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VALIANT OF REVOLT~反逆の英雄~  作者: 我狼 龍牙
濃い霧の中で
12/33

濃い霧の中で 第五話



 未だ人気のないサメット族の里。

綺麗な正方形に整地された住宅街の中心でドサリと少し湿った音が鳴り響いた。

 

「なによ、これ……」

 呆然と両膝を着くメリーの震える唇から溢れた。

 彼女の翡翠色の瞳はが大きく見開かれ、尋常ではないほど揺れている。


 だがその右往左往する視線は目の前の人物を捉えて放しはしなかった。


 身じろぎ一つできず固まる彼女の膝がゆっくりと液体に浸された。


 それはもちろん水ではない。

 自身の目の前で転がっている二人のドワーフと一人のエルフ。

 その場で立ち尽くすエルフ、メリーの仲間『であった』三人から流れ出たものだった。


 レイがこの場を離れてから三十分程しか経っていないだろう。だが、その三十分前が今のメリーにとっては遠い昔のように感じられた。


 目の前に転がる三人の死体。だがそこに転がる肉塊の数はそれと同じではなかった。


 ドワーフの二人はその手に持つ剣と斧を構えたまま斜めにバッサリ左右に切り裂かれ、エルフはその原型が分からないほど微塵切りのように細かく切り刻まれていた。

 それはあまりにも現実離れした死体に意識が飛かけるのを感じた。


「な、何をしたのよ!?」

 そんな精神状態のメリーは叫んだ。

 目の前で見つめるその『実行者』に


「……」

 彼女の前にいたのは、夜空を連想させるような黒髪を腰元まで垂らした女性だった。

 だがその顔は対照的に驚くほど白く。唇は血で濡れたように真っ赤に塗られていた。


 その身体は防寒のためだろう。長い、その髪と同じ黒いコートで全身をすっぽりと被っている。

だがそれはその辺りの街で売られている旅人用のものではなく、よく見れば高級そうな毛皮で出来ており、街中でこれを見ればどこかの大金持ちかと思えるほどである。


「あなた、一体何者なのよ!?」

 だが目の前の彼女はそんな無害な存在ではないのは明らかだった。

 すでに目の前で三人も殺している時点で無害など有り得ないわけだが、それ以上にその彼女が有害であると確定付けるものをメリーは捉えていた。



彼女の翡翠色の瞳。そこにその女性が握る『背丈ほどもある漆黒の鎌』を。


ザッ

「ヒッ!!」

 無言で自分の方へ進められた一歩にメリーは喉に張り付いたような悲鳴を上げた。

 彼女の脳内を走馬灯のように駆け巡るのは先程の自分の仲間達が切り裂かれた映像だった。



 その女性が現れたのは突然だった。


 彼女たちが気づかないうちに、いや、初めからそこにいたかのように忽然と四人の前に現れた。


『誰だ!?』

 大声で尋ねるドワーフのナブ。だが、その女は身じろぎ一つせず微かに唇を震わせた。


「……だ。」

 それは小さな囁きとなって空気を揺らした。

 ナブには聞き取れなかったようだがメリーには聞き取れていた。



『魔女』だ、と。



『なんだと?』

 余りにも小さい声にナブは少し斧を下げながら近づいた。

『ナ、』

 ナブ、気を付けて、そうメリーが声をかけようとしたその瞬間だった。

『えっ?』

 突然、ナブの目の前に降りおろされる腕。

 なぜ何もない腕を振ったのか、そうナブは訝しげに見ていたことだろう。現に離れたところから見ていたメリーにすらそれを捉えることができなかった。


 いつ彼女があれほどの巨大な鎌を握ったのか。


『あれ?』

 斜めにずれ下がっていく中溢れた間抜けな声、それがナブの断末魔だった。


『ナブ!?』

 反応の遅れたメリーとは対照的に、残りの二人はすぐにそれぞれの弓を構え引き絞った。

 ピシュッピシュッと二本の矢が空気を裂く音が響くが、その後に肉を穿つ音が聞こえることはなかった。


 鎌を持つ彼女との距離はおおよそ十メートル。弓では外しようのない距離だが、それは仕方がなかった。

斜めにずれ下がり、地面に落ちるナブの上半身と取り残された下半身から噴水のように噴き出す血液に彼女の姿が隠れてしまっているのだ。


 だがそんな気休めの言葉に彼らが満足するわけなど無く、二人は手応えがないと感じるとすぐにドワーフは斧を引き抜き、エルフは距離を取るために後ろに走り出した。



『はあっ!!』

 気合の声を一つ。駆け込んだもう一人のドワーフ、ルイスは残されたナブの下半身が崩れ落ちるのと同時に構えた斧を振り下ろした。

 ドワーフ特有の強靭な筋力に加え、全身に巡らされる冥力により強化されたその筋力は、絶大な破壊力と共にその奥にいる女へと降りおろされた。


 バゴン


 派手に地面を割る音とともに奏でられる血潮が飛ぶ音。

 その音に満足げにルイスは笑みを作りながら前のめりに倒れた。



 そして真っ二つに裂けていく死体を背に、またメリーの視界に現れた女性にただ恐怖するしかなかった。


 ルイスが斧を振り下ろした瞬間、彼女はその斧を身体を横に回転さながら交わし、その回転力を維持したまままたどこからか取り出した鎌で股から脳天まで切り裂いたのだ。


 その間、彼女の眼には何も映っていない。

いや、微かだが映っていた。その鎌を取り出したであろうときに。


『化け物がぁああああ!!』

『っ!? ピーリ!! 止めなさい!!』

 思考の海に囚われていたメリーはピーリの悲鳴のような叫び声にハッとなり声を上げたが、もう遅かった。


 無謀にも腰に刺していたナイフで突撃を始めるピーリにその『魔女』はピクリとも動かなかった。

 元々後衛であるピーリが彼女に勝てる訳がない。それをその女性もメリーも理解していたのだ。


 ただ一人、現状を理解せず走り続けたピーリはその女性の間合いに入った瞬間、


『う、うえぇ』

 そのあまりにも過激すぎる殺し方。それにメリーは嘔吐した。


 やはりあの女は『魔女』だ。そう思った。


 勤勉な彼女は崇神派が崇める『ユビキタス』という存在にまつわる話を知っていた。


 その話の中、自分たちのためだけに世界を荒らし続ける人間に怒った『ユビキタス』が六つのしもべを送り込む話がある。


 その中に出てくる、その強大な六つの存在に対抗したとされる女性、それが『魔女』だった。


 目の前にいる女の姿形、全てが記述と同じだった。

 それがたまたまなのか、それともわざとなのか、それはメリーにも分からない。だが一つわかることは、


 自分はここで死ぬということだった。


 そこまで記憶を掘り起こしたメリーはこの『魔女』という存在に少し近づいた気がした。


 そう思わせる事項は一つだけ。


「その鎌、機械剣よね。あなたも帝国軍の人間なの?」

 死を覚悟したからか、若干震えていたが彼女の声には力が戻っていた。


 その言葉に『魔女』は動きを止め、しばし沈黙した。

「賢いな。殺すのが惜しいほどだ。」

「えっ?」 

 そしてかけられた意外な言葉にメリーも固まった。

「こちらに迎え入れたいのだが……」



「させると思うか?」



 突然響きわたる聞き覚えのない声。それにメリーはびくりと肩を跳ね上がらせきょろきょろと辺りを窺い、すぐに見つけた。


 自分のすぐ横に立つ制服のような長いコートに、まとめられた長い銀髪。そしてその間で輝く紅い瞳。

 そこまで見てメリーはすぐにそれが誰か分かった。




「リューガ=F=エスペラント」

 



「ふむ。君には会いたくなかったからこそこうやってこっそりと侵入したんだけどな。」

「俺が気づかないとでも?」

「ああ。甘く見ていたよ。元『英雄』さん。」


 不敵な笑みを浮かべる『魔女』に元『英雄』は軽く眉を潜めた。


「失せろ。」

「え?」

 微かに耳に届く程度の小さな声。それが自分に向けられたものだと気付いたメリーは一瞬呆気に取られるが、そのすぐ後に向けられた鋭い視線に、弾かれたように立ち上がり走り出した。



 それを気配で感じ取りながら龍牙はまた目の前の女に目を移した。


「なぜ、お前がここにいる?」

「私はこいつらの上司だ。いてもおかしくないだろう?」


 こいつらと言いながら『魔女』は足の先で足元に転がるヴィネッツの亡骸をつついた。

「そんな戯言はいい。なぜこの程度の戦争にお前が出てきた?」

 鋭い龍牙の視線に『魔女』は怖い怖いと言いながら肩を竦めた。

「戯言を言っているのは君の方だよ。元『英雄』さん。」

「何?」

 さらに目を細めた龍牙に『魔女』はニヤリと不敵に微笑んだ。


「この戦争は君が思っている以上に、実際の規模以上に大きな意味を持っている。」

「お前達……何を企んでいる?」

 その当然の問いに『魔女』は少し悩むように黒い手袋を嵌めたその手を白い顎に持っていった。

「まあ、いずれわかることだし、教えてもいいか。」

 うん、と一人で頷くと『魔女』は鎌の柄で地面を叩いた。

 叩くと同時に展開される黄土色の術式が展開。

 それに呼応し、地面から彼女の膝より少し高い程度の円柱状に浮き上がってきた。


 それにスっと腰を下ろし、彼女は口を開いた。


「この戦争はあるものを手に入れるために行われたものだよ。」

 その答えに龍牙は眉を潜めた。

「何千もの兵を投入、しかもその『鬼将軍』を投入するほどのものがここに?」


「この雑魚はどうでもいいんだけどね。」

 蔑むような目で死体を見下ろしてから魔女は龍牙の問いに頷いた。


「これを手に入れれば、我ら『ロザンツ帝国』はついに『秦国』を倒すことができるんだよ。」


「秦国を、だと? そんなものがここに……」

「あるのだよ。目と鼻の先に。」


 そう言いながら『魔女』は龍牙の背後へ目を移した。



 



 眩い光に包まれてすぐ、ガムルはまた足が床に着いたのを感じた。


「ここは……」

 目を開いた先は、また濃霧の中だった。

 地面はぬかるみ、視界は白く覆われていて一メートル先も見えない。


 視覚からは何の情報も得られない中、その鼻を突き刺した臭いがガムルにある場所を思い出させた。

どこからともなく吹いた風に流される濃く立ち込めた霧のように流れてくる腐臭、そして血と肉が焼かれた臭い。


視界が晴れてきたそこは、帝国軍に焼き払われた森の中だった。


「なぜここなんだ?」

「現状で最も邪魔を受けない場所だからだ。」

 その男の答えは明快なものだった。

 ガムルの背後に生える一本の樹。それがその言葉の詳細を説明していた。


 そして決め手は『世界樹』という文字が使われる所以。

 もうガムルは自分の予想が真実であることを疑わなかった。


「やっぱりエルデは……」

「『世界樹エルデ』、それはあらゆる場所へ一瞬にして移動することを許された唯一つの存在だ。」


 その男の言葉にガムルはこれまで自身に起こった現象に納得がいく。


 最初にフィリーズに飛ばされた時……そこまで考えたところでガムルはハッとしたあと唇を噛み締めた。


「くそっ、やっぱりフォーメルの野郎も噛んでいやがったのか。」

「……」

 何も言わない男。だがそれが肯定を示していることは明らかだった。


「じゃあ、お前は反帝国軍の奴らと繋がっているのか!?」

「さあ。」

 これも肯定とも取れるが、これに関してはガムルにははっきりと判断ができなかった。状況的に見れば無表情の男の答えは『是』だが、もしこれが次の策のための布石であるなら『否』の可能性がある。

 考え込むガムルに男は軽く肩を竦めた。


「無駄話はこのくらいでいいだろう?」

「何?」

 機械剣を展開する男にガムルは同じく展開しながら問い返した。



「お前の『崩天ほうてん』をいただこうか。」




「まさか……そんなものが、」

「あはっ、面白いだろ? これを使えば今までは少数で内部からしか侵入できなかったところがこれからは一大隊まるまる移動できるんだから。これなら秦どころかあのラグレイトですら潰すことが出来る。 愉快だろう?」

 先程までの物静かな態度はどこえやら、目を見開き驚きを表す龍牙に『魔女』は愉快げに笑った。

「そうか、それを見越しての開戦か。」

「んー? なんで元『英雄』さんがそれを知っているのかな? まあ、どうせどこかの情報屋から仕入れたんだけど。その通りなんだよねー。」

 ヒューズに教えられた情報、それは間違ってなかった。しかも今回は今までと状況がまるで違う。

 もし、このままあの『世界樹エルデ』を取られればその瞬間、ロザンツ帝国は準備が出来しだい侵攻を開始するだろう。


 また無駄な血が流されるのだ。

 何より、自分たちの復讐が難しくなってしまう。

 そこまで考えた龍牙は自分が今なすべきことを理解した。


 コートを翻しながら腰から機械剣を引き抜き、それを展開。右手に収まった巨大な剣を目の前にいる『魔女』に向けた。


「そうはさせない。」

「あらら、何か勘違いしてない?」

 全く、と言いたげに彼女はまた肩をすくめてみせた。


「私の今回の任務はこれの回収。この『世界樹エルデ』回収作戦そのものに関しては何も関与していないわよ。」

 これと言うのは彼女の足元に転がるヴィネッツのことだろう。そのことに龍牙が疑いの目を向ける中、彼女はピンと人差し指を立てた。


「ほら、こいつ色々とウチの研究所で身体を弄っているから。」

「こいつも人体実験の被験者か。」

「ええ。」

 何か言いたげな龍牙の目に含み笑いをこぼしながら『魔女』はさらに続けた。


「だから彼女も死んだ時はちゃんと回収するようにね。」


「っ!!」

 その一言に今まで冷静だった龍牙は自分の頭が一気に沸騰するのを感じた。


「おお、怖っ。」

 キッと殺意のこもった目とともに降りおろされた剣を、彼女は後ろへ跳んでかわした。


「ちぃっ!?」

龍牙は着地した彼女を追撃しようと一歩踏み出すが、あるものに目が止まり、親の敵を見るように睨んだ。


それは仕方がなかった。

なぜなら、彼女の右手に地面に転がっているはずのヴィネッツがぶら下がっているのだから。


本気で殺すつもりで振った剣をかわされるどころか、回避と同時に彼女は足元のヴィネッツの身体を蹴り上げ、空中でゴミを持つようにそれをつまみ着地したのだ。


 もちろん、この一撃で決まるとは思ってはいない。しかし、それでもここまで容易く、余裕をもってかわされることは予想外だった。


 やはり強い。

 改めて元同僚の力を再認識した龍牙は剣を下ろした。


 このまま戦っても自分も無事ではいられないことを理解している龍牙はここは戦わずに見逃すのが一番という結論に達したのだ。


「さて、元『英雄』さんがキレる前に退散するとしますか。」

 その龍牙の考えも分かりきっているのだろう。そう軽く告げると『魔女』はそこからかき消されたかのように姿を消した。


「クソッ」

 龍牙は珍しく悪態づくと機械剣を棒状に戻し、先ほど言われた場所へと急いだ。





 ガムルの身体が消えるのとフィロが正気を取り戻したのはほぼ同時だった。


 徐々に明快になっていく視界の中、自分の居場所を確かめるように二度三度と辺りを見回し、彼女は身体を硬直させた。


 いつの間にか置いて行かれている。


 その事実に彼女は焦った。

 この訳の分からない場所で一人置いていかれては思うように身動きがとれない。



「どうしよう……」

 いくら第十階梯とは言え、十五歳の少女にとっては厳しい状況だった。


 しかし、その動揺はすぐに収まった。

『小娘。』

「えっ……私?」

 突然かけられた重い声に、フィロはその身体をピタリと止め、その声を目線で追った。


『主以外に誰がいる。』

 石碑の横に立つそれは、フィロは気付かなかったことを恥じたいほどの気配を放っていた。

 しかしそれを認識しても、かけられた言葉になんと返せばいいのか分からなかった。

「えっと……」

『時間がない。早くガムルを追うのだ。』

「えっ? ガムルさん?」

『ああ。早くこの石碑の中へ』

「石碑の中?」

 そこは先程までレイと言う名の王子が引きずり込まれていた場所。フェリクスがその場にとどまっていることからあまり自体は良くないことを、これまでの戦の勘から感じ取っていた。


 この誘いに乗るのは危険ではないか、そういった疑念が沸き起こった。

 なにより、目の前にいるキメラを信じきっていいのか、その時点から疑問だった。


 ガムルがかなりの信頼を寄せているようだったが、それでも相手の情報を全く得られずに従うのは危険というのが第十階梯冥術師であるフィロの感想だった。


 しかしよく観察すれば石碑の辺りにガムルのものと思われる足跡も見える。ということはあながち嘘ではない。だが、その石碑に触れたその後で何かをされるのかもしれない。


 さて、どうするか。


『小娘、迷うことは悪いことではない。だが時に迷いは死を意味するぞ。』


 それを見越してだろう。フェリクスは真剣な眼差しと共にそんな言葉をフィロに投げかけた。


 確かにその通りではあるが、それでもフェリクスを信用できるかといえばまだ『否』の比率が大きかった。


「では答えてください。なぜあなたはガムルさんを知っていたのですか?」

『……答えられない。』

「ならなぜガムルさんはあなたを信用できるのですか?」

『答えられない。』

「答えられない、ですか。なら、あなたは私にどのようにして信じろと?」

『……ガムルを信じればいい。』

「ガムルさんを? なぜ?」

 信じているかどうかではなく理由を訊くフィロにフェリクスは目を少し細めながら答えた。

『目だ。』

「目?」

『あの者はまっすぐな目をしている。』

 時間がない。それを分かっていながらもフェリクスの口は止まらなかった。


『ただ己の目標を成し遂げんとする鋼のように強靭な意志。それをガムルは持っている。』


「そんなことで……」

 信じるのか、人を。喉まで出かかった言葉をフィロはこらえた。

 自分もそうだったのかもしれない。


 たった一ヶ月の付き合い。にも関わらずここまで心を許している自分がいる。

 フェリクスの巧みな誘導にフィロの気持ちはそちらへ傾いた。


『もう時間がない。小娘、主に頼みたいことがある。』

「なんですか?」

『ガムルに伝言を頼みたい。』

「伝言?」


 訝しむフィロにフェリクスは少し間をあけて言った。


『ああ。重要な伝言だ。』






「ちぃっ!?」


 水滴が跳ね、服にかかるのも気にかけず、ガムルはぬかるんだ地面の上を滑った。

 地面に手を着きそうになるが、何分ここは地面がぬかるんでいる。恐らくここで地面に手を着けば、握りが甘くなるなど後で困るとガムルは予想したのだ。

それを瞬時に結論づけ、堪えたガムルはこちらに迫る男を睨んだ。


「死ね。」

 決して良いとは言えない体勢のガムルに向けて、先端に黒い炎を纏った盾が真っ直ぐに突き出される。


 これは先程から幾度となく繰り返された場面だった。


 力負けしたガムルが吹き飛ばされ、体勢が崩れたところを追撃してきた男の盾が襲いかかる。それをさらにかわしてまた体勢を崩す。

その繰り返しだった。


「ふっ」

 だが、ガムルも馬鹿ではない。もうこの展開を読みきっていた。


 それを身体を横に倒しながらかわすと、ガムルは斧で炎の灯っていない盾の側面を滑らせ、振り抜いた。


 その刃が狙うのは、その盾を握るその指。


「ハッ」

 だが男は驚異的な反射神経で左足を上に跳ね上げ、狙われた指が握る盾ごと蹴り上げた。


「マジかよ……」

 そこを狙ったようにゆっくりと通り過ぎていく自分の斧を見つめながらガムルは呟いた。


 もちろん、かわされることは予想していた。


 だが、この回避方法は完璧に予想外だった。


盾の向きを変えて防ぐというのがガムルの予想だった。だがしかし、事実は目の前にある通り。普通では考えられない行動に出ていた。


 ここに今後の展開に危うさを感じたガムルだが……この時のガムルの見込みは甘いと言わざるをえなかった。


 まだゆっくりとなった時間の中で、ガムルは気付いた。そのまま後ろへ回避するハズの男の足が動かないのだ。


 それどころか、宙に浮いていた左足がガムルに向けて勢いよく踏み出された。

 

「っ!?」

 この時になってガムルは理解した。

 今のこの男の行動はただ回避したのではない。すぐに攻撃できるように同時に準備も行なっていたのだ。

 その事実に今頃気付いたことに数秒前の自分を殴りたい気分になるが、そんなことを思っている時間ですら今は惜しい。


 頭上から迫る絶大な力を秘めた盾は、この勝負を決めるのに十分すぎるほどの威力と決定力を持ち合わせていた。

それを気配で感じ取りながらガムルは、現在の彼に出来る最高の速度ですぐさま自分が取るべき行動に移った。


 間に合うか分からない。だが、『今迷えば必ず間に合わない』。

 それを理解していたガムルはこれに全てをかけ、膨大な冥力を未だ宙をさ迷う斧に流し込んだ。


 処理速度などを無視した力業。時によっては量が多すぎて展開までの速度が遅くなることもあるのだが、まだガムルの運は尽きていなかった。


 膨大なガムルの冥力が流し込まれた赤い破天石から輝きが漏れると同時にガムルの身体は吹き飛んだ。


「ガアッ!!」

 細かい狙いも付けずに展開した冥術は、丁度ガムルと男の間で赤い爆発を巻き起こした。


 その爆風に煽られ、後ろへ吹き飛ばされたガムルは地面を転がりながら全身に走る痛み、その中でも腹部に走る激痛と言う言葉ですら温い肉を炙られる痛みに苦悶の表情を浮かべた。

 回避と同時に相手に少しでも手傷を負わせられればと巻き起こした爆発だったが、実際は自爆でしかなかった。


 男の方はその攻撃を咄嗟に察知したのだろう。

その爆発が起こるよりも早く、展開中だった盾の先端に灯した黒炎の火力を一気に上げることでその爆発から逃れていた。


「くそっ」

 最悪だった。

 いくら攻撃をかわせたとはいえ、自分が元々負っていた傷を悪化させたのだ。次手あるいはその次でガムルが負けるのは明白。


もう、時間の問題なのは明白だった。



 それを確定づけるようにピチッピチッと水が跳ねる音が近づいてくる。


(マズイ……どうすれば、)

「っ!?」

 何か考えようとするがその度に痛みの波が襲い、彼の思考を中断していく。


 そんな中でもガムルへ迫る男の足は止まらない。


 そしてそれは横に倒れるガムルの顔に泥を飛び散らせた。


「終わりだ。」


 もう、終わった。そうガムルは思った。


 悲しき運命を背負う若き青年。だが、どうやらその青年はまだ運に見放されてはいなかったようだ。


 何を思ったのか、男は振り上げていたはずの腕を下げることもせず、ガムルの顔の前から一気に後ろへ飛び退いた。


 そして男が飛び退くや否や、男がいた場所を普通の目に見えない何かが通り過ぎた。


 そうガムルの眼はハッキリと見えていた。


 自分の真上を通る、渦のように曲がりくねる鎌鼬かまいたちの群れを。


「ガムルさん!!」

 そして自分に向かって走ってくる小さな身体にガムルは目を見開いた。

「フィロ、なぜここに……っ!!」

 痛みに呻くガムルの前で片膝を付きながらそう聞かれたフィロは口を開いた。


「あのキメラに言われたんですよ。」

「フェリクスにか? っ!?」

「動かないでください!! そうです。」

「うぅっ!!」

 腰にさげたポーチから薬草を練って作った薬を躊躇いなく傷口に塗ると苦悶の表情を浮かべるガムルを抑えながらその周りに包帯を巻いていった。

 ガムルはここを狙われたらマズイと痛みに耐えながら気を張るが、どうやら男は様子を窺うだけで動かないようだ。


「はい。伝言を頼む、と。」

「ぅ……伝言って、いったいなんだ?」

 ガムルに促され、フィロはフェリクスが話したとおりの口調で告げた。


「……約束は守れそうにない、と。」

「なんだと!? うっ」

「だからじっとしてください。」

 押さえつけようとするフィロの腕を跳ね除け、ガムルはのろのろと立ち上がった。


「じっとしてられるかよ!! クソッ!!」

 そう叫ぶガムルの目にはうっすらと涙が滲んでいた。

 ガムルは叫びながら霧の向こうに姿を隠した男を睨んだ。

 フェリクスとの約束。この世界の真実を知るための手掛かり。それを話せないということはつまり、


「どいつもこいつも、すぐ死のうとしやがって!!」


 いち早くフェリクスの元へ走りたいが、目の前の男を放っておけばそのフェリクスの行動ですら無駄になってしまう。それを理解しているガムルは走り出しそうになる身体を、斧を力一杯握り込むことで必死に押さえ込んでいた。


「お前さえ、いなければ……」

 こちらへ歩み寄ってくる音がする霧の向こうをガムルは睨みつけた。


「くだらない空論はやめろ。」

 それに冷ややかに返しながら睨みつけるガムルの前にまた立ちふさがった男にガムルの後ろで息を飲む声がした。


「それにそれを言いたいのはこちらの方だ。」

 男は静かにそう告げると真正面から小さな少女を見下ろした。


「なぜこんな奴らがお前の横にいる? 壱〇壱号」

「なぜって……」

 戸惑うフィロに男はさらに続けた。

「数多の廃棄された失敗作とは違い、あらゆる術式を瞬時に構築することを可能にしたロザンツ帝国の技術の結晶であるお前が、なぜこんな奴らと共にいる?」

「それは……」

 その問答をガムルは呆然と聞くしかなかった。様々な情報が行き交い、もうガムルの脳は悲鳴を上げていた。


「技術の結晶……まさかフィロ、お前……」

 その中でも引っかかった一言を告げるとフィロは肩をピクリと跳ねさせた。


「なぜ知られることを恐れる? かの大戦で敵大隊を眉一つ動かさず焼き尽くしたお前が。」

「やめて……」

「俺たち、実験体の存在意義はこの国のために人を殺し続けること、それだけだ。」

「やめて!!」

 彼女の気持ちを表すように、その小さな身体に押し込まれていた膨大な冥力が噴き出した。

 それは何の変換もされず、ただ彼女の感情のままに噴き出し、目の前の男を吹き飛ばした。

 男も予想外だったのだろう。その目は驚きの大きさを表すように見開かれている。

 そしてそのまま受け身も取らずに背中から地面に落下した。


 その落下音と同じくして、ガムルの後ろでも何かが地面に落ちる音が聞こえた。


「フィロ!!」

 ガムルは急いで膝から崩れ落ちた少女に駆け寄るが先ほどのガムルと同じように手で制された。

 一度に大量の冥力を放出したことによる一時的なめまいなのだろう。彼女は軽く息が上がっている程度で特にこれといった異常は見当たらない。


「やはりそちらの方がお前に似合っている。」

「てめえ……!!」

 またも歩み寄ってくる男にガムルは鋭い視線を向けるが、男は一向に気にすることなく、いやガムルという存在を無視してこちらへ歩み寄ってくる。


「俺を吹き飛ばした時のお前の目は美しかった。」

「っ!?」

 フィロの肩がピクリと跳ねる。

「あの人を見るだけで殺せるような殺意に固まった鋭い視線。あれだ。あれが俺は見たかった。」

「黙れ!!」

 これ以上は言わせない。

ガムルは何も考えず、ただ己の拳を固め殴りかかった。


「ガッ!!」

 だが、そんな工夫も何もない攻撃がこの男に通るわけがない。

 男の握る盾に横薙ぎに吹き飛ばされたガムルは十数メートル先にあった岩に直線で叩きつけられた。


「ガムル、さん……」

「お前は俺たちの希望だった。」

 フィロの前まで歩を進めた男は立ち止まり、盾を棒状に戻した。


「俺たち失敗作とは違い、存在意義を与えられたお前が俺たちの目標であり、生き残るための希望だったんだ。」

 彼女を見下ろしていた目は徐々に細められ、そこに怒りが溜めこまれていく。


「なのに……なのにお前は逃げた。あの研究所から、俺たちから。」

「違、」

「違わない!! あのリューガと名乗る男にお前は誑かされ、そして俺たちを見捨てたんだ!!」

 初めて見せた男の感情にフィロは開きかけた口を閉ざした。

 その目には『マグマ』と表現できるような怒りが煌々と輝いていた。


「あの後、爆破された研究所からある人に連れ出された俺たちは今の居場所を得た。」

「じゃあ、みんなは!?」

「……お前には関係のない話だ。」

 男の冷たい言葉にフィロはまた黙り込んだ。だが、フィロは気付いていた。男の瞳に悲しみの色が混じっていることに。


「いや、だが今は感謝をしている。俺たちにあの方のために戦うという存在意義をくれたのだから。」

「そん、な……」

 へたり込むフィロを尚も睨み続けた男はまた盾を手に握ると振り上げた。


「昔のよしみだ。楽に逝かせてやる。お前も、お前がついていったあの男達も。」


 そこまで言われてもフィロは動けなかった。

その姿は魂の抜けた人形のように目から光が失われ、手が小刻みに震えている。歯茎が噛み合わずカチカチと彼女の心情を表すように鳴り続けている。


 彼女は恐怖した。

 死ぬことを、ではない。


 彼らに嫌悪されることを、だ。


 彼女が彼らを忘れたことなどなかった。

 自分が取った選択肢は確かに彼らの言うとおり、裏切りなのかもしれない。


だがそれでもあの目を、あの手を、あの言葉をフィロは信じたかった。


『ついてこい。本当の世界を教えてやる。』


 瞼を閉じればはっきりと浮かぶその光景。それを支えに彼女は今まで生きてきた。だが、フィロはこの時ハッキリと悟った。


 自分は幸せになってはいけないのだ、と。


「私が、私が死ねば……皆を助けてくれるの?」

「おい、フィロ!?」

 遠くで焦った声が聞こえるがフィロは見向きもせず真っ直ぐ目の前の男の目を見た。

 その決意に満ちた瞳に男はわずかに瞳を揺らしてから小さく頷いた。


「いいだろう。ここでは見逃してやる。」


 フィロは決心していた。

「もう私は十分すぎるほどの幸せを味わいました。だからもうこれ以上それで誰かが傷つくのは見たくないんです!!」

 その叫びは目の前の男に向けられたものでもこの場にいる者に向けられたものではないのは誰の目にも明らかだった。


 ここから遠く離れたところに佇む、ただ一人、自分の凍り付いた心を溶かしてくれた大切な人へ。


 その人を信じていないわけではない。だが、それでも自分のせいでその人が傷つくのは見たくない、そうフィロは心の底から思っていた。


 目の前の男には自分一人では勝てないのは明らか。もうこれしか彼女には選択できなかった。


 フィロが男を彼の間合いにいれた時点で勝負は付いていたのだ。


「ならば、逝け。」

 そんな小さい身体に収まらない大きな決意。だが男はそれに向けて微塵の躊躇いもなく盾を振り下ろした。

 彼女もこの時ばかりはいつもなら鼻で笑う『神』という存在を恨んだ。


「プギィッ!!」

「ぬっ!?」


 だが、まだ『神』は、世界は彼女を見捨ててはいなかった。


 まだ彼女は必要とされていた。



 聞き覚えのある声にフィロは閉じていた目を開け、大きく見開いた。

「君は……」

 フィロは驚きを隠せなかった。

目の前で男の足に齧り(かじり)付く小さな全身に白と茶色の縞々の模様を刻んだその姿に。



 そう、それはあの子豚だった。



「失せろ!! この雑魚が!!」

 

 だがその驚きのためか、それともつい先程まで生死の境をさ迷っていたせいか、フィロの反応は遅かった。

 フィロがやっと指をぴくりと動かせた時にはもう子豚はボールのように遠くに蹴り飛ばされていた。

「プギャッ!!」

「っ!?」

 そして続けて掲げられる男の腕にフィロの体は勝手に動いていた。


「失せろ。」




 突然の乱入者に驚き、痛む身体を忘れガムルは起き上がった。

 もうその身体は正常な場所を探すほうが難しいほど全身は裂傷、打撲、流血しており、ガムル自身どこが痛いのかもう分かっていなかった。


 しかしそれでも立ち上がらないわけにはいかなかった。

 自分よりも年下の少女と子豚が命を掛け、自分たちを助けようとしているのに、そこで動かないなど彼のプライドが許さなかった。


 自分の不甲斐なさへの怒りで自信を奮い立たせながら、傍らの機械剣を手に、ガムルは駆け出し……そして立ち止まった。


今度は機械剣が彼の手から溢れることはなかったがその眼はさらに見開かれ、彼の口は無意識に叫んでいた。



「フィロォォォ――――――!!」




 遠くで自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

 フィロは薄れてきた意識でそれを考えながら自分の腕の中を見た。


「大丈夫?」


「プ……プギィッ!!」

 もぞもぞと腕の中で身を震わせた子豚はフィロの顔を見上げ高い声で鳴いた。

 恐らく返事のつもりだろう。


「そう、よかった。」


 そう呟きながらフィロは力なく、泥にまみれた子豚に覆いかぶさるように背中を丸めた。


 それは我が子を愛でる母親のようだった。


「ありがとうね。」

 だが違う点がひとつだけあった。それは……


「プギィー!!」


 その背中に黒い炎をのせていることだった。


 それを見た子豚は彼なりにフィロを助けようとしているのだろう。その小さな体を必死にフィロに押し付けている。


 しかし、そんなものが効くわけもなく、その火力は増していた。


「大丈夫だよ。だから逃げて、ね。」


 目の前で発せられる肉が焼ける臭い。人以上に鋭敏な嗅覚を持つ子豚はその言葉を聞いてもその場を動かない、いや動けなかった。


 子供なりに自分の責任を感じているのだろう。


「逃げて。」

 そんな気持ちも全てひっくるめ、フィロはもう一度子豚に優しく微笑む。


 気にしないで。

 助けてくれてありがとう。

 無事に逃げ延びて。


 そういう意味を込めて。


 だがその笑顔は……その意味を伝えることなく、冷たい地面に崩れ落ちた。




「やはり庇ったか。」


 ぴくりとも動かず、地面に仰向けに倒れる少女に近づきながら男は履き捨てるように呟いた。

 その言葉を理解したのかどうか。子豚は男に振り向き牙を剥いた。



「どうせ『燃えなかった』というのに……やはりお前は変わったな、壱〇壱号。」


 フィロと少し間を開けて止まった男はそんなものに視線を移すことなどなく、彼女を蹂躙していく黒い炎を見つめた。


「で、お前はここまでして本気を出さないのか?」

「ハアッ!! ハアッ!!」


 息を荒らげ、背後に立ったガムルに男は振り返った。

 その余裕のある立ち姿にガムルは自分の瞳孔が開ききるのを感じた。


「お前、まさか……そのためにフィロを!?」

「だったらなんだ?」

 今までの濃霧が嘘のように晴れ、鮮明になる中、いやらしく口元を歪める男と数メートル先の少女を視界に捉えたガムルは、自分の中で何かが『キレる』のを感じた。


 だがそれと同時に彼の心は憎しみと怒りに染められていた。


 憎しみは……このような状況を作り出した目の前の男に対して。

 怒りは……このような状況を作り出せる状態にした自分の不甲斐なさに。


 この負の感情に囚われたガムルは自分の理性が薄まっていくのを感じた。激情に身を任し目の前の男を殺す。その本能的な欲求が身体に満ちていく。


 ガムルはその欲求を押さえ込もうと拳を握り込むが、すぐにその指は解かれた。

ガムルはもうその衝動を拒絶しなかった。



「許さねえ」


 そう呟きながらガムルは目を閉じ、自分の心を黒く染めあげていった。


 闇に落ちていく。どこまでも、深く、深く。


 そして、その足がその底にたどり着いたとき、目の前に蠢く黒い物体があった。


『また俺を使うのかぁ? ガムル』

 そう問いかけてくる闇にガムルは頷いた。

「これは俺が蒔いた種だ。けじめは俺が付ける。」

『いいのかぁ? これは使う度にお前の心を闇に引きずり込むぜぇ。』

「構わない。」

 闇の中に浮かぶ、赤い目と口を見つめながらガムルは頷いた。


仲間ともも守れない光の心など、俺には必要ない。」

『ハハ、いいだろう。思う存分に見せつけてやれ。ガムル。』



「だったら俺に見せてくれ。お前の、『崩天』の力を……!?」

 現実に引き戻されたガムルは最初に聞いた声に口元が緩むのを止められなかった。

 

 自分の身体から力が湧き出てくる感覚。それ以上に自分の異変に気付かず、未だ余裕たっぷりにそう呟く男が滑稽に思えたのだ。


「ああ。見せてやるよ。」

 その呟きが聞こえたのかどうか。例え聞こえたとしても、それを認識するよりも早く、嬉々として語っていた男はその背中がぬかるんだ地面にめり込んでいた。


「いつの間に……っ!?」



「後悔するなよ。」



 いつの間にか立ち位置が逆になったガムルを男は立ち上がることも忘れ、見つめた。強者を見分ける彼の目が、彼の嗅覚が、目の前にいる男が先ほどまであしらっていた者と同一人物なのか疑ってしまったのだ。


今までと纏う空気がガラリと変わり、その内側から滲み出ている禍々しい気配。

 そして何より、自分に向けてくる獣のように獰猛な笑みが彼の中にあるガムルという人物像とかけ離れていたのだ。


 いっそのこと別人だと言ってくれた方が納得出来るほどだった。


 その視線の先で、その視線が鬱陶しいと言いたげにチラリと後ろを窺うと地面に拳を叩きつけ、巻き上げた泥の壁で男の視界からその姿を消し去った。



 

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