第十八話 目的地は…不明? (古都編 第一部)
夢を見たい。
そう願ったのはいつの事だっただろう。
私はいつも働いていた。
人々の信仰を糧として、その糧を少しでも多くしようと頑張って。
いつの間にか、私は立派な大妖怪となった。
ただ天災を与える存在ではない、明確な、神の座を戴いて。
世界中が私を敬った、世界中が私を求めた。
…でも、それはただの勘違いだった。
人間達が求めたのは、私ではなかった。
私の能力だけが、彼等の欲を満たす為の道具でしかなかった。
能力だけが私の取り柄。
否定したいのに、否定出来ない。
私は彼等に創られた。なら、私は彼等に逆らえないし、逆らう事を確固たる意志として持ち合わせていない。
そんな時、見た事ない妖怪が現れて、私に眠りを促した。
誰も求めないのなら、求める様に仕向ければ良いではないか。
あいつの言葉は甘い甘露の様に、私の意識を切り取っていく。
ああ、その時か。
夢を見たい。
幸せで、絶望の無い桃源郷を。
私の意識はそこで途切れる。
私は夢の中で、甘露を酷く憎悪した。
こんな、こんなこんな、甘く切なく尊く虚無な、長い永い夜の闇を願うとは、なんと浅ましい思考をしたのかと。
私は求める。
この甘露を壊す者を、覆す者を、見つけ出す者を、私の夢と彩ろう。
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九月の新学期から二週間。
赤原 雷咼の二週間は鬱々としたものとなった。
まず、夏休みの課題の提出期限の遅延によるお説教、並びに反省文という新たな課題の提出、極みつけは我がクラスの学級委員直々のお説教ときたもんだ。
教師からお説教を受けるより、同学年のお説教の方がメンタル面で効いた。
課題の遅延自体は一週間だったのに、反省文やらお説教でもう一週間喰らったのはショックだ。
課題の遅延は一週間までがギリギリと華蓮に教わった事があるが、どうやら現代ではもう効かないらしい。
だが、この苦行が二週間で終わったのも、僕が信頼を置いている友人達の賜物だろう。
コンとコルは勿論、歳が二つは違う青田さんや、教師を目指していた黒部さんも手伝ってくれた。
まあ、代償として青田さんからはパフェを、黒部さんからはラーメンを奢る事を約束させられたのだが…。
「(ご主人、卑屈になるには早過ぎますよ。良い方に考えましょう!土花みたいな可愛い女の子とデート出来るんですよ?おそらく、ご主人は中等部の噂の的に!)」
「(更に、中等部の男子から決闘を申し込まれるかもしれません!これほど美味しい展開が他にありますか⁉)」
まっこと、我が相棒達は楽天家だ。
もしそんな噂が立ってみろ、僕の評価は不良の女ったらし、で決定だ。
「はあ、僕の将来が不安になる…。」
「(それは元々ではありませんか?)」
「(コン、失礼ですよ。せめて、ご主人様はまだ本気でないだけ、と言った方が良いです。)」
「二人共、もしかしてもしなくても僕に喧嘩売ってる?」
最近、二人の容赦がさらに無い気がする。
僕の気にし過ぎか、はたまた元々こんな感じだったのか。
まあ、それだけ打ち解けたという事か。
「(ご主人、そろそろ校門に行かないと、また土花が校舎に入ってしまいますよ?)」
「(ご主人様の情けない評判をこれ以上聞かせたくないなら、早く行った方が賢明ですね。)」
二人に言われて時計を視る。
うん、感度良好。
時計の文字盤がはっきり視える。
「しかし、やっぱり違和感があるね。今までと違って映像然としている様な。」
僕は苦笑いで時計から窓の外に視線を向ける。
小鳥が数羽飛んでいるが、どこかそれも、映画やテレビの映像を見ているようだ。
「(仕方ありませんよ。実際には、ご主人は視力がありませんからね。)」
「(情報が私達を介している分、ご主人様の脳はそれを写している映写機にしかなりません。…慣れるのを、待つしかありませんね。)」
コンとコルの声はどことなく落ち込んでいる。
どうやら、まだ僕の目の事で責任を感じているらしい。
「大丈夫さ。二人には本当に感謝している。それに、目の事は僕が勝手にやった事だ。責任とかは感じる必要は無いよ。」
応える声は聞こえない。
彼女達がどんな気持ちなのか、姿が視えない今は確認する事も出来ない。
でも、コンとコルなら、すぐに立ち直ってくれると思う。
だって、元気な所が二人の長所なのだから。
少し気恥ずかしさを感じながら、僕は校舎を出て校門に進む。
校門の側には、いつものように待っている青田さんの姿と、いつもは姿を視せない黒部さんが立っていた。
「(おやおや、珍しいですね。ご主人に何か用でしょかね?あの鴉。)」
「(にしては、何ですかね?いつもと格好が違う気もしますが。)」
コルの言う通り、黒部さんの格好はいつもラフな感じが多い。
しかし、今黒部さんは登山でもしそうな格好をしている。
まさか、一人で登山でもしに行くのだろうか?
「遅えぞ、坊主。いっその事置いて行ってやろうかと思ってた所だ。」
「すみません。でも、どうしたんですか?学校に来るなんて、珍しいですね。」
半分げんなり、半分疑問の顔で黒部さんに問い掛ける僕。
黒部さんは、悪戯が成功した子供みたいな顔で笑っている。…なんだろう、嫌な予感がする。
「喜べ坊主!どこのどいつか知らねえが、こんなのが送られてきたぞ!」
やけにテンションの高まっている黒部さんから、一枚の手紙を受け取る。
差し出し人の無い手紙…はて、何かデジャブが。
「青田さんは、もう見た?」
「いえ、私もまだ見れてません。ですから、どこか喫茶店にでも入りませんか?校門では人に見られてしまいますし…。」
青田さんが周りを見渡しながら、頬を赤くして無表情で提案してくる。
僕も周りを見てみれば、確かに黒部さんは目立っている。
「ねえ、ここら辺に山ってあったっけ?」
「さ、さあ。旅行に行くんじゃない?明日から週末だし。」
「なあ、あいつ、隣のクラスにいなかったっけ?」
「知らん。つうかあの娘、可愛くね?」
いかん。目立っている。
黒部さんは勿論、青田さんも目立っている。
て言うか、そこの男子、貴様ら校内で見つけたら覚えてろよ。
週末の学校は下校の早い生徒が多い。
まばらに出てくる生徒の視線から逃げる様に、僕達は屋敷と中間にあるドーナツ屋へと緊急避難する事にした。
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ドーナツ屋の一番奥のテーブル。
僕達は一番人目につかないだろうテーブルを選んで座り、黒部さんから渡された手紙を拝読する事にした。
「今日、坊主達が学校に行った後に投函されたみたいでな。ちょっくらカゲメを連れて散歩でもしようかと思って、帰ってきたらそいつが入ってた。差し出し人は見た通りの匿名だがな。」
テーブルの上にはシェアで買ったドーナツとドリンクが置かれている。
と言っても、殆どのドーナツは青田さんが注文した奴だが。
百円セール中だった為、青田さんも容赦が無い。
既に一個目のドーナツを平らげ、二つ目に取り掛かっている。
僕は手紙を開封しながら、ドーナツを頬張っている青田さんにも見える位置に移動する。
封筒の中には手紙だけでなく、何やらチケットも入っている。…これは、新幹線の切符?
「ご丁寧にきっかり七枚。全員で来いっつう事だな。」
一体どこに行くのか、それは手紙に書いてある様で、黒部さんは早く読めと言いた気な顔を僕に向けている。
二つ折りにされた手紙を開けると、どこかで見た事のある文面が視えた。
『前回の依頼をリタイヤした貴殿達に、慎ましやかな報酬を贈る。指定の電車に乗り、朱雀苑に来られたし。』
文はそれだけで終わっている。
これには僕も、ドーナツを食べていた青田さんも動きを止める。
この文面を、僕達は見た事があるからだ。
「黒部さん、これって。」
「そうだ。『狩り』の時と同じ奴が、俺達にこれを贈ったと俺も思う。わざわざ『リタイヤ』なんて言葉を使ってるあたり、意地が悪いにも程があるぜ。…どうやら、こっちの事は調べ尽くしてるみたいだしな。」
黒部さんこそ意地の悪い笑みを浮かべながら、コーヒーのカップをじっと見ている。
リタイヤと報酬。
それは本来対極な物だ。
リタイヤは途中で逃げた事を表し、本来それに与えられる報酬は無い。
しかし、この手紙の差出人はそれを指摘し、あまつさえ僕達を呼んでいる。
カゲメの件はまだ記憶に新しいが、元々の依頼内容がカゲメの殺害にあった事を考えると、どうしても警戒してしまう。
「黒部さんは、もしかしなくても行く気満々ですよね?」
「当たり前だろ?こんな面白…怪しい手紙送られて引き下がれるか!」
今、面白いと言おうとしたか、この大人は。
僕に不信の目を向けられ、黒部さんが手を振りながら弁明を始める。
「まあ安心しろよ、坊主。相手はきっちり七枚切符を送ってるんだ。行った矢先に即暗殺、なんて事は無いと思うぜ。」
黒部さんはそう言って清々しい程の悪人顏でコーヒーを飲んだ。
隣を視ると、青田さんは十個買ったはずのドーナツの七個目を手に取りながら、こちらに親指を立ててくる。
どうやら彼女も行くのは賛成らしい。
あと、そのドーナツは僕が食べようと思ってたんだけど…。
「はあ、分かりました。それじゃあ、いつ出発しますか?明日の朝か…」
「ああそれだが、もう時間は決まってる。」
黒部さんはそう言って席を立ち、僕達にもそれを促す。
青田さんが残りのドーナツを持ち、僕が荷物全般を持って外に出ると、黒部さんは静かに駅の方角を指差しながら高らかに宣言した。
「出発は…今すぐにだ!」
僕の拳と青田さんのタイキックが、黒部さんの体に沈んだのは…言うまでも無い。
こんな無茶を言う人は、少し三途を見てくるぐらいが丁度いいのだ。
気絶した黒部さんを引きずりながら帰宅すると、玄関ではセレとカゲメが荷物を運んでいた。
「何をしているのですか?カゲメ、それにセレまでとは…まさか。」
ストラップから少女に戻ったコンが、二人の荷物の山を一瞥して質問する。
荷物を玄関の端に置いていたカゲメが、黒部さんが持っていた手紙と同じ物をこちらに見せてくる。
どうやら、二人も行くのを楽しみにしている口らしい。
人の気も知らないで、カゲメは意外と考えなしなのだろうか?
「ご主人様、残念ですが、カゲメが行く気になっている以上行くしか道は無いかと…。」
唯一の味方であったコンとコルも、流石に諦めろと言ってくる。
四面楚歌、完全包囲、孤立無援
そんな四字熟語を連想しながら、僕もとぼとぼと部屋へと荷物をまとめに向かった。
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それから僅か一時間後、僕達は今新幹線の車内にいる。
新幹線の車内とは、地下鉄の車内よりも快適なのが普通である。
何故こんな何でもない台詞を今、僕は思い出したのか、その理由を少し聞いて欲しい。
昔、華蓮と話した事があるのだ。
新幹線と地下鉄はどうしてあんなに快適度が違うのか…と。
華蓮は先の言葉を言い、そしてありがたい薀蓄を述べてくれた。
曰く、『快適とはつまり、ストレスの有無』…だと。
今僕は、華蓮の言葉の真意を掴んだ気がする。
「ちょっと、ライカ!今の時代ってこんなに速い乗り物があるのですか⁉」
「赤原さん、大丈夫ですか?顔色が優れませんが、もしかして酔いましたか?」
「おいおい、嬢ちゃん。新幹線で酔ってちゃ、坊主は乗り物に乗れなくなっちまうぜ。」
「ふむ、小僧。まるで人がゴミのようじゃの?」
「セレ、それはご主人様がゴミだと言いたいのですか?」
「あはは!ご主人にそんな事を言ったら、私達が黙ってると思わないで下さいね?」
おかしい。
何故か今は快適度を微塵も感じられない!
黒部さんや青田さん、カゲメはまだしも、そこで火花を散らしているセレやコンとコルは目立ち過ぎだ。
現に、席の横を通る他の乗客が奇異の目を向けている。
これでは見せ物小屋と何ら変わらない。
ストレスを感じるな、と言う方が無理だ。
やはり、烏天狗の様に別ルートで行った方が良かったんじゃないだろうか?
「黒部さん、やっぱり無理があるんじゃないですか?」
「はは!大丈夫だって。奇異の目は向けられるだろうが、所詮は初見の他人。まさか妖怪が電車に乗ってるなんて、誰も思わねえよ。」
黒部さんの顔は実に良い笑顔をしている。
今の状況を楽しんでいるとしか思えない。
「ライカ、私達は結局どこに向かっているのですか?私は字が読めませんから、ここまで成されるがままでしたが、そろそろ知りたいです。」
カゲメが窓から顔を離さずに僕に問いかける。
字が読めない、と言うのは大変気になるが、ここで教えないのは幼女虐待と思われかねないので、僕は切符に載っている行き先を告げる。
「今向かってるのは…京都だね。ただ、京都に行っても問題が一つだけ残ってる。」
僕の言葉に全員が耳を傾ける。
僕が最後に言った問題という単語に、疑問を感じたらしい。
どうやらここにいる全員、まだ気づいていないようだ。
僕は非常に重苦しい空気を出したまま、その場にいる全員に重石を乗せる様に呟いた。
「京都に朱雀苑なんて場所は…無い。今僕達は、誰も知らない場所に向かっているんです。」
新幹線の中の無言が、空間全体を満たしていく。…いや、黒部さんは携帯の検索機能で調べているので、空間には携帯を叩く音がしている。
黒部さんが携帯から指を離した時、その顔からさっきまでの楽しそうな笑みは消えていた。
むしろ、どこか悲惨な笑顔に変貌している。
「あ、あの、黒部さん?大丈夫…ですか?」
どこか真っ白になった黒部さんに、僕は恐る恐る声を掛ける。
しかし、黒部さんの意識は一向に戻ってくる気配を視せない。
青田さんも、コンも、コルも、セレも、カゲメも、今まで旅行だと騒いでいた面々が…
…目的地の消失に、判断能力を奪われていた。
時間とは有限である。
先人の知恵とは実に素晴らしいと思い始めた私、片府です。
さて、今回は小休止なしのいきなり新編です。
今回は主人公達、赤原 雷咼が自分の町を飛び出し、他の町に行きます。
既に目的地不明と言うお先真っ暗な状況ですが、これにめげずにもう少し足掻いて欲しいものです。
さて、ここで隠された設定の、カゲメは実は頭悪い説ですが、正直、当たっています。
カゲメは頭悪いです。
と言うか、知識は殆どありません!特に現代知識!
なんせ、ずっと歩いて仇を探していますからね。
ある意味、雷咼よりも復讐心が強い娘です。
現在では刀を取られて力が落ちていますが、本気になれば超怖いです。
油断さえしなければ、雷咼達は手も足も出ませんよ、マジで。
今回は、先の狩り編に関係して出来た話です。
狩り編を読んでいらっしゃらない方は、是非読んでから先を読むのをオススメします。
では、今回はこの辺で、また次回の話でお会いしましょう。




