制服は正義
その日、私は珍しくファンデーションを薄く塗り出勤した。
鉛色かつ雨降りそうな空模様でも、私はご機嫌だった。
今日はなんと消防署の方がやってくるのだ!
火の用心を広めるためとかなんとか。
その年により、火を使うガチな消化体験だったり、
一室丸ごと使った煙体験だったり、
消防車乗車体験だったり、
映画だったりする。
映画は昔風なアニメなんだけど、大御所声優がでてたりして、もうたまらない!
ああ、ちなみに私はオタクだ。
職場にはひた隠しにしてるけれど。
オタク…漫画やアニメ系…毛嫌いする人が多いから、ね。
それは置いとくとして、
今年は映画みられるらしいので嬉しくて仕方ない。
ついでに消防署の人の制服も見れるし…!
かわいいと制服は正義だと思う。
「今日は消防車も見られるんだって。」
出勤すると先輩の先生が教えてくれた。
担任クラスは年齢が幼いから、消防車には乗れないだろうけど記念写真は取れるかもしれない。
ウキウキしながら鞄を漁るが、デジカメは無かった。
「あうわああ…!!カメラ忘れた…」
がっくり膝をつくと、後輩がドンマイと声をかけてきた。
なにニヤニヤしてんだコノヤロー!
「私のデジカメで撮っておきますよ。」
ニヤニヤ後輩も鞄を漁るが、動きが止まる。
しょぼんとした顔で忘れた…と一言。
ダメコンビだなまったく!
ちなみに、
この後輩はレイヤーだ。
職場で唯一のオタク繋がり。
即売会で会った時は、冷や汗かいたよ。
みかねたのか、うざかったのか、先輩のデジカメで撮ってもらえる事になった。
一安心だ。
◆◆◆
「りーちゃんも!」
大きいクラスが消防車に乗ったり、ヘルメットをかぶったりしているのを見てると、足元から声があがった。
担任クラスのりおんちゃんが、しきりに消防車を指差しては、なにやら訴える。
身振り手振りや視線をたどって察するに、消防車の梯子部分が触りたいようだった。
「よし、おいで!」
抱っこして、近付けば下の方には届くかもしれない。
…届かなかった。
限界まで背伸びして、りーちゃんも頑張ったけど無理だった。
りおんよ、
うーうー手を伸ばすのはやめて諦めないか?
先生は、地味に腕がつりそうです。
「どうしました?」
不意に声がかかり、びっくりする。
「この子が梯子に触りたかったみたいなんですが、私では届かなくて…
あ、
もしかして触ってはいけませんでしたか?
すいません。」
頭ひとつ分くらい高い上に逆光で顔がよく分からないけど、おそらく消防士さんに、とりあえず謝った。
「梯子ですか…、
ほら届いた。触っていいよ。」
消防士さんはりおんを抱き上げ、梯子に近付けた。
びくりと、りおんの動きが止まる。
表情が固まり、口がわなわなと震えている。
まずい。
りおんは人見知りがおさまりかけなのだ。
親切心からとはいえ、知らない人間に抱っこされれば、ぐずる。
「わぁ!
りーちゃんやったね!
高いからタッチできるよ。梯子にタッチ!!」
にっこり笑って、その場で軽くジャンプしてタッチする真似をした。
梯子に気がそれたのを見計らい、
タッチ!と声をかけると、ペたりと軽く触れた。
「よかったねぇ、りーちゃんお兄さんにありがとうしようね!」
すかさず手を差し出すと、弾けるように抱き着いてくる。
笑みは崩さず、消防士さんを見て礼をいった。
「ほら、りーちゃんもありがとうは?」
「…あーがと。」
恐々見ながらりおんが言うと、消防士さんは笑っているようだった。
記念写真撮影の時、さっきの消防士さんが隣になり、
りおんに話し掛けてくれたが、不振顔でりおんは私にしがみついた。
なんとか笑わせようとするがうまくいかず、
先輩のカメラにはみんなと一緒に写る不機嫌なりおんと、引き攣り笑顔の私が残されることになった。
映画は当たりだった。
豪華声優陣に胸が震える。
スタッフロールをガン見してると、別クラスの先生に声をかけられた。
「ねぇ八重子先生、さっきのイケメン名前聞きましたぁ?」
イケメンなんぞ知らん。
私は声のイケメンを追うのに夢中なんだ。
「ほら消防士の」
「イケメンだったの?誰かいた?」
「りーちゃんに話し掛けてたじゃないですか。」
はて、イケメンだったのか?顔を全然思い出せない。
私が首を傾げると、年齢的に後輩にあたる先生はクスクス笑った。
「もう八重子先生ったら!だから彼氏できないんですよぉ。
もったいない。」
大きなお世話だ、ガキ!
仕事中に色目なんぞ使えるか!
悪態は腹におさめ、私はつとめて優しく微笑んだ。
ホントニネ、と。
後でレイヤー後輩から、目が笑ってなくて怖かったと言われた。
私もまだまだ修行が足りない。
八重子に幸せはくるのでしょうか。
「先輩、もし同人オタク活動と俺どっちが大事って、もしも彼氏ができて聞かれたらどうします?」
「そんなの前者に決まってる!(キリッ)」
(だから彼氏できないんですよ。)
レイヤー後輩は空気をよんだ。