山強し、川美し
自然は最高の遊び相手にして最高の師匠。
怖さも恵みも教えてくれやす。
す…すごい!今僕飛んでるよ!
鳥と一緒に!晄と一緒に!
青い空を飛ぶ僕たちに風が幾度と無く通り過ぎる。
空を飛ぶ、こんなことが味わえるなんて!
僕は、この体を通る風がやみつきになりそうだった。
もうあんなに城が小さい……。山もあんなに小さくなってる!
周りを見ると全てが小さくて僕の手に収まる位だった。
僕は、もしかして鳥や晄からしたらあんな小さい存在なのかもしれない。
とにかく、凄い。
体が踊りだすのが止められない。
「あんまりバタバタしたら落ちるわよ!」
「!!」
その言葉を聴いて一瞬の内に体が冷えていった。
僕は掴まる手足の力を強めた。
あぶないあぶない!この高さから落ちたら……
うぅ……想像したくないなぁ。
「さて大分離れたわねぇ。どこか行きたい場所ある?あきひと!」
「う~んとね……あの山!」
「良し来た!じゃあしっかりつかまりなさいよ!」
晄の速度がどんどん上が…うわ…うわわわわわぶ!
僕の足は晄はしっかり捕まれていたので、落ちることは無かったけど、
体が不自然に浮いたのを感じた。
浮いた口にたくさんの風が入り込んでとても苦しかった。
僕は風を浴びて、風を食った。こんな事はやはり今までには無かった。
空は僕にとっては全てが未知だった。
空は凄くて怖い。略して凄く怖い。
■■■
降りて来たら何故か背中であきひとがへたっていた。
酷く息を吸い、吐いては「あぅ」と声を洩らす。
「……大丈夫?」
「もっとゆっくり降りて……息が……」
あきひとは顔を青くしながらそう答えた。
あちゃー、飛ばしすぎたかしら……。
そう思いながらあきひとを適当な場所に置いて、周りを見回す。
緑の大きな木々たちの隙間から暖かな日差しが洩れる。
私は風の匂いと森の空気を感じた後、あきひとに告げた。
「さて、あきひと!山についたわよ!」
「……え、 あ、本当だ!」
あきひとが驚き、周りを見回した。そして小気味良く立ち上がると、そこらじゅうを走り回って、やがてあるところでピタリと足を止めた。
「ねぇねぇ晄!あれは何?」
あきひとが木を指して、こちらへ顔を傾けた。
太陽にも似た輝きと、水にも似た純粋なきらめき を眼に映し出していた。くっ、眩しい……とか思いつつあきひとの指の向こうを見てみる。
薄い茶色の傘に少し白い茎が目に入った。ん?これは松茸かしら?
「これは多分松茸ね」
「松茸?」
「キノコの一種よ。歯応えがあってとっても美味しいのよ!」
「そうなの!?」
私は笑って返事をした。
もっともこれは天狗の味覚だから人間はどうなのかしら……。
そんな事を考えていると袖をクイクイッと引っ張る小さな手が見えた。
「じゃああの気に生えてるあれは?」
あきひとは先ほどと寸分も劣らない輝きでまた聞いてきた。
再びあきひとの指先の向こうを見ると、木からまた木の皮が出っ張った様なものが見える。あれは猿の腰掛けだ。
「猿の腰掛けね」
「猿の腰掛け?」
「ほら猿が腰掛るのに丁度良さそうでしょ?」
「なるほど!」
しきりに色々な事を聞いてくるあきひと。
例の輝く眼で見てくるから破壊力が半端じゃないわ……。
くっ……まっ眩しい!!
「蟲がいっぱいいるね!」
「そうね~」
木に近づいてまじまじと蟲を眺めるあきひと。やはりこういうのを見て喜ぶのは流石童とも言うべきだろうか。
「ねぇ晄!これは何?」
「カブトムシね」
「じゃあこれは!?」
「クワガタムシよ」
興味津々に聞いてくるあきひと。童はやっぱり蟲好きなのかしら?
何をしても喜ぶ様を見るとこっちもつい頬が緩むわ~。
木に手をかけて何かを捕まえたあきひと。初めてにしては中々だ。
「ねぇあきら!この油っぽくてヒゲの長い蟲は!?」
「ん?それは御器かぶ…り… …
…!!!!!!!!!!」
■■■
何故か晄が白くなって固まっちゃった。ぴくりとも動かない。
うーん、この蟲油っぽいな。とっとと放そう。
それにしても山は凄いな!城とは、まったく、いや完全に違う!
空気が美味しいし、生き物はたくさんいるし、地面が緑につつまれてる!
とにかく山は凄いなぁ!もっと色々見てみよう!!
好奇心のまま僕は走り抜けた!
■■■
… … … … … … はっ!
私は一体何を……確かあきひとが私に……御器かぶ
いやいやいや!何も見なかったのよ!
そうよ!そんな蟲なんていなかったんだわ!!
あぁ嫌な夢だった。白昼夢なんてきっと私は疲れているんだわ。
はっはっはっ……
あれ?あきひとは?
私はハッと気がついて見回して見るとあきひとの姿がない。
「晄~!!」
っと!いつの間にか見失ってるじゃない!!早く見つけないと…。視界に入るまで私は首をふる。
・・・ーほう……人間の童か?
「っ!!?」
妖怪に見つかる!!私は地面を蹴って思い切り飛んだ。
■■■
晄遅いなぁ。あのまま固まってるのかな?
にしてもこの辺はなんだか小さな穴がたくさんあるけど何かの巣?
手を入れて探って見る。僕の拳が一つ入るか入らないか位の穴だ。
ガサガサ……
「何も無いなぁ。一体何の穴……」
「童の墓穴ぞ……!」
「!!!!」
■■■
くっ、目を放した私がバカだった!
山の中で童一人歩かせちゃあ絶好の妖怪の餌じゃない!
上空から童の姿が森の隙間から見えた。あきひとだ!
「心配するな童ェ…お前は儂が美味しくいただいてくれる!」
あれは大百足!?
あきひとは顔を凍らせ、動こうとすらしない。まずい、腰を抜かしちゃってるわね……!早く行かなきゃ!
「ちょ~っと待ったァ!!」
大百足の頭に私の蹴りが当たる。その蹴りで大百足が大きく吹っ飛ぶ。
「ぬおぉっ!?何奴…!!」
「その童を食べるのはちょっと待ってもらうわよ!」
「おのれ…!儂の食事を邪魔するでない!!」
大百足が何かを吐き出す。さしずめ神経毒って所でしょうけど……
私は、地面を蹴って空を飛ぶ。
「当たらなければ良いわよねッ!!」
お腹に飛んで来た吐き出た液体をうまくかわす。
「残念!はずれ!」
「グヌヌゥ…おのれぇ…!」
百足が頭を振り回しつつ叫ぶ。ムキになってるわね。そのままどんどんムキになりなさい。あきひとから目がそれるまで、ね…!
「グガガガガ…貴様も妖怪の分際で何故邪魔をするか…!!」
「知れた事!この童には先に私が目をつけていたのよ!」
勿論食べないわよ?
私は、右へ左へ足を動かしていると、相手の頭も右へ左へ。
これはわかりやすいわね。
「独り占めする気か…!」
「そっちもでしょうが!」
「ならば貴様から潰してくれる…!!」
体を完全にこちらに向けた大百足。完全にこっちにそれたわね。
じゃあ適当にあしらってとっとと撒きましょう!
さて、ちょいと一傷与えて混乱させてやりたいところなんだけど……。
硬い甲殻には蹴っても一傷としてつきゃしない。
本当に厄介ね……。でも倒す事が目的じゃないのが救いだわ。
あきひとを見ると、腰をぬかしてこそ居るが全くの無傷だ。
あきひとは……無事みたいね。じゃあさっさと行きましょうか!
私は腰を落とし、飛び出せる体勢を取った。
「グヌッ!?」
地面を深く蹴り、あきひとに高速で近づき回収!
私はあきひとをかすめとる。よし!あきひと確保!
「とっとずらかるわよ!!」
「う、うん」
「おのれぇ…!!!待てぇ天狗…!!!」
力の続く限り、そこから逃げる。幾多もの木をかいくぐりつつ森を抜ける。ぶつからずに逃げるのは至難だけどやるしかない!!
森の中を高速で飛びぬけてゆく、緑と茶色の線を通り過ぎてゆく。
□□□
後ろには大百足はもういなかった。よし!撒いたわね!ちょっと汗をかく。そしてその汗を拭う。
「やれやれ…危なかった…」
「…………」
あきひとが口も目もどこかおぼろげだ。
生気が無いように見えるが、百足ってそういう妖怪じゃないと思う。
恐らく、疲れているのだろうが……ちょっと心配。
「どうしたの?」
「……ありがとう……かな?」
「ふぅ。どういたしまして!」
私はあきひとに笑顔で返した。ただボーッとしてだけみたいね。安心した。私達はまたゆっくりと歩き出す。
向こうから水の流れる音が聞こえてくる。そして、すぐに水の流れが眼に入った。さて、川が見えて来たわね。
ここなら場所も開けてるし大丈夫でしょう。多分。
私は体をのばし羽をのばす。やれ、一休みしましょうかね~。
「さて、あきひと。これから山に行く時は私から離れない様に!」
「……うん」
「ん~?さっきからなんか元気無いわねぇ?どうしたの?」
「……怖かった」
まだ腰を抜かしているらしい。いまだに目が白黒している。
私もさすがにアレには肝を冷やしたわ~…。
お互い、さっきの百足には肝を冷やしあったわけだ。
「でもまぁあきひと!今度来ても私が何とかするから
大丈夫よ!だから大船に乗った気持ちでいなさい!」
……と言っても私はどう逃がすか、って事しかできないけどさ。
ちょっと情けない気がする。はっきりとは、笑えない。
「……うん!」
「いい返事ね!」
「あの……」
「ん?」
「川の上の方に行きたい」
「わかったわ。じゃあ早速出発ね!」
「うん!」
さて、再び山探険開始ね!我々の探検はまだ始まったばかりだ!
私達は、再び歩き始めた。
□□□
「あれ?どうしたの?」
あきひとが歩いている最中、いきなり立ち止まる。
川を見て物思いでもしてる様に見える。
「水の流れが綺麗だなぁ……」
あきひとがそうつぶやいた。
川にあきひとは釘付けである。川が綺麗、じゃないのね。
……だが、確かにこの途切れることの無い流れはとても美しいものかもしれない。
こんなに綺麗で深いと河童でもいるかしら?でも流れが強くて流れそうね……。それこそ河童の川流れだわ。一人ほくそえむも何だか空しいのでやめておく。
それにしてもこの川綺麗ねぇ。とっても水が美味しそうだわ。
ちょっとすくって飲んでみたくなった。ゆっくりと川に顔を近づけてみる。
「よーし、いただきます!」
となりからあきひとの声が聞こえてきた。
ん?あきひとはもう水を飲んでるみたいね。
手にすくった水を景気良く顔に被る(飲んでいる)姿はやっぱり童なんだなと思う。
「おいしい……!これいつも僕が飲んでる水とは大違いだ……!」
あきひとが顔色を変えて感動している。川の水は確かに美味しいわよね。特に上流の水は。私も呑んでみようかな?
とかなんとか考えてる内にあきひとが上流の滝についてしまった。
「うわぁ……凄い……」
「危ないから注意しなさいよ~!」
あきひとは呆然と滝の前で突っ立っていた。
聞いてる?なんだかあきひとは完全に滝に夢中だ。
確かに滝は見てて飽きないけど…。でも流石に危ないわ…。
「本当……本当に……凄いなぁ……」
一つ一つの語に詰まりがある。何か考えているのかしら…?
私はそう考えながら、やはり呆然と突っ立っていた。
それにしても空気が冷えていて気持ちいい。
……やはり、こうして世界を感じ人を解き明かすたびに私は喜びを隠せない。天狗の山に居てもわからない、このわくわく感。……私もあきひとと何も変わらないのかもしれない。
「ん~それにしても涼しいわね~……」
「そうね~」
「いやいや本当……え?」
「ん?」
チャポン……
川に目をやってみると姿は無かった。でも何か居た。今絶対何か居た。
私は、川に眼を凝らしてみてみる。
チャポン
「あの~天狗の皆さんが探してましたよ」
「え」
え。あ。そうだたー。たわし、あやからにげてたずらー…。
訳:え "あ "そうだった。私文から逃げたんだった。
か……顔がこ……こうアレよ。凍り付くわ……。
ついでに背筋もこう、恐ろしく……!
「じゃそういうことで……」
チャポン……
河童は川の中に消えて行った…。
… … …きっと今の私の顔は真っ青なのに違いない。
あの河童のおかげで思い出した……!
あ…あきひとを城に帰してとっと山に帰らんとまずか!
私はあきひとを捕まえて空を飛ぶ。
「あ、あきひと~!!」
「う、うわ!何晄!?」
「急用を思い出したから今すぐ帰るわよ!」
「え、え?」
うろたえる気持ちはわかる。私もうろたえているから。
しかしこんな事はしていられないのよ!とにかく焦る。
「さぁ!早く肩に乗って!」
「う、うん」
「しっかりつかまるのよ!」
「うわぁあああぁ!!速い!速いって晄ぁぁぁっ!!」
空が途轍もない勢いで通り過ぎてゆく。
悲鳴が聞こえるが気にしない。気にしないわ。
「あ、どうだった?山巡りは?」
「う、うん楽しかぶぶ」
「口、あんまり開けない方がいいわよ。あ、そろそろね!」
城が見えて来た。よし、あkひとを置いて……!
「は……はやいね」
「とばしたから!」
「おかげで息が……」
「さて今度は降りるわよ?」
「ハッ」
フフ、もう遅いわ!私は思い切りゆっくり降りた。
「うわぁぁあああぁあ!
ん?」
「ほい到着」
「あ……あれ?」
「息は苦しかった?」
「い、いや……?」
あきひとがあっけにとられている。
ふふふ、降りるときの云々は一応忘れていない。
「今度からは気を付けるわね」
「そ…そう」
「じゃあね!あきひと!」
あきひとを置いて、飛びたつ。山へ急ぐ。多分今から行けば…!!
間に合えばいいけど……!
■■■
「じゃあね!あきひと!」
そういって晄はまた何処かに飛んでいってしまった。
……あ!もう午後だ!急いで爺やの所に行かなきゃ!
■■■
「ぬおおお!?あきひと様!一体どちらへ!?」
「え~っと山を……」
「山!?」
「う……うん」
「はぁ……探しましたぞ。
一体どれほど探したことやら…
おやおや……もうすっかり汚れてしまって…
まずは着替えからですぞ!」
「う……うん。
あ!そうだ!これ……」
「ぬ?これは……松茸?これはまた良い物を見つけられましたな。
今夜の食事はコレを振る舞ってもらいましょう。
きっとおいしいですぞ!
……ささ御着替えの方を!」
「うん!」
「やれやれ……この老いぼれ、どれだけ心配した事やら…
ん?……烏の羽?はて……こんな町中に……?」
■■■
と言うわけで我、麗しく、恐ろしい天狗の山に帰って来た。
……本当はすぐ帰るつもりだったんだけどね…。
「……あ、晄ァ!!!」
文の叫びが、響く。文の目が……目が怖いです。
あれはまさに、鬼の瞳ッ……!!
「うわわ!あ、文…!」
「飯綱様からお話があるみたいよ……?」
「ほ!!!」
文がもうめちゃくちゃ怖いです……。
で、飯綱様はもっと怖いです……。いや本当。
こ……このままでは三枚おろしにされてしまう……!
だ、誰か、助け
「晄ァァアアアァァアッ!!!!!!!!!」
私の叫びは届かなかった。
いや悲鳴が届いたかも知れない。
続く
風や雲が付かないタイトルもありますぜ。
と言うか今後付かないタイトルの方が多くなると思いまする。
追記、かなりリテイクしました。