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東方風雲観察誌  作者: カップワードル
風は雲を運ぶ
7/55

名を持つ者へ

あれから月日は少しばかり経つ。

飯綱様の修業が増え、確実にあきひとに会う機会は減っていた。


私個人にしたら修業よりもそっち方が気になったが怠ろうものなら鬼面に


負けず劣らずの睨みをくらい、腰が抜けるどころか

(きも)をすりつぶされるかの様な恐怖を味わう事となる。

そんなこんなでどうも、時間帯が上手く合わないのだ。


… … …まぁ謹慎処分とか、罰で3週間地獄の労働なんぞより

ずっとずうっとマシなのだから我慢せざるを得ないのだろう……。

とかいっちゃったりして。そんな事でも言ってないとやってらんないだけである。目の前に研究対象がいて黙っていられるような性は持ち合わせていないわ。


しかし、そうもこうも言うのも恐らくは今日が最後になる!何処にも何にも根拠は無いけどね!人間を知りたい!世界を回りたい!

その為にはここにいつまでも居るわけにはいかないわ!


フフフ……ばっくれて逃げてやるわ!計画は予め練りに練った作戦!そして行うときは今正にこのときだ。


警備は入れ替わりの時!釣り番も木こり番もいない!

しかも皆食事時!ここは本殿よりずっと遠い!当然後追いは無し!報告屋も無し!さよなら皆……私は自由を求めて逃げる事にします!

いざ!逃亡劇、逃避行の幕開けの時……!私は体を縮ませ思いきり飛び上がろうとした。


「そうか。で、どこに逃げる?」



肩にかかるはどこか知っている手だ。ていうか知らないわけが無い。

何で?… … … …え?私の中の計画表が音を立てて崩れていく。

「あれ?き……聞こえてました?」

「いかにも」

「たこにも。あ~一体全体これはどうした事でしょうか~」


脅威の棒読み。自分でも面白い位に声も出ないし体も動かない。

目は泳ぎ汗が吹き出る。


ははは……死ぬ?私?


「ふむ。晄よ」

「うぇ!!?へ……へぇ。な……なんでしょう?」

「昼飯は?」

「包みの中にありやす」

「そうか」

「な……なにか?」

「それは空だと思うぞ」

「んなッ!!?なんですって!!?」

そ……そげなばかな!?

わ……私はあらかじめできた物を持っていったはず…!

私は腕の下に掛かった鞄に顔を突っ込む。



「ごぶっ!」



一瞬の衝撃が私の意識を吹き飛ばした。



□□□



ふと目を開けるとそこは花畑が香る天国だった……。


とかそんなんだったら良かった。少なくとも、絵面としてはなんとかなっただろう。


そこには鬼面に負けず劣らずの飯綱様が座り込み、『今にもお前の首をあべこべにしてやる』と言わんがばかりの飯綱様と、我親友文が呆れ疲れた顔で私を見ていたのだから。地獄だったのだ……。

自分の犯した罪を数える。えぇー、盗み食い、脱走、仕事休み、それからえっと……!!!



「晄ァ!!!」

「ひゅぐっ!」

「逃げ出すとは何事ぞ!?貴様!この儂をコケにしておるのか!?」

「いやその飯綱様、少し、お……押さえてください……!」


文が止めに入る。私は、救われるはずなど無いと知っているのでただ判決を待つ。……逃げた、そうそれは事実だから。それに対する怒りならばどの道逃れようが無いのだ。


「ひぃ……ふぅ……みぃ……やや、すまぬ。

すま……すむかっ!!!!」


ば……爆発した!?

ど……どっち!?できれば私の首はどこにも向かないで!

私は怒られるのが怖かった。ただ飯綱様が怒るのが怖い。

それは、本当に意識をハッキリ伝えたい時にしかやらないからだ。

そのはっきりとした言葉が何を意味するのかがただただ怖かった。


捨てられるか、それとも厳罰に処されるか……私の人生は今、まさに計りにかけられているのに違いない。

良い方向、と言うのはきっと存在しないだろうが。


「全く馬鹿をしよるわ!百足一匹倒せぬ分際で!」

「そ、それは……」

「蚊を見て潰さぬ者はおらぬ。お前なぞあっと言う間も無い!

叩かれて、一貫の終わりなのだぞ?

世界には、儂を上回る者など、数え切れぬほどおる。

ましてや貴様など……逆に誰に勝てると言うのだ?


己を強くするための修行からも逃げた、お前に!


己を知れ晄ァッ!ふぬけ、だらけきった自分をなァッ!!

今のお主に何が出来るというのだ?何をやってもどうせ逃げ出すに決まっておるわ!」


……!

私は初めて自分の馬鹿さを知る。私は弱い。何からも逃げる事しか考えていなかったんだ……!

結局私は何も出来ていない。何もしていない。ただ、逃げ出すことだけを考えていたのだ。


「貴様が死んでも骨は拾わぬ。

どこぞの馬の骨と土の上で死後を共にせい。だから、行きたければどこへなりと失せい。お前は、それまでだ」

「……すみませんでした」


色々と私は愚かだった。何からも逃げて、こんな実力で山を出ようとして、こんな仲間を裏切って、こんな体たらくで……。馬鹿みたい……よね。


逃げて得られるものが自由なのか、いや、きっと違うのだろう。

それはきっと新たな束縛を生むだけだ。逃げ続けなければならない、と言う束縛に……。


「……ふ!お主が本当に逃げたい、そう思うなら止めはせん。だが……逃げた所で真の夢なぞ掴めぬと知れ」

「……飯綱様。私もそれには賛成。逃げたって始まらないでしょう?」

「……うん。私、馬鹿だった。どうしようもなく自分を知らないんだ」

「……晄よ……何があった?気抜け腑抜けとあれば何か理由があるのだろう?」


やっぱり、どこかでバレてるものなのかしら……。私は、やっぱり敵わないなぁ……と思いつつ打ち明ける。


「……人間との、約束が……」

「………はぁ。お前らしい。興味があるのは良い。

ただそれで他が疎かになるならば……儂とて然るべき処置を行う。

雲を晴らせ晄。今より少し時間をくれてやる。

太陽が真上に来るまでに戻れ。でなければ……知らぬぞ」

「……はい」

「声が小さい!!」

「はい!!!」


… … …。晴らす……か。


「修業の合間に暇を挟むほどの余裕はあるので?」

「当然」

「そ……そうですか!ありがとうございます!」

私は飯綱様の後にした。



■■■


「……やれやれ。どうしようもなく子供だな」

「随分と声が出てらっしゃいましたね」

「……気のせいであろう。やれ、手のかかるやつ程……」


「かわいい?」

「喉が枯れるわ」



「……一本とったつもりか?まだまだ甘いわ。

お主とて、例外ではない。今日の言葉、しかと刻んでおくがよい」

「ハハハ……ちょっと、そういう落ちがあってもいいなって……

私は……気を付けているつもりです。実際は……わかりませんが。


あ、もう行かれるのですか?」

「あぁ。

……文よ、お主も妖怪の山にて職に励め。皆待っておるのではないか?」

「あぁ……そうですね。私もそろそろここを立ちましょう」



「はぁ、まさか私まで説教されるとは。

私が、晄に説教しようと思って来たのになぁ。……でもそんな必要なかったかもね。何だかんだいつか晄はやって見せるわ。何をかは知らないけど……」


かくして二人はそこより消える。


■■■



ふぅー……効いたわね……。

空を飛びつつ私は顔を青くして思い出にふける。恐ろしくも偉大なる大天狗様であることを実感した。


さて太陽は……まだ真上では無い、と。修行の合間には絶対、あきひとと会わなきゃね。理由を話して交流の機会をなんとかしましょう。

そんな事を考えつつ飛んでいるとあきひとの住む(?)城にたどり着く。

大きな岩山の様な城が私を見下ろしていた。



「… … … …!!」

童の泣き声らしきが耳に届く。んえ?また泣き声が……?

しかも完全に聞き覚えのある泣き声だ。あきひとである事はあきらかだった。また何かつらい事でもあったのかな……?ならばたらば!慰めるのみ!慰める……のみ。でも、ちゃんと……言わないとね。

慰める筈なのに、私は少し距離を置く、と言わなければならない……。


私はゆっくりとあきひとの部屋へ忍び込んだ。


□□□


「ひっく……ひっく……」

「あきひと!!おはよう!」

「!!あ……晄!!」


あきひとが気が付く。と同時に駆け寄ってきた。その目はうるみ、涙が今にもこぼれ落ちそうだった。何かあったのかしらね……?



「どうしたの?どうして泣いているの?」

「……僕は弱い」


あきひとが重々しげに口を開く。不思議なものだ……私も今それを苦しい位に感じている。

でも、あきひとが感じなければならない理由なんてこれっぽっちもないはず。何せ、童だ、本来は誰よりも笑い、強く生きねばならないのだ。


「いい?あきひと。童は誰だって力は無いわ。

だから……家族や友達の力を借りて強くなるの供に身を寄せあい、助けあって、ね」


何だか自分にも言っている様な気がする。

ちょっと恥ずかしい。でもそんな事は言ってられない!


「……誰も僕を認めてくれない」

「誰も……?そんな事あるわけが無いわ!生き物は誰だって認め合って生きているはずだから……」

「僕は……忌まれた生まれなんだ……本当は生まれちゃいけない、きっとみんな、父上もそう思ってる……」


家族が信用出来ない……?……これは結構深い傷痕がありそうね。

ん~……どうしたものかしら……。深く私は考えこんでみた。

一体、私に何が出来るのかを。



その時、私に電撃が走った!!!

とか言う程でもないけど。でもいい作戦だとは思う。

じゃ、こうしましょう!……ちょっと安直かしらね?軽い心配もあるが、どっしりとした自信が勝る。


「フフ、あきひと!気にやむ事はこれっぽっちも無いわ!」

「え……?」

「私が家族になってあげるわ!」

「…………………



ええぇっ!?」


フフ、驚いてる驚いてる。大丈夫よ!私はそう言い聞かせる。そして胸を張ってこう叫んだ。


「今日から私を晄お姉さんと呼びなさい!

あなたは、一人じゃない。私があなたの痛みを受け継ぐ姉となるわ」


私は高らかに宣言した!高らかに指を天指す。そして、あきひとを静かに見つめた。家族がいなければ、なればいい。人間にはこういう話があるらしい。(さかづき)を交わせば兄弟なのだと。そんなものならこういう形で姉弟になっても悪くないはず。


「え!晄……お姉さん?」


ちょっと反応が薄いかな。


「ん~……ちょっと他人行儀ね。晄は無しでお姉さんと呼びなさい!あきひと!」

「……お姉さん?」


あ、良いかも。何だかめちゃくちゃだが、きっとこれから形になってくると思う。……多分だけど。

しかし、この呼び方、あきひとの信頼を受けたのがよくわかる。この声が今、私を強くしているような気がした。


「えぇ、あきひと!これからは私があなたの家族の一人よ!

晄お姉さんとして、友達として、私が出来る限り支えてあげるわ!」

「……本当!?」

「ええ!本当よ!」


目を輝かさせるあきひと。いやはや!やはり童はこうで無くてはね!

家族の絆とは……深いものね。だからこそ裏切りたくない気持ちもとても深い。……こんな気持ちなのに私は距離を置く、そう言わなきゃならないのがたまらなく苦しかった。



「あきひと。私は……修行や仕事で忙しい時もあるわ。

でも……私はいつもあきひとを見守っているわ。だから……何も悲しい事は無いわ。あなたは一人じゃないもの。いつも、お姉さんがいる、そう考えてくれていいわよ」

「……うん」

「どんなに離れていても、どれ位経とうとも!私達は家族で友達よ!」

「……うん!」

「だから、負けたら駄目!いや、むしろ強くなるのよ!あきひと!」

「……うん!!!」

「いい返事よ!頑張りましょうね!」


うんうん……。心が熱くなるわ……。私達は、仲間で家族。それを考えるとこの小さな手が、どんなに凄い鎖よりも固いものだと実感できる。


「……そうだ。僕のお姉さんって事は苗字も?」

「んえ?」

「僕の字は崇徳(すとく)だから……崇徳 晄?」

「あ、そうなるわね……。そうか、私にもいよいよ字が!」

「えっと……じゃあ崇徳 晄お姉さん!」

「崇徳 あきひと!」


こうして私に苗字がついた。恥ずかしい?家族の団欒ですよ。


これが……初めて人間を深く知る事となった。

人間と妖怪。その答えは明るいものだと当時は確信していた。

でも、良いことも悪いことも全て揃って種族融和、

それをこの時は知らない。それがどれほど大きいものであるかも……。


「じゃああきひと!私は、ちょっと用事があるから……」

「うんお姉……さん」


じゃあ帰りますかね!きっと飯綱様が待ってる!城から急いで飛びたつ。

風が最高に気持ちいい!


■■■


「おや、あきひと様

空をあおぎ見て……どうなさいました?」

「あ、いや烏が飛んでて……」

「はて、烏ですか?」

「う……うん」

「それより先程は泣いて

部屋にお戻りになられたので心配でしたぞ!」

「うん……でももう大丈夫だよ」

「そうですか……いや良かった!」

「あ、そうだ。そろそろ昼食時間じゃない?」

「お、確かに。ではそろそろ作らせておきましょう。

では行きましょうか、




      陛下!」


「うん!」




■■■


恥ずかしながら我が麗しき山に帰って参りました……。


「あ、晄!」

「あら!文!」

「……えらく顔が笑ってるわね?」

「え?そう?」

「で、逃げるの?それとも立ち向かう?」

「立ち向かうわね。もう……決めたから。あきひととも私とも」


それに……ね。


「じゃあ修業するの?」

「もちろんよ!だっていつかはさ…」

「いつかは?」

「旅に出たいもの!」

しばらくするとフッと文が笑う。


「本当、あなたはらしく(・・・)ないわよね」

「いいでしょ、別に!どうせ私は天狗らしくは無いわよ!」

「いやいや……でも晄らしいとは思うわ」

しばらくすると飯綱様がやって来た。


「ぬ?これ晄!来ておるなら声を掛けい!」

「飯綱様!すみません」

「……やれ、えらく顔が笑っておるな。

さっきとは大違いだ。まさに雲を払った太陽か?」

「え、太陽?」

「では、晄!修業だ!心意気は良いか!?」

「はっ!」




「ふふ、お節介だったみたいね。でも、そんな気はしてたわ。

……私もそろそろ妖怪の山に帰らないとね」



かくして月日は流れ行く……

第一章完。


ついに少年の正体が明らかに。

……気が付いてる人もいました?


追記、もっとリテイクしました。


追記その二、(おこた)ろうを(サボ)ろうと読んだ自分がいました。


追記その三、今作で崇徳と言うのは名前になっておりますが、実際は死後もらう名前であり生前はこの名前は存在しません。

ですが、それだと天皇として(あきひとって諱自体は結構あるし)区別しにくいので名前としています。


つまるところ、あきひとが死んだ後に初めてこの名前が現れるのです。また、それまでは晄自身も崇徳ではない別の名字が当てられています。

しかし、そんな事をするのは面倒なので作中では生きている間も崇徳と表記しています。


設定をちゃぶだい返ししそうですが、天皇には名字はありません。

この頃のあきひとはまだ貧学なので、貴族達と自分の名前のシステムが一緒だと勘違いしています。

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