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第十四話 限界 (人格過多編 第三部)

 またやった。

 また殺った。

 僕の意識が飲み込まれる。

 僕の意思が呑み込まれる。

 日を追う毎に薄れて行くそれは、僕の存在を潰そうとする。

 最近はろくに寝る事も出来ない。

 不用意に意識を手放せば、僕の行動は自分でもどうしようもなくなるのだ。

 どうすれば良い?

 自ら命を断つ?

 それが出来れば簡単だ。

 僕の中から伸びる鎖は、僕の身体を雁字搦めに縛っている。

 何と言う恐怖。

 僕はもうじき、自分の自我すら消え失せる。

 沢山の人格は一つに…本来のあるべき状態へ。

 人間としてではなく、『動物』として。

 お願いです。

 誰か、誰でも良い。

 今すぐ、僕を殺せる人を…連れて来て。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 夕方、少年は再び目を覚ますと、僕達を見るなり深々と頭を下げた。

「この度は、気を失っていた僕を看て頂き、ありがとうございます。」

 少年は律儀にも土下座までして僕達に礼を言う。

 今僕の部屋にいるのはセレ以外の全員。

 セレにも声を掛けたのだが、会いたくない、と一蹴されてしまった。

「目が覚めて良かったよ。君には色々と聞きたい事があるんだ。」

 なるべく警戒心を持たれないように、焦る気持ちを堪えて笑顔を浮かべる僕。

 黒部さんもいつもの悪人笑いを我慢して、大人の静けさで待機している。

 コンとコルは正体をバラさない為、尻尾と耳を隠している。

 カゲメに至っては子供らしくあろうとしているのか、日頃浮かべない無邪気な笑顔を浮かべている。

 たぶん、この場で自分を飾っていないのは青田さんだけだろう。

「話って、何ですか?」

 少年は覚えていないのか、本気で分からないと言う顔をしている。

 僕は言うか少し迷ったが、言わなければ状況は前進しない。

 僕は出来るだけゆっくりと、少年に問いかけた。

「最近立て続けに起こってる辻斬りの犯人、君だって言うのは本当?」

 少年は少し首を傾げて考える素振りをする。

 やがて、何か思いついたのかその顔を輝かせた。

「そうだ!それたぶん僕の事じゃないです。たぶん、もう一人の僕です。」

 な、何を言ってるんだ?

 全員の頭に疑問符が浮かぶ。

 少年は僕等の事はお構い無しで、そうだそうだと納得している。

 しかし、彼が納得してもこちらは出来ない。

 僕は少し強めの口調で、少年へと再度問いかけた。

「もう一つの人格?それって、どう言う事?」

「いや、そのままの意味ですよ。何か僕、小さい頃からその気があって。親曰く、嘘つきの人格らしいですよ?」

 少年は何でもない身の上話をする様に返答する。

 しかしそれは、二重人格と言う事か?

「おい、そのもう一つの人格ってのは嘘を吐く人格で、お前は辻斬りとは関係無いって事なのか?」

 黒部さんがいつも悪人顏で少年に迫る。

 どうやら仮面が剥がれたらしい、なんとも早い崩壊だこと。

「はい。たぶん、その辻斬りとは関係無いと思いますよ?第一、何で僕が辻斬りなんてしなくちゃいけないんです?」

 少年の言葉を聞いて一気に緊張が解ける。

 事態は相変わらずの停滞だが、少なくとも自分は犯人を匿った訳ではなさそうだ。

 緊張が解けると急に覚える空腹感。

 そういえば、そろそろ夕飯の時間か。

 皆緊張が解けると同時に同じ思考をしたらしく、青田さんは夕飯の支度へ、黒部さんとカゲメは食堂へ、僕とコンとコルは少年を起こしてから食堂へと向かった。

「皆さん、どうしたんですか?もしかして、僕を犯人だと思ってたんですか?」

 少年の口調ははっきりしているが、やはり体が弱っているのだろう。

 足元がおぼつかずまともに歩けなかった。

 病人にも食べられる様に、と青田さんは夕飯に冷やしうどんをチョイスした。

 夏に食べると冷たさがより一層、有難く感じる。

 因みに、うどんを冷やした水はセレ特製の物だ。

 僕等は一通り食べ終わると、少年は自己紹介を始めた。

「僕の名前は鼬地 晃介って言います。歳は十七っす。」

「「「十七⁉」」」

 全員が驚きを表す。

 セレやカゲメ、青田さんまでもが目を瞬かせてしまっている。

 それ程までに少年はその…背が低かった。

 今まで敢えて言及しなかったが、少年の背は青田さんと対して変わらない。

 見た目年齢では完全に中学生が良いとこだ。

 そんな人がまさか、僕より年上とは。

 これが背と童顔の影響か!

「人間って…怖いな。」

「坊主、気にするな。別にお前は老けていないからな。あいつがおかしいだけだ。」

「私どころか赤原さんよりも…上。」

「ご主人、お気を確かに!鴉も何落ち込んでるんですか⁉」

「あわわ、カゲメ、どうしましょう⁉」

「放っておくのが一番だと思いますよ?コル。」

 人間とは、男も女も歳を気にする。

 僕はこの時、一種の真理を獲得した。

「あはは!何か皆さん面白いっすね。」

 鼬地さんは幼い顔を破顔させて、僕達の輪へと入ってくる。

「イタチ…。」

 セレのその一言は、何故か僕の頭の中で何度もリピートされた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 それから一ヶ月、僕達は普通に暮らしていた。

 辻斬りもすっかりなりを潜ませ、あれ以来一人も犠牲者は出ていない。

 僕達が知らない所で、警察に捕まったのかもしれない。

 事件自体が報道されなかったから犯人も報道しない、十分にあり得る話だ。

 八月も今日から後半、つまりは夏休みも終わりが近いと言う事だ。

 鼬地さんは、療養ついでに色々な所に行きたいと言って僕達を連れ回した。

 近場からキャンプまで、それこそ幅広くだ。

 人生で一番夏を謳歌した年だ、と自信を持って宣言出来る。

 でも、その結果僕は、今途轍もなく大変な目にあっていた。

「ご主人、今幾つですか?小学生じゃないんですから、宿題くらい計画的にして下さい。」

「珍しくコンに同意です。去年はもう少しマシだったと思いますよ?ご主人様。」

「仰る通りです…。」

 コンとコルの叱責を受けながら、僕は課題の計算問題を解く。

 正直、数学より国語の方が得意だからそっちをやりたいのだが…

「面倒なやつからやった方が効率的です。」

 と言うコルの意見により瞬殺。

 それにより、僕は意味を見出せない数字へと頭を働かせていた。

「どうですか?どの位進みました?」

「三問…。」

「一時間掛けて三問。ご主人、本当に数学の授業受けてました?」

 失礼な。ちゃんと受けていたさ。

 睡眠学習で。

「いや、そんな堂々と、さも偉業を成し遂げたみたいな顔で言われても…。」

「まあ、ご主人様は現代文しか才能ありませんからね。…女心は読めないくせに。」

「上手い!」

 何か酷い貶しを受けている様な気がするが、生憎構っていられる程の余裕は無い。

 数学以外にもまだまだ教科はあるのだ。

 このままではまた、呼び出しを受けてしまう。

「ご主人、英語の本文は写しましたよ。」

「ああ、ありがとう。」

 コンから英語のノートを受け取る。

 うん、完璧。

「雷咼、入るっすよ〜。」

 返答する前に襖が大きく開けられる。

 こんな事をする人間は、一人しか今はいない。

「何か用ですか?鼬地さん。」

 コンとコルの部屋に入ってくる鼬地さん。

 彼には今、僕が使っていた部屋が与えられている。

 僕は元々私物が少なかった、と言うのとコンとコルの進言があったとの事。

 僕は一切関与していないので、あしからず。

「雷咼、今から出掛ける気は無いっすか?」

「無い、帰れ、忙しい。」

 宿題から一切目を切らずに手榴弾を投げ込んだ僕は、そのまま鼬地さんが部屋へと帰るのを待った。

 しかし、当の本人は一切動かず、こちらに期待の眼差しを向けている。

 コンとコルは我関せずを貫き、僕が頼んだ宿題の下準備を着々と進めている。

 その小さな体が告げている。

『さっさと話つけろ』、と。

「何でそんな事聞くんですか?」

「だって遊びたいっすから。」

 なんて事もない様に言ってくる鼬地さん。

 この人、自由さだけなら黒部さんといい勝負だ。

 と言うか、言い分がまるで子供だ。

「今の僕は宿題で忙しいの。青田さんとかはどうなの?」

「掃除の邪魔って言われたっす。」

「そういえば、まだカゲメは今日家から出てなかったな。」

「行ったらもぬけの殻だったっす。」

「セレは…。」

「睨まれたっす。」

「黒…」

「爆睡っす。」

 皆卑怯な〜!

 全員でこの状況を作ったとしか思えない。

 黒部さんに至っては絶対寝たふりに決まってる。

 しかし、どうせ今から行っても皆家から出払っているだろう。

 打つ手なし…か。

「分かった。で?何処に行きたいんだ?」

「何処でも良いっす。でも、出来れば人が多い所が良いっす!」

 夏と人混み。

 この人はこの二つを同時に求めるのか。

 今日も今日とて猛暑日。

 それだけで外に行きたくないというのに、さらに人混みなんて、救急車のお世話になるの確定じゃないか。

 しかし、鼬地さんの目はその確定事項を物ともしない輝きを放っている。

 一日かけて説得するのと、すぐに行ってすぐ帰るのと、どちらが短縮になるかなど明らかに目に見えていた。

「はいはい。それじゃ、早く行くなら行こう。」

「うっす!」

「頑張って下さいね、ご主人。」

「お見舞いに行きます、ご主人様。」

 何をふざけた事を。

 僕はコンとコルの首根っこを掴んで、母猫宜しく連れて行く。

 コンとコルの全力抵抗も虚しく、僕は二人を地獄巡りへと道連れにしてやった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「…暑い。」

「…黙って下さい。」

「…言うとなおさらですよ、ご主人様。」

 青田さんの屋敷の近くにあるスーパー。

 少し前のスーパーを知っている人なら分かると思うが、スーパーの屋上にある小さな遊園地、そのベンチに僕とコンとコルは腰掛けている。

 基本的にスーパーの遊園地は子供の為の物だ。

 そんな所に僕達がいるのは異質で、コンとコルがいなければ不可思議物だろう。

 だが実際問題、この遊園地で一番はしゃいでいるのは、コンとコルではなく鼬地さんだったりする。

 いや、おかしいのは分かっていますよ?

 でもあの自称十七歳、この場にいても全く違和感が無い。

 むしろ居るのが当然みたいな雰囲気だ。

 本人はメリーゴーランドにご執心の様だし。

「…ご主人、バッくれません?ガチで。」

「…今なら簡単ですよ、ご主人様。」

 暑さで若干飛んだ笑顔をしたコンとコルが近寄ってくる。

 正直言って、怖い事この上ない。

 思わず二人の頭に手を置いて落ち着かせようとする。

「落ち着け落ち着け、アイス買って来てあげるからさ、もう少し我慢してやろう。」

「ご、ご主人がそう言うなら…。」

「あ、甘いですよ、ご主人様…。」

 少し恥ずかしかったのか、コンとコルは頬を赤くしてそっぽを向く。

 言った手前、僕も動かなければいけない。

 僕はメリゴーランドの向こうに見えるアイス屋へと、一人で向かった。

 メリゴーランドの前を通ろうとした時、何処からともなく鼬地さんが現れた。

「あれ?雷咼、何処行くっすか?」

「アイスを買いにです。一緒に来ます?」

「うっす!」

 一人から二人へ、僕はさっきまでメリゴーランドに乗っていた鼬地さんと話しながら店へと向かう。

「楽しかったですか?」

「うっす!遊園地なんて久々っす!」

「久々だったんですか?」

「僕、親いないですからね。以前言ったと思いますけど、事故だったんす。」

 聞いている。

 体調が戻った時に、親はいないのか、と聞いた時に話された。

 親は、数年前に亡くなった、と。

 その時の事を思い出したのか、鼬地さんは痛々しい笑みを浮かべる。

「ごめんなさい。」

「良いっすよ。誰も悪くないっす。」

 茹だる夏の熱気、人混みの中、いつも子供の様にはしゃぐその人は、その時だけ本当に、僕より大人なんだと思った。

「早く行くっす。そろそろ、時間っすから。」

「……。」

 その台詞に何か、他の意味が込められているようで僕は、彼の背中を見送る事しか出来なかった。

「どうしたっすか?早くしないと、アイスがなくなるっすよ。」

「は、はい。すぐ行きます。」

 それからアイスを食べて、何処にも寄らずに帰路につく。

 ただそれだけの事なのに、何かおかしい。

 何がおかしい?

 僕にも分からない。

 違和感がある。

 何処から?

 それは分かる。

 目の前の人間、目の前で笑う人間。

 コンとコル、二人と変わらない身長の人間。

 鼬地 晃介

 今僕の感覚は、彼を人として認めていない。

 人の様な穏やかさが無く、触れれば切れる様なナイフ。否、もはや刀。

 攻撃的な刀の気配。

 それはもはや殺気の域にまで昇華されているそれは、僕の背筋を這い回る様に蹂躙した。

 屋敷に着くまで彼の、僕達に対する態度は変わらなかったが、僕はこの時、最近消えた辻斬りの犯人が彼だと直感的に…確信した。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ふむ、懐かしい事を思い出したの。」

 昔の記憶を思い出していた我は、そこで思考を停止させる。

 ここで止めねば我はまた、自我を失う。

 主が死んで、自暴自棄になり、この町に来て、騒ぎを起こした。

 次自我を失えば、我はもう耐えられない。

 我の脳が、我の体が、あの無茶に耐えられない。

「そろそろかの。あの小童の限界は。」

 化け物は壊れるまで止まらない、停まらない。

 昔も体験した、主が壊れていく感覚。

 あれが始まれば、もう誰も救えない。

 せっかく止めた思考が、再び過去の記憶へと誘う。

 楽しい日々、喧嘩した日々、共に歩んだ日々、そのどれもが懐かしく我の瞳から水を落とす。

「人魚は恋をした。それはとある一国の王子。人魚は足を得る為に声を捨てた。」

 私は語る。

 その昔、私が愛した人が語った物語の一つを、私の為に語った詩の一つを。

「王子は人魚に気付かず、他の女と結婚した。人魚は自らの掟により、王子を殺した。」

 とんだ我が儘人魚だ。

 そんな風に私が言うと、彼は笑って私に注意を促す。

『話はまだ終わらない。』

 その時の彼は、とても穏やかだったと思う。

 若い時と違って衰えた体。

 病魔におそわれ、もはや余命幾ばくも無い。

 それでも彼は優しかった。

 身寄りも無く、偶然出会った私と契約し、大変な目に遭いながら、彼は誰にも当たらなかった。

 私に不満があったろう。

 小煩い小娘と思っただろう。

「王子は最期に言った。悪かった、許してくれ。人魚は全く聞き入れない。王子の息が止まる。人魚は海へと帰ろうとした。しかし…」

 そうだ。

 彼も最期に言ったんだ。

 当時の私には理解出来ない事を。

 時が理解させる秘め事を。

「その王子は王子ではなかった。人魚は騙されていたのだ。遠目の王子と会っていた王子の区別がつかず、人魚は普通の市民を殺した。人魚は罪悪に溺れ、彼女は真の人となった。」

 その話は、私の話。

 遥か以前の、本当にあった話。

 私が、妖怪であり人となる為の方策を見つけた時の話。

 幾つかの脚色と、抗いようの無い真実を交えた、彼の優しいお話。

 玄関の開く音がする。

 あの小童が帰ってきた。

「今晩が、山場かの?小童。」

 今夜我が、化け物である我が、貴様の苦しみの枷を洗い流してやる。



レディースANDジェントルメン

皆さん、お待たせしました。

人格過多編、遂に後半のバトル展開へと移って行きます。

さてここまで辛抱強く読んでくださった皆さん、そして、初めて来られた読者様。

皆さんお待ちかねタイムが始まります。

今回のバトルは一体どうなるのか、どんな方法で、どんな結末になるのか。

楽しみにして下さっている読者様がいるのを願いつつ、原動力に変えて書いていこうと思います。

そして今回、小説の段落を変えてみました。

これで少しは見やすくなると良いのですが、文章が読みにくい、等の苦情は出来るだけお控えして下さいますよう、宜しくお願いします。

私自身、自覚していますから。

さて、急に貼って申し訳ありませんでしたが、これから後半も頑張って行こうと思います。

では、皆さん、また次回にお会いしましょう。

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