。

 あと一時間もしない内に、私は死ぬ。

 それが私の視た最期の未来だ。

 風が草むらを揺らす。

 本来この森には誰も立ち入る事は無い。

 その例外が、私が赤原様方に頼んだ朱雀の目覚めな訳ですが、それくらいの事が無いと本来は立ち入る事などありえない。

 それは、この森に妖の類が潜んでいるだけでなく、ここが一種の墓地だからだ。

 今私が踏んでいる土も、草も、全ては元々が妖怪という形を持っていた。

 ここには当時から大量の妖が蔓延っており、朱雀苑の元々の持ち主…お嬢様の御先祖様がそれを修祓した。

 妖の亡骸は荒れた大地の栄養源となり、雨が降り、そして草が生えた。

 妖達の亡骸の山と呼んでも、差し支えない程の場所なのだ、ここは。

 館からだいぶ距離を取った。ここからなら、爆撃機が爆発でもしない限り見つかる事はないはず。

 私の心を読んだのだろう。

 目の前で歩く宿敵も、一段と開けた場所に出ると足を止めて振り返った。

「では、始めるとしようか。私は時間が多量に用意されているが、君にはあまり無いのだろう?」

 まったくその通り。嫌になるほどに時間の無い私には願ったりの提案だ。

 なんせ、戦闘時間が増えれば増えるほど、私の攻撃出来るチャンスが増えるのだから。

「だから、そう簡単に死ぬ訳にもいかないんですよ」

 何年振りかの自身の刀、それを私は懐から取り出す。

 鞘の無い刀身にはエメラルド色の息吹が渦巻き、それは私の今まで過ごしてきた時間を表す。

 この刀は、私の命。

「私は命を燃やして、あなたに一矢報いる!」

「出来たら、の話でしょう?まあ、試してみればいいよ、『未来視』」

 髪を一本抜いて刀にした蛇神。

 その刀の峰は蛇の鱗で覆われ、その刀身は艶かしい輝きを放つ。

 少女の姿をした化け物と、男の姿をした妖怪の激突は今、幕を開けた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「がぁぁぁっっっ!…ぐあぁぁぁっっっっ‼︎」

 頭痛に悶える小僧の眼は赤く、体からは不可思議な蒸気が昇っている。

 別に眼が血走っているとかそんなのではなく、瞳が赤くなっているのだ。…まるで妖怪のように。

「ご主人、大丈夫ですか⁉︎」

「ご主人様、お気を確かに!」

 狐共も必死になって小僧の手を握ったり声をかけているが、それが意味を成さない事は今までの経験からして知っている。

 小僧がこの状態になるのはこれで四度目。

 今までと同じように気絶なり半殺しにするなりしなければ、小僧の意識を再び戻す事は出来ない。

「くっ!また小僧と戦うのは流石にキツいぞ!狐共、あの老婆はどこじゃ⁉︎」

 小僧の潜在的なものかどうかは分からぬが、小僧は戦う度に強くなった。

 最初は狐共だけで半殺しに出来たのに、三度目の時は我ら三人でかかっても無事では済まなかった。

 三度戦っただけでその状態じゃて、四度目はどうなるかは予測不能としか言いようがない。

 道具を取りに行った老婆はかなりの使い手、ならば小僧もなんとか出来るのではないかと思ったが、いなければ力も何もあったものではない。

 我が老婆を探しに行こうと脚のバネに力を込めた瞬間、心地良い破裂音が聞こえた。

「やれやれ、隙を突かれてその様じゃ、あの坊ちゃんが私の所に送った理由も分かるってもんだい。…現役時代には程遠いが、少し力を貸してやろう」

 足場の悪い岩の上に、老婆は杖を一本地面に突いて立っていた。

 遠くからは老婆の経営している温泉の蒸気がバックになり、その姿はさながら老年の魔法使いを連想させた。

「私の名前は千代。年取ってから若い者には千代婆とか呼ばれている、呪術師だよ。久城の坊ちゃんの頼みだ。特別にタダで診てやるよ」

 人差し指と中指を上へと張り、軽々と小僧の元まで辿り着いた老婆は札を一枚小僧の胸に置く。

 張った指を虚空に滑らせ、星型を描いた瞬間に札が震える。

 異変に気付いた狐共があと一秒でも動くのが遅かったら、札を中心に展開された結界は二人を巻き込んでいただろう。

 虹色の結界。

 今まで黒部や小僧の結界を見てきたが、これほどまでに綺麗な、それでいてちゃんとした箱型をした物は見た事が無かった。

「これは…何じゃ?」

 思わず疑問と一緒に溜め息が漏れる。

 小僧のもがきは止まり、今は目を閉じて眠っているように安らかだ。

「ご主人、大丈夫でしょうか」

「ご主人様…」

 二人のパニックも取り敢えず治まり、老婆は上げていた手を下ろすと息を一つ吐いて話し出した。

「そう心配するでない。この中にいれば、少なくとも体を乗っ取られたりはせん。問題は…どうやって服従させるかじゃの」

「服従?老婆よ、そんな事が出来るのか?」

 虹色に輝く結界に触れながら、老婆は細い指を曲げたり伸ばしたりしている。

 我の問いにも耳を貸せない程に、老婆は何か考え事をしていた。

 数分の間、老婆は手の開閉を繰り返していたが、どうやら考えはまとまったらしくその場から離れると陣を書き出す。

 杖をペンの代わりにして、大きな円を一つ書くとその中に幾つもの円を重ねていく。

「何をしてるんですかね?」

「お絵かき…にしては円が綺麗すぎますよね。それに数が多い」

 未知の事に我ら全員が固唾を飲んで見守る中、老婆は大量の円の中から狐共を招き寄せる。

 小首を傾げながらも二人は陣の前で立ち止まり、老婆の次の指示を待つ。

「さてと、お前達の目的は、中にいる此奴の負の感情を取り除きたいじゃったな?」

 老婆の問いにノータイムで首を縦に振る狐共。

 我はまったく首を動かさなかったにも関わらず、老婆はそれだけを狐共から確認を取ると立ち上がる。

 老婆はその皺だらけの両手で二人の手を取り、陣の中央へと連れて行く。

 ここまでくれば我には分かる。

 なるほど、それで結界と陣を作成したのじゃな。

 老婆ははっきりと、それでいて実に真の迫る勢いで細い目を力強く見開く。

「お前達の主人は自分達の手で捕まえな。あんた達が持つ、その人間の魂を持っての」

 その言葉に戦慄するのはコンとコル。

 まあ、我も驚きはしたが、それでも二人よりかは驚きは少ない。

 小僧から聴かされた、小僧が狐共と出会った一つの事件。

 なぜ老婆が知っているのかは甚だ疑問だが、その事件と出会いが表す一つの大規模な儀式。

 戦慄する二人の肩に手を置いた我は、血の気が引いた二人に追い打ちをかける。

「人間を呼ぶには、人間が呼びかけねばならぬだろう?長篠 華蓮」

 それは、小僧が思う想い人。

 まあ、あの小僧はそんな事に微塵も気付いてはおらんじゃろうがな。

「ふん、そこな魚は気付いておるようじゃの。『人が妖となり、妖が人に干渉する』。昔、私と久城の坊ちゃんが経験した事象の一つだよ」

 二人とたいして変わらない身長の老婆は淡々と告げる。

 おそらく、今までずっと隠してきたのだろう秘密をあっさり見抜く。

 二人はまったく口を開かない。

 当然と言えば当然だ。我だって小僧から昔の事を聴かなければ思いもしなかっただろう。

 長篠 華蓮という少女は確かに死んだ。人間として、とある化け物に殺された。

 しかし、それとは別の魂を彼女は創った。

 彼女の夢、彼女の理想。そして、赤原 雷咼の為に用意した魂。

「狐共、貴様らは元を正せば人間。それも、カスタムされた妖怪なのじゃな?」

 確認をするように問いを投げかける我に、コンとコルも答えようとしない。

 しかし、その表情は実に穏やかだ。

 答えなくとも応える。

 まさしくそんな感じ。逃げようとも、我らに刃向かおうという訳でもない。

 諦めでも、落胆でもない表情を浮かべる顔に一つ、涙が頬を伝って落ちる。

 人の夢と書いて『儚』と書く。人に創られた夢の容。

 今の二人は、その言葉を体現するような笑顔を我らに向け…

「そうだよ。雷君には…ご主人には黙っていたかったんだけどね」

「雷君…ご主人様はまったく気付いてくれないんだもん。仕方ないよね」

 二つで一つの魂は奏でる。

 頬に一つの涙を伝わせ、コンとコルは儚げな笑顔を浮かべた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 身体から流れる鮮血の筋。

 眼は霞み、悪寒を感じ、脇腹は内出血を起こしている。

 おそらく、内臓もただでは済んでいないだろう。

「はあ…、いつまで続けるの?さすがに飽きてきた」

 手に持つ刀でお手玉しながら、蛇神は少女とは思えぬ殺気の篭った眼で私を見る。

 ここまでの戦闘で、私がアレに負わせられた手傷は皆無。

 何度も刀をその華奢な身体に突き立てる事はしたが、それでもまったく傷を負わせる事が出来ない。むしろ…

「(何故、私が刀を突き立てる度に私が傷つく?あれは、絶対防御とかそんな物ではない。)」

 幾度となく与えた切り傷の数々、それは全て私の肉体に反映され、私にダメージを蓄積させる。

 結局、あらゆる手管を使ってみたが、私が与えた切り傷は私に跳ね返ってくるだけだった。

「物理法則を無視するとは、『化け物』の冠は伊達ではありませんね?」

「そう言っているのは君とあのイタコだけだよ。あの人間にかけられた呪術を喰うのに、まさか五年もかかるとは思わなかった」

 五年…千代婆と私がこいつを追い詰めるのにかかった時間を考える、たったそれだけと思いたくなる。

「千代婆の世代を含めると…五十年ですか。たった一割の期間で喰われるとは、千代婆もまだまだという事ですか」

「当時子供だったお前には分からないよ。あの人間が私を五年も足止めしたんだ。誇っていいとさえ思える」

 五十年、長い月日だ。

 私が関わったのはほんの数年だが、それでも戦いがどれだけ激しかったかは知っている。

 自分の命を賭けた千代婆と、ただ震えるだけだった私。

「懐かしくなってきますよ。あなたと出会うのはこれで二度目だが、一度目の時を未だにはっきりと思い出せる。姿形は違えども、その禍々しさは変わっていない」

 私が刀を正眼に構える。

 最初ははっきりと見えていたエメラルドの光も、もう殆ど消えかけている。

 私が今まで積み重ねた時間はあと僅か。それらを全て使って、こいつに一撃は入れる。

 反撃の狼煙となる、希望となる一撃を。

「懐かしい…まったく緩い一言だ。私の願いを邪魔しながら、よくもそんな事が言えたものだ。…決めた、もう遊びは終わりだ。なんの感慨も抱かずに、死ね」

 お手玉していた刀をしっかりと握る蛇神。

 そういえば、あいつの名前は一度も聞かなかったなあと思いながら、私達は駆ける。

 刀と刀が触れる刹那、私に流れ込む最期の未来視。

 そこに映るのは八人の顔。

 視えるはずのない未来、その光景が消えると同時に、私の視界は真っ赤に染まった。

 飛び散る鮮血、倒れこむ身体。

 流れる血はどこまでも赤く、更に私の中から別の者の意識も流れ出る。

「はあ、これで『未来視』は死ぬ。次の宿主を探す前に、私が喰ってやる」

 上から降り注ぐ声は私の頭を掴み、持ち上げる。

 自分でも分かるほどに虚ろになった眼。

 この眼は未来を視て、未来を選択する余地が残されていた。

 だが、その眼にはもう力が無い。

 眼力ではなく、『サトリ』としての能力の話。

 血液と共に流れたその力は既に霧散した。あと残っているのは、『サトリ』の本体。

 その本体も、私の肉体が死ねばどこかに消える。

 ああ、だからまだ死んでいないのか。

 私が死ぬまで、絶対に『サトリ』は宿主を探せない。

 私が死ぬと同時に、『サトリ』も一緒に殺す気なのだ、こいつは。

 すまないなあ、こんな駄目な主人で。

 便利で運頼みで、打算で生きてきたのに妖怪なのに。

 たった一人の馬鹿な選択で命を落とす羽目になるとは、この妖怪も思っていなかっただろう。

「がっ…はぁっ!」

 頭を掴まれ持ち上げられながら、私は最後の力を振り絞って蛇神を見る。

「なんだ、まだ話せたのか」

 死に損ないを見る冷たい眼。

 この少女がもし生きていたら、きっとこんな顔をする奴を許せないだろう。

 赤原様が作り出した仮りの肉体。

 あの人は、この少女をどんな気持ちで想ったのだろう。

 少女の細い指が手刀の形に固まる。

 ああ、これが最期の心かな。

「千代…婆、あとは…たの…む」

 脳天に刺さる細い手刀。

 それが肌を破り、骨を砕き、脳へと到達した途端に私の意識は暗くなる。

 私の中にいた、『サトリ』の本体も一緒に破壊されながら、私の一生は、人生は、幕を閉じた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 夜空に煌めく燦然の星。

 月と共に輝くそれらは、澄んだ空気の中に散らばるようにあり続ける。

「まったく、いつまで経っても坊やのままなんだもんねえ。死ぬ時まで、心穏やかなのはお前だけだよ」

 呪術師とイタコの兼業をしている身としては、こういう時は便利に思えて仕方が無い。

 京都に放った使い魔ならぬ使い霊が送ってきた、私の一番の弟子の最期。

 岩の上で白い息を吐きながら、私は一つの結界と一つの陣を見張る。

 結界の中で眠る小僧と、陣の中で眠る二人の子供。

 青い髪の人魚がその二つの場所の中間位置で待機している。

 ここまでは順調。

 あとは結果を待つだけだったが、土壇場でこんな訃報を聞く事になろうとはね。

「今は眠りな。あとは私に、任せてな」

 皺くちゃのババアに何が出来るか分からんが、せめてお前の守ろうとしたものくらいは守ってやろうじゃないか。

 久し振りに流した涙は頬を伝い、何も知らない連中より一足早く落ちる。

『未来視』の二つ名を持つ我が弟子よ。

 最期にお前が笑いながら死んだ事を、私は一生の誇りとして生きよう。

 そんなに長くない命なれど、せめてお前さんの命の半分くらいの輝きを遺して、私もまた散ろう。

 一足早く逝った我が戦友よ。

 お前の選択した道に、最大級の御加護があらん事を…

 冷たくなった風が岩場を巡る。

 朱雀に縁の深い家で働いた友人は、この日、私との今生の別れと相成った。




どうも〜、未だにスランプ続きの片府です。

今この後書きも投稿の十分前にかいているんですが、いや〜、大変ですよ色々と。

最近あった事を話そうにも、忙しくて何を話したらいいか見当つかないですし、強いて言うなら。

金曜日、学校で漢字検定があったんですが。

なんと、自分が申し込んでいたのをすっかり失念しておりました!

その日が漢検であるのを知ったのがお昼ちょっと前なんですが、思わず先生に素っ頓狂な声出しちゃいましたよ。

結局、勉強をまったくしないままに漢検を受けて、まあ自信なんてあるはずも無く、軽くその日はイライラしてました!

はい、これで近況報告は終了でございます。

次の投稿は『推理否定の探偵部』なのですが、急遽変更で次も『狐の事情の裏事情』を投稿させていただきます。

『推理否定の探偵部』をお待ちの方、大変申し訳ありません。

では皆様、また次回のお話でお会いしましょう。

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