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迷宮都市 第十四話

 


「所長。」

 所々黒く薄汚れた壁を一瞥してから、額に角を生やす男、ミリートは目の前の男に声をかけた。

 無様にも仰向けに大の字になって伸びる、実質上の上司に彼は滅多につかないため息を付いた。


「おい。」

 全くおきる様子のないエリックに、業を煮やしたミリートはその頭を足先で軽く小突いてみた。もちろん、先の尖った革靴のままで、ある。


 ゴンッ


「うっ」

 鈍い音が足先から伝わってくるが、やはりその効果は絶大だったようだ。

 先程まで全く反応のなかった上司は顔を歪ませながらもゆっくりと目を開いた。


「生きてるのか?」

 開口一番にそう問いかけるミリートを暫し不思議そうに見ていたが、どうやらやっと覚醒したのだろう。キッと目を細め、自分を見下ろす男の顔を睨んだ。


「なぜ私が死なないといけないんだ?」

「この状況を見てそう危惧しない奴はそうそういないだろう。」

 だが、そんな睨みなどどこ吹く風。ミリートは飄々と後の言葉を続けた。


 それに対しエリックは、意味がわからない、そう言いたげに小さく眉を寄せながら身体を起こした。


 そしてそこで初めて周囲を見渡した彼は、この状況に眉間の皺を深めずにはいられなかった。


「なんだ? これは?」

「俺が知るわけないだろう。どうせ侵入者にやられたのでは?」

「侵入者? はっ、何を言っているんだ。

 そんなもの『いるわけないだろう』。」

「……何だと?」

 何を言っているんだ?


 ミリートには今のエリックの言葉が理解できなかった。


 ふざけているのか、とも思ったがこちらを馬鹿にしたようなあの笑い方は明らかに嘘ではない。


 自分に侵入者を追跡するように命令した本人が侵入者がいた事を覚えていない。そんな不可解な状況にミリートは困惑の色を隠せなかった。


「お前、本当に覚えていないのか?」

「何を言っているんだ。今日は先日会議で決定した新たな実験方法の施行日。それ以外に予定はない。

 それよりこの壁は誰がやったんだ? 私の研究室をこんなに汚して。実験台にしてやる。」


 喚き出すエリックの言葉を敢えて無視したミリートは、何も言わず彼に背を向けた。


  彼の上司、エリックは本当に今日の事を覚えていないようだ。

 実験の施行日とは昨日のことである。つまりエリックの記憶がまるまる一日分抜けていることになる。

 頭を打ってしまった事を原因とする一時的な記憶障害ならまだいいが、あの状況をみればそんな楽観的に考えられるわけがなかった。


「『特殊系』の催眠術式か。面倒な。」

 催眠術式とは、その名の通り方法は様々だが相手に暗示をかけることで一時的に意識を失わせたり、記憶操作を行うことができる、強力かつ解除が難しい術式である。


 この術式の基本的な解除方法は術者が解除する、あるいは術者の『死』以外にはほとんどない。


 そこまで考えたところでエリックはさらにうつむき、顎に手を当てた。


 これにより、恐らく侵入者たちはのうのうとこの街の外へと出られることだろう。

 何より、この街の頭が彼らの存在を否定したのだから。


 だが、かと言って入ってきた時と同じようにあの門を通ることは考えられない。

 ここまで徹底的に危険リスクを減らす人間がわざわざ敵の懐に飛び込むなどありえるわけがないのだ。


 となると、考えられるのは人目につかない経路で街の外へと脱出すること。通常ならばそのようなものは塀で囲まれた街の中には存在しないのだが、この街に限って言えば十以上もそれが存在するのだ。


 ここの不抜けた騎士達はあてにできないことも考えるとその十以上もある通路からいつ通るかどうかもわからない彼らを捉えるのは難しい。

 

 そしてここで最も重要なのは侵入者が持ち出した情報の量である。

 研究成果、拉致してきた騎士崩れ達に対する人体実験の結果報告書、本部との通信履歴。


 それを確認するためにこの『管理室』にまで来たのだが。


「最悪だな。」

 そう漏らす彼の前に転がるのは十を超える骸の山だった。

 そしてその一番奥、彼が目指すその部屋の前で最悪のものが見えてしまった。


「連れて行かれたか。」

 それはこの研究所の実質の長である副所長の身辺警護を任されていた七階梯の騎士達の亡骸。そしてその横に肝心の副所長の姿がないことを考えると答えはすぐに見つかった。


 これでエリックはトドメを刺された。

 この場所で殺されているということは実験結果や本部との通信履歴も全て持ち出されているだろう。


 そして、トドメの管理職に就く人間の証言。


「終わったな。」

 これでエリックが軍議会議にかけられることはほぼ確定、そしてこの研究所は廃棄されることだろう。


 だがミリートにとって『その程度』のことはどうでもよかった。


 彼が求めるもの、それは真剣勝負、決闘、お互いの命を賭した闘いなのだから。


ジュルリ


 ミリートは無意識に舌なめずりをしていた。

 チラリと牙を覗かせる彼にはもう、標的以外何も見えていない。


「この私が獲物をみすみす見逃すなどと思わないでもらおうか。」

 先ほど自分が逃した男の顔を再度思い浮かべ、まるで餌を与えられた獣のようにミリートは大きく顔を歪めた。


 

 

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