迷宮都市 第拾七話
「やっと俺達の出番か。」
「だね。どうかしたのかな。」
「どうやら珍しく隊長が標的を逃したようですよ。」
阿鼻叫喚。
甲高い悲鳴や低いうめき声が響きわたる中、悠然と三つの影が土を踏みしめていた。
光の差し込まない地下。その大通りは大騒ぎだった。
倒壊した家屋。そしてその前には人の体が転がっていた。
一人は頭が潰れ、一人は引きちぎられたように荒い断面を見せる腹部から内蔵を零している。
そしてそのような死体は一つや二つではなかった。
それこそ死体の山ではなく川のように決して広くない道の上に転がっている。
そんな残虐としか言い様のない殺しを目の前で繰り広げられたのだ。その周囲にいた人達は我先にと逃げ出すのは当然。
だがその状況を創り出した三人は不思議そうに首をひねりながらその光景を眺めていた。
「少し派手にやりすぎましたかね?」
眼鏡をかけた知的な青年が顎に手を当てて独り言のように呟いた。
その横で人差し指を耳に差し込みながら気だるそうな表情を浮かべる横幅の大きな男が興味なさげに続いた。
「うるせえな。」
「まあ、ボク達の姿と強さを見たらそりゃ逃げたくなるよ。」
その男の肩に座る小柄な少年も呆れたような笑みを浮かべながら大柄な男に同意した。
少年が強調したように、彼らの姿は異様だった。
知的な青年の眼鏡がかかる耳は大きく尖り、鱗が浮かび、大柄な男の腕にはいたるところに茶色く変色した岩のような肌が覗いている。
そして最後の少年の背中には蝙蝠のような黒い羽、そして細く長い尻尾が生えていた。
そう。彼らの姿は明らかに普通の人とは違っていた。
「目標は?」
「もう少し君は考えてから行動をしたほうがいいですよ。」
「うるせえ。砕くぞ。」
握り拳を顔の前に突きつけられた青年は動揺の色を全く見せず軽く肩をすくめてみせた。
「目標はただ一人、ダンよりも大柄な男の捜索です。名前は『ローガ』というそうですよ。」
チラリと横幅の広い男を見たあたりこの男がダンなのだろう。
その男を差し置いて頭の後ろに腕の組んだ少年が口を開いた。
「珍しい名前だね。秦の国の人?」
「さあ? ただちょっと前の四聖人の一人にも似たような名前がありましたから一概には言えないと思いますよ。」
「まあ、どうでもいっか。どうせ隊長がやっちゃうんでしょ?」
「そうですね。私たちが言い渡されたのはこの男の捜索だけですから。一応、その搜索の過程であれば多少は大丈夫のようです。」
「マジで!? 吸っちゃっていいの!?」
今までの気だるそうな表情が一変。満面の笑みに変わった少年に爽やかな笑みとともに青年は頷き返した。
「よっしゃ!!」
それに大きく拳を握ると少年は男の肩から飛び降りた。
「ただこの地下街に限りという制約がありますがね。」
「じゃあ、早速吸っちゃおうよ。ここ、人が一杯いるしさ。」
「全く、仕方のない子ですね。」
「やり!!」
スキップでも始めそうな軽快な足取りで歩き出す少年に住民たちは一瞬その身体や表情を硬直させるが、先ほど暴れていた大柄な男と違い、少年がよってきたことで民衆の緊張感が若干薄れてしまったのだろう。
それゆえに民衆は選択を間違えてしまった。
民衆は誰に言われたわけでもなく、皆が皆動きを止め、じっと少年の一挙手一投足に注目した。
そしてその二、三メートル前で足を止めた少年は彼らに満面の笑みを浮かべて見せた。
無害ですよ、と無言で主張してくるその笑顔に緊張は解けてゆき、先程まで凍りついていた表情が動くが……それはほんの数秒の話だった。
「じゃあ、みんなボクのために……死んでね。」
スっと持ち上げられた腕。それをゆっくりと民衆が目で追っていたが、その後気を失ったように力なく地面に崩れ落ちた。
後ろにいた民衆はそれが単なる演技かと最初は思っていたが、誰からともなく悲鳴が上がった。
地面に力なく転がる目を見開いたまま口の端から唾液を垂らす幾多の身体。
それが間違いなく『死体』であると認識するまで、さらなる混乱が地下街を襲うまでそれほど時間がかかることはなかった。
「本当か!?」
扉の向こうでの惨劇を聞いたガムルはそれを伝えてくれた少年の両肩を掴んだ。
「う、うん!! 街の人がどんどん倒れていっているんだ!! 」
ギリギリと痛む肩に顔をしかめながらリーブは慌てて頷いた。
その必死な様子に緊急性を感じ取ったのだろう。ガムルは自分の持ち物を確認するよりも早く扉に向かって駆け出した。
「分かった。俺が助けに行……」
「悪いが、今回俺たちは手を出す気はない。」
が、瞬きを一度する間に、その目前にヌッとガムルにとって大きな壁が立ちふさがっていた。
「どけよ。」
「お前が行って何になる?」
冷ややかな視線を向けてくる団長にガムルは負けじと睨み返した。
「奴らの目的は俺達だ。だから俺が行けば……」
「無駄だな。」
「なんだと!?」
あっさりと切り捨てた龍牙にガムルが掴みかかろうと腕を伸ばすが、それが届くよりも早くその手首を白く細い手が掴み取っていた。
「ガムル、やめなさい。」
諌めるように鋭い視線を向けてくるリタニアにガムルは口を開くが音もなく空気を吐き出すだけで何も言えなかった。
彼女のその視線が彼女の本音を物語っていた。
また、『自分一人でどうにかできると思っている』のだ。
だが、それならばどうすればいいのか。
ここからそれほど離れていない場所に助けを求める人がいるのだ。それを見捨てるなど、そんな人の心を捨てるような行為に等しく、『今のガムル』にとっては絶対に許せない行為だった。
「だけど、見捨てるなんて……」
「龍牙が本当に見捨てていると思う?」
「それは……」
リタニアにそう問い返され今度こそ何も言えなくなった。今までなんだかんだと言いながらも人々を見捨てることはなかった。だが、
「だけど、一体どうするんだよ……」
「奴らの狙いは俺達だ。それを逆に利用すればいい。」
全く表情を崩さず語る龍牙にガムルはただ眉を寄せることしかできなかった。
「ミリート、これはどういうことだ!?」
丘の上に立つ、騎士団の本部の五階。所長の自室があるその階のベランダで階下を見下ろすミリートにエリックが必死の形相で掴みかかった。
「なぜ研究所の内部情報が流出しているんだ!?」
ミリートの顔の前に突き出された一枚の紙。そこには研究所で行われている人の尊厳を無視した極悪な実験の数々が写真付きで掲載されていた。
その焦りようから恐らくこれに似たような紙が何十、何百とばらまかれているのだろう。現に階下では、恐らくその紙をたよりに来たであろう市民が暴徒と化して本部の入口に押し寄せているのが見える。
流石にこの数を相手に実力行使に出るわけにもいかない騎士達が拡声器を片手に何事か叫んでいるが、叫んでいる本人が慌てている時点で効果は期待できないだろう。
(後、数分といったところか。)
「おい!! 聞いているのか!?」
襟元を掴まれたまま冷静に現状を分析していたミリートだったが、絶えず強くゆすられていることにさすがに耐えられなくなり、渋々背けていた顔を前に戻した。
「俺は知らない。」
「なんだと!? 聞けばお前の私兵も『派手に』動いているみたいじゃないか!! 地下街で大量殺戮をしておいて知りませんで通ると思うなよ!?」
更によってくるエリックの顔に嫌悪感を覚えながらもミリートは心中で嘆息を付いた。
(やはりもう少し制限をかけるべきだったな。)
ミリートが解き放った三人は優秀な部下たちだ。その能力はいざ戦闘となれば一兵士として申し分ない。が、余りにも猟奇的すぎるがゆえに時に暴走をしてしまうのだ。
自身の采配を間違えたことを悟ったミリートはこめかみのあたりが痛むのを感じた。
「たしかにそれは俺がやった。だが侵入者の捜索はお前からの指示で、俺にあいつらを使うように命令した時点でこうなることは予想できただろう?」
「そ、それは……」
若干勢いを弱めた上司に忠誠心の欠片もない視線を向けながら、ミリートは呆れたような声音で続けた。
「それに、情報の方はお前の不始末だ。」
「う……、だがあの研究所に侵入を許したのはお前だろうが!?」
(入れたのも逃がしたのもお前の部下だがな。)
もう否定するのも面倒になったミリートは、ビキビキと額に血管が浮かぶエリックを眺めながらまた嘆息を付いた。
どうやらこの上司は本当に頭が弱いようだ。
自分が敵の手に落ちたということを未だ認めようとしないのだから。
あの侵入騒動から数時間が経った今、目の前の上司は未だに自分が侵入者にしてやられたということを認めないのだ。
ミリートと共に見ていたはずの侵入者の顔も覚えておらず、自分が穴の空いた廊下に倒れていた理由も思い出せない、こんな状態でも敵の手に落ちたことを認めないその愚かさには心底呆れるしかなかった。
だがこの上司の愚かさはそれにとどまらなかった。
自分の責任を棚に上げ、部下に責任を押し付けようとしているのだ。一分一秒を争うこの場面で誰の責任だと言っている時点で、 現状を普遍的に見ることのできない目の前の上司に、人の上に立つ資質が欠落しているのがよくわかった。
目の前にいるのは体だけが大きくなった子供そのものである上司に今度は実際に呆れのため息をつきながら、ミリートは襟元を掴む手を払いのけ、無言で出口へと向かった。
(もうここにいる意味はない。)
「逃げる気か!?」
負け犬の遠吠えとはこのことを言うのだろうな、と心中で呟きながらミリートは首だけを向けた。
「元々は自分で蒔いた種だろう。自分でどうにかするんだな。」
そう言い残しミリートが扉に手をかけようとした瞬間、今まで沈黙していた電話がけたたましく鳴り響いた。
扉の前で固まるミリートが逃げないよう睨みつけたまま、エリックは自分の机の上にあるそれを手に取った。
「私だ。」
『どうも初めまして。といった方がいいのでしょうかね?』
受話器から聞こえてくるのはどこか幼さの残る少年の声。今の状況とは明らかにかけ離れた明るさに一瞬戸惑うが、エリックは直ぐに上ずりそうになるのを堪えながら口を開いた。
「誰だ、お前は?」
『今、大変そうですね? まあ、やった本人が言うのもなんですが。』
ハハハと明るく笑う少年に怒鳴ろうと受話器を顔の前へと運んだ瞬間、スっとそれは誰かにさらわれた。いやこの状況で誰かなどと疑問に思う必要もなかっただろう。
「ローガとやらの仲間か!?」
『うーん。それって大柄な男のことですか? 大きな斧を使う。』
「そうだ。」
そこまで聞けばその男の仲間であるのは直ぐに予想が付いた。だが、一体この状況でなぜ電話などをかけてきたのか。
恐らくこの混乱を巻き起こしたのはこの電話口の集団。ならばここで電話をかけてくるということは何かの要求をするためか。
そこまで当たりをつけてからミリートはまた口を開いた。
「なぜ電話をしてきた?」
『地下街の方で『虐殺』が繰り広げられているようなのでそれを止めようと思いまして。』
「今から『捜索』を止めさせに行くところだ。」
あくまでこちらは捜索しているというスタンスを取らなければいけない。ここで虐殺を認めてしまうとまた目の前の暴徒に一つカードを当ててしまうことになるのだ。
そのことを危惧するミリートを嘲笑うかのように軽い口調で少年は続けた。
『なら急いだ方がいいですよ。』
「なんだと?」
『だって、
『目標』がこの街にいないのにそんなことをしては、市民は黙っていないですからね。』
その一言にハッとなったミリートは傍らにあった双眼鏡を手に取ると街から唯一外へ出ることのできる門の方を眺めた。
そして荒れた大地の茶色の中で見つけた。
遠ざかっていく白い大型自動車をそしてその上に乗る一人の少年とミリートから逃げおおせた目的の大男が。
恐らく話しているであろう少年は顔を隠すこともなくこちらに向けて大きく手を振っていた。
「なるほどな。この騒動はお前たち自身が逃げるための布石か。」
そう言いながら正門の方を見れば本部にいるほどではないがかなりの数の市民がそこに駐留している騎士達に詰め寄っているのが見えた。
その横では幾つかのビークルが一切、検査を受けることもなく外へと出て行っているあたり、もう検問などはできていないのだろう。
『まあ、そういうことです。本当はもっといい方法もあったんですけどね。そちらへの忠告を促すにはこれが一番かと思いまして。』
「ふん。わかった。今回はこちらの負けのようだ。」
ミリートはそう不敵に笑うと右のポケットから通信機を取り出した。
「サイル、聞こえるか?」
『はいはい、隊長。聞こえておりますよ。今丁度、『協力的な』市民のみなさんから情報を聞き出そうと……』
「いいように暴れているらしいな。」
『い、いえ、そんなことは……』
「作戦中止だ。お前たちは今すぐに経路『参』で街の外へ退避しろ。ほかにもそう伝えろ。」
『……わかりました。ではまた後ほど。』
「ああ。」
ミリートはそこで通信を切ると後ろで喚く肉塊を無視し、また電話の受話器を耳に当てた。
「今、止めさせてもらった。」
『そうですか。なら僕たちからの要求は以上です。』
「『無事に逃がす』という条件はいらないのか?」
『ええ。もうここまで来れば追いつけないでしょうし、例え追ってきても別に面倒なだけで脅威ではないですから。』
言ってくれる。そう思うミリートの返事も聞かず、通信はプツリと切られた。
「というわけだけど、いいの? ガムルさん?」
ガタガタと揺れる不安定な足元を全く意に介さない、軽い足取りで振り返るダンゼル。そしてそのどこか含みのある言葉を向けられたガムルはその真意を探るように二三時ほど無言で見つめ返した。
「何がだ?」
「あの所長さんと何かあるんじゃないの?」
的確な指摘に顔の筋肉が動きそうになるのを堪えながらガムルはゆっくりと口を開いた。
「なんにもねえよ。あんなクズにはな。」
それって是と言っているのと変わらないんじゃ、と呟くダンゼルはそんな彼の様子も面白いのか、笑みを隠そうともせずに室内に通じるビークルの天井に取り付けられた扉に向けて歩き出した。
「まあ、それならいいけどね。まあ、どちらにしてもあの所長は終わりだよ……ほらガムルさん、早く中に入らないと。」
扉の縁に手をかけ、身体を滑り込ませたダンゼルは動かないガムルに声をかけるが、それはやはり銅像のように動かなかった。
「いや、俺はもう少しここに……」
「いや、そこにいられると全速力で走れないんだけど……」
少し目を細める先で大きな背中が僅かに揺れた。その声音と背中に突き刺さる視線を感じ取ったのだろう。ガムルは少し落ち着かない素振りをしていたが、ついに耐え切れなくなったのかバツが悪そうに頭を掻きながらダンゼルの待つ扉の方へと近寄ってきた。
それに満足げに頷いたダンゼルはそれ以上何も言わずにビークルの中に降りていった。
「逃げるだぁ!?」
それから数十分ほど前、リーブとゲンの家で素っ頓狂な声が轟いた。
「うるさい!!」
足元が揺れたかと思おうほどの大声にリタニアがたまらず怒鳴り返した。
だが当のガムルはその声がまるで聞こえないようで、目を大きく見開いたまま固まっている。
龍牙の口から告げられた今後の『銀翼旅団』の方針、それは『放置』だった。
てっきり『頭』を叩きに行くとばかり思っていたガムルは思考がついていかず、パクパクと空気を食べることしかできない。
そんなガムルの前では残る団員三人は平然と椅子に腰を下ろしたまま団長と新入りのやり取りを眺めていた。
「逃げるって、こ、この街の人はどうするんだよ!?」
「言った通りだ。我々はもうこの街の事情にはかかわらない。」
向き合う二人は対照的だった。必死に思いを伝えようと立ち上がり、言葉を紡ぐガムルに対し、龍牙は平然と腰に下ろしたまま冷めた目をガムルに向けていた。
「見捨てるのかよ!? リーブもこの街のみんなも!!」
「ちょっとガムル……」
言いすぎだ、とリタニアが制止の声をあげるよりも早く、
「なぜ助ける必要がある?」
腹に響くような重い言葉が辺りを支配した。
「……なんだと?」
最初、何を言われたのか分からなかった。いや、その言葉を龍牙の口から聞いたなどと思いたくもなかった。
助ける必要がない。つまり彼らに救う価値がない、そう言いたいのか。
「俺は『銀翼旅団』の団長だ。」
そんなガムルの戸惑いをも無視し、龍牙はガムルに顔を寄せると一方的に言葉を連ねた。
「俺にはお前たちの命を守る、そして各々の目的を叶える『義務』がある。その障害となりうるものは切り捨てなければならない。」
「その義務のために、この街の人を見捨てるのか?」
「言い方が正しくない。危険を『回避』しているだけだ。この街の全力を相手にすならば我々の中から怪我人、もしくは死人も出るかもしれない。」
「そんなのやってみないと……」
「やってみないと分からない。そんな不確定なもののために仲間の命を賭けるのか?」
「そ、それは……」
確かに街中に散らばる命は大事だ。だがそれ以上に目の前の四人の命も大事なことに変わりはないのだ。
「それに、ここにいる四人の内半数は、市街戦を不得手としている。一歩間違えれば我々の手で民間人を殺してしまう可能性すらありえる。それでもいいのか?」
「……」
ガムルは何も言い返せなかった。
市民を救いたい。この気持ちに嘘偽りは全くない。だが、それで仲間を失えばたしかに自分の相棒である斧を叩き折ってもまだ満たされない後悔に苛まれるだろう。
「時に騎士は冷静にならなければならない。お前一人で行動しているならば行けばいい。だが、今はこの集団、『銀翼旅団』に属している。そのことを忘れるな。」
そう言い置き、扉に向かって歩き出す龍牙にガムルは最後の悪あがきをぶつけた。
「なら……俺の望みが帝国から無実の人の命を救う、だったら?」
カツカツと靴底を響かせながら歩いていた背中は一瞬立ち止まるとポツリと呟いた。
「お前は俺の望みを知らないはずだ。なぜお前の誘いに乗ったのか、もしそれが無実の人を救うだとしたらどうするんだよ?」
ガムルの問いに二歩進むほどの間が空くが、意外にも答えは単純なものだった。
「それを考慮した上での判断だ。」
「なん、だと……」
無実の人を救うことも考えた上での逃走、その意味が分からずガムルは呆気にとられていた。
その間にも龍牙の姿は出入り口へと近づき、ガムルの意識が現実に戻ってきたときにはもうその扉は開けられていた。
「……おい、それってどういう、」
意味だ、とガムルが言い切よりも早く木製の扉は閉じられた。
一体それはどういう意味なのだろうか。
(たしかにここで逃走という手段を選べばこれ以上の騎士団による強行手段は取ることができなくなる。だけど……)
それでも現状は変わらないのではないのだろうか。
『迷宮都市』その名前の本当の意味を知った今、この事態を簡単に見過ごせるとは思えなかった。
「大丈夫? ガムル。」
自分を心配そうに見上げてくるリーブにガムルは何も言えずその頭に手を置いた。
だけど、この少年を見捨てることになるのではないか。
それが何よりガムルの足をここに縫い付けている理由だった。
自分と同じ境遇の少年。彼を救うことで彼の中で何かが埋まる気もしていた。
「ああ。」
だがその理由をもってしても、結局は自分の目的のためにこの集団を離れることなどできないことを分かっていた。
そんな歯がゆさに顔を歪めそうになるのをこらえながら、ガムルはわしゃわしゃとその頭を撫でた。
「もう行かなきゃいけないみたいだ。」
「助けてくれないのか?」
グサリと深く胸に突き刺さるが、ガムルは目線をそらさずリーブの目をしっかりと見た。
「俺達がここにいるのが原因だからな。」
「でも……」
ガムルの袖口をギュッと握ってくるリーブを振り払うこともできず視線をさまよわせているとと、意外なところから援護射撃が飛んできた。
「これ、リーブ。わがままを言ってはいかんよ。」
先程までの荒々しさはなりを潜め、最初に出会った時と同じ少しのんびりとした口調のゲンが近寄ってきた。
チラリと机の上を伺えば、そこにあった筈の金銭とそれを入れていた袋が綺麗に片付けられている。
(抜け目ねえな。)
「でも、街のみんなが……!?」
「これはわしら、『ランズボロー』の問題じゃ。余所者に手伝ってもらうわけにはいかんよ。」
そこで向けられた視線にガムルは自然と身体を仰け反らせていた。
そんな反応も予想通りだったのか、ゲンは未だ納得のいかない様子のリーブの肩に手をかけ、ガムルの方へ振り向かせた。
「というわけじゃ。街を出る方法は、もう必要なかろう。この騒ぎに乗じて堂々と外に出ればよい。」
「あ、……だが、」
「そうさせてもらいます。さ、ガムルさん行こう。」
「お、おい。」
あまりの展開の速さに目を白黒させるガムルの腕をとり歩き出すダンゼル。そしてその前では同じようにリタニア、フィロもガムルの腕をしっかりと掴んだまま、既に歩き出していた。
「ガムル、また会えるよな?」
後ろ向きに引きずられていく様子を心配そうに見てくる少年にガムルはしばし何も返せなかったが、体が半分ほど扉の向こうに消えたところで小さく頷いた。
そんな彼に向けられた泣き顔を無理やり笑顔に変えようと頑張るリーブの顔が、しばらくガムルの網膜に焼きついて離れなかった。