山の天気は変わり易くある
大分間が空いてしまいました…すみません。
あきひとの城を後にして、私は朝から昼になった空を飛ぶ。人間も鳥も目覚め、辺りの妖怪は息を潜め始める。
今から山に帰っても遅れるとは思わないけれど、念には念をやっぱり飛ばして行きましょう、そう思い体に力を巡らせ速度を徐々に上げてゆく。
風が一層体を通りすぎてゆく。ふきすさむ風の中を私は嬉々として進む。
さて、私の住む山は人里から遠く離れた所にある。山の住むのは基本天狗だけだが、その天狗すら数が多いわけでは無い。ぶっちゃけ田舎である。訪れる人(妖怪)も、出て行く人(妖怪)もそう多くはない。時折外から『お客さん』か『お客様』がやって来ることがある。見分け方は簡単で『お客様』が妖怪の山の関係者で、『お客さん』がそれ以外である。『お客さん』に至っては、友好的とは言えないものがやって来る事もある。
私も、哨戒の任務をやった事があるので大体の事情は知っている。下っ端ですからそういう仕事も多いのです。
「おっ! 着いた着いた!」
やがて手を広げても収まらない目の前に広がる大きな青い山へ降りてゆく。漸くこの辺で私は帰ってきたんだなぁ、と感じる。安心感と、日常そのものから生まれる退屈さがいつも私を迎えに来てくれる。
あぁ、今日もこれから長い一日が始まってゆく……。ふと、振り返ると白い山から覗く太陽がまぶしい。
里の広間に、深々と座り込む『あのお方』を見た。
「遅いぞ! 晄!」
幽谷響が真似しそうな程に、大きく深い声が響く。
私は、その大声に驚きふためく。も、もしかして遅刻した!? 私は飯綱様の前に立ち姿勢を正す。
「すっ……すみません飯綱様!」
地面に着地してすぐに私は頭を下げて謝った。下り土下座である。割と鈍い音がした。……勢い良くやりすぎて頭が痛い、たんこぶ出来そう。
叱り声を上げた初老の男。深い紺色の羽織、黒い袴を着込んでおられ、鈍い光沢を放つ赤い八角帽子を被り、腰には深ヶと刀が収められている。このお方こそ、あのお方。この通称天狗の山(自称とも言う)を取り仕切る大天狗様なのである! つまるところこの山の頭領様である。
「……やれ。また人間だな?」
「えっ、あれ? あー……は、はい、そうです。流石のご慧眼、既に見抜かれてらっしゃいましたか」
この小さな山の大将にして、私達の育ての親でもある飯綱様。
私達は勿論、他の山の天狗も飯綱様に対しては敬意を払う。私が最も尊敬し信頼する天狗の一人だ。
私の行動はどうやらお見通しだったらしく、情けないやら恥ずかしいやら……。その洞察力は流石と言いざるを得ない。
「しかし、何故直ぐにわかってしまわれたのですか?」
「近頃のお前を見ていればよくわかる。儂の目を誤魔化せるとは思わぬことだな! ファファファッ」
どうやら、見ていないようで私もちゃんと見られていたみたい。
飯綱様が私を確認しているのは全く気が付かなかったけど、飯綱様は山の皆のみならず私の動きまで把握しておられるとは……。
流石は飯綱様!
「本当はカマかけただけだがな」
「えっ」
「ま、どうでもよかろう。ほれ、とっとと持ち場に行けぃ」
豪快に笑い飛ばす飯綱様、呆気にとられる私。……流石って言うのは取り消したほうがいいのかな。
『持ち場』と言うのはこの場合座席とかではなく会場のことである。 私が急いでいる理由、それは週一間隔で行う『集会』だ。 これは山に属するもの、或いは呼ばれたものが集い、報告しあったり、今後どうするかを決める会議である。
飯綱様が本気で怒らないのは、まだ集会が始まっていない証拠だ。と言うのも集会より前に集まって色々くっちゃべるのがこの集会の通例であり、私はその通例に遅れただけなのである。それ故、こう言う軽いお叱りですんでいる。
……しかし、ここにいるのがお喋りな奴だと話が別で、文句と説教と愚痴を流れる滝の如く浴び続ける羽目になる。それは何か、修行でもさせられている様な気分になる。退屈とかもはやそういう話ではなくただただ疲れる。
でも、最近人間の世界でもこういったしゃべり続ける事が流行っているのだとか。人間の文化は私にはまだよくわからない。
……ふぅ、何だかんだ運がよくてよかった。
軽めに深呼吸をすると飯綱様とすれ違いに烏天狗がやって来る。首ほどの黒い髪と紅い八角帽。純白と漆黒が栄える装束は、私の着る、くすんだ白と薄汚れた黒い装束とは色は同じでもその清潔さに明らかに自分より格が高い存在であると思い知らされる。
「随分遅く来る烏天狗かと思ったら、晄だったのね」
私の友達にして同じく烏天狗である射命丸 文が額に手をつけながら歩いてきた。文と私は付き合いが長い。
生まれはお互いこの山では無いものの、大体幼い頃から一緒で、仕事も昔から共にやったり、遊び仲間であったり、ちょっとした冒険仲間であったりする。しっかりしていて頼りがいがある。
仕事にもとても忠実で進んで仕事をこなすし、その動きの速さたるはもはや風の勢いに等しい。そういったことから当然どこでも評価が高く、その優秀さが天下の妖怪の山の目に留まり、今では妖怪の山の有望株として評価が高いのだそうだ。
ともあれ、私の最も信頼する天狗の一人である。
「で、又人間の研究に時間を費やして立って訳?」
ズビシッ! ……いや図星。
普段は妖怪の山で働いてるから、私の趣味は知らないだろうな、と思ったのにあっという間も無くバレました。
……驚かせてやろうと思ったのに悔しいなァ。何だろう、この敗北感。
当の文は眉一つ動かさず、まるで当然かの如く見ている。
「うう、悔しいなぁ。まさか文まで知っているなんて」
「天狗の情報網を、いや、私を見くびらない事ね。近頃のあんたの動きなんてお見通しよ。……まぁそんなことはいいわ、遅刻してあんたの不始末が飯綱様の机に乗らないようにね」
「はーい……」
申し訳ないやら、悔しいやら情けないやら……天狗の情報網甘く見てました。私も天狗だけど。
……ん? でも飯綱様にしろ、文にしろ『私が人間と会った事』『城に
いった事』までは知らないはず。知ってたら既に言っているはずだし。……これは、一本取ってやれそうだ。私は、勝利の薄ら笑いを浮かべ、文を見つめる。
文は何かを感じ取ったのか、私から目を逸らす……が、逃がすものか。私も文の目にあわせて移動する。
「……?」
文が右へ行けば私の眼も。
「……!?」
左に行っても然り。
「……な、何? その不敵な笑みは? 何かあるんだったらやりなさい」
やった!私は嬉々として口の封を解いた。勝利の一本、貰った!
「今日私さ人間の……「城に行ったとか?」 … … … …はい、そうです」
言葉が形になる前に砕かれる。
蝶になれなかった蛹を思わせる失望感。期待の二乗位の失望感が私を支配する。そうか、文は覚妖怪に違いない……訳がない。……言葉に出来ない思いとはこういうことだろうか。え? 違う?
「そ、そんな目で私を見ないでよ。ま、まだきっとどうせ何かあるんでしょう?」
「ま、まぁ、あるけどさ……」
仕切りなおし……と。私は息を大きく吸い込んで、詰まる事の無い様に口の中を整える。目をはっきりと開き、体勢をとる。
「じゃあ聞いて驚きなさい! 今日はね……
(詳しくは第一話を参照くだされ)
って事があったのよ!」
「……ほほぅ、なるほど、ふーん……」
物語は終わったのに一人相づちを打つ文。
まだ何かあるかのようなしぐさをしているけど、私はもうしゃべってない。虚しさが頭の後ろを包み込む。
そして、しばしの静寂が続くと文が気がついたかのように声をかける。
「……ん、あれ? 終わり?」
「……うん。とっくに終わってるけど」
はい、終わりです、色々と。
私の肩が一気に落ちていった。まさか全弾掠り(クスリ)ともしないとは……。大勝利どころか大惨敗、取ったつもりが取られてた、自信があっただけに受けた失望感は大きかった。
「ちょ、ちょっと何でそんなに落ち込むのよ?」
「いや、その……私では文を驚かすには力不足ですわ」
「まぁ、いつかやるだろうなって思っていたことを今日やられただけだしねぇ」
「えぇー……」
驚かすつもりが、完全に種がわれていたとあっては私の苦労は何だったのだろうか。浮かれていた自分に恥ずかしいと言うか情けないと言うか……。
頭をがっくりと落とし、一つため息をつく。
「なーんだ……完全に予想通りって事だったのね」
「ま、完全って訳じゃないけど」
「……それは、どういう意味?」
「完全には、わからないわよ。完全には。そりゃあね」
文が若干含みを付けながらそう言い放った。
その言葉の真意は、一体なんだったのだろう。……何にしろ、『いつもどおり』で済まされてしまった。つまらない、いや悔しい。
しかし、現実は非常だ。文がそう思うなら、所詮いつもどおりに過ぎない、と言う事で終わる。
「つまらなくして悪かったわね」
「あれ? 口に出てた?」
「顔に書いてあるわよ」
「便利ねぇ。今度から言いたい事は全部顔に書こうかしら」
「それじゃあ、何の為に口はあるのよ……」
「食べる為と、ため息をつくためねー」
そういって私は、ため息をついた。これが正しい口の使い方かもしれない。
頭が後ろに流れていく。目に映る青い空がいっそ清々しい。
「空がいつも以上に青いわねぇ……」
「そう? いつもと同じじゃない?」
「……」
空は嘘のように、まるでこの青さ以外存在しないかのようにただただ青かった。
夜が来たことも、朝が来たことも曇りがあったこともまるで存在しなかったかのように。空だけはどこにいても変わらない青、なら、その下に生きる私は……?
□□□
「お~い! 集会が始まるぞー!」
普段見張り役の白狼天狗が集会を知らせる連絡役となり、走りながら遠くまで呼び掛ける。
白狼天狗の声に周りから徐々に山の天狗が集まってくる。私も行かなければならないのだが……。
「お、時間ね……ほら項垂れてないで早く」
「ん~……」
何だか、先ほどの失望が拭えず、集会のへ進む足取りも重々しい。
「……もっとシャキっとしなさいよ。ほら刃のごとく!」
「シャキっと! ……どうせ私はなまくらですわ」
鈍く立ち上がってみると、文はもうすでに会場の前で、刀の切っ先の如く鋭く立っていた。
空回り、空振り、これで空元気が揃えばもういっそ悩む必要さえないだろうに。
またしかられるのも嫌なので足を引きずるようにしながらやる気の無い千鳥足で会場に向かう。ゆらりゆらりと体を傾けながら私は会場に足を運んだ。
□□□
「さて、今日も集会を始める!
……晄は何故うなだれておるのだ? まぁ、だいたい察しはつくがな」
そんなに私のやることっていつもどおりなのだろうか。
私の頑張りは、いつもどおりの中に空しく解けてゆく……。
「そんな酷い」
「やれやれ、このうつけめが……。まぁ、奴の事は放っておくとして、皆、今週なに目立ったことがあったのかどうか、順に続け! まずは山嵐!」
「はっ飯綱様! この所私めは……
(かくしかじか、紆余曲折、云々かんぬん)
と言う事がありまして、しかしそこは私! 筆と共に延々と紙と激闘してた訳であります!」
山嵐は鼻息を荒くし、席に形良く収まった。すぐに辺りから拍手が起こる。
声を大きく、それでいて流暢に、語る様は弁論ならば名弁論として記憶に残ったかもしれない。
「うむ、結構! よくやったぞ、ファファファ」
しかしその内容と言えば……色々色をつけて語っているが、何て事は無い『真面目に仕事をしておりましたが結局何も無くて紙に書くことだけでした』と言う事だ。特段喋る事もないので、寄り道をして適当に飾り付けてお茶を濁そうと言う腹積もりなのだろう。
この集会は、実は事実より面白さが問われるのでは? と微かに疑問を持っている。この間は酒を飲みながら報告する奴も出る始末。ま、なんだかんだ皆暇なのね……。
私はそんな面倒くさい事はしようと思わない。法螺とか自作自演なんて考えることすら面倒くさい。そんなことするくらいなら酒か、人間観察でもしていたい。
と言うかもう集会で報告するのももはや無意味なんじゃん? どうせ皆いつもどおりなんから。
「次は…… 晄よ。姿勢を正せ、お前の番なのだぞ」
「……は~い」
「おぬしのこの一週間、話してみぃ。ホレ! ホレ!」
「え~っとですね……」
しかし私もお茶濁し位しか言う事が無い訳で……。私は重くゆっくり立ち上がって重い口を隙間程開いて、必要最低限を声にする。
そそくさと『いつもどおり』に報告した。言葉にするだけで退屈であるが、色を付けても中身は一緒なので出来事だけを話した。
「と言う事でした~」
そう言い終えた後、すぐ机に流れ落ちる。
水の気分ってこんななのかしら~……などと思いながら、机に意味も無く指を走らせる。実際には机どころか地面に流れそうになっている。
周りは特に反応も無く、次の者達へ目線を向けていた。
「ふむ、そうか。では次! 射命丸!」
「はい、わかりました。しかしちょっとお時間を。晄、あの事は話してないけどいいいの?」
机(地面?)に流れていると文が何か言ってきた。
ん~? あの事? どの事~? 私は朦朧しながら考えた。
私の脳裏に流れるのはいつもどおりの光景。そしてそれを語った後には鈍い切れ味の反応だ。
つまるところ、語るところ無し。
「ん~?」
「どれだけだれてるのよ……人間の話よ! 人間の話! 話さないの? ここで話したらもしかして……」
「人間~? あぁ~……」
それも結局『いつものこと』よねぇ~。またひとつ水に近づく。
やがて川を流れて海に流れていくのだろう。気分も心も今はどこかへ流されているかのようで、考えることもどこか適当。
「……腐った魚の目になっちゃって、もう。さっき私を睨み付けた鷹の目張りの眼力は何処言ったのよ」
「ん~はいはい。話せばいいんでしょ話せば、ん~」
私は適当に生返事してから漸く気がついた。
そうだ、ネタが割れているのは二人だけじゃない! それなら一本取れるかも?
私は跳ね起きるように形を正し、刃のごとく立ち上がった。皆の心を斬ってやろうじゃありませんか! 斬新、とそう言わせてやる!
「ふん? 何かあったのか? なら、話すが良い」
「えっとですね……
(第一話を以下略)
と言う事があったのです!」
ズバッと締める。刀を鞘に収めるように、静かに口を閉じた。
今、鼻息が多分荒い。
……しかし、結局いつもどおり、なのだろう。少し私にも先が読めた気がした。文や飯綱様には及ばない気がするが。
恐らく、この声もすぐ『いつもどおり』吸収されて消えていってしまうのだろう。
誰も『いつもどおり』には構おうとしない。それが想定の内であるから。『いつもどおり』そう思い込んだそのときから変化には気がつかなくなる、知ろうともしなくなる、知ったような気になる。
私は妖怪が人間を知り得ぬ理由はそこにあるのではないかと思う。だから私は『いつもどおり』を打ち破らなければならないと思っている。
しかし気だるい『いつもどおり』に飲み込まれると思った出来事は全くその反対の答えを返してきた。
「「「な、何だってーっ!?」」」
いつもどおりが、今、音を立てて崩れてゆく。あ、あれ?
まるで危険なものを見たかの様に息を潜めて、辺りから声がする。声の合間に覗く目は、疑いや恐怖を連想させる。 しかもそれが全て私に向いているのだ。心を斬りすぎた? つじ斬り?
「城の……人間!?」
「もしかして帝!?」
「……なんと……それは本当なのか?」
飯綱様が、真剣な面立ちでそう問いかける。
事実は、その言葉のままである。……でもこの空気でそれを言うのは苦しい。まるで、その言葉の通りならただでは済まぬと言われているような重さと鋭さがのしかかっている。
……まぁしかし、別にここで嘘を吐く性でもない。私は意を決し、言う。
「……え、えぇそうですよ」
私がそういうと、辺りを静寂が支配する。
私は、今大きく未知の扉を開けてしまったようだ。その扉の向こうにあるのは、怒りか。私はもしかすると恐ろしいことをしてしまったのか。
しかし、不思議と頭が冷えていき、不思議と体が熱くなる。『いつもどおり』が破られたその時、皆はどう思うのか。恐怖が興味に変わろうとしていた。
「晄ァ! お主という奴は!!」
「は、はいッ!」
飯綱様の声に、息を、足を、頭を、私は引いた。烈火を思わせるその声に私は凍てつくような恐怖を感じた!
もしかして山から追放? ふとそんな考えがよぎった。山から追放、それは私のような雑魚妖怪にとって死を意味する。魑魅魍魎が跳梁跋扈する|人外魔境で、放り出されたらそりゃもうおしまいだ。
首筋を逃げるように汗が流れていく。隙間があるなら水の様に滲みこんで隠れたいところだがそんな都合よく隙間があるわけはない。ああ、自由に隙間に隠れられたら良いのに。
「全く、命が惜しくないと見えるわ。城の人間と関わるなぞ!」
「すっ……すみませんでした! お許しください飯綱様!」
「いやまったく痛快ぞ!」
「……え?」
痛い目を見る……痛い……あれ、痛快? え?
私は耳を、目を疑った。現実のような夢か? 或いは夢の様な現実か!? ああ夢なら覚めてほしい……。
飯綱様は近づいてくるとゆっくりとその大腕を振り上げた。
……ッ!
私は咄嗟に、痛みを覚悟して目をつぶり腕で顔を隠した。重なった手の向う、これが夢と現実のハッキリとした扉なのかもしれない。
いや、そんな扉開きたくないですから! 絶対痛みがお出迎えですから!
「ファファファッ! ワシらに出来ぬ事をいよいよやってのけたわッ」
大腕は私の肩を飛んだり跳ねたりしている。
あれ? 褒められてる……? 肩バシバシ叩かれて痛いけど。重ね合わせた手を下ろして飯綱様を見てみる。
「あ、あの飯綱様……?」
「うーい、いやはやこれで人間とも腹を割って語り合えるのぅ?」
「いやそこまでは……」
「ならばその童を妖怪にしてやろうと言う事か! フハハハ、城の童ならいい天狗になるだろうに違いない!」
赤みがかった顔が笑顔に歪んでいる。微かに酒を含んだ風が鼻をなでていく。途轍もなく嫌な予感がした。ど、どういうこと……?
話が途轍もなく飛躍している。 尾ひれがついて、翼がついて、風が吹いて……!
予想の、斜め上以上の反応である。行き過ぎてもう直角なんじゃなかろうか。
「いやぁ! 愉快! 痛快!! 爽快なり!!!
ひさかたぶりに儂も人間と飲み比べができそうだわい! 人間の酒は御神酒でものめるのかのぅ!」
何かどうでもよくなってきました。
我が頭領ながらもう付いていけない。……今更何を聞くのも怖いので放って置くのが一番な気がした。
ただ一つわかるのは飯綱様も暇だったんだろうな、と言うことだ。
「そ、そうですね。あ、あはは……」
「いやまったく! お主の行動はいつも驚かさせられるわ、こっちも驚き疲れたわ」
「えっ?」
■■■
こ、これは……どういうことだろう。
私は、自分の五感を疑った。目に映るものは酒を机に叩き付け酒をかっくらう飯綱様と、酒と料理を運ぶ皆。
匂うものは酒と、食べ物の甘美な香り。その匂いからか、微妙に口の中が潤ってきた。そして聞こえる声と言えば……。
「ファハハハッ、こりゃあ愉快だわい! 形だけの集会なんぞよりもこうして酒盛りする方が楽しかろう! それに酒が入ったほうが皆口が開く!」
そりゃあ、酒を飲むのだから口を閉じるわけにも行かない。
いやいや、そんな事を言っている場合じゃない。集会の為にわざわざ出向いてきた私は一体どうなるのさ。 それに一応、集会は正式な報告として資料として纏めて出さなきゃいけないのに酒の席の報告なんて書いたらどうなるやら……。考えるだけで、いや考える余地もない。
裏の取れる取れないの問題じゃない、もはや報告書に書いてはいけない。
「おい、しかめ面すんなよォ。これから酒を浴びるくらい飲もうって時によォ」
顔を真っ赤にした伊那世と言う烏天狗が、酒を飲みながら愚痴たれる。もう酔ってるし……。
と言うか、私は酒を飲むなんて一言も言ってないんだけど。もう完全に飲むの前提になってない?
「あ、あの~。私遥々本部か「おい、あの酒開けちゃおうぜ」……でね、報告書を纏めないといけな「誰か、歌か踊りでもやれよ~」書かないと私が始末書を書か「よォ皆、美味い鱒が焼けたぜ! 早い者勝ちだ。ほら、早く来いよ!」「「おお~ッ!」」」
……そりゃ私だって酒呑みたいし、ご馳走食べたいけど! 仕事っていうものがあるでしょう! そう叫んでやりたいところ、もう誰も話を聞く気がないらしい。
こちらはいつもどおりで済ませたかったのに。妖怪の山も連鎖的に『いつもどおり』が砕けてしまったら、私の首もどうなることか。
「ファファファッ! こりゃあ仕事なんてしてられんなァ! 騒げ騒げ!」
「「「「おお~ッ!」」」」
お仕事何処行った。
……酷いわね。『いつもどおり』がこれほどまで派手に壊れるなんて。さすがこうも派手に壊されると手のつけようが無い。
しかし酒の匂いがするのは別に悪い気はしな……いや危うく惑わされるところだった。宴の中に入り込んだら、一体何杯呑む羽目になるのやら。
「おおッ気前が良いなァ! こいつァ幻の銘酒と謳われた『あやかし神楽』じゃあないですか!」
「ほいほい、旬の季節を贅沢に盛り合わせたぞ!」
…………まぁ、いいか。
だって皆飲んでるし、私一人が飲まない訳にも行かないような気がするし。報告書には宴会のせいで資料不足とか書いとけばいいのよ、事実だし。
うん、飯綱様が宴会開いたのが原因だし。そうよ……。
一人言い訳、いや事故の原因を清算する。
「幻の銘酒二本目~景気良く開けちゃうよ! 次は誰だ!?」
「それは俺「待ちな、その酒は私がいただく!」」
かくして酒の席はたいそう盛り上がり、例外なく皆酒とご馳走の味に酔いしれたらしい。
続く
ワクワクから落胆へ、落胆から退屈へ退屈から狂喜へ…
山って怖いですね。え、人間の方が怖い?
追記、リメイクしました。