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脱出

 その後四人は親交を深めるため、ということで特に取り留めのない話をしていた。


 好きな料理、趣味、最終的にはどこに所属していたかという話になっていたが、


「ちなみに私は元『宮廷騎士』。階級は第九階梯。

 ダンゼルは『技術開発局』のエリートエンジニア。開発主任とかもしてたらしいわ。

 フィロは『冥術師』

 階級は第十階梯だったわよね?」

「はい。」


 ガムルは絶句していた。その余りの階級の高さに、だ。


 この世界には冥術と言うものが存在する。


 冥力と呼ばれる体内を駆け巡る力の奔流を操り、体外、体内で変化を起こす技だ。


 簡単に言えば、様々な図形が刻み込まれた『破天石』と呼ばれる鉱石などにその冥力を流し込むことで火や氷といった物質を生み出せるといったものだ。


 主に冥術のみを使い、広範囲に強力な攻撃をしたり、治癒など味方をサポートする者を冥術師と呼ぶ。


 彼女達が言っていた『階梯』というのは、『騎士』『冥術士』としての階級を表す言葉で、上が十、下は零まである。


 これは世界共通の表現で、四年に一度、世界中から騎士、冥術師が集まりひと月もかけて試験を行う。


 つまりそれだけ毎回競争が激しいのだ。


 そんな中、第十階梯と言えば、世界でも『冥術士』、『騎士』合わせておよそ六十人ほどしかいない、尊敬を通り越して崇拝の対象となる称号だ。


「その歳で、第十階梯?」

「はい。飛び級みたいなので一気に第八まで、その次でなってしまいました。」


 あっさりと言ってのけるフィロに、ガムルは開いた口が塞がらなかった。


 超難関と言われる試験で、たったの二回で最高位の階級まで取得することがどれほどのものか、ガムルにも容易く想像がつく。


「私もそんな感じよ。

 ちなみにリューガも第十階梯だから。知ってると思うけど。」


「ああ、知ってるさ。」

(嫌というほどな)


 心中でそう呟いていると、リタニアが「そういえば、」と切り出した。


「ガムル。あんたは?」

「ん? ああ。俺はその試験を受けてないんだ。だからそんな称号なんかない。」


「へぇ」


 その答えにリタニアは意外そうに頷くとその華奢な手を顎に当てた。


「そう。まあ、良いけど。

 だけど変なのよね、」


「・・・・・・なにがだ?」


「私、三年前はまだ『騎士団』にいたけど。あんたみたいな巨漢の男、いなかったはずなんだけど?」

「っ・・・・・・ただ覚えてないだけじゃないのか?」

 息を呑んだのを隠すようにガムルは少し語気を強めた。


 その反応に気づいたのか、リタニアはニヤリと笑って見せた。


「まあ、良いけど、ね。」


 その意味ありげな笑みにガムルは焦った。

(何に、気づかれた?)


 これ以上何かに感づかれる前にとガムルは思い切って口を開いた。


「そういえば、ダンゼルは?」


 話題の転換のためにと辺りを見回してみるが、やはりダンゼルがいない。


 このエントランスにいるのはこの三人だけのようだ。


「さっき食糧を調達して来るって出てったきり・・・・・・」

 リタニアがそこまで言葉を紡いだ時に入り口から、買い物袋を手に、血相を変えたダンゼルが駆け込んで来た。


「騎士団が来た!!」


 開口一番に告げられた報告に、リタニアとフィロからため息がこぼれ、ガムルは意味が分からず呆然とした。


「場所と数は?」

「街の門におおよそ五十。」

「五十!?」


 やっと思考が追いついたガムルから驚きの声が上がるが、他は至って冷静だった。


 それどころか、


「たったそれだけ?」

「はあ!?」

「なによ?」


 煩い、とリタニアは顔をしかめてくるが、ガムルは尚も声を張り上げた。

「なによって、騎士団が五十人もいるんだぞ?」


 『騎士団』とは、冥術士の言わば逆、武術を主に冥術を補助として用いる騎士の集団のことで、言わば戦闘のスペシャリストである。


 それが五十人もいるのだ。


 これを脅威と言わず何というか。


 なのに、なぜここまで冷静でいられるのか、ガムルには全く分からなかった。


「だからなによ? 雑魚が何匹いたって一緒。


 そうだ。ダンゼル、ちなみに統率してたやつ何階梯か分かる?」


「多分、第六階梯だったと思う。」


 リタニアはゆっくり立ち上がると腰に手を当て、伸びをした。


「了解。じゃ、行くとしますか。」

「行くってどこにだよ?」


 柔軟体操を終えたリタニアは、そう尋ねるガムルにニヤリと笑ってみせた。


「騎士団のところ。」

「ばっ、戦う気か!?」

「当たり前じゃない。あいつらしつこいから先に蹴散らした方が楽なの。

 はいはい、行くよ。」


 リタニアはその華奢な右手でガムルの首根っこを掴んだ。


「うぉっ!? は、離せ!!」


 巨漢のガムルを軽々と持ち上げたリタニアは、そのまま入り口から外へボールのように蹴りだした。

 外から派手な破壊音と悲鳴が飛んでくるが、蹴りだした本人は全く気にも止めない。


 リタニアはカウンターから水を一杯受け取り、一気に煽った。


「ダンゼル、」

「なにかな?」

「リューガには伝えた?」


 浮かんだ不安の色を隠そうと口を拭うリタニア。

 それにダンゼルは安心するよう笑いかけた。


「うん。すぐにどこかに飛んでいったけど。」

「そう、分かった。」


 安堵を呟いてから、一度大きく息を吸った。


 戦いが始まる。


 リタニアは腰から手の平と同じぐらいの長さがある円柱状の金属を引き抜いた。


「それじゃ、新人さんもいることだし、派手にいきましょうか。」

「うん。」

「了解です。」


 応える後ろの二人の手にも同じモノが握られていた。


「『銀翼旅団』の力、見せてやろうじゃない。」



「どういうことだ?」


 大破した家屋だったものの中、ガムルは仰向けに横たわっていた。


 その目の前に見えるのは、逆さに立っている数え切れないほどの鉛色の鎧達。


「立て!!」


 首もとに剣を突き出されたガムルは、仕方なさげに両手を上げ、立ち上がる。

 するとその前に兜を小脇に抱えた少し年のいった男が出てきた。その風格からそれが部隊長だとガムルには分かった。


「貴様、『銀翼旅団』の者か?」


 そのあまりにもストレートな質問に、ガムルは吹き出しそうになるのを必死に堪えながら、小さく首を振った。


「本当か?」


 疑わしげな視線にガムルは頷いてみせる。


「『銀翼旅団』って、あんな恐ろしい連中に関わるわけないじゃないですか。」

「そんなに恐ろしいか?」


 なぜか食いついてきた部隊長らしき男にガムルは頷いた。


「そりゃあ、元騎士やらなんやらの集まりなんですから。」

「ああ、そうだな・・・・・・


 だが、なぜお前はそれを知っている?」

「は?」


 してやったり、という表情を浮かべる騎士の意図がガムルには全く掴めなかった。


「何がですかね?」

「『銀翼旅団』という団体名は我々がここに来る前に発覚したこと。つまりのメンバーが分かった?」

「そ、それは・・・・・・」


 額に冷や汗を噴き出させながらガムルは頭を回転させる。


(どうする、どうやって切り抜ける?)


「じ、実は・・・・・・」


 ガムルが苦し紛れに何事か話そうと口を開いた瞬間、ガムルの脇の騎士が小爆発と共に吹き飛んだ。


「えっ?」


 呆気にとられるガムルと騎士達。


 そこに、今度はガムルに剣を突き出していた騎士が吹き飛ばされた。


「敵襲だ!!」

「誰だ!?」


 口々に叫ぶ騎士達。


「あっ、ごめん。手が滑っちゃった。」


 そこへそれをあざ笑うかのような軽い声が降り注いだ。


「あそこだ!!」


 騎士の一人が指し示した一点へ、全員の視線が集まる。


 その無数の視線の先にいたのは、建物の上に立つ、銀色の弓を左手に持った妖艶な女性。


 その圧倒的な存在感に、部隊長の口は自然とその名を紡いでいた。


「リタニア・・・・・・マクベス」




「ガムルー、今すぐそこを離れなさーい。」


 リタニアは口元に手を当て愉快げにガムルに呼びかけながら体を横に逸らした。


 彼女の頭があった場所を通り過ぎるのは白い光の球。


「『光』の系統か。さすが騎士団。お金の使い方が違うわね。」


 迫り来る無数の光の球が織りなす白い波。


 リタニアはそれを軽々と屋根を飛び移りながらかわしていく。


 屋根を縫うような彼女の走りに、それらは標的を見失い、その後ろの建物に容赦なく穴を開けていた。


 だがそこから新たに生まれるのは、一つ一つが鋭利かつ鈍重な破片達。


 視界を覆うそれらをかわすために彼女は一際大きく跳んだ。


 高く舞い上がった彼女の視界に、街の端を収めながら、優雅に着地。


 そこは騎士達の攻撃範囲外であるその通りの突き当たりだった。




「ガムルー」

「分かってる、ってしつこいな。離せ!!」


 屋根の上からかかる声を適当に返し、それに向けて走りながらガムルは後ろを見た。


 そこにいたのは、ガムルの服を必死に掴む、ぽっちゃりとした体型の騎士だった。


 その額に滴るのは汗、汗、汗。そしてそれはガムルの服に容赦なくシミを作っていく。 ガムルは怒りのあまり血の気が引いていくのを感じた。


「その汚い汗を、俺につけるんじゃ、ねえ!!」


 振り向き様に滝のように汗をかいているその騎士の腹を殴りつけ、そのまま駆け出した。


 吹っ飛んだその騎士は汗を辺りに撒き散らしながら、戸惑う騎士達の集団に突っ込んでいく。


「うわっ!? なんだ!?」

「何だ!? この液体は!?」

「ヌメヌメするぞ!?」

「臭え!!」


 その後ろから聞こえてくる数人の罵倒と足音にガムルの足はさらに早まる。


 それを楽しげに見ていたリタニアは屈み、もう一度叫んだ。


「ガムルー、早くしないと・・・・・・死ぬわよ。」


「マジかよ!?」


 その言葉にガムルは自然と自分が出せる限界を超えたスピードで走っていた。


「よしよし。じゃあ、行くわよー」


 満足げに頷いてからリタニアは弓を上に構え、矢のない弦を引いた。


 彼女の瞳にのみ映る、一本の(デッドライン)


 迫り来る騎士達の前を走るガムルがそこを通った瞬間、


放った。



「『妖精の(フェアリーティア)』」


 上空に打ち出された白い矢は、リタニアの声に空中で分散、青空を一瞬にして白く染め上げた。

 その眩い光にガムルは腕で目を覆った。


 その閃光はすぐに収まるが、次いで激しい揺れが襲いかかる。


「くっ」


 平衡感覚を失うような一瞬の強い縦揺れ。


 ガムルはゆっくりとその目を開け、ただただ唖然とした。


「マジかよ・・・・・・」


 先ほどまで視界一杯に広がっていた騎士達が、一人残らず光輝く白い矢に貫かれていたのだ。


 恐らく騎士達の殆どがこのような攻撃だと分かっていただろう。


 現に、上空に向け防御系の術式を展開していたのをガムルは見ていた。


 だが、分かっていても防げない、かわせない。


 そんな絶対的な力の差が彼女と彼らにはあった。


「うっ、うぅ」

「くそぅ」

「痛ぇ」


 それでも彼女の優しさなのか、その全てがただ騎士達の四肢のみを貫いていた。


「殺しても良かったんだけど、あまり雑魚を殺すのは好きじゃないのよね、私。」


 ガムルの傍らにひらりと着地したリタニアは、言い訳するように呟く。


「す、すごいな。」


 腰を抜かしたままガムルは彼女を見上げた。


「こんなのは序の口。私よりフィロの方が派手よ。」


 何を競ってるんだ?と疑問に思いながらもガムルは差し出された手を取った。


「さっさと逃げるわよ。」

「おい、だけどまだ騎士達が残っているんじゃ・・・・・・」

 さっさと宿に帰っていくリタニアにガムルは制止の手を伸ばした。

「ああ、それならフィロとダンゼルが行ったから大丈夫よ。

 そろそろ帰ってくるんじゃない?」


 その返事を待っていたかのように、二人の前にフィロとダンゼルが颯爽と現れた。


「お疲れ。」


 それに見向きもせずかけられる労いの言葉。


「うん。そちらこそ。」

 その応えにリタニアはチラリと彼らに視線を向けた。


「・・・・・・で、片付いた?」


 リタニアのその視線に、二人は視線を外し、渋い表情を浮かべた。


「それが・・・・・・」

「どうやら一人逃げられたみたいで・・・・・・」

「はあ?」


 歯切れ悪く伝える二人にリタニアは呆れたような表情を浮かべる。

 ガシガシと髪を掻きあげ、ぼさぼさの頭のまま腕を振り下ろした。


「まあいいわ。とりあえずさっさとここを離れましょ。

 まさか騎士団の中隊がこんな近くにいるとは思わなかった。」

「同感です。」

「本当に珍しいよね。」

 口々にこの状況訝しがる三人は宿に向かう。


「なあ、」


 だがそれを呼び止める声があった。


 三人は足を止め、振り返る。


「騎士団中隊がこんな小さな街にいるのって珍しいことだよな?」


 その視線の先にいたガムルの言葉にリタニアは頷いてみせる。


「この程度の大きさなら通常一小隊だけで十分ね。」

「だからおかしいなって話をしているんだよ。」


「それって、もしかしてあいつ等は俺達とは別の奴を追いかけていたんじゃないのか?」


 そのガムルの指摘にリタニアとダンゼルは揃って口を噤んだ。


「五十人って人数。確かに第九、十階梯がぞろぞろいるここにとってみたら少ないかもしれない。

 だけどそれがたった一人の、そう、第九階梯ぐらいが対象だったら脅威になるとは思わないか?」

「確かにそうね。」


 リタニアは意外にもあっさりとガムルの意見に頷いた。

 それ程にこの意見には力があった。


「ガムルの言うとおりかもしれないわ。

 でも、何にしてもまずはこの街を出ないと。

 もたもたしてると恐いおじさん達が来るからね。」


「恐いおじさん?」


 茶化した感じに言うリタニアにガムルは疑問の声を上げる。


「『騎士団総司令室』の四人のことですよ。」


 答えたのはその横にいるフィロだったが、それにはガムルは納得せざるを得なかった。


 何万といる騎士達をたった四人で束ねる人外の力の持ち主達、人々は彼らに敬意と畏怖の念を込めてこう呼ぶ、



「『四聖人』か。」


 そう呟きながら荷物のないガムルはソファにもたれかかった。

 薄い黄色の壁で覆われたこの広間には誰もいない。 カウンターにいた主人も奥に消えていた。


「あいつ等が来るのは早くて明後日、それまでに逃げれば大丈夫だよ。」

 後ろから近寄るダンゼルの方へ目を向け、ガムルはげっそりした。


「なんだ、その荷物?」


 ダンゼルの後ろにあるのは、馬が引くような大きな台車に乗せられた大量の荷物だった。


 その量は尋常ではなく、時節天井に荷物がこすれている。


「機材とかがかさばっちゃうんだよ。」

「そんなに大きいと目立つんじゃないか?」

「ああ、大丈夫大丈夫。こうすれば、よっと。」


 訝しげな表情をするガムルに笑いかけてから、ダンゼルは引き手の少し下にあるレバーをグイッと引っ張った。


 すると、ボンッという音と共に、その壁と化していた荷物が、一瞬にして消えた。


「うぉっ?」


 代わりにダンゼルの手にはキャリーバックが握られていた。


「へぇ、便利だな。」

「まあ、時々中のモノが壊れたりするのが難点だけどね。」


 ガムルはその言葉の裏に、壊れてもすぐ直せるという自信に満ちているのが分かった。


「次の街に着いたらガムルさんの機械剣を作ってあげるよ。」


「ああ、頼む。」


 そこまで話したところで二人は近づいてくる女性陣が目に入った。


「なにボーっとしてるの。行くわよ。」


 真っ先に飛んでくる怒声。

「俺らの方が早かったのにな。」

「本当にね。」

「なんか言った?」


 ひそひそと話すガムルとダンゼル。

 だがそれはリタニアの一睨みで断ち切られた。


「いえ、何も言ってないです!!」

「ならいい。さっさと行くわよ。」


 もう一度ガムル達を急かしてからリタニアはフィロを連れて外へと出ていく。


 それを見て、ガムルとダンゼルがため息をついたのは言うまでもない。




 まだうずくまる騎士達の前を素通りした四人はあの市場に来ていた。

 ここに来たのは、人ごみに紛れ、追っ手を撒くためだ。

 恐らくいないだろうが、念のために四人は二手に分かれ、街の外、集合場所である街の南側にある森の入り口を目指し、歩き出した。




「なるほど、木を隠すなら森の中。人を隠すなら人ごみのなかってか。昔の人は偉大だことで。」


 一足早く、目印として指定された石碑の前に立っていたガムルが呟く。


 その視線の先では膨れた風呂敷を背負っている人、大きな台車を馬に引かせている行商人、観光客などでごった返している。


「帝都から『フィリーズ』まで、この道を通るのが一番の近道だからね。」


 その横ではこのような空き時間も惜しんで、ダンゼルが小さな機械をいじっている。


「だけどそれなら騎士団も一番警戒してるんじゃないのか?」

「うん、まあね。」


 その軽い返しにガムルはずっこけそうになる。


「まあねって、お前・・・・・・」

「僕達がこの道を通るのは直接『フィリーズ』に行くためじゃないよ。」


 そう言いながら、ダンゼルは肩から掛けているカバンの中をごそごそと漁り始めた。


「これを使うんだよ。」


 見つけた目当ての物を背の高いガムルに掲げるようにして見せた。


「なんだこれ?」


 ガムルは手に取って陽にかざしてみると、それは鍵だった。


 見ればその中心に水晶が埋め込まれており、中に紋様が刻まれている。


「それを受け取りに行くんだよ。」

「全く意味が分からん。」

 それを陽に照らし色々な角度から眺めてみるが、何も変わらない。


「そっか、三年前はまだ騎士団に普及してなかったんだっけ。」

「なんの話かさっぱりなんだが?」

「見たらすぐに分かるよ。」


 ガムルから鍵を返してもらいながら、ダンゼルは幼さの残る笑みを浮かべた。


 そこでふとガムルはある疑問が浮かんだ。


「そういえばダンゼルって何歳だ?」


 内心、その外見とは違って二十ぐらいだと予想していたが、


「十六だけど?」


「・・・・・・は?」


 返された答えにガムルはだらしなく口を開いた。


 それは予想の遙か上、いや下を行っていた。


「マジか?」

「『マジ』だよ。ちなみにフィロちゃんは十五だよ。」


 その言葉にガムルはさらにショックを受けていた。


「マジかよ・・・・・・」

「どうかした? さっきから同じことしか言ってないよ。」

「いや、何でもない。」

 ガムルは騒ぐのも馬鹿らしくなり、がっくりと肩を落とした。


(年下のやつに負けてるのか? 俺は)


 ガムルとしてではない自分のプライドが傷ついたのを彼は感じた。


 だが、すぐに首を振り負の考えを打ち消し、代わりにあることを口に出した。


「そういえば、リューガはどこに行ったんだ?」

 ガムルの思いつきの質問に、ダンゼルはネジを締めながら口を開いた。


「さあ、いつもふらふらー、とどこかに行っているからね。」

「気にならないのか?」


 ガムルのその言葉の裏に隠された意味。それを探るためにダンゼルは機械をいじくる手を止め、ガムルの黒い瞳を見つめた。


 無言で見つめ合う二人。

 言葉ではない視線のみの会話。


 先にそれを外したのはダンゼルだった。


「・・・・・・正直気になるよ。だけど、あの人は、」

「戦死したことになっている、か?」

 先を続けたガムルにダンゼルは頷きうっすらと笑みを浮かべた。


「そりゃあ知ってるよね。なんせ・・・・・・『英雄』だったから。」

「そうだな。」


 そうじゃないんだけどな、と心中でぼやきながらもガムルは頷いた。


「ま、多分『駅』で会えるよ。」


 語尾を強めたダンゼルは、ガムルにはそう自分に言い聞かせているようにも見えた。


 彼らも不安なのだ。団員を纏める団長がふらふらといなくなる。それに不安にならない方がおかしい。

 だが、それでも彼らは信じているのだ、彼を。かつて『英雄』と呼ばれた男を。


 その真摯な態度にガムルは微笑んでいた。


「『駅』ってさっきの鍵を使う場所か?」


「そういうこと。さっ、彼女たちも来たみたいだし、行こうよ。」


 機材を鞄に押し込むとダンゼルは立ち上がる。

 歩き出した彼は人垣の向こうにいる女性陣に大きく手を振りながら雑踏の中に姿を消した。


「また会える、か。」


 ガムルはそれから視線を外し、何ともなしにまた空を見上げた。


 空はあの時と同じ、雲一つない晴天だった。


『また会えるよね!?』


 瞼の裏に浮かぶのは懐かしい顔。


「ああ、そうだな。」


「ガムルさ~ん」


 ダンゼルは既に彼女たちに合流したらしく、こちらにまた大きく手を振っているのが見える。


 それに軽く振り返しながら、ガムルは新たな仲間たちの元へと歩き出した。






  

「かつて商業都市として発展してたのに、いまでは寂れてしまったね。」


 先ほどまでガムル達がいた街『グロウス』。その中で一番高い塔の上に一人の男が座っていた。


 黒いコートに身を包む美形の青年だ。


 縁に座り込む彼は、風から守るようにその金髪をなでつけた。


「こうして会うのは何年ぶりかな?」

「三年だ。」


 答えたのは、いつの間にか背中合わせに座り込んでいた銀髪の男。


龍牙だった。


「いつこっちに来た?」

「一週間ぐらい前かな。身の寄せどころを見つけてね。」


 金に銀、対称的な色を持つ二人からは一種の神々しさが感じられる。

 だがその親しげな会話の裏に微かな敵意が蠢いていた。


「そうだ、さっきは悪かったね。僕の追っ手がそっちに流れてしまって・・・・・・」

「それより他に謝ることはないのか? バニット」


 リューガの言葉に、『虚無(バニット)』と呼ばれた青年はただ肩をすくめてみせた。


「忘れたとは言わせない。」

「忘れたわけじゃないよ。

 ただ懐かしんでただけさ。」

「ふん。」


 鼻を鳴らす龍牙に苦笑し、バニットは立ち上がった。


「本当はもう少し話したかったけど、時間だ。失礼するよ。」

「そうか。」


 龍牙は振り返らない。それが彼なりの別れの告げ方だった。


「リューガ。」


「なんだ?」


 背中ごしでも龍牙はバニットが何かためらっているのが分かった。


 だが急かさない。それが彼なりの優しさ、そしてかつての相棒に向ける最大の敬意だった。


 少し間を置き、ふぅ、と息を吐く音の後にバニットは口を開いた。


「君は僕を・・・・・・恨んでいるかい?」

「ああ。」


 バニットは即答されたことに驚きながらも、どこかほっとしたような表情を浮かべた。


「よかった。これで心置きなくやれるよ。」


 続いて浮かんだのは晴れやかな笑顔。


「ありがとう。

 また会える日を楽しみにしてるよ。」


 そう言い残し、バニットは風の音と共に姿を消した。


 背中でそれを感じながら、龍牙は煙草を唇で挟み火をつける。


 深く息を吸い、吐き出す。ただそれだけで体中から嫌なものが吐き出されていく気がした。


「また会える、か。」


 その言葉にかつての記憶が呼び覚まされていく。


 ボロボロの建物の前、もう顔さえ思い出せない誰かに必死で腕を伸ばしている。届かないと分かっているのに、ただ必死に千切れるくらいに伸ばした。


 だがやはり届かない。ただその小さい背中が見えなくなっていくばかり。


『また、会えるよね!?』

 幼い自分はなぜか泣きながら叫んでいた。


 知らない女性に手を引かれていた誰かは振り返り、ただしっかりと頷き返し、何事か叫んでいる。


 なんと言っているのか分からない。声は届いているのに理解ができない。



 そこで、ふっと龍牙は現実に引き戻された。

 どうやらいつの間にか眠っていたらしい。


 龍牙は煙草を押しつぶしてから立ち上がった。


 幼い頃の曖昧な記憶。


 真実か夢か分からない不完全な思い出。



 だが、それを思い出す度に龍牙は何かが抜け落ちていくのを感じていた。


 あれは誰だったのだろうか。


 分からない。思い出せない。



 今まで何度となく繰り返した自問自答を首を軽く降って打ち切ると、龍牙は塔の上から勢いよく飛び降りた。







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