第十九話 車内曖昧問答 (古都編 第二部)
暗い暗い意識という名の海。
ゆっくり浮上しては落下していく意識の狭間で、私は微かに鼓動を感じた。
自身に宿る、創られた心臓。
炎に包まれた体を生かし続ける、私の命。
私は昔、人間とは欲深いだけの生き物だと思っていた。
彼等から生まれた私達は、言わば欲望の塊である事も、当時の私は理解していただろう。
でも、欲が深いのは当たり前だ。
なぜなら、皆生きているのだから。
生ける者は皆、大なり小なり欲を持ち、それを満たそうと努力する。
今の私が、この闇から脱出する事を願う様に、人間達は、私を創る事で欲を満たそうとしただけなのだ。
ちっぽけで、矮小で、醜悪で、脆くて、触れれば消えてしまう命の灯火だけど。
だけど、私も同じなのだ。
私も同じ、そんな人間と同じ性質を持って生きていた。
私は弱く、醜く、そのくせ強大な力を持って悦に浸る。
まるで、全てを悟ったと勘違いした子供と大差無い。…いや、私の方がより愚かかもしれない。
外の様子は何も分からない。
自分を見つめる時間は有り余るほどあった。
だから…私を、自由に。
空高く私を、解き放ってほしい。
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さて、ここまでの経緯をサラッと説明させて頂こうと思う。
僕達は夏休みに鼬地さんとの死闘の後、兎にも角にも無事に二学期を迎えた。
宿題を終えていなかった僕は、更に二週間を掛けて宿題を終わらせ、同じクラスの女子に説教されるというレアな体験をした。
そんな出来事も終わりを迎え、僕はその日の放課後に校門で待っている青田さんの元に向かった。…そこまでは良かった。
だがこの日、イレギュラーが起こった。
僕が校門に行くと、そこには黒部さんが待ち、更に僕に一枚の手紙を視せてきた。
手紙の中には新幹線の切符があり、『朱雀苑に来い』などとしたためられていた。
単純な招待だと思った黒部さん達は、屋敷に戻って荷物をまとめると、すぐに出発してしまった。
だがしかし、僕はいち早く朱雀苑なる物を調べてみた。
切符の行き先は京都と書かれていた。
つまり京都にあると思ったのだが、タッチパネル式の携帯で検索をかけても、朱雀苑なる物を発見する事は出来なかった。
これを告げたのがついさっき、皆が新幹線に興奮していた時である。
さて、簡単な説明が終わった所で、現在の話に戻ろう。
現在僕達は、楽しいはずだった新幹線を無言で過ごし、京都駅に立っている。
車内では白くなっていた黒部さんも、窓に張り付いて感動していたカゲメも、ムス◯大佐みたいな事を言っていたセレも、今ではまともな思考回路に回復している。
「坊主、最後の望みも断たれたな…。」
「そうですね。迎えが来ているんじゃないかと願いましたが、やはりと言うか、やっぱりと言うか、それらしい人は視えませんね。」
「ご主人、このままでは私達、今日は野宿になっちゃいます。」
「あわわ!ご主人様〜、どうしましょう!」
場がカオスな事になってきたな。
一応予備のお金を持ってはいるが、何とも言えない不安感があるんだよな。
僕の思案顔に全員が黙り、往来で佇む七人の図は、どれほど珍しい物か。
通行人もこちらに目を向けながらヒソヒソと話しながら去って行く。
「黒部さん、手紙をもう一度視せてくれませんか?住所とか書かれてるかもしれませんし。」
僕が未だ沈んだままの黒部さんに手を出し、最後の足掻きを試みようとする。…その直前、青田さんが静かに指差した。
その指差す方向から、一台の自動車が近付いてくる。
青田さんはその車を睨む様に見ている。
僕も黒部さんもコンとコル達も、その車を見続け、車が停車するのを待つ。
車は僕達の前まで来るとゆっくりと停まり、運転席から一人の男性が降りてきた。
「いや〜、すいません、遅れてしまって。どうにも信号に全部引っかかってしまって。」
頭を掻きながら申し訳なさそうに笑ってくる男性は、僕達の姿を見ると背筋を正して深々とお辞儀をした。
「申し遅れました。私、久城 覚と言います。今回だけ雇われた謂わば、蜥蜴の尻尾でございます。故に苦情は一切受け付けておりませんのでご容赦の程を。」
男の顔はさっきまでの軽い笑顔とは打って変わって、どこぞのヤンキーの様に座った目をしている。
更に、その背後で視える、僕には慣れ親しんだ…妖怪の気配。
久城さんの圧力に、その場の全員が苦情の為に開こうとした口を閉じる。
「では、皆様を朱雀苑へとご案内させていただきます。」
再び軽い笑顔に戻った久城さんは、先ほど乗ってきた自動車に向かって歩きだす。
僕と黒部さんが呆気に取られている間に青田さんやセレが着々と荷物を運んでいき、五分も経つ頃には全員を乗せた車は、未知の朱雀苑へと向かい始めた。
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車が動き出してはや三十分。
車は京都市内を通り、今は深い森の中を進んでいる。
「いや〜、皆さん大変だったでしょ?なんせあの人、特に前知識無く呼ぶんだから。」
久城さんは運転しながら助手席にいる僕に話しかけてくる。
因みに、僕の後ろの席にはコンとコル、それとカゲメの三人が座っており、更に後ろにはセレと黒部さんと青田さんが座っている。
「え、えっと、その呼んだ人物に心あたりが無いのですが…。知っているなら教えてくれませんか?」
僕の言葉に久城さんの表情筋が固まる。
おや?何かまずいのだろうか?
「いや、あの、まずくはないんですけどね?あの人はなんと言うか、見た方が早い…かな?」
「なんですか?ご主人に言えないような酷い人間なんですか?」
「こら、コン。仮にもオーナーなんですから情報を開示出来ないだけですよ、きっと。」
うん、二人共、後でお説教を小一時間程やるから覚悟しといてね。
「ライカ!ライカ!先ほどの乗り物も速かったですが、これも速いですね!」
カゲメが後ろから僕の首に飛びついてくる。
やはりこの幼女、現代文明に関してはとことん無知らしい。
「カ、カゲメ、ちゃんと聞こえてるから離してくれる?酸欠で僕の魂が抜ける前に…。」
カゲメをちゃんと席に座らせ、再び窓に張り付いたのを確認して、僕は久城さんからもう少し詳しく聞かせてくれないか懇願してみた。
「う〜ん、話すのはやぶさかではないんだけど、君達にしてもそこの女の子にしても敵みたいな者だしね。まあでも、朱雀苑までは少しかかるのも事実だ。…三つまでなら何でも答えてあげるよ。」
さあ、おいで?とでも言う様に久城さんの顔は晴れやかだ。
しかし、三つか。
「坊主、ここはやっぱ平等にいかねえか?三つの質問権、俺と坊主と嬢ちゃん、これで三つなら他も文句はねえだろ?」
最後部の座席から黒部さんの声が聞こえてくる。
どうやら僕達の会話を全て聞いていたらしい。
まあ、この会話を聞いてないのは窓の外を見ているカゲメだけだろうけど…。
どうやらコンとコル、セレは反対する気は無いらしく、二人は笑顔で、一人は興味の無さそうな顔でこっちを見ている。
「では、それで。一番手は誰にしますか?黒部さんか青田さん、先に質問したい事があったら、どうぞ。」
僕は最後部座席に向かって顔を出す。
後部座席では青田さんは思案顔(当然無表情に変わりは無い。ここまでくると、もはや経験での判断だ。)、黒部さんは相変わらずの黒い笑み。
どうやら黒部さんの方はもう質問を決めているらしい。
「黒部さん、何かあるなら先にどうぞ。」
「おっ、そうか?ならお言葉に甘えて、先に行かせてもらうぜ。」
黒部さんは最後部座席から身を乗り出し、一語一句聞こえる様にはっきりと質問した。
「前回の依頼の時、なんで妖怪駆除の依頼を出したんだ?」
黒部さんの声が、少し怒気を張らんでいる気がするのは気の所為、だろうか?
カゲメと黒部さんが特別仲が良い、という事は聞いた事が無いし…。
「う〜ん、その質問は少し難しいね。俺は、あの人が何を考えているかなんて知らないし、知らされない。そう言う契約をしているからね。」
「契約…だと?」
「あ、気になる?」
久城さんの声が少し高くなる。
どうやらこの話題は話す気があるらしい。
後部座席を視てみると、黒部さんが思案顔で決断しようとしている。
先の質問を続けるか、それとも契約の話を聞くか…。まあ、収穫の多い方を取るのが黒部さんだ。どうせ…
「じゃあ、契約の話で。」
やっぱりかよ。
黒部さんの自由気ままな質問変更により、質問権の一つはこの、久城さんの話から開示される事になった。
「それじゃあ、始めますよ。俺はさっき言ったとおりの蜥蜴の尻尾です。でも、それは契約の内容がそうだからです。内容を詳しくは言えませんが、端的に言うなら、私の邪魔をするな。という感じです。後の事は、たぶん本人が答えてくれますよ。」
そう締めくくると、久城さんははい、次は?などと言ってくる。
何だか、分かったような、分からないような妙な気分だ。
「あはは!まあこの質問は保留って事で。大丈夫です、そのうち分かりますから。それじゃあ、次の質問をどうぞ。」
さながら名司会者の如く、久城さんはノリノリのテンションで次の質問を促す。
あと残りは二つ。
青田さんは質問を決めたのか、僕が再び後部座席を視た時、彼女は静かに手を挙げていた。
「次は私が行きます。あなたから感じるその妖気…あなたは人間ではないのですか?」
青田さんの質問に、さっきまで窓に張り付いていたカゲメも興味を示す。
そういえば、カゲメは僕を同士だと言っていた。
つまり仲間が欲しかった。彼女は自分の仲間になる者を欲しがっていた。
それ故に、今の青田さんの言葉に喰いついたのだろう。
久城さんは顔色を変えず、前方を見ながらうっすらと笑う。
「どうなんですか?私達を朱雀苑へと運ぶのではなく、このまま殺す気だとしたら、私達も抵抗せざるをえませんよ?」
後部座席の青田さんから、ただならぬ殺気を感じる。
どうやら、返答次第ではこの車内で戦闘が始まる可能性がある。
「いや〜、妖怪の存在に気づいた所までは良かったけど、やっぱりまだ観察力が足りないかな。」
「どういう意味ですか?」
「ん?もし、本当に俺が闘ったらこの場の全員、三十秒もあれば倒せるって意味さ。」
あっ、今絶対に青田さんの額に青筋が立った。
懐かしいなあ、青田さんと最初に会った時の事を思わず思い出してしまうよ。
「まあ、そうだろうな。落ち着きな、嬢ちゃん。相手と自分の力量ぐらい計れねえとこの先、とんでもねえ事になる。ここは、あいつの言う通りだ。」
「黒部さん…。」
「黒部さん、僕も力量は計れません。ですから教えてくれますか?なんで僕達が三十秒で倒されるのか、その根拠を。」
外の山道の光景はいよいよ険しくなり、車の揺れも酷くなる。
未だに道は上り坂、頂上まで行くのが目的なら、もう少し時間がかかりそうだ。
暇つぶしのネタは、少しでも多い方が良い。
「はは!根拠と来たか。だが坊主、残念ながら根拠はねえ。俺に分かるのは、こいつが持ってる妖怪は実体を持っていねえって事くらいだ。」
実体を持たない。
まだ最近の事だが、鼬地さんの妖怪も、実体の無いタイプの妖怪だったらしい。
実体の無い妖怪は主人に取り憑き、主人の体を実体として動かす。
その代わり、宿主は常時その妖怪の能力を使う事が出来る。
「へえ、よく気がついたね。大抵の人は、そこの娘みたいに僕の方が妖怪だと思うんだけど。」
「経験の差ってやつだ。俺は、お前みたなのと何度か殺りあった事があるからな。」
久城さんと黒部さんの大人(?)な会話は続く。
果てはクイズまで始めだすほどである。この二人はなかなか相性が良いらしい。
そんな仲良しの雰囲気に水を差せる訳も無く、残りの道中はクイズ大会と相成り、僕に残った質問権は『貸し』、と言う事になった。
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「さて、ご到着しましたよ。ようこそ、朱雀苑においでくださいました。長旅で疲れもございましょう。今日はごゆるりとおくつろぎ下さい。」
山の山頂に戴く大きな洋館。
朱雀苑と言うくらいだからそこそこの大きさは覚悟していたが、よもやこれほどとは。
「凄いですね〜。土花の屋敷を超えてますよ?この洋館。」
「ええ、ですが、大きさだけではない、この威圧感は何なのでしょうか?土花さんの屋敷は大きいですが、あそこは居心地が良いです。しかし、ここは、どうにも緊張してしまいますね。」
快活に笑うコンと、不安そうなコルが両腕に張り付いてくる。
確かに、コルの言う通りの威圧感だ。青田さんの屋敷の二倍、いや三倍以上の荘厳さを感じさせる。
「ほれ、坊主共、お前らの荷物だ。さっさと中に入れ、との事だぜ?久城の野郎は車を停めてからこっちに来るってよ。」
「ライカ!早くしないと置いて行きますよ?」
「赤原さん、やはり体調が悪いのですか?」
「いや、大丈夫じゃと思うぞ?鼬の一件以降、坊主の回復力は人間の比ではないからの。まあ、吸血鬼には劣るが…。」
大量の荷物を抱えた黒部さんが、青田さんやカゲメ達を伴って先導していく。
たぶんこの場の全員が屋敷の威圧感に大なり小なり感じるものがあるだろう。
しかし、あえてそれに蓋をして気丈に振る舞う。
怯えた所で何も変化を得られない事は、この場の全員がよく知っているから。
結局の所、諦めるが吉なのである。
洋館の雰囲気に呑まれながら僕達は、重く鈍い光景を視界に収めつつ、未知の空間へと足を踏み入れる。
…今回の依頼人が、『狩り』の依頼人だという事をすっかり忘れたまま。
あくまで旅行なのだと、その身に希望を抱きながら…。
あれ?おかしいなあ。
いつまにか夏休みがあと二日で終わってしまう…。
宿題すら終わっていないのに。
やっぱりあれかな?
あららぎパビリオンを楽しみ過ぎたのが原因かな?
まあ、何はともあれ、超楽しかったです。
さて、近況報告も終わった所で、作品の方に移りましょう。
最近また腕が落ちてきたんじゃないかと思う始めた『狐の事情の裏事情』ですが、私片府は常に一生懸命です!
ですから皆さん、どうか私を見捨てないでいただきたいと思います。(泣)
今回の古都編では朱雀苑と言う洋館が出てきます。
実際には存在しませんので、検索などはお控え下さい。
おそらくこれが、夏休み最後の投稿となり、少し更新速度が遅くなってしまうかもしれませんが、作者は常に最善を努めるもの。
出来るだけ早く皆様にお届けしたいと思います。
では皆様、たまには気まぐれを起こし、『感想でも書いてやっかなあ〜』とお思いになりましたら、是非とも書いて頂きたいです。
皆様の感想が、作者のやる気へと変わります!
あと、『狐の事情の裏事情 スピンオフ』のリクエストも、随時受付中でございます。
それでは、皆様のこれからの応援を糧に、この作品を書いていきますので、これからも『狐の事情の裏事情』を宜しくお願いします。




