風は変わりゆく
……
…………あれ?
ふと気が付くと暖かな平穏な朝の日差しが顔に差していた。
… … … …。
昨日までのあの地獄の労働はどうしたのだろう。私は不思議に思いつつねぐらをでる。こんな目覚めはかれこれ3週間ぶりである。
ちょっと幸せだが、それ以上に不気味。
重い体に暖かな光を浴びるのがなんとも現実離れしていた。
「… … …!」
「… … … … ?」
誰かの話声がする……。耳を澄まし、内容を聞く。
密談……な訳無いわね。こんなに近いし。さしずめ相談、といったところか。
「ふむ?妖怪の山近くに妙な妖怪が?」
「えぇ飯綱様。私はまだ直接は見てはいませんが……
神出鬼没、雲散霧消、正体のつかめぬ者が近頃こちらにはびこっています。何か目的があると見え、人間、妖怪に干渉、誘拐していると。
力もかなり強いと聞きます。戦って無事と言う話がありません」
「ふむ……、鬼様はどうだ?何かしら対処の方は?」
「如何せん正体が掴めぬと言う事でして、
鬼様に限らず、河童、天狗、どれも対処はしがたいと……」
「正に雲を掴む様な話か……いかんのぅ……」
「人間との関係の悪化もあり、山の緊張が続いています」
「しかし
儂も長く生きたつもりだが、そんな妖怪がおったとはな……」
「新参の妖怪とするならば強すぎます。
ですからそれなりに月日を積んだ者でしょう。あまり知られていないのが不思議ですが……」
「どうやらただものではなさそうだ」
「えぇ」
二人の会話が終わった。あれ?なんか結構真面目な話?そんな妖怪がいるとは……面白そうで恐ろしい話ね。私は微かに血のたぎりを感じた。
さて、いつまでもここにいる訳にはいかないわ。
早い所朝食でも食べましょう。そう思い日差しがこぼれる扉を開ける。
「っと晄!朝食ができてるよ!」
さも自然に朝食が食卓に並べられている。
この三週間と、明らかに違う。私は、不安を隠せない。
「どうしたい?鳩が豆鉄砲食らった様な顔をしてよ?」
食事係の白狼天狗が私に尋ねる。どんな顔よ。
「私はもう働かなくていいの?」
「ん~?いいんじゃあないか?何かあったら飯綱様がとっくに行動ずみだと思うぜ?」
「む、それもそうね」
「えらく飲み込みが早いな……がっつくのはよくないぜ?」
「考えてもわかりそうにないからよ。それとよく噛んでるから大丈夫。」
「ごもっとも。
ささ!とっとと食べて、真実を確かめて来な」
「はいはい」
私は何気なしに食卓に目線を移した。
も……元に戻ってる……。
ご飯と味噌汁と山菜がちんまりと置いてあった。
労働時代のあの食事はもう……帰っては来ない……のね……。
少し涙ぐみつつ美味しく朝食をいただいた。まぁ美味しいからいいけど。
「ぷふー…」
「どうだったね?」
「足りない、足りねぇ、足りませんわ」
「諦める事だね」
ざっくり切り捨てられる。切り捨て御免。
食器を片付けられるところを見ると本当にこれだけみたい。
世の中の不条理さよ……。
「さてと今日から私は何をするのかしら?」
食事係はああいうが、
生活が一変し過ぎてついていけないので飯綱様に聞く事にした。
さっきの話も気になるし。
「飯綱様!」
「おお、晄!目を覚ましたか!
実は色々こみいった話があってな……」
飯綱様が真剣な表情で話す。多分さっきの話が主だと思うけど……。
私は、姿勢を正して聞く。
「文の方で最近、人間との関係の悪化、
妙な妖怪がはびこり色々と山の緊張があるそうだ」
「実は先程いくらか聞かせていただきました」
「む、そうか。ではそれはスッ飛ばし本題にうつろう」
「え?」
思わずスッとん狂な声がでる。
え?あれが本題じゃないの?私は呆気にとられ口が思わず落ちる。
「確か晄、この間大百足に負けたそうな?」
「……?」
……あれ?負けたっけ?曲解される事件。
「奴を倒せぬとあらば、まだまだお主は力量不足といえる」
「は、はぁ……」
「と言う訳だ、これからは、軽い訓練をする事にする!」
「うぇっ!?」
三週間の地獄から見て、ろくじゃない。それだけなら私にもわかる。想像するだに体がこわばる。
「案ずるな、体力はこの3週間でついておる」
… … …
号外!号外!!
衝撃の新事実!!!
「あの3週間、『実は私は鍛えられていた』」!!!?
……道理で罰にしたらキツいなぁと思ったわ。
なるほど。そういう訳だったのね。
氷解する真実、だがついていけない私。
「では早速始める!」
「もうですか!?」
「鉄は熱い内に叩け!体力が落ちぬ内に叩きこむのだ!」
叩くのはカツオだけにしていただきたい。開くなら魚で。
「では行くぞ!」
「え……ちょっ……あぁれぇええ~!」
変な声が山にこだましましたとさ。なんとも情けない悲鳴だ。
「さて、このへんでいいだろう」
河原に着いた。いや、連れてこられた。い……いったい何が始まると言うの……?私は頭を落として周りに気を配る。
「小手調べぞ!石100こで山を作れ!時間は5分!」
ん?なんかやること小さいわね……。しかも地味。
大掛かりな仕事をこなしてきたお陰か何にも恐怖を感じない。
「以外と簡単そうだけど……?」
「ふむ、よ~い始め!」
□□□
これが笑わずしてなんとやら。
小さな石ころは私が積むたびぃどんどん転がってぇ
山なんぞはちっともできやしないじゃありませんか!
ははは……笑っちゃうなぁ……。
「… … そこまで!」
哀れみの目で私を見る飯綱様。
空しい半壊の石の山が目の前にちょこんとある。
「… … … …」
「せめてなにか言ってください」
「なんと言うか……少し、いやかなり不器用……だな」
く……こ、この哀れ光線が私の胸に突き刺さる。
やれやれまいったわね……。乾いた笑いが出る。このみずみずしい河原で。
……はぁ、私、何やってんだろう。
好きな事もやらなくちゃ行けない事も出来ないなんて。
■■■
……なんとまぁ不器用な奴よ。
苦笑いする晄を前に儂は肩を少し落としざるを得なかった。
刀なぞは当分後か?まずこれをこなせねば……うぬぬ!
この所は文の聞くところ中々大変な時世らしく、能力や力の一つこそ無ければ命なぞ紙切れ同然。故にせめて千切れない程度の紙にしようと思ったのだが。まさか、それ以前とはな。
晄は力が足りぬ。それ故に力の修行が為に体力をつけようと、労働……いや訓練をさせていたと言うのに。罰も兼ねていたが。
体力が揃えば力を、と思っておったがもしかすると力なぞより、体力なぞよりまずは集中力が必要やも知れぬ。それももっとも基礎的なものだ。これは思いの他長くなりそうぞ。面倒だのう……。
儂は、腕を組み策を考じる。
さて、集中力……か。う~む。瞑想でもさせるか?これがどう晄に活きて来るか、試してみようか。
「晄!」
「へい、なんでございやしょう」
ふぬけた面をしとる……。石積めないくらいでそんな顔だったらどうする。年も積めんぞ。いや積みたがらんか?
「晄!まずお前は集中力が足りておらん」
「へい」
「そこで瞑想をする事とする。良いな?」
「……はい」
「この川の上で浮いたままずっと無心でおれ」
「どれほど?」
「3時間位か」
「うへぇ……」
「我慢せい、これも修行ぞ。
さて……儂はしばらく釣り糸でもたらしておくか」
釣りはおまけに過ぎぬ。長い時間あるのだ。何か儂もせねばな。
糸と餌を用意していると冷ややかな視線を感じた気がする。
……えらく晄が睨み付けた気がするぞ。
気のせいか。
~一時間経過~
目を瞑り、細部こそ動いているが、呼吸が安定してきた。
うむ、晄も大分集中してきたな。この調子で後二時間ほどだ。
眼で何か物でも言おうか。いや、そんな器用な事は出来ん。
「 ~ 」
しかし釣れぬ……。魚はおるのか?
~二時間経過~
「鱒でも釣れぬかな……」
「……ジュルッ」
「ぬ?」
「… … …… ~ 」
なんとまぁ食い意地のはった奴よ。
明らかに呼吸が乱れておる。分かりやすい。
儂はなんとも温い湯に浸かったかのように気が抜ける。
しかし、釣れぬな……。
~そろそろ三時間~
おぉ?何か影が近づいて……オォ!来たぞ!
儂は竿を掴み、魚の動きを読む。真剣勝負だ。
剣士との戦いとは違うがこれもまた血の巡りを感じる。
「ぬぉっ!かかった!かかった!」
取った!相手を掴めば、後は気合いと頃合い!
一気に勝負に持ち込む!身体中が魚一匹に集中する。
流れを……読む!
「………………………」
「ファハハ、生憎魚ごとき……逃がす……儂ではないわッ!!!!」
「とった!」
「~…~…~………~~!!!」
ジャボン!!
魚は地上に出たと言うに、晄は水の中か……。
水中でもがく姿は地上でうろたえる魚の如し。
「おい!晄よ……大丈夫か!?」
ジャボン!
出てきよったな。やれ、そそっかしい奴よ。
手を伸ばすも何やらまだもがいておる。
「鱒!鱒ッ!食べたいです!」
「鱒……?ファハハ!勿論これはお前の物だ!」
「あ……ありがたき幸せ!」
ここまで食い意地がはった奴だったか?涎を溢しそうな声だな……。
そうしてまさかの二匹目を釣り上げるはめとなった。
「ほれ!鮭!」
晄に獲ったものを見せる。生憎と鱒ではない。それより大物だ。
「あら鱒ではありませんでしたか」
「食わぬのか?」
「いやいや!むしろ骨だけになるまで食べます!」
鮭を持っている儂も食われそうな勢いだな……。儂は石を引き、火の準備をする。
□□□
「ふふふ……実に美味!」
食通の台詞だな……。やれ、舌など肥えさせるものではないな。
「ごちそうさまでした!」
「ふむ、満足したらしいな」
「えぇ!」
一服したか。ならば……先程の汚名返上の機会をくれてやるか。
半壊する石の山を見て儂はそう決めた。
「では!石積み!まずこれを終わらせい!」
「へ……へぇ!」
□□□
人と妖怪……長らく間のあるこの種族の中を奴は行こうとしておる。
それはこの小さな山なぞ出ていかねばなし得ぬ事だ。
ふん、儂がそれを考えぬとでも思うか晄!しっかりと腰を据えてやる!覚悟しておけ!
そう簡単には死なせん。そんな事ではこちらが困る。目覚めが悪いし……な。
……強くなれ晄!世界を駆けられるほどに!
そして、己が道を歩むのだ!ファファ……我ながら随分な過保護よ。
だが、この気だるい時をこの烏に託すのも悪くあるまい。世界を知り、人を知る天狗……そんな天狗が一人居ても悪くは、ない。
「で……できました!」
見ると不出来ではあるが石の山。
確実にその歩みを進めよ。そしてこれからもっともっと……成長し続けるのだ!晄!
「ほぉ!修行の成果か!?」
「そりゃ早すぎますよ!……調子が良いのは認めますけどね!」
「ファファ!では次ぞ!どんどんゆくぞ!」
「ひえぇえぇっ!」
かくして風は変わりゆく……
どこに行くのか?誰もそれは知る由は無し。
全体的な修行です。
実際に戦える術はほとんどこの時は学んでません。
体の基礎ですね。
追記、かなりリテイクしました。