表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/59

第十八話 目的地は…不明? (古都編 第一部)

 夢を見たい。

 そう願ったのはいつの事だっただろう。

 私はいつも働いていた。

 人々の信仰を糧として、その糧を少しでも多くしようと頑張って。

 いつの間にか、私は立派な大妖怪となった。

 ただ天災を与える存在ではない、明確な、神の座を戴いて。

 世界中が私を敬った、世界中が私を求めた。

 …でも、それはただの勘違いだった。

 人間達が求めたのは、私ではなかった。

 私の能力だけが、彼等の欲を満たす為の道具でしかなかった。

 能力だけが私の取り柄。

 否定したいのに、否定出来ない。

 私は彼等に創られた。なら、私は彼等に逆らえないし、逆らう事を確固たる意志として持ち合わせていない。

 そんな時、見た事ない妖怪が現れて、私に眠りを促した。

 誰も求めないのなら、求める様に仕向ければ良いではないか。

 あいつの言葉は甘い甘露の様に、私の意識を切り取っていく。

 ああ、その時か。

 夢を見たい。

 幸せで、絶望の無い桃源郷を。

 私の意識はそこで途切れる。

 私は夢の中で、甘露を酷く憎悪した。

 こんな、こんなこんな、甘く切なく尊く虚無な、長い永い夜の闇を願うとは、なんと浅ましい思考をしたのかと。

 私は求める。

 この甘露を壊す者を、覆す者を、見つけ出す者を、私の夢と彩ろう。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 九月の新学期から二週間。

 赤原 雷咼の二週間は鬱々としたものとなった。

 まず、夏休みの課題の提出期限の遅延によるお説教、並びに反省文という新たな課題の提出、極みつけは我がクラスの学級委員直々のお説教ときたもんだ。

 教師からお説教を受けるより、同学年のお説教の方がメンタル面で効いた。

 課題の遅延自体は一週間だったのに、反省文やらお説教でもう一週間喰らったのはショックだ。

 課題の遅延は一週間までがギリギリと華蓮に教わった事があるが、どうやら現代ではもう効かないらしい。

 だが、この苦行が二週間で終わったのも、僕が信頼を置いている友人達の賜物だろう。

 コンとコルは勿論、歳が二つは違う青田さんや、教師を目指していた黒部さんも手伝ってくれた。

 まあ、代償として青田さんからはパフェを、黒部さんからはラーメンを奢る事を約束させられたのだが…。

「(ご主人、卑屈になるには早過ぎますよ。良い方に考えましょう!土花みたいな可愛い女の子とデート出来るんですよ?おそらく、ご主人は中等部の噂の的に!)」

「(更に、中等部の男子から決闘を申し込まれるかもしれません!これほど美味しい展開が他にありますか⁉)」

 まっこと、我が相棒達は楽天家だ。

 もしそんな噂が立ってみろ、僕の評価は不良の女ったらし、で決定だ。

「はあ、僕の将来が不安になる…。」

「(それは元々ではありませんか?)」

「(コン、失礼ですよ。せめて、ご主人様はまだ本気でないだけ、と言った方が良いです。)」

「二人共、もしかしてもしなくても僕に喧嘩売ってる?」

 最近、二人の容赦がさらに無い気がする。

 僕の気にし過ぎか、はたまた元々こんな感じだったのか。

 まあ、それだけ打ち解けたという事か。

「(ご主人、そろそろ校門に行かないと、また土花が校舎に入ってしまいますよ?)」

「(ご主人様の情けない評判をこれ以上聞かせたくないなら、早く行った方が賢明ですね。)」

 二人に言われて時計を視る。

 うん、感度良好。

 時計の文字盤がはっきり視える。

「しかし、やっぱり違和感があるね。今までと違って映像然としている様な。」

 僕は苦笑いで時計から窓の外に視線を向ける。

 小鳥が数羽飛んでいるが、どこかそれも、映画やテレビの映像を見ているようだ。

「(仕方ありませんよ。実際には、ご主人は視力がありませんからね。)」

「(情報が私達を介している分、ご主人様の脳はそれを写している映写機にしかなりません。…慣れるのを、待つしかありませんね。)」

 コンとコルの声はどことなく落ち込んでいる。

 どうやら、まだ僕の目の事で責任を感じているらしい。

「大丈夫さ。二人には本当に感謝している。それに、目の事は僕が勝手にやった事だ。責任とかは感じる必要は無いよ。」

 応える声は聞こえない。

 彼女達がどんな気持ちなのか、姿が視えない今は確認する事も出来ない。

 でも、コンとコルなら、すぐに立ち直ってくれると思う。

 だって、元気な所が二人の長所なのだから。

 少し気恥ずかしさを感じながら、僕は校舎を出て校門に進む。

 校門の側には、いつものように待っている青田さんの姿と、いつもは姿を視せない黒部さんが立っていた。

「(おやおや、珍しいですね。ご主人に何か用でしょかね?あの鴉。)」

「(にしては、何ですかね?いつもと格好が違う気もしますが。)」

 コルの言う通り、黒部さんの格好はいつもラフな感じが多い。

 しかし、今黒部さんは登山でもしそうな格好をしている。

 まさか、一人で登山でもしに行くのだろうか?

「遅えぞ、坊主。いっその事置いて行ってやろうかと思ってた所だ。」

「すみません。でも、どうしたんですか?学校に来るなんて、珍しいですね。」

 半分げんなり、半分疑問の顔で黒部さんに問い掛ける僕。

 黒部さんは、悪戯が成功した子供みたいな顔で笑っている。…なんだろう、嫌な予感がする。

「喜べ坊主!どこのどいつか知らねえが、こんなのが送られてきたぞ!」

 やけにテンションの高まっている黒部さんから、一枚の手紙を受け取る。

 差し出し人の無い手紙…はて、何かデジャブが。

「青田さんは、もう見た?」

「いえ、私もまだ見れてません。ですから、どこか喫茶店にでも入りませんか?校門では人に見られてしまいますし…。」

 青田さんが周りを見渡しながら、頬を赤くして無表情で提案してくる。

 僕も周りを見てみれば、確かに黒部さんは目立っている。

「ねえ、ここら辺に山ってあったっけ?」

「さ、さあ。旅行に行くんじゃない?明日から週末だし。」

「なあ、あいつ、隣のクラスにいなかったっけ?」

「知らん。つうかあの娘、可愛くね?」

 いかん。目立っている。

 黒部さんは勿論、青田さんも目立っている。

 て言うか、そこの男子、貴様ら校内で見つけたら覚えてろよ。

 週末の学校は下校の早い生徒が多い。

 まばらに出てくる生徒の視線から逃げる様に、僕達は屋敷と中間にあるドーナツ屋へと緊急避難する事にした。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ドーナツ屋の一番奥のテーブル。

 僕達は一番人目につかないだろうテーブルを選んで座り、黒部さんから渡された手紙を拝読する事にした。

「今日、坊主達が学校に行った後に投函されたみたいでな。ちょっくらカゲメを連れて散歩でもしようかと思って、帰ってきたらそいつが入ってた。差し出し人は見た通りの匿名だがな。」

 テーブルの上にはシェアで買ったドーナツとドリンクが置かれている。

 と言っても、殆どのドーナツは青田さんが注文した奴だが。

 百円セール中だった為、青田さんも容赦が無い。

 既に一個目のドーナツを平らげ、二つ目に取り掛かっている。

 僕は手紙を開封しながら、ドーナツを頬張っている青田さんにも見える位置に移動する。

 封筒の中には手紙だけでなく、何やらチケットも入っている。…これは、新幹線の切符?

「ご丁寧にきっかり七枚。全員で来いっつう事だな。」

 一体どこに行くのか、それは手紙に書いてある様で、黒部さんは早く読めと言いた気な顔を僕に向けている。

 二つ折りにされた手紙を開けると、どこかで見た事のある文面が視えた。

『前回の依頼をリタイヤした貴殿達に、慎ましやかな報酬を贈る。指定の電車に乗り、朱雀苑に来られたし。』

 文はそれだけで終わっている。

 これには僕も、ドーナツを食べていた青田さんも動きを止める。

 この文面を、僕達は見た事があるからだ。

「黒部さん、これって。」

「そうだ。『狩り』の時と同じ奴が、俺達にこれを贈ったと俺も思う。わざわざ『リタイヤ』なんて言葉を使ってるあたり、意地が悪いにも程があるぜ。…どうやら、こっちの事は調べ尽くしてるみたいだしな。」

 黒部さんこそ意地の悪い笑みを浮かべながら、コーヒーのカップをじっと見ている。

 リタイヤと報酬。

 それは本来対極な物だ。

 リタイヤは途中で逃げた事を表し、本来それに与えられる報酬は無い。

 しかし、この手紙の差出人はそれを指摘し、あまつさえ僕達を呼んでいる。

 カゲメの件はまだ記憶に新しいが、元々の依頼内容がカゲメの殺害にあった事を考えると、どうしても警戒してしまう。

「黒部さんは、もしかしなくても行く気満々ですよね?」

「当たり前だろ?こんな面白…怪しい手紙送られて引き下がれるか!」

 今、面白いと言おうとしたか、この大人は。

 僕に不信の目を向けられ、黒部さんが手を振りながら弁明を始める。

「まあ安心しろよ、坊主。相手はきっちり七枚切符を送ってるんだ。行った矢先に即暗殺、なんて事は無いと思うぜ。」

 黒部さんはそう言って清々しい程の悪人顏でコーヒーを飲んだ。

 隣を視ると、青田さんは十個買ったはずのドーナツの七個目を手に取りながら、こちらに親指を立ててくる。

 どうやら彼女も行くのは賛成らしい。

 あと、そのドーナツは僕が食べようと思ってたんだけど…。

「はあ、分かりました。それじゃあ、いつ出発しますか?明日の朝か…」

「ああそれだが、もう時間は決まってる。」

 黒部さんはそう言って席を立ち、僕達にもそれを促す。

 青田さんが残りのドーナツを持ち、僕が荷物全般を持って外に出ると、黒部さんは静かに駅の方角を指差しながら高らかに宣言した。

「出発は…今すぐにだ!」

 僕の拳と青田さんのタイキックが、黒部さんの体に沈んだのは…言うまでも無い。

 こんな無茶を言う人は、少し三途を見てくるぐらいが丁度いいのだ。

 気絶した黒部さんを引きずりながら帰宅すると、玄関ではセレとカゲメが荷物を運んでいた。

「何をしているのですか?カゲメ、それにセレまでとは…まさか。」

 ストラップから少女に戻ったコンが、二人の荷物の山を一瞥して質問する。

 荷物を玄関の端に置いていたカゲメが、黒部さんが持っていた手紙と同じ物をこちらに見せてくる。

 どうやら、二人も行くのを楽しみにしている口らしい。

 人の気も知らないで、カゲメは意外と考えなしなのだろうか?

「ご主人様、残念ですが、カゲメが行く気になっている以上行くしか道は無いかと…。」

 唯一の味方であったコンとコルも、流石に諦めろと言ってくる。

 四面楚歌、完全包囲、孤立無援

 そんな四字熟語を連想しながら、僕もとぼとぼと部屋へと荷物をまとめに向かった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それから僅か一時間後、僕達は今新幹線の車内にいる。

 新幹線の車内とは、地下鉄の車内よりも快適なのが普通である。

 何故こんな何でもない台詞を今、僕は思い出したのか、その理由を少し聞いて欲しい。

 昔、華蓮と話した事があるのだ。

 新幹線と地下鉄はどうしてあんなに快適度が違うのか…と。

 華蓮は先の言葉を言い、そしてありがたい薀蓄を述べてくれた。

 曰く、『快適とはつまり、ストレスの有無』…だと。

 今僕は、華蓮の言葉の真意を掴んだ気がする。

「ちょっと、ライカ!今の時代ってこんなに速い乗り物があるのですか⁉」

「赤原さん、大丈夫ですか?顔色が優れませんが、もしかして酔いましたか?」

「おいおい、嬢ちゃん。新幹線で酔ってちゃ、坊主は乗り物に乗れなくなっちまうぜ。」

「ふむ、小僧。まるで人がゴミのようじゃの?」

「セレ、それはご主人様がゴミだと言いたいのですか?」

「あはは!ご主人にそんな事を言ったら、私達が黙ってると思わないで下さいね?」

 おかしい。

 何故か今は快適度を微塵も感じられない!

 黒部さんや青田さん、カゲメはまだしも、そこで火花を散らしているセレやコンとコルは目立ち過ぎだ。

 現に、席の横を通る他の乗客が奇異の目を向けている。

 これでは見せ物小屋と何ら変わらない。

 ストレスを感じるな、と言う方が無理だ。

 やはり、烏天狗の様に別ルートで行った方が良かったんじゃないだろうか?

「黒部さん、やっぱり無理があるんじゃないですか?」

「はは!大丈夫だって。奇異の目は向けられるだろうが、所詮は初見の他人。まさか妖怪が電車に乗ってるなんて、誰も思わねえよ。」

 黒部さんの顔は実に良い笑顔をしている。

 今の状況を楽しんでいるとしか思えない。

「ライカ、私達は結局どこに向かっているのですか?私は字が読めませんから、ここまで成されるがままでしたが、そろそろ知りたいです。」

 カゲメが窓から顔を離さずに僕に問いかける。

 字が読めない、と言うのは大変気になるが、ここで教えないのは幼女虐待と思われかねないので、僕は切符に載っている行き先を告げる。

「今向かってるのは…京都だね。ただ、京都に行っても問題が一つだけ残ってる。」

 僕の言葉に全員が耳を傾ける。

 僕が最後に言った問題という単語に、疑問を感じたらしい。

 どうやらここにいる全員、まだ気づいていないようだ。

 僕は非常に重苦しい空気を出したまま、その場にいる全員に重石を乗せる様に呟いた。

「京都に朱雀苑なんて場所は…無い。今僕達は、誰も知らない場所に向かっているんです。」

 新幹線の中の無言が、空間全体を満たしていく。…いや、黒部さんは携帯の検索機能で調べているので、空間には携帯を叩く音がしている。

 黒部さんが携帯から指を離した時、その顔からさっきまでの楽しそうな笑みは消えていた。

 むしろ、どこか悲惨な笑顔に変貌している。

「あ、あの、黒部さん?大丈夫…ですか?」

 どこか真っ白になった黒部さんに、僕は恐る恐る声を掛ける。

 しかし、黒部さんの意識は一向に戻ってくる気配を視せない。

 青田さんも、コンも、コルも、セレも、カゲメも、今まで旅行だと騒いでいた面々が…


 …目的地の消失に、判断能力を奪われていた。




時間とは有限である。

先人の知恵とは実に素晴らしいと思い始めた私、片府です。

さて、今回は小休止なしのいきなり新編です。

今回は主人公達、赤原 雷咼が自分の町を飛び出し、他の町に行きます。

既に目的地不明と言うお先真っ暗な状況ですが、これにめげずにもう少し足掻いて欲しいものです。

さて、ここで隠された設定の、カゲメは実は頭悪い説ですが、正直、当たっています。

カゲメは頭悪いです。

と言うか、知識は殆どありません!特に現代知識!

なんせ、ずっと歩いて仇を探していますからね。

ある意味、雷咼よりも復讐心が強い娘です。

現在では刀を取られて力が落ちていますが、本気になれば超怖いです。

油断さえしなければ、雷咼達は手も足も出ませんよ、マジで。

今回は、先の狩り編に関係して出来た話です。

狩り編を読んでいらっしゃらない方は、是非読んでから先を読むのをオススメします。

では、今回はこの辺で、また次回の話でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ