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迷宮都市 第三話

 



 そんな会話が繰り広げられている中、後ろ手に扉を閉め、ガムルは一人では使い切れないほど広いベッドの上に倒れこんだ。


(まずったな)

 ついつい興奮してしまった自分を殴り倒したい気分になるが、今更だった。


「『魔女』」

 たった一つの単語。だがその一単語でガムルの心はどうしようもないほどにかき乱される。

 彼が復讐すべきもう一人の存在。まさか、あの場に自分のかたきが二人ともいたというのは予想外だった。

 予想外であるが故に自分の意志の力でこの衝動を抑えきれなかったのだ。


「全く、未熟だな。俺は。」

 『崩天』しかり、復讐心しかり。

 自身の精神力の鍛錬の必要性を身をもって感じながらガムルは少し冷静になってきた意識を先程の龍牙の話に向けた。


 全部を聞くことは出来なかったが、フォーメルから聞いた話とそう変わらないだろうと確信していた。

 一企業の情報力と国家の諜報機関タップとではその情報量と正確性は比べ物にならない。

 そうなるとここで考えるべきは、あの『魔女』がなぜその場にいて、そうも易々と機密情報を龍牙に渡したのか。


 しばし答えも出さず思考をめぐらしていたガムルはある程度の真実にまで近づいていた。


(龍牙の話しぶりから恐らく『魔女』と戦闘はしていない。なら、別の目的であそこに来ていたことになる。一番濃厚なのは世界樹の奪取に加わったということだが……ないな。)

 そう答えを出したのにはもちろん理由がある。

 それはもう一人の憎き相手、『皇帝』があの場にいたことだ。

 あの『皇帝』が一人いれば『あの程度』の戦闘、事は足りる。


 つまり、『魔女』は全く別の要件できたと考えるのが自然。


「何かを回収……死体か?」

 今度は口に出したガムルは候補となる答えを今度は口に出してみるが、ふと思いついた答えのわりにそれはすんなりとガムルの頭が受け入れていた。


(なるほどな。研究所から出た被験者を回収に来たっていうわけか……だけど、なぜ戦争のことを話した?)

 だが新たに生まれた疑問にガムルは無意識に寝返りを打っていた。


 もしこれがフォーメルであればその意味は理解できる。


 だが帝国側からしてみればガムルは障害以外の何者でもない。逆に不利な要素ばかりが湧き出てくる。


 そこまで考えたところでガムルは頭をガシガシと掻き毟り、高級なのがすぐに分かる、ふかふかの枕に頭を置き直した。


「ちっ、情報が少なすぎる。」

 情報不足。つまりまだ結論を出すのは時期尚早ということか。そうこの思考に区切りをつけ、ガムルは無理やり目を閉じ、ベッドに身を預けた。




 商店街らしい、活気に満ちた通りの中、様々な商品を並べた店主の声が一際大きく聞こえる。


 その通りを何かを見るともなしに歩いていた巨漢の男、ガムルはその身体を横にしながらうまく人ごみをすり抜けていた。


(やっぱり俺は騒がしい方が好きなんだな。)

 この騒がしいとも言える音の奔流。それに心地良さを感じていた。

 龍牙達が屋敷を出てから数時間後、ガムルもまた一人でこの商店街へと足を踏み入れていた。


 こうなったのは今朝のある会話からだった。




 カチャカチャ


 朝日が射しこむ明るい室内。

食器とフォーク等が擦れる音のみが響く中、ガムル達は食堂で顔を合わせ、朝食に手を伸ばしていた。


「……」

 だがいつもとは違う。常なら他愛ない話声がするはずの食卓では重い沈黙が支配していた。


そう、誰も何も話さない。

その重い空気が彼らの口を食事以外に開けさせることを許さず、さらにその重量を増していた。


小鳥のさえずりでさえ消えてしまったこの沈黙。それを破ったのは意外にも龍牙だった。


「ガムル、お前は今日どうする?」

「どうするっていうのは?」

 昨晩とは打って変わって、静かにマナー通りにナイフとフォークを置いてからガムルは顔を向けた。

「俺達はこれから街にでて情報収集をする予定だが、お前はどうするかと聞いているんだ。」

「俺は……」

 いつの間にか全員の食事の手が止まっていた。

 ガムルは龍牙のその言葉に即座に自分もと答えようとしたが、その問いの真意を読み取り、ガムルはその心遣いに甘えることにした。


「今日はやめておく。」

「……そうか。なら今日一日、自由に過ごすと言い。」

 その言葉に頷くガムルをしっかりと視界に納めてから、さりげなく期限を告げてから龍牙はまた食事を再開した……



 このような経緯もあり今はガムル一人で街の中を歩き回っていたのだ。


 彼が今いるのは、最初にビークルで通った大通りではなく、その一本奥に進んだ細い、迷路の入り口とも言える通りだった。

 だがここはまだ方向感覚を失うほどの通りではないので土地勘のないガムルでもなんの危機感を持つことがなく、この喧騒を楽しむことができていた。


 彼がここに来た理由は一つ。


 ただ整理がしたかったのだ。


 今まで、いや今も、ただ復讐のために生きてきた。それは間違いない。

 だが最近、そこに不純物が混じるようになっていた。


 『銀翼旅団』

 その四人と共に旅を続けたいと。


 そして、その四人と一緒に生活するようになったからだろう。

 かつては容易く切り捨てられていた他者を今では簡単に見捨てることができなくなっていた。


 別に彼らが『甘い』というわけではない。いざというときに彼らは自分以上に非情になれる。それはわかっている。

 だがガムル自身、彼らをかけがえの無いものを認識してしまった。そのことに問題があった。


 『大切なものができてしまった』からこそ、『他人にも大切なものがあること』を知ってしまった。

 これまでほとんどの時間をただ自分一人を信じて生きてきたガムルには、あまりにも大きな衝撃だった。

 自分の身を呈してでも他者を助けるその精神。それを喜ぶべきか否か。悩みどころだった。


 唯一の救いと言えるのは、敵と対峙した時に剣が鈍らないことだけだろうか。



「ふぅ。」

 持て余したこの鈍り。言うならば研ぎ澄まされた一本のナイフが錆びついていくような感覚。それが今のガムルを憂鬱な気分にしていた。


「どうしようかね?」

 誰にともなく呟きながら尚も歩き続けるガムルの前で急に人垣が割れた。


「どけ!!」

 その間から吐き出されるようにして飛び出してきたのは一人の男だった。

 麻袋を両腕で抱えるその体躯は、平均よりも小さく、ひ弱なようにすら見える。


だが、その上にある血走り、見開かれた目はそんな印象を払拭する……いやそれ以上に見たくもない裏の世界を見てきたものだけが見せられる闇を宿していた。


 一瞬、それを追うべきかと迷ったがその考えはすぐに振り払った。


「待て!!」

 その後ろから二人の銀色の甲冑が追いかけていたのだ。

 さすがに捕まえられる側である罪人の身でありながら、捕まえる騎士を差し置いて自分の手で捕まえなければならないというほどガムルは思い上がっても、正義感が強い訳でも、ましてや馬鹿ではない。


 面倒事にはかかわらないべき、と判断した彼はすぐ横を走り抜ける男に手は出さず見送った……が、その後を追う二人の騎士を見た瞬間、その判断を覆した。


(何だ?)

 あの盗人を追いかけていた二人。そこに普通の騎士にはない『焦り』のようなものが感じられたのだ。

 また戻りだした街の喧騒の中、ガムルは人の流れに逆らいながら三人が走っていった方向に足早に進みだした。




「まいどあり。」

 その頃、威勢のいいおじさんに送り出されたダンゼルは、購入した食材が入った袋を下げたまま、何個か先にある店の中に足早に入った。

 そこは古風な調度品が揃う、雑貨屋だった。

 人目で何十年も前のものだと分かるような時計やオルゴール、椅子やグラスなど数多くの商品が並んでいた。

 最近では感じられなくなったこの静かな知的な空間。そんな中で紅一点、あまりにも不釣り合いなものがその中心にはあった。


「リタニアさん。買ってきたよ。」

「分かったわ。」

 今日もまた季節に合わせ、露出度の上がった服を見にまとった金髪の美女は静かに手に取っていたものを元の場所へ戻した。

「ああ……」

 置かれたものを見てダンゼルは何も言わず頷いた。

 それは手のひらに乗るほどの鎧に身を包んだ屈強な戦士の彫刻だった。


「ちょっと思い出しちゃってね。」

「そっか。」

 何を思い出したのか、そんな無粋なことを聞くようなことはしない。ガムルを除いた四人はそれぞれ心の中に闇を抱え、全員が全員、表面的にではなく、その深奥部まで知っていたのだ。

 もちろんその場に居合わせたわけではない。

 だが当時の彼らは帝国という自分の中で一番とまでいかなくともかなり大きな拠り所としていたものに裏切られたのだ。


 そんな彼らがお互いを信頼するためにできる最短かつ最善の方法、



 それは秘密の共有。



 お互いがお互いの苦しみを、悲しみを、怒りを、寂しさを知り、共有の秘密とすることでお互いの信頼を得たのだ。


 つまり彼らの関係はそんなしたたかな考えから始まったのだ。


「悪いわね。辛気臭くなっちゃったわ。」

「いや、いいよ。逆にその気持ちを忘れちゃいけないと思うから。」

 ぼかした返答にリタニアはフッと微笑んでからその肩を軽く叩いた。


「そうね。」


 そのまま歩き出したリタニアに続き、ダンゼルは周りの商品に目を向けながらあの大通りに出た。


「で、情報は?」

 広い石畳の歩道一杯に広がった人ごみを避ける二人はその通りを宿とは逆の方向へと歩き出していた。

 建国より遙か昔からあるこの街にはその歴史を感じさせる建物が数多く存在する。


 その最たるものとして足元の石畳の通りである。

 もう何百年も前に作られたにも関わらず、今まで大々的な修復や改築を必要とせず、道路はもちろん、その下にある上下水道を問題なく使われているのだ。


 その歴史ある通りの中、歩道と車道の仕切りになっている柵の上を手で撫でながらリタニアは顔だけダンゼルの方へ向けた。


彼らが街に繰り出してきた一番の理由に対する問い。

だが今のダンゼルには首を横に振ることしか出来なかった。


「ダメだね。それとなく探りを入れたんだけど、分からない、の一辺倒だし。だけどあの反応は明らかに知っている人のそれだったよ。」

「そう……」

「リタニアさんは?」

 ポケットから出した買うべき物を書き込んだ手帳を眺めながらサラリと尋ねるダンゼルにリタニアもまた手を肩まで持ち上げて首を横に振った。


「ダメよ。何も情報も反応もなし。」

「うーん。どうしようか? もう少し調べてみる?」

 ダンゼルの問いにリタニアはしばし考えこんだが、すぐに頷いた。

「そうね。一応、そこに書いてあるものを買って、その時に少し探りをいれる、でいいかしら?」

「うん。了解。じゃあ、今度は一本横の通りだね。」


 今後の予定を決定した二人はダンゼルを先頭に街の奥へと踏み出した。




人ごみを抜けたガムルはすぐに横にある細い路地に入ると、膝を軽く曲げ、大きく上に跳んだ。

 その膝から生み出された力は練られた冥力で増幅され、重い巨体は一瞬だけ、重力という鎖から解放される。

 重さというものを感じさせないその大きな身体は十メートル近くある壁を軽々と飛び越え、容易くその屋上に音もなく着地していた。


「いた。」

 伏せたままではあるが、ガムルの碧く染まった眼を凝らせば、見つけるまでにそれほどの時間はかからなかった。


 ガムルと太陽の方向からしておおよそ九時の方向。

 それを見つけた瞬間、ガムルはまた膝を軽く曲げ、三人がいる方向へと疾走を開始した。


 彼らの三歩を彼は一歩で詰めていく。

 常人には出せない膂力を有した彼が三人の真上にたどり着いたのはほんの十数秒後のことだった。



「ヒィッ!?」

「さあ、出すんだ。」

 屋根の縁に足をかけ、下を覗き込むとそこではすでにあの盗人が騎士の一人に取り押さえられ、もう一人に殴られているところだった。

「おいおい……」

 仮にも住宅地の裏で何をやっているんだ、と内心、騎士団の存続を危ぶみながらガムルはそのまま観察を続けた。


「さあ、所から盗んだモノを出すんだよ!!」

「ヒ、ヒィッ、は、はいぃ!!」

 また振りかぶられた拳に取り押さえられていた男は極められている腕と逆の腕を懐に滑りこませ、引きぬこうとした。


 そう引き抜こうとしたのだ。


「へ?」


 だがその腕は彼の前に突き出す動作に従わず、ただ懐に入ったままその綺麗な断面から赤い飛沫をあげていた。


「ぎゃ、ぎゃあああああああ!?」

 慌てて自分の傷口である肘を押さえるがそんなことで血が止まるわけもない。男は押さえたまま失血のためか、それとも精神的な理由か、ぺたりと血の海と化しつつある地面に跪いた。


 その衝撃に地面に肌色の円柱がこぼれ落ちた。


 その先に銀色の筒を握りしめたまま。


「全く、物騒だな。」

「っ!?」

 どこからか反響して聞こえてくる声に、ガムルは先程から気づいていた気配の方へと視線を向けた。

 彼が『眼』を使っていなければ気づくことすら出来なかったであろう微小な術式を行使した存在。


そして、かつて彼自身を裏切った存在は悠々と渦中へと歩み寄った。


(こんなところにいたのか……)


 軍服を身に纏ったその男は血の海の一歩手前まで歩を進め、そこで盗人の横にいた二人に厳しい視線を向けた。


「お前たちも油断するな。私がいなければこうなっていたのはお前たちの方だぞ。」

「……はい。肝に命じます。」

「ならいい。さて、」

  本番だ、と言いたげな口調で男は盗人の前に屈んだ。


「さあ、お前が私の元から盗んだものを返してもらおうか?」

 すっと差し出される腕。それを見た盗人は青を通り越して白い顔で弱々しく頷くと血にまみれた手をもう一度懐へ滑りこませた。


 さすがに腕を切り落とされた状態でもう一度反抗する気は起きなかったのだろう。

 今度は素直に小刻みに身体を震わせながらも引きぬいた拳を男の手のひらの上で開いた。


 そこからこぼれ落ちたのは一つの蓋がついた瓶だった。


 余りにも小さすぎる目的のモノに上から見下ろしていたガムルは意外という感を拭えなかった。

 あの小さな瓶にどれだけの価値があるのか。ガムルは目を細め、その瓶を睨みつけた。


 距離があるためその表面に貼られた文字は読めないが、その中には白い粉末が詰められているが見える。


 だが、そこまで見えれば答えを出すのはもう簡単だった。

 

(麻薬、か。)

 冷めた口調で呟きながらガムルはもう一度、今度は腹ばいになりながら下を覗き込んだ。


「そうそう、これだ。全く、最初から盗まなければいいものを。そうすればお前にも力と快楽を与えられたのにな。」

「俺は、ただもっと、もっと強くなりたくて……」

「分かるさ。この力は爽快だ。自分の力を何倍にも跳ね上がらせる夢の薬だからな。」

 完璧に血の気の失せた男の肩に手を置きながら軍服の男はその肩に手を置きわざとらしく頷いた。


「所長……」

 その言葉に安心感を覚えたのだろう。生気のない男の顔に安堵に似た表情が浮かんでいく。


 そして、


「だけど、盗みはいかんよ。」


 その首は見事に跳ね飛ばされた。

 ボールのように綺麗に跳ね飛ばされた首はそのまま置くにある木箱の後ろへと転がっていく。

 物陰に隠れた盗人の頭を見ながら軍服の男はあからさまにため息をついた。


「私を裏切ったらどうなるか、それを考えなかった自分の甘さを悔やむんだな。」

 そう吐き捨てながら男は手についた雫をハンカチで拭った。

すぐに白が朱に染まっていくそれを放り捨てながら、男は横で立ち尽くす二人にゆっくりと振り返った。


「全く、これひとつでいったい幾らになると思っているんだ? 数百万、下手をすれば一千万リラの高値が付くものを。」

 小さな小瓶を太陽にかざしてみせる男に表情を固くした二人はすぐさま頭を下げた。


「は、ハッ、申し訳ありません。」

「次はないと思え。」

 殺気のこもった声と視線に騎士たちの顔にさらなる緊張と大玉の汗が浮かんでいく。


 その反応に満足したのか軍服の男は小瓶を懐にしまい込んでからふと上を見上げた。


「……」

 その体勢のまま幾秒か固まっていたかと思うと、男は青い瞳を逸らさずおもむろに腰から銀の筒を引きぬき地面に手を叩きつけた。


「爆ぜろ。」

 その言葉に呼応するように吹き出す黄色い閃光。それは一瞬、術式として足元に浮かんだかと思うと次の瞬間には目の前の建物を電撃が覆い尽くしていた。


 凄まじい轟音と共に崩れ去っていく家屋。

 その視界を覆い尽くすほどの砂煙が舞い上がる中、男は灰色の髪をなびかせながらも微動だにせず前をじっと見つめた。


「逃げられたか。」

「ゲホゲホ、所長、いったい何を……?」

 部下からの問いかけに男は何も言わず、袖で口元を抑えながら駆け寄ってく

る二人に手に持つ剣をつきだした。

「ちょ、所長……」

「今の会話を聞かれた。」

「え?」

 意味がわからない。そう言いたげに二人はきょとんとしていたが、続いて向けられた男の視線に二人はビシッと背筋を伸ばした。


「すぐに追えと言っているんだ!!」

「は、ハッ!!」


 蜘蛛の子を散らすように駆け出す二人の背中を見ながら所長と呼ばれた男は腰に吊るしていた通信機を手に取った。


「私だ。殺人犯を追走中。援軍をよこせ。」




 

「ちっ、気づかれたか。」

 先ほどの雷撃の一瞬前、ガムルは所長と呼ばれた男の仕草からいち早く危険を察し、動いていた。

 弾かれたように駈け出し、隣の建物に飛び移ったその瞬間、彼の背中を撫でるように雷が撃ち落とされた。

 チリチリと走る電流、背後で鳴り響く落雷と建物が崩れる轟音というべき大音量に全身の汗腺から汗が吹き出しているのが分かる。

「ったく、思い切りが良すぎるだろ。」

あの下には一体何人いたのか、考えそうになるがガムルはその考えを振り払い走る足に力を込めた。

 

「追手か。」

 後ろから少しずつ迫ってくる気配。それは先程、盗人を追っていた二人だと直感的に分かっていた。

 だがその速度は走っているにしてはあまりにも遅い。

恐らくまだ壁を登っているのだろう。気配だけがそこにあり、振り返ったガムルの視界にその姿が入ってくることはなかった。

 しかし、今はその状況が望ましかったのは言うまでもない。


「見られるわけにはいかない、か。」

 自分の容姿では目立つ。そのことをよく理解しているからこそ、それを認識してからの行動は速かった。


家屋の上を飛び移るために足に貯めていた力を抜き、そのまま先ほどのとは違う、人通りの少ない路地に向けて飛び降り……



「まじかよ!?」

「あっ」

「こいつは……」

 ようとしたが、すぐに横の壁を蹴り、建物の上に舞い戻り疾走を開始した。

 その顔に先ほどまであった多少の余裕は無くなっていた。


 それもそのはず。


「まてえ!!」

 そうあろうことか、ガムルが飛び降りようとしたその路地の中にまた別の騎士が二人もいたのだ。


 自分の運の悪さと姿を完璧に捉えられてしまったことに落胆しながらもガムルは足元のタイルを踏み砕いた。

 もう落ち込んでいる暇はない。

 彼が落胆のため少し速度を落としている間にも後ろから追ってくる気配は確実に増えていた。

 壁を登り切った最初の二人にたまたま遭遇した二人。恐らくこれから逃げている道中にもどんどん増えていくだろう。


(さて、どうやって逃げるか……っ!?)

 周囲を見渡しながら逃走ルートを模索していると、ガムルは反射的に斜め前に跳んでいた。

その残像を貫くようにさっきまで彼の身体があった場所を目にも留まらぬ速度で何かが通り抜けた。


 通り抜けたそれは直線的な動きでそのまま進み、ついにはその先にある、一つだけ飛び出していた家屋を吹き飛ばした。

 チラリと後ろを振り返れば四人が四人とも機械剣を構え、ガムルに向けて突き出していた。

足場がしっかりしているからだろう。騎士たちは追いながらもガムルに向けて正確に冥術を発動していた。

(『光』の系統か。)


 それは最初に銀翼旅団に出会った街でリタニアに向けられた術式。ガムルも使ったことがあるためその性質はよく分かっていた。


「腐っても騎士、か。」

 光はこの地上において特に特殊な条件下でない限りは風などの影響を受けにくく、ほぼ直線に進む。

 風とは空気の密度の違いによって生じるもの。そのため光もまた多少屈折するが、それでも誤差の範囲で収まるものだった。


 何よりその速度は他のものの追随を許さない。

 今、後ろの騎士たちからガムルまでの距離はおおよそ五十メートル。


 この距離での攻撃なら的確な選択と言えた。


 だがこの術式の欠点はその直線的な動きでもある。


「だからかわしやすいんだ、よ!!」

 反射神経に近い反応で、ガムルは振り返りざまに抜いた機械剣を自分の頭があったところへと薙いだ。


 そこで出現した薄い緑色の術式。それが消えると同時に、機械剣にぶつかるはずだった光の球体が幾筋もの光に分かれ、まるでガムルを避けるように周囲に飛び散った。


 直線的だからこそ出所がつかめば避けるのは容易い。


 冥術が発動されるとその事象が改変されるためか、熟練した冥術師ならば発動の瞬間にどこで発動されたかが分かるようになるのだ。

 今のガムルはそれほど熟練したといえるほどの使い手ではない。ガムルがこの決定打となりかねない攻撃を凌ぐことができているのは、彼が元来有している冥術に対する鋭敏な感覚によるものだった。


「よしっ」

 小さく口端を吊り上げながらガムルは崩れた体勢のままその横にある路地へと落ち……いや飛び込んだ。


 地面までの直線距離はおおよそ十メートル。

 頭から飛び込んだガムルは機械剣を筒状に戻してから体操選手よろしく、くるりと回転し、綺麗に足から着地した。



「うっ」

 両足に残る鈍い痛みに顔をしかめる。だが着実に近づいてくる足音にガムルは一度上を見上げてから通りに向かって走りだした。



 

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