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迷宮都市 第七話

 


「どうするんですか? リューガさん。」

 フィロを寝かしつけ終えた龍牙は何も言わずソファにもたれかかった。

 無視しているわけではないことが分かっているダンゼルは黙って向かいに座った。

 それを視界の端に収めながら龍牙は少し思考を巡らせてから天井に向けていた視線を答えを待つダンゼルに向けた。


「とりあえず、この辺りに研究所がないかを調べる。」

「それには僕も賛成だけど。状況も分かっていないのにどうやって……」

「失礼します。」

 見計らったようにかかる声。それに正面から飛んでくる声を無視し、龍牙は声のした扉の方へ目を向けた。ダンゼルもまた少し不満そうに眉を寄せながらではあるが、同じように顔を向けた。

声がした方、扉の方には給仕服に身を包む白髪の初老の男が腰を折っていた。

 先程、ヒューズが何かあれば、ということで紹介された者だが、このタイミングでの登場にダンゼルは何かがある、そう感じた。

 そんな探るような視線を全く意に介さず、初老の男は背中に隠すようにして持っていた書類の束をそっと机の上に置いた。


「これは?」

「社長よりこの街近辺についての研究所の位置とその内部及び、分かる範囲ではありますが起こった事件の詳細を記したものになります。」

 説明を軽く聞き流しながら龍牙はその束のうちの一つをとった。

 それは確かに言葉の通り、月別に起きた場所、時間、さらには被害者のその日一日の行動についてなどかなり詳しく書かれていた。


「よくここまで調べられましたね。いくらヒューズさんの会社が大きいとはいえ、ここまでの情報を集めるのは大変じゃないですか?」

「いえ、この手の情報に『詳しい者』がおりまして、その者に依頼しただけでございます。」

 その言葉にダンゼルは釘付けになっていた視線を外し、男の顔をまじまじと見た。

「これをその人一人で?」

「ええ。ただ、もちろん我々の方でもこの情報の真偽については調査を終えていますので嘘偽りはありません。」

「……ならいい。すまないな。」

「いえ。では失礼します。」

 尚も情報源を追求しようとするダンゼルを手で制しながら龍牙は感謝と同時に退室を促すように目礼した。

 それを額面通りに受け取った男はまた深く一礼してから扉の向こうへ消えていった。恐らく現役を遠のいてもおかしくないほどの年齢なのだろうが、その背中は全く老いを感じさせないほどに力強さが感じられた。

それを見送り、龍牙はまた手元の資料に目を落とした。


「なるほど。『地下街』の奥、か。道理で見つからないわけだよ。」

 同じページに目を通していたのだろう。龍牙の意見もまたダンゼルと相違ないものだった。

「しかも、ご丁寧に周りは『異常種』の巣。確かにこんなところに忍び込もうとする奴なんていないよね。」

「ああ。そうだな。」

 そう。彼らの手元の資料にあった地図。その場所を記す星印の周りには異常種の一種である『百足咬スコロー』の住処であることが注意書きで書かれていた。


「しかも、よりにもよって『寄生型』なんて、ね。こんなところに知らずしらず踏み込んだ人は助からないだろうね。」

「そうだな。」


 そんな軽口を叩きながら夜が更けるまで二人は今後について話し合った。



 

 


「うおおおおおおおおおお!?」

「うわああああああああああ!!」

 ランズボローの北の端、木々が枯れ果て、黄色く硬い大地がむき出しになっている荒野。その上を砂煙を上げながら走る一つの影があった。


「なな。何なんだよ!? これ!?」

 だがその影から聞こえてくる声は二つ。

 よく見ればその頭部に当たる部分が妙に大きい。


 そう子供を抱え上げたまま大柄な男が走っているのだ。


「ガムル、なんだよ、これ!?」

 後ろを振り返った少年の悲鳴に似た叫びが響き渡る。

 ガムルは走り続けながら腰をひねり後ろを振り返った。

 巻き上がる砂煙。だがそれは彼らの足元から発せられたものではなかった。


 それが発せられているのは彼らの後ろ。


「『スコロー』っていう寄生虫だよ!! ていうか俺を呼び捨てにするな、リーブ!!」


 立ち上る砂煙の間から無数に見える紫色をした細長い物体。


 それを視認したガムルは更に走る足に力を込めた。



 異常種、『百足咬スコロー』。その実態は凶暴化した寄生虫の一種で、集団で獲物に噛み付き、その体内に侵入することでその獲物の身体を操ることができる能力を持つ『異常種』のなかでも特異な一種だった。

 だが、いくつかある寄生種のなかでスコローが特異と言われるのにはもう一つ大きな理由があった。


 それは乗っ取った身体を自分の巣として体内に卵を産み付け、孵化した子供に身体を『餌』として提供するその容赦のないその生態にあった。


 元々数が少なく、産み付ける卵も二、三個と少ないためそれほどの脅威とならずに済んでいるが、もしこれが今の十倍いればそれは国家の存続を危ぶまれるほどの危機になる。それほど危険な異常種だった。


「だあああああああああ!! まだ追ってくるよぉ!!」

「うるせえ!! 分かってるよ!!」

 自分の身体に食いつこうと飛んでくるスコローをジグザグと左右に折れることで躱しながらもガムルは目的地に向けて走り続けた。


 彼らがこの場所に単独で来た理由、それは……


「リタニアァ!!」

「はいはい。」

 ゴオッと自然と首がすくむような恐ろしい音と同時に首筋に感じる熱気。

 それが作戦成功の合図だと感じたガムルはゆっくりと立ち止まり、振り返った。

 

 彼らの背後で盛大に、真っ赤に燃え上がる豪炎。

 その中をスコロー達はなんとかそこから逃れようと細長いその身体を跳ねさせるが、凄まじい勢いで燃え盛る炎から逃れられるわけなどなく、いとも容易く燃やしつくされていた。


「危なかった……」

「おいら、生きた心地がしなかったよ。」

 どさりと仲良く地面に腰を降ろした二人にリタニアは小馬鹿にしたような笑みとともに近づいた。


「大げさね。スコローの唯一にして最大の弱点は火。ちゃんと予定通り、座標指定も範囲指定も時間をかけてやったんだから失敗なんてするわけないじゃない。」

「……分かっていても嫌なものは嫌なんだよ。」

 額に汗を浮かべ、げっそりとした顔で呟くあたり本当に参っているのだろう。少年と背中合わせに座り込みながら顎に溜まった汗を拭った。


「な、なんでおいらがこんな目に……」

「お前が自分から言い出したんだろうが。」

 呆れたように呟くガムルに少年はうっと呻いた。


 そう、彼らは昨夜の話し合いの結果、少年のためにここまで来ていた。

 



「それで、結局何をすればいいんだ?」


「北の研究所への潜入かの。」

 さらりと言ってのける老人にガムルとリタニアは派手にずっこけた。


「……とんでもないことをさらっと言いやがって。」

「どれだけむちゃくちゃなことを言っているのか分かっているのかしら……?」


 呆れたように頭を抱える二人を老人は苦笑いとともになだめた。


「何も正面から行けというのではないわい。」

「正面じゃなきゃどこから行くんだよ?」

 そのガムルの問いに老人は待ってましたと言わんばかりに不敵に笑った。


「ここがどこか忘れたのか?」

「つまり、地下から侵入する。と? だけどそんな入り口があるの?」

「もちろんじゃ。もう調べは付いている。」

 老人は傍らから一つ書類の束を取り出すとそれを机の上に広げた。


「これは……」

 そしてそれを見たリタニアは今度こそ言葉を失った。


「研究所の内部の簡単な見取図よ。ほれ、ここにその扉がある。」


 老人の言うとおりそこには大まかではある階層ごとの間取りが描かれており、地下三階と書かれたページに確かにそれらしき扉があった。

 その他にも街の内部へと通じる幾つかの通路など、かなり細かな情報まで乗っている。

 ガムル達は目の前の老人の情報収集能力に一種の恐怖に似た感情を覚えた。


「なんでそんなものをあんたが?」

「だから言っておろうに。知り合いが多い、とのぅ。」


(……油断ならないな。)

 それがガムルの偽らざる本音だった。


「ねえ?」

 一人で警戒心を高めている横で急に真面目な顔を前にずいと出した。


「なにかの?」

「その具体的な話し合いに入る前に……私達を選んだ本当の理由を教えてくれない?」

「は? そんなものさっき教えて……」

 そう漏らすガムルにリタニアはわざとらしく肩を竦めた。


「馬鹿ね。このおじいさんが私達を見たのはこの空間、あるいは外で会った時が初めて。

 ならそれ以外の理由で呼んだと考えるのが妥当でしょう?」

「た、確かに。」


 リタニアの的を射た指摘にガムルは軽く目を見開いたまま老人を見た。


 その老人はと言うと、焦りを見せるでもなく、逆に何やら納得したように二度、三度と頷いた。



「よく気づいたの。やはりお主らに頼んで正解だったわい。」


 リタニアが顔をしかめて見せる前で老人は横からごそごそと何かを取り出し、何を思ったかガムルの目の前に突きつけた。


 突如目の前に飛び込む白黒の文字と絵。

 最初は何がなんだか分からなかったが、顔を離すに連れてそれは明瞭に見えるようになってきた。

「こ、これは……」

「これでどうじゃ?」

バッ

 そしてそれが何か理解したガムルは老人の手からそれを奪いとり右から左へ、上から下へ、目を回すのではと危惧するほどの速さで読み進めていく。

 それを何周か、もう紙に穴があくのでは、とリタニアが思うほど見つめていたガムルは、どこか諦めたようにそれを目の前の机の上に放り投げた。


「マジかよ……」

「どうしたの……ああ。」

 なるほどね、といった具合に頷くリタニアの横でガムルは軽く頭痛のする頭を押さえた。


 彼らの目の前に広げられた一枚の紙。そこに写っていたのは大きく印刷されたガムルの顔だった。

座ってガラス越しに写っている辺り、街にビークルで入った時の監視カメラに撮影されたものだろう。そこまで当たりをつけながらリタニアは紙を手に取り、額に手を当てるガムルをチラチラと見ながら読み上げ始めた。


「えっと、なになに。『上記の者、先日街に侵入した盗賊団の一味である。現在、仲間の一人を殺害し、騎士団の追跡を振り切り街のどこかに潜伏中。もし発見したならば本部にまで連絡を』……

これはマズいわね。」

「ちっ、あのクソ野郎が……」

 手配書を親の敵でも見るように睨みつけながらもガムルは痛むこめかみを押さえた。


「これで分かってもらえたかの?」

 ニヤリと先程と同じ笑みを浮かべる老人にガムルはため息とともに頷いた。


「つまり、お前たちの手助けをすれば俺をかくまってくれると? つまりこれが『奥の手』だったわけか。」

「それだけではない。無傷で気づかれないよう街の外に逃がすことも保証しよう。」

 その条件にガムルはチラリとリタニアの顔を見た。

 この街は入った時にも感じたことだが、街を唯一出入りできる大通りに続く門には常に騎士が待機している。さらに近くにも詰所があることを考えるとその発言はかなり信頼度に欠ける。

「疑うのも当然じゃがわしらはこの街の地下を熟知しておる。そしてここはかつて、『要塞』だった。ここまで言えばお主らには分かるじゃろう?」

「つまり、地下に誰にも知られていない街の外への抜け道がある、と。」

 だが現実味に欠ける話ではない。元々軍事施設に抜け道はつきものである。しかしそのような抜け道はだいたいが騎士団によっておさえられており、基本的に使用できないはずなのだが……

「へえ。」

その点を鑑みても、これまでの老人の情報収集能力を考えれば、まだ騎士団が発見していない抜け道を知っている可能性は十分ありえる話だった。そして何より、このまま何もしなければどちらにせよまた新たに策を講じる必要があるのだ。


 ならば少しでも選択肢を増やしておくに越したことはない。


 またガムルとリタニアは一瞬だけ視線を交わし、そしてその一瞬で彼らのこれからの行動は決まった。


「ちなみにその条件は今でも有効だよな?」

「もちろんじゃ。そんな小癪な真似はせんよ。安心せい。」

「そうか。じゃあ、具体的な話に移るか。」

 ガムルは手元の資料を上から下まで軽く読み流した。

簡単な地図にはどのようにして測ったのか、寸法、距離などがかなり正確に書かれている。

 その情報を一つ一つ確認しながらその後も、復活した少年も含めた四人は、二時間ほどでその話し合いを終えた。


 


 そしてその翌日。早速ではあるが、四人は揃って研究所への入口がある付近にまで訪れていた。

「で、これからどうするんだ?」

 地面にへたり込んだまま、ガムルは額の汗をもう一度拭った。


「ここから先は私達二人での潜入でいいのよね? ゲン。」

 リタニアの確認の声に後ろに控えていた老人、ゲンは頷いた。

「ああ。」

 その構図はさながらやんちゃなお嬢様に使える執事のようにもガムルには見えた。

 そこで一言二言言葉を交している横から二人の間に割りこむように小さな影が比喩ではなく、飛び込んだ。


「なあ!! おいらも連れて行ってくれよ!!」

 ピョンピョンと飛び跳ねるその姿は飼い主にじゃれつく子犬のようにも見えたが、その表情は明らかに真剣だった。


「これ、リーブ!! 昨日も言ったじゃろう。子供が行っても邪魔になるだけよ。」

 なだめようとゲンが少年、リーブの頭を撫でようと手を置くが、


「嫌だ!!」

 それは勢い良く跳ね除けられた。


「リーブ……」

「俺は、俺が母さんを救い出すん……!!」



「ダメよ。」


 今、敵地のそばであることも忘れ、叫ぶリーブをリタニアは冷ややかな視線とともに一蹴した。

 そのこれまでとは違う空気を纏う彼女にリーブの表情は緊張に固まり、知らず知らずのうちに彼女の進行に合わせ、後ずさっていた。


「あなたが来ても足手まといになるだけ。何より、そんな足手まといのために命を捨てる気はさらさらないわ。」

「おい、リタニア!!」

 言いすぎだ、と言外に秘めながら肩をつかもうとするガムルを目で制した。

 まかせて、そうその目が告げていた。

 そんな視線を向けられて割り込むことなどできるはずもなく、ガムルは素直に引き下がった。

 それを確認したリタニアは一度息を吸い込み直し、ゆっくりとリーブに話しかけた。

「さっきの叫び声……」

「っ!?」

「私の術式があったから良かったものの、本当なら聞きつけられて潜入どころじゃなかったのよ? わかってる?」

「う……」

 余りにも的確な指摘にリーブは何も言えず俯いた。


「だから、あなたには無理よ。」


 はっきりとした拒絶。

 その一言に少年の肩が震えだしたのが遠目に見ていたガムルにも分かった。

 だがそれでも、ガムルは動かなかった。それは反対側に立つ老人もまた同じだった。

 孫の成長を見つめるように何も言わず、事の成り行きを見つめている。

 そんな二人に挟まれたリタニアはしばらくそのまま黙っていたが、ポケットから取り出したハンカチを片手に、腰を屈め、俯く少年と視線を合わした。



「あなたが本当にお母さんを大切に思っていて助けたいという気持ちはよく分かるわ。」

 肩を震わせながらゆっくりと顔を上げたリーブに少し厳しい表情を保ったままリタニアはその顔からその目から視線を外さなかった。


「でも、それとこれは別の話。『勇気』と『無謀』は似て非なるもの。

そして今、あなたがしようとしているのは『無謀』よ。」

 その言葉に、まだ幼い、幼すぎるが故に純粋な心を持つ少年は悔しそうに顔を逸らした。


「あなたのお母さんの写真はもらったから。いたら、私達が連れ戻すわ。いい?」

 数秒の感覚をあけて無言で頷く少年。

 その仕草ににっこりと笑い、リタニアはその頭を撫でた。


「いい子ね。」

 すっと立ち上がるとリタニアはそれ以上何も言わず、既に立ち上がっていたガムルの方へ歩み寄った。


 


「あんなこと言ってよかったのか? あいつの母親が無事かどうか、生きてるかどうかすら分からないんだぞ?」

 ニヤッと含みを持たせながら笑うガムルを軽く一瞥してからリタニアはあからさまに鼻を鳴らした。


「どうせあなたが私の立場なら同じ事を言ってたんでしょ?」

「まあな。だけど意外だな。お前があんなことを『他人』に言うなんて。」

「勝手に言ってれば? 私にだってこういうことを言いたくなることはあるのよ。」

 そう言いながらもガムルは彼女の言葉を軽く受け止めたりはしていない。少年に向けられた言葉はかつて自分にも向けられたもの。その言葉の重みと重要性を改めて再認識しながら、ガムルは頭の中に収めた地図を引っ張りだした。


 彼らの場所から入り口まで残り五十メートルといったところか。

 だがその間には五人ほどの騎士たちが常に警備している。

 先程の爆音はリタニアの遮音の術式によって防がれているのでガムル達の存在はまだ知られてはいないはず。


 ただそれも時間の問題なのは明確だった。

 ここから入り口までは一本道。つまり、どうあがいてもこの五人の前を必ず通らなければならない。

「さてと、どうするんだ?」

「眠ってもらうわ。」

 そう言うより早く、リタニアは機械剣を展開していた。

 彼女の左手に収まった大きな弓、その持ち手の上下に三つずつ破天石が備え付けられている。

「ふっ」

鋭く息を吐く音を合図に、その内、上から二つ目の破天石が輝きだした。

 その色は透き通った紫色。夢の世界に誘うような、優しい色合い。

それは普通の破天石よりも遅くその色に染まった術式を展開すると、その中心から幾重にも及ぶ波動が打ち出された。

 薄い布のような柔らかな衝撃波がゆっくりと通路を進んでいく。


彼女が発動したのは特殊系の術式、『強制暗示』


 半径五百メートル以内のあらゆる人間に彼女の望む暗示をかけることができるという精神干渉系術式である。

 もちろん、これを発動するには様々な『条件』が存在するがその効果は絶大である。

 例えば、先日の『人避け』の結界もこの術式によるものだ。正確には彼らの周囲百メートルに入りたがらないよう暗示をかけていたのだ。

 そして先程の防音。これもまたこの術式によるものだ。

 周囲五百メートル以内の人間には爆音が聞こえなくなる、という暗示をかけることで五百メートル以内の人間は全く気づくことがなく、それ以上離れたところにいる人間は大体が何かあったんだろうと特に気にすることはない。


 つまり隠密作戦には持ってこいの術式なのである。


 だがもちろん制約もある。

 これは対象が強力な術者であればあるほどかかりにくく、中には強力ではなくとも体質的な問題でかかりにくいこともある。


 つまり、臨機応変に、という言葉から縁遠い術式なのだ。


 だがこの場においてはその制約はあまり気にする必要はなかった。

 先程の爆発。あれは邪魔者スコローを除去するためであるのと同時にその場にいる騎士たちが術式にかかりやすいかを判断するものだったのだ。


 そして現に彼らはその出来事に気づいていない。


 つまりそのような特異体質、あるいは実力者はいないということになる。


「いくわよ。」


 二人は特に隠れるということもせず、通路の真ん中を堂々と歩き出した。


 入り口へと通じる道は地図に書いてあった通り、かなりの広さが設けられていた。

 地下にこれだけの広さを必要とする何かがここにはある。そうガムルは直感的に思っていた。

 だがそんな重要な通路にたった五人しか配置していない辺り、この研究所の警戒心の低さというものが覗い知れる。

 道中に転がるその騎士達の前をガムルは無意識に足音を潜め、通り過ぎていく。その間も、やはり騎士達は静かな呼吸を繰り返すだけで全く起きる気配がない。

 分かっていたこととはいえ、その様子を目視して初めてガムルは胸を撫で下ろした。


「本当にその術式は便利だな。」

「ええ。この術式に適合したからこそ、私は『宮廷騎士』になれたんでしょうね。」

 先ほどまでの口調とは一変して、淡々と語る彼女の背中にガムルは何か背徳感を覚え、目を逸らした。


 基本的に冥術は『誰でも使うことができる』。

もちろん、前提として冥術を発動するだけの冥力とそれを放出、注入する技術が必要にはなるが、それさえ備えれば使用することは可能になる。

だが、やはり『誰でも使える』ことと『誰もが同じように使える』ことは必ずしも等しくはない。


 基本的に冥術師にはそれぞれ特性がある。

 例えば、他に比べ火系統の術式を強く顕現できたり、あるいは火や風といった個体ではないものに形を与える形状変化など、様々な『個体差』がある。

 それは生まれながらにして生涯不変のもの、言わば『天性』のものである。


 それは一般的に『才能センス』と呼ばれている。


 もちろん、冥術師としての差はそれだけでなく、努力や発想などが占める範囲も大きい。

 だがそれと同じようにこの『才能』もまた無視できない要素なのである。


 その最たるものが『特殊系』と総称される術式だった。

 

 冥術において唯一、『使える者』と『使えぬ者』がはっきりと分かれる『努力』ではどうしようもない『才能』のみで語られる世界。

 もちろん、使える者同士の間での力量差はその『努力』によるものだが、これを使えぬ者には全く使うことができない。


 それ故に『特殊系』に分類される術式を使用できるものは騎士団などで重宝されるわけだ。


 先程のリタニアの言葉の意味をそう解釈している間にも目の前の彼女は一つの扉の前で立ち止まっていた。


「ここね。」

「ああ。単純なカードキーで開閉する形みたいだな。」

 その扉は鉛色の金属製。そして扉を開けるために不可欠な取っ手はなく、その部分にはそのかわりに細長く出っ張っていた。

 その中心を走る黒い筋、それがカードキーによって開閉するものであることを主張している。


「で、どうやって入るん……何やってるんだ?」

 侵入方法について尋ねようと顔を向けたガムルの横でリタニアは床に屈み込み、すぐそばに横たわる騎士の身体をまさぐっていた。

「鍵を探しているのよ。」

 何言っているの? という顔をしながらその手は鎧の上からその身体を撫で回し、首周りに空いた隙間からその中へと滑りこませていく。

「なんだか手つきがやらしいぞ?」

「黙りなさい!! おっ、あったあった。」

 ガムルを一喝したその表情は一瞬で、ニヤリと崇神派の聖書にある『悪魔』のような笑みに変わっていた。


「お前、その当たりにいる小悪党みたいな笑い方しているぞ?」

「うるさいわよ!! ほら、鍵!! 見える!!」

「見える、見えるから!! 頼むからそのカードを目に突き刺してくるのを止めてくれ!!」

 詰め寄り、角の丸まった薄いカードを突きつけてくるリタニアから距離を取りながらガムルはそのカードを奪い取り、リーダーと呼ばれる黒い筋に通した。


ピピッ


 解除を知らせる音と共にリーダーの上のライトが緑に光った。

「よし。」

 順調な滑り出しにガムルはさて行くかと小さく息を吐いたその時だった。


 ガチャガチャ


「ん?」

 鍵が外れる音とは違う、何かが変形するような音。

 何事かとガムルはつい今しがたカードを通したリーダーの方へ目を落とし、


「ははは、」

固まった。


「ちょっと、どうし……」

 その横から割り込んできたリタニアもまた同じ所へ視線を向け、固まった。


 先程までリーダーである黒い筋があった場所にそれはなく、手の平ほどの大きさしかない画面が現れていたのだ。


 そしてそこに浮かび上がる文字列はこう告げていた。


『暗証番号を十秒以内に入力してください。』


 そしてその右上には残り時間を進む数字が浮かび上がると同時に機械的な音声が発せられた。


『十、九、』


 刻一刻と数字が減っていく中、ガムルは油の切れた、からくり人形のようにきしませながら首をリタニアに向けた。


『八、七、』


「知ってるか?」

「……知らない。」


『五、四』


 一秒の沈黙の後に返ってきた予想通りの返答にガムルは全身から冷や汗が噴きだすのを感じた。


『三』


「これ、ヤバくないか?」


『二』


「ヤバイわね。」


『一』


「どうする?」


『零、入力ガ確認サレマセンデシタ。ヨッテ入力者ヲ敵ト認識シマス。』


「殺るしかないわね。」

「お……」

 ドゴオオオン

 「おい、字が違うぞ。」などという指摘はガムルから発せられることはなかった。

 開かれた口は、その背後から響いた壁が爆発する音とその破片を遮るようにすぐに閉じられた。

 舞い上がる黒い粉塵。

 その中で一際黒く、その輪郭を浮かび上がらせるものがそこにあった。


「なるほど、警備が手薄だったのはこれのせいだったのね。」


 見上げる彼らの視線の先にあるのは、壁のようにそびえ立つ二足歩行の『機械人間』とでも言うべき、金属で人形に形作られた物体だった。

 

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