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VALIANT OF REVOLT~反逆の英雄~  作者: 我狼 龍牙
濃い霧の中で
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濃い霧の中で 第八話



 背後から聞こえてきた何かが地面に崩れ落ちる音を振り切るようにガムルは走った。


「っ、うっ、」

 嗚咽を零しながら、肩を揺らしながら、ガムルは走り続けた。

 先程まで堪えられていた涙は防衛線を突破し、彼の視界を覆い尽くしていた。


「なんでなんだよ……」

 地獄と化していた広場に出たガムルは下を確認せずそのまま飛び出した。


 眼科に広がる戦場では、すでにその場にいる全てのキメラが銃殺されており、その後処理として兵士たちが生存を確認しているところだった。


ガムルはそのまま体勢を崩さず、未だ銃を構え戦い続ける一人の兵士の頭上に飛び降りた。

突然の頭上からの襲撃に一兵士が反応できるわけもなく、グキと骨が折れる音と共にそのまま兵士の頭部は地面にめり込んだ。

 更にガムルが膝を曲げ、衝撃を殺そうとすると、代わりにその反動で兵士の指がかかっていた引き金が引かれた。


 ガガガガガッ


彼のもつ銃から吐き出された無数の弾丸は、瞬く間にその横に立っていた兵士たちをハチの巣にした。

 突然の激痛と共に死していく兵士たち。その一瞬にガムルのまわりでは十近くの死体が転がっていた。


「なんであいつは死ななきゃいけなかったんだよ!?」

 吠えるガムルを危険因子とみなした兵士が周りで照準を合わせた。その数は九。

だが、それは遅すぎた。

 それよりも一瞬早くガムルは駆け出していた。

 冥力で強化された脚力を余すことなく使ったガムルの疾走は十メートルの距離を二歩で零とした。

 その勢いをそのままにガムルは振りかぶった拳をその顔面に打ち付けた。

 ゴリュッと歯とともに顎もが砕ける音と共にその兵士は後ろの一人も巻き込んで吹き飛ぶ。

 それを視認もせずガムルはまた動いた。

 彼の立ち位置は、また照準を合わせる兵士たちともうほんの数メートルほどの距離しか空いてはいない。

 ガムルは腰から機械剣を引き抜くとその流れのまま、目の前にいた兵士二人の胴を薙いだ。

 自分の身に起きていることが信じられないといったように目を見開きながら二人の上半身はズレ落ち、それに遅れて痙攣していた下半身が力を失ったようにガクリと膝をつき、うつぶせに倒れた。

 その残虐な殺し方に冷や汗を垂れ流しながら、残された兵士たちは照準を合わせた。


 彼らが狙うのは攻撃を繰り出し終えた状態のガムル。

 基本的に戦いの場での最大の隙とは攻撃を繰り出しているときだと言われている。

 それを訓練の中で叩きこまれた兵士たちは、当然の如く斧を振り抜いた状態のガムルを狙っていた。


「なっ!?」

 だが彼らの弾丸が肉を穿つことはなかった。

 斧を振り抜き終えたガムルは斧の勢いを殺さず、自身の身体の回転にその力を使ったのだ。

 それによって静止の瞬間を見越して放たれた銃弾はひとつとして捉えることなく、ガムルの横を通り抜けていった。

 そして更に回転力が加わった斧に冥力を流したガムルは地面を割るほどの鋭い踏み込みと共に振り抜いた。


 斧の表面に一瞬緑色の術式が展開したかと思うと、彼の鋭い一閃に呼応するように鋭く大きな空気の刃が繰り出された。

 不可視の刃は向かってくる銃弾を全て弾きながら一切のズレもなく、五人の兵士の上半身を切り落とした。


「なんでお前が死ななきゃいけないんだよ……フェリクス。」

 戦闘の終了を感じたガムルは天を仰いだ。

 もうあまり時間は残されていない。だがそれでも後少しだけ、こうしていたかった。


「グアァッ!!」

 だがそれも長くは続かなかった。

 ガムルは背後からこちらへ近づいてくる気配に振り返った。

「隙だらけだ。」

「悪い。」

 銃を片手で構えていた兵士に剣を突き刺した龍牙にガムルは素直に謝礼を口にした。

 その反応に一瞬訝しげな表情を浮かべたが、龍牙はすぐにガムルに歩み寄った。

「もうここももたない。急いで出るぞ。」

「……ああ。わかってる。」

 そう答えながらも全く動こうとしないガムルに不機嫌さを増した無表情で龍牙はその尻を蹴り上げた。


「痛ぇっ!?」

 突然の痛みに飛び上がりながらガムルは涙を貯めた目で龍牙を睨んだ。

「何するんだよ!?」

「急げと言っているのが分からないのか?」

「……分かってるよ。」

展開していた機械剣を元に戻しながら先を行く龍牙の後ろを歩き出した。

ふと足を止めたくなったが、なぜかこの時ばかりは振り返ってはいけないような気がした。

 ポケットに入れておいた毛束を握り締めながらガムルはそのままその広場を後にした。














「じゃあ、出すよ。」

 全員が乗り込んだのを確認したダンゼルの声とともに少し懐かしさを覚えるビークルが動き出した。


 あの戦いから五日。サメット族が飼育するイグアナによって引き釣り出されたビークルはサムヘア湿原を抜け、また走りだそうとしていた。

 徐々に速度を上げながら流れていく景色を眺めながらガムルはソファにゆっくりと身体を預けた。

「いっつぅ」

 少し勢いをつけすぎたのか、全身に走った激痛にガムルは悶絶した。

激戦に継ぐ激戦、さらにはあの鎧を纏った時に掛かった負荷にガムルの傷は悪化し、湿原に踏み込んだ時よりもその身体を覆う包帯の面積が増えていた。


「全く、なんでいつもそう無茶するわけ?」

 ガムルの横に座ったリタニアは呆れたようにつぶやいた。

「……お前にだけは言われたくねえよ。」

 そうジト目で見つめるガムルの前でリタニアは額から汗を流していた。

 これは暑いからでもガムルの視線のせいでもない。

彼女もまた零号との戦闘によってかなりの怪我を負ってしまっていたのだ。

 今は服で隠れていて見えないが、その下ではガムルに負けるとも劣らない量の包帯がまかれており、動くたびに激痛が走っているのがその表情からも分かる。

「肋骨三本も折れていてよくもまあそんな大口を叩けるな、お前。」

「う、うるさい!! 私はあんたみたいなヤワな鍛え方はしていないのよ。」

「それ、女の言う言葉かよ。」

「何か言った?」

「悪い悪い、冗談だ。」

 徐々に殺気が混ざり出したその目に危機感を覚えたガムルは少し可動域の狭まった手を前に出した。

 それだけでもかなり痛みが走るのだが、今、背に腹は変えられない。

 そんなガムルの反応を見たあと珍しくすんなりと拳を下ろしたリタニアはふとつぶやいた。


「あの人達大丈夫かな?」

「さあな。」

 あっさりと攻撃を止めてくれたことに安心しながらガムルは上げた両手を下ろした。


 あの後、世界樹エルデはガムル達が樹を出るのを待っていたかのように、彼らが出ると同時に多くのサメット族の前で崩れ落ち、長いその生涯を終えた。

 それを見ていたサメット族の面々は全員目に涙を浮かべ、ゆっくりと傾いていく里の象徴を見つめていた。

ガムルはその姿を直視することができなかった。

だがそれはガムルに担がれていたレイも同じだったようで、屋敷の中へ運び込まれた彼は意識を取り戻すなり彼の部屋の窓から見えた惨状に涙を流していたことをガムルは後で知った。というのもその時にはガムルは力尽き、あてがわれた部屋で爆睡していたのだ。


 その後も、レイがラウルに喝を入れられ、長老たちの会議にて処分を検討されるなどかなりの騒ぎとなったのだがそれをガムルが知ったのは出発の前日、つまり昨日だった。

 結局、会議ではレイの行動には問題があったが彼のいる反対派の主張にしっかりと耳を傾けなかった長老側にも責任があるとして追放だけは免れたという。

 

 実はガムルが目を覚ました昨日、そのレイがガムルの部屋を訪れていた。


 特に何もない、ただ助けてくれたことに対する礼とこれまでの暴言と行動に対する謝罪だった。

 ガムル自身それ以上のものを求めていなかったので特に何も言わなかった。

だが、ただ一言、


「フェリクス達の死を無駄にするなよ。」

とだけ伝えていた。

確かにフェリクスが死んだのはレイのせいである。

しかし、それを言ってもフェリクスが戻ってくることはない。ならばこの失敗を糧に成長すべきだというのがガムルの出した結論だった。


それを聞いたレイの横顔はどこか吹っ切れたようなそんな清々しさがあった。

ガムルの言葉が起因ではない、何か別のものに彼は火種をもらったのだろう。心の中で燃え盛る、情熱の炎の種を。


 それが誰によるものなのか、はたまた彼自身の成長によるものなのかは分からないが、いい傾向だ、とガムルは年寄りのようなことを考えていた。


 肝心の帝国軍の方はと言うと、ほぼ全員が燃え盛る世界樹の中に取り残され、跡形もなく焼き尽くされていたそうだ。ガムル自身、あの広間から抜け出す道中にも苦鳴を聞いていたためある程度予想していたことだが、それでもこればかりは平静ではいられなかった。


 仮にも彼らの当主がその場にいたのだ。

だが、あの男はそれを躊躇いなく見捨てた、見殺しにした。


「腐ってやがる。」

 人の上に立つものとしても、人間としても。


「どうかした?」

「……いや、なんでもない。」

「そう。」

 ガムルの心の奥底に眠る激情を見透かすように覗き込んでくるリタニアから目を逸らし、また外を見つめた。

 必死に心を押さえつける彼の視線の先では、先程まで立ち込めていた霧は薄れ、燦々と輝く太陽が顔をのぞかせ始めた。



 だがそんな風景を見てもガムルの心から濃霧が取り除かれることはなかった。








 

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