いざ行かん。
寝ぼけ眼で洗面所に行くと、フル装備の姉ちゃんがいた。
メイクをし髪も緩く巻き、可愛らしい系のワンピースを着て、おまけに爪も綺麗にグラデーションしている。
これをフル装備といわずなんと言うのだ。
「勇者よ魔王を倒しに行くのか。」
思わず呟くと、にっこり姉ちゃんは微笑んだ。
「やあね、狩人よ。萌の。」
土曜日にイベントなんぞあったかと首をひねると(姉にとってイベント=薄い本などの即売会だ。)、
都心のイベントだから前日入りして今日は友人とショッピングし飲み歩くんだそうな。
飲むぜワイン!シャンパン!日本酒!!とはしゃぐ姉ちゃん…かなりおっさんくさい。
やっぱり彼氏いないのもあんのかな。
黙ってれば29歳に見えないし、そこそこの顔なのに。
そこまで考え、樹は気づいた。
そうか!!性格か!!
「樹くん、なんか要らんこと考えてるかな?」
笑顔の裏に黒いオーラが見えたので、内心焦りつつ『別に…』と言って誤魔化した。
女優かよ!と爆笑する姉ちゃんをかわし顔を洗った。
君子危うきに近づかず、だ。
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色々あって、何故か俺、樹は姉ちゃんのカートをひき駅に向かっている。
4輪駆動式で平行移動ができるから、そんなに重くない。
隣にはご機嫌の姉ちゃん。
今日は部活があるから学校に出るため駅に行こうとしたら、都心に行くため電車に乗る姉ちゃんもついてきて、速攻で持たされた。
「いやぁ助かったわ。
ありがとうね、樹。お土産に甘いもの買ってくるから。」
「この前のプリンで。」
秋口に同じような流れでもたらされたプリンはめちゃくちゃ旨かった。
湯布院に言ったらすごい羨ましがられたんだったな、確か。
湯布院は男にしては可愛らしい外見に似合って、甘いもの大好きなやつだ。
ニコニコおっとりしているというか。
ただし甘いもの取られると、鬼になるけど。
この前、須藤がふざけて湯布院の雪見だいふくつまみ食いしたら蹴り飛ばされてたし。
須藤半泣きだったな…
そんなことを考えていると、体が吹っ飛んだ。
左脇腹にくる痛みと、衝撃。
地面に頬擦りするはめになった。
痛い。
「樹…お前裏切りやがってっ」
悲しさと憎しみを混じらせた顔の須藤が目にはいる。
お前、蹴ったな。
訳がわからない。何故、俺が裏切り者なんだ。
「須藤くん、よくわからないけど、まず私に謝れ。」
「え?」
「樹を蹴ったのはおいといて、私のカートを吹っ飛ばした事を謝って、直してちょうだい。」
姉ちゃん、置いとかないでほしいんだが。
すると須藤は、あからさまにギョッとした顔になった。
ぶるぶると姉ちゃんを指さして叫んだ。
「い、樹の姉ちゃん!?」
「なに当たり前の事を…?」
「詐欺だ!いや化けた!」
須藤よ、
その辺でやめとけ。心砕かれるぞ。
「いいからはよ直せ。頭かるぞ。」