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VALIANT OF REVOLT~反逆の英雄~  作者: 我狼 龍牙
仲間(とも)
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仲間(とも)

 嘗ての栄光は消え去り、果てしなく死地は続く。


 空は黒煙に呑まれ、大地は鮮血を纏っている。


 そこに住むはずの生命は死に絶え、残ったのは永久に緑を宿さない世界。



 そう、世界は滅んだ。



 悲しい。私は悲しい。


 私の世界が、私の箱庭が、私の楽園が、全てが潰えた。


 私が望んだのはこんなものではない。


 そうこんなものではないのだ。


 望まぬものは・・・・・・壊せばいい。そして、創り直すのだ。



 私が巣くうべき楽園を。



 さあ、旅立て、我が分身達よ。



 全てを破壊し、創世しなおせ。



 私が楽しむ、新たな物語のために。




 黒いコートを風になびかせ、銀髪の男は青く生い茂った芝生を踏みつけた。

 何もない平原の中、男は無言のまま歩き続ける。

 歩く度に揺れる長い銀髪は、雲の間から差し込む光を受け神々しい輝きを辺りに振りまいていた。

 それを纏う背は、高い。

 周りに比べるものがないが、それでもかなりの背丈を持っているのが分かる。

 そんな彼の先にあるのは、そこだけ時が止まったような集落だった。




 数分と立たずに銀髪の男はそこへたどり着いた。


 全く人気のない村。


 そんな中、男は周りに一切目もくれず、無言で荒れた道を進んでいく。

 両脇に並ぶ木造の家屋は、所々が剥げ落ち、窓には無数の亀裂が入っている。

 もう誰も住んでいないのだろう。

 風とブーツが砂利を潰す音だけが今この村を支配していた。

 その静寂の中を歩き続ける彼は、いつの間にか開けた場所にでていた。

 そこで男は初めて首をめぐらせた。


 どうやらそこは広場のようで、真ん中には枯れた噴水があり、その周りにはひび割れた椅子が取り残されたかのように置かれている。

 そこまで見たところで、後ろから土を踏みしめる音がその耳に届いた。


「おっさん、なんか用か?」


 若い男の声。

 銀髪の男は、随分前から気づいていたその声にゆっくりと振り返った。

 そこにいたのは、どうやら近くの村の不良のようで、顔の至る所にピアスをしている若い黒髪の男だった。

 上から下まで品定めしてから、銀髪の男は一つに結った髪を揺らし、反対の方向へ歩き出した。

「おっと、すまないな。ここは行き止まりだ。」


 だがその男の前に、見上げるような巨漢の男が立ちふさがっていた。

 その手に握られているのは、その髪、体と同じく黒く巨大な斧『バトルアックス』。

 さらにその周りは、すでに十人以上の男達に囲まれていた。

 それぞれの手には剣やナイフ、槍など様々な武器が握られ、ジャラジャラと耳障りな金属音を奏でている。

「悪いな、おっさん。金恵んでくれよ? そうすれば半殺しぐらいにしといてやるからさ。」


 先の顔中ピアスの言葉に周りの男も下品た笑い声を上げた。

 手近にあった酒瓶などが銀髪の男の足下へと投げつけられる。


 だが、動かない。


 石像の様にそれは動かない。


「どうした? 怖くて声もでないのか? おっさん。」

 それを見て調子に乗った一人がナイフを片手に銀髪の男に近づいていく。

「なあ、金をくれよ。な?」

 そして醜い笑みのまま銀髪の男の肩に手を置いた。その瞬間、


ピチャ


「んっ?」

 その頬に感触が、水滴が当たったような感触が伝わってきた。

 顔に触れた液体、男はそれをナイフを握った右手で拭った。


 その甲についていた色は、赤。


 それが何か理解できない男の前を、肌色の物体が赤い尾を引きながら飛んでいった。

「今の、誰の手?」

 そう間抜けに呟く男の脳天に無慈悲な剣が振りおろされた。

 股間まで一気に切り裂かれた男は、その傷口からきれいに寸断された臓物や脳漿をばらまき、絶命する。



「て、てめぇ!!」


 何が起こったか理解した一人が、躊躇いなく銀髪の男に駆け出した。

 槍を構え、体勢を低くしながら走り、背後から狙うのは、その足。

 それは剣という武器に下段に対する対処が少ないことを知っているからだ。

 銀髪の男の大振りの剣ですら届かない遠距離から、片手で足薙(あしなぎ)を繰り出した。



 常人では決して反応できない攻撃。


 だが、銀髪の男はそれを音もなく、軽々と飛んで交わした。

 それどころか、その槍を地面に踏みつけ、男の手からもぎ取ってさえいた。

「っ!!」

 男は腰に差しているナイフを取り出そうと手を伸ばすが、それよりも早く、その体は斜めにずり下がっていた。


ドサッ


 地面に体が落ちる音と共に男たちは一歩、後ずさった。

 骨にぶつかる音すらしない、恐るべき技量とその切れ味。

 男たちも冷静な判断が出来ていれば、この実力差に気づき、すぐにでも逃げ出していただろう。

 だがあまりの恐怖によって恐慌状態に陥った彼らに、そんな行動など取れるわけがなかった。



 怯える彼らの前で御披露目をするかのように、銀髪の男は愛剣を掲げた。


 それは人を持ち上げているようにさえ見える、鋼色に輝く幅の広い片刃の(つるぎ)


 その剣と銀髪の男から発せられる尋常ではない威圧は、容易く人を狂わせた。

「う、うわああああ!!」

 悲鳴のような声を上げながら、顔中ピアスも含めた男達は突撃を始めた。

 もう彼らの頭に策という文字はない。

 ただ彼らを突き動かすのは、死への恐怖。それだけだった。


「馬鹿やろう!! 止めろ!!」


 巨漢の男がハッとして叫ぶが、恐怖に取り付かれた彼らは止まらない。

 対する銀髪の男は、サングラスで隠れた瞳に冷たい光を宿したまま、ただその六人の愚者達を見つめていた。


「あああああ!!」

 最初に叫びながら切りかかってきた剣士を銀髪の男はゆっくりとした動きでかわすと、容易くその剣士の腕を切断。さらに、がら空きになった腹を真っ二つに切り裂いた。

 それを出始めに、銀髪の男は流れるように緩やか、だが鋭い動きで、ものの数秒で六人という数を切り伏せ、


 その後に残ったのは、無惨に転がる切り裂かれた肉塊だけだった。


「くそが!!」

 叫ぶと同時に巨漢の男は銀髪の男に走り出した。

 巨大なバトルアックスを腰だめにし、銀髪の男が間合いに入った瞬間、それを降り出す。

 ギロチンのような巨大な刃が銀髪の男を横から襲う。

 空気が裂ける音と共に繰り出された全力の一撃。


「な、に?」

 しかしそれは微かな金属音と共に大振りの剣に受け止められていた。

「っ、クソが!!」

 激昂した巨漢の男はもうがむしゃらにバトルアックスを振るう・・・・・・ように見せかけて、時に足払いや石付きなどの技を繰り出していく。

 だがその全てが例外なく剣に受け止められていた。


 そして一際高い金属音が辺りに響いた。


 何かが、大きな目をいっぱいに開く巨漢の男を飛び越え、音叉(おんさ)のような音ともに噴水の頂上に突き刺さった。


 それは先ほどまで巨漢の男が握っていた巨大なバトルアックスだった。


 巨漢の男はその斧を弾きとばされた大きな手を見て、ドサリと膝をついた。

「殺せ。俺の負けだ」

 そのまま両手を地面につくと、頭を差し出し、目を瞑った。


 完璧な敗北だった。


 もう終わりだ。そう男は覚悟した。

 だが、いつまでたっても来るべき衝撃が来ない。



 巨漢の男は不思議に思い顔を上げると、その銀髪の男は枯れた噴水、その中心の柱に腰掛けていた。

 指に挟んだ細長い煙草をくわえるその姿は、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。


「なぜ殺さない?」

 巨漢の男の問いに銀髪の男はチラリと視線を向けるが、何も言わない。


「なぜだ!?」

 吐き出された怒号に、細く紫煙を吐き出してから初めて銀髪の男は口を開いた。


「お前が気に入った。」

「は?」

「俺と旅をしないか?」

「何を・・・・・・」


 巨漢の男はその言葉が理解できなかった。

「俺は今、仲間を集めている。

 お前の心意気、潔さ、覚悟。気に入った。お前も来ないか?」


 外したサングラスの下から現れた形のいい紅い瞳。それが、いかつい顔へと向けられる。


 一方で、巨漢の男は固まっていた。

 開いたままの口が塞がらない。


 彼は向けられたその瞳に見覚えがあった。


 彼の中でそれを尋ねたい気持ちが湧き上がってくる。

 本当にその通りなのか。それともただの勘違いなのか。


「……なぜ仲間がいる?」

 だが彼の口をついて出たのは別の問いだった。

 もしかしたら、ただ似ているだけかもしれない。

 そう考えた巨漢の男は否定を恐れ、訊くに訊けなかったのだ。


 しかし、これもそれと同様に気になる。


 なぜ仲間がいるのか。

 そしてそれは本当に自分でいいのか。


 それを察してか、銀髪の男は長く息を吐き、立ち上がった。

 それを不思議そうに見あげる巨漢の男にあえて背を向け、目当てのものに視線を落とした。


 銀髪の男は指に挟んだ煙草を投げ捨て、代わりに握り込んだのは、柱に突き立つ巨大な斧。

 そしてそれを軽々と、反動もなく引き抜いた。


「この国を滅ぼす。」

「なっ!? 正気か!?」

「ああ。どうだ?やらないか?」

 ニヤリと笑ってみせるそれに、巨漢の男はなぜか惹きつけられた。

 心の奥が沸き立つような、そんな不思議な高揚感がその体を満たしていく。


「なぜ国を滅ぼす?」

 だがそれでも巨漢の男は誰もが疑問に思う理由を問う。

 ただ自分がついていくに値する男か測るために。


「ついてきたら教えてやる。」


 その意味深な言葉と仕草に、巨漢の男は極限までの心の高ぶりを覚えた。

「俺は三年前までこの国のために戦う騎士だった。」

「ならその自分が守ったモノを『壊す』のもまた一興だとは思わないか?」


 その心は決まった。


 敗者は勝者に従わなければならない。


 だがそれ以上に、この男についていきたい、そう思った。


 巨漢の男は立ち上がり、差し出されたバトルアックスを掴んだ。


 その大きな顔に浮かんでいるのは、笑み。


「ああ、いいだろう。

 このガムル=ランパード、死ぬまで貴様について行くことをここに誓おう。」


 そう告げてから巨漢の男、ガムルは笑ってみせた。


「騎士らしいだろ?」


「ふん。」


 それにつられ、銀髪の男もまた口の端を吊り上げていた。



 静かに笑いあう二人。

 その間をゆっくりと新たな風が駆け抜けた。













「で、どこに行くんだ?」


 廃村から幾らか離れたところにある街をガムルは銀髪の男の後について歩いていた。

 廃村から最も近い街、その中でもこの市場はかなりの人でごった返している。

「まずはここから一番近い『フィリーズ』に行く。」

「『商業都市 フィリーズ』か。歩いて二週間といったところか。」

「ああ。」

 銀髪の男は中指でサングラスを押し上げながら頷いた。

「そうだ。そういえばお前の名前、まだ聞いてなかったな・・・・・・どうかしたか?」

「いや、」


 いきなり立ち止まった銀髪の男にガムルは訝しげな表情を浮かべるが、

「リューガ!!」


 それを尋ねるよりも早くその姿が消えた。


「え?」

 ポカンと口を開けるガムルは何となく視線を落とした。

 先ほどまで銀髪の男がいた地面にあるのは二つの真新しい溝。

 それを辿り後ろへ視線を向けると、見つけた。

 数メートル後ろになぜかそれはいた。


 普通に立ったままだが、ガムルはその姿に何か違和感を感じた。

 服装、髪型、顔、特に変わったところはない。

 だが、何かが違う。ガムルはそう感じた。


 じっくり眺めていると、なにやらその腹部で黒いものが揺れているのが見えた。

「……」


 無言で目をこすり、ガムルは近づいてみるが、それはいくら目をこすっても消えない。

 そして後一メートルというところでやっと理解した。


 それは男に抱きついている黒髪の少女だった。

 周りから奇異なものを見る視線が集まるが、少女はまるで気にしない。

 彼女の歳はまだ十代だろう。腰まで伸ばした黒髪の影からチラリと見える横顔は、まだ幼さが残るがとても整っている。


「どこに行ってたの? 私、探してたのに。」


 抱きついたまま頬を膨らますその姿は、ついつい抱き締めたくなるような可愛さがあった。

 その可愛らしさに、周囲からの視線がふと緩んだのをガムルは感じた。

 美形の二人が抱きつきあうのは確かに絵になる。

 だがガムルは一刻も早くその場から離れたいというのが本音だった。


「すまない。少しばかり用事があってな。」

「まったく・・・・・・あれ?そっちの人は?」


 そんな彼女はやっとガムルの存在に気づいたようだ。


 

「新しい仲間だ。」


 突き出した少女の指を優しく包み込みながら銀髪の男が応えた。

「へー、初めまして。フィロって言います。

 リューガから聞きました?」

「リューガってこいつのことだよな?」


 ガムルが銀髪の男をさすと、フィロは一度頷いてからさっきとは違う冷たい視線を銀髪の男に向けた。

「また名前も言わずに連れてきたの?」

「ああ。」

「ああって・・・・・・まぁ、いつものことだけど。」


 あからさまな溜め息をつく少々、フィロ。

 だがため息をつかれた銀髪の男は代わりに周りを軽く窺いながら、ガムルと向かい合った。


「すまない。俺の名は龍牙。龍牙=F=エスペラント」

「龍牙=F=エスペラント・・・・・・ってあの!?」


 ガムルまでしか届かないような声で紡がれたその名前に、ガムルは驚いた。

「・・・・・・すまないが、あまり大きな声を出さないでくれ。」

「うっ……、すまない。」


 冷たい声にガムルはまた周囲の視線が集まっていることに気づき、一瞬でも高揚してしまった自分を恥じた。

(やっぱり、そうなのか。)

 俯いたまま、ガムルはフィロと何事か話す龍牙に視線を向けた。

(あのサングラス、あれは恐らく自分の正体をばらさないためのものだろうな。)

 ガムルはまだ興奮が冷めやまない心を必死に抑えつけ、その黒い十字架の刻まれたサングラスを見つめた。

(リューガがいる。ただそれだけで街は大騒ぎになるよな。だってあいつは・・・・・・)


「行くぞ。他が待っている。」


 思考の渦から引き戻されたガムルは、それに頷き返し、後を追って歩き出した。






 それから三人は龍牙を先頭に、市場から外れ、狭い道を進んでいた。

 戦時中、敵に攻め込まれないようにと考えて作られた狭く入り組んだ道だが、

「今の住人達からしてみれば迷惑この上ないよな。」

 そのようなことを人事のように考えながら、ガムルは二人の後をついて歩いていた。


 薄い黄色い家々が並ぶ道を何度か折れ、たどり着いたのは、路地裏にある異様な雰囲気を放つ建物だった。

 龍牙とフィロがためらいなく入っていくのを見てから、ガムルはもう一度建物を見上げた。

 この街に多く見られる赤い煉瓦造りの建物。建ててからかなり経つのか、あまり大きくもない壁の所々にひびが入っている。


 その横にかかっているボロボロの看板には宿屋の文字。


 それを見てガムルは何か身の危険を感じずにはいられなかった。

「お~い、新人さん。早く来てくださいよ。」


 中から元気な声と共にフィロが手招きしているのが見える。

 それに一度手で応えてから、ガムルは天を見上げた。


「この世界も捨てたもんじゃないな。」


 微かに口からこぼれ出た言葉はその音量とは逆に、どこか重みがあった。


「神だかなんだか知らないけどな、やってくれるよ、本当。」

 ガムルは小さく安堵の表情を浮かべながら、古びた扉の下をくぐった。




 体を屈めながら入った先は、外から見たものよりも遥かに広かった。

 しかもそればかりではなく、王室のように豪華でもあった。


 入ってすぐ左には、かなりの数のワインなどが置かれたバーがあり、頭上にはシャンデリア。置かれている家具も高級品なのが一目で分かる。


「こっちこっち。」

 ガムルはバーと反対側から手招きするフィロへ近づくと、高級そうなソファに腰掛けた彼女の前に二人、この辺りであまり見ない顔があった。

 一人は華奢な体躯に黒髪、白に近い肌色のコートを羽織っている若い男。


(銃使いか。)

 その腰と足首の辺りの膨らみから横に視線をずらした。

 その横にいるのは金髪を肩の辺りで切りそろえた、身体の色々なところが露出している際どい服を着た美女だ。

(こっちは弓使いか。)

 綺麗なリズムを打つ彼女の右手の指、その荒れ具合からすぐに予想がついた。

 チラリと周りに視線を向けるが、周りには彼ら以外いないようだ。


 その間にもフィロは紹介を始めていた。


「こっちの男の人がダンゼルさん。」

「ダンゼル=ホーキンスだよ。よろしく。」

 人懐っこい笑みを浮かべる彼の手をガムルはしっかりと握り返した。

「で、その横にいるのがリタニアさんです。」

「リタニア=マクベスよ。よろしく、新入りさん。」

 妖艶な笑みを浮かべる彼女に戸惑いながらもガムルはその華奢な手を握った。


「あ、後、ダンゼルさんはうちの『整備士(エンジニア)』も兼ねていますので。」

「誰か『機械剣』でも使っているのか?」


「ええ。私達四人共使っていますよ。」

 ガムルはその言葉に驚きを隠せなかった。


 『機械剣』とは精密な部品で組まれた、特殊なギミックがついた武器の総称である。


 この名前はよく知られてはいるが、実物はあまり市場には出回っていない。

 その理由は主にコストと生産量の少なさが理由だ。

 もちろんそれはこの国も例外ではない。

 この国にある騎士団という、いわゆる戦闘のエリート集団でさえ、最近になってやっと普及し始めたような最先端の技術だ。

 そんな貴重なモノがここに四つもある。それだけでガムルを驚かせるには十分だった。

「大丈夫、あなたの分もすぐに組んでくれますから。」

「任せてくれて構わないよ。」


 ダンゼルの柔和な笑みに、いつの間にかガムルの顔にも笑みが浮かんでいた。

「それじゃ、自己紹介でもお願いしましょうか。

 あ、あまり重い話はしなくても大丈夫ですから。」

 フィロにしっかりと頷き返し、ガムルは口を開いた。

「俺はガムル=ランパード。

 六年前まで騎士団に所属し、隣国と戦っていた。 まあ、三年前の人員削減ではじき出されたけどな。

 それからはここで、ごろつきみたいなことをしていた。」


「意外と普通の落ちこぼれっぷりね。」

 淡々と語るガムルの話に真っ先に口を開いたのは、意外にもリタニアだった。


「リタニアさん!」

「何がいいたい?」

「あんた、なんで帝国と戦うの?」

 リタニアの鋭い視線に射抜かれ、ガムルは動けなかった。

「ここにいる三人は元は騎士団、あるいは宮廷術師団の大隊長クラスよ。

 そんなのが帝国を滅ぼそうなんて簡単に言うと思う?」

「思わないな。」


 ガムルは即座に応えた。それは考えるまでもなく明らかだった。

「つまりそれだけの地位を捨てるだけの怨みや妬み、憎しみ、様々な負の感情が私達を支配している。

 だけど、あなたからは何の意志も感じられない。

 それこそ枯れ果ててしまったみたいにね。


 だから私は、いや私達は聞きたい。」


 ガムルが気づいた時には、その首に矢の鏃が当てられていた。

「あんた、帝国と殺し合う気あるの?」

「あるさ。」


 ガムルの予想外の即答にリタニアは目を丸くした。


「俺はこの三年間、ずっと一人だった。どこかのグループに入っても誰とも打ち解けることはなかった。」

 瞼の裏に鮮明に浮かぶのは三年前、仲間の死体の真ん中に立つ、自分を『こんな状態』にした憎き女。


『私が憎いか?少年。

 ならもっと憎め。

 憎しみ、怒り、泣き叫べ。

 その負の感情がお前を強くする。

 そして、いつか私を殺しに来い。

 また『元』に戻りたかったらな』


「もしかしたら心の中で仲間を失うことを恐れていたのかもしれない。自分でも分からないほどにな。

 だけど、そんな俺をあいつは必要だと言ってくれた。」


 ガムルは自分の手をしっかりと握りしめた。

「はっきり言って嬉しかった。こんなゴツくなった男が言うのもなんだけどな。

 それでも久しぶりなんだ。誰かのために何かをしたいって思うのは。それに・・・・・・」


 彼は続くはずの言葉を、呑み込んだ。

 彼自身を突き動かすもう一つの大きな理由。秘めたる目的。


 だがガムル自身、よく分かっていた。

 それは今生まれる新たな関係を、容易く引き裂くものだと。


 だからこそ彼は心の底に秘めることを改めて決意する。

 これまでと同じように。


 ただ一人で背負っていくために。


「それがあなたが戦う理由?」

「・・・・・・ああ。」


 しっかりと頷くガムルに対し、リタニアはその顔を下に俯け、肩を震わした。


 しまったかな、とガムルが回避のために身構えていると、リタニアは顔を上げ笑い出した。


「ハハッ、いい、いいよ。気に入った。」


 リタニアはガムルの首から矢を外すと一歩離れ、両手を大きく広げた。

「ようこそ、我ら『銀翼旅団』へ。

 歓迎するわよ、ガムル=ランパード。」


 最初は呆気にとられていたが、その笑顔にガムルもまた自然と笑みを浮かべていた。そして感じていた、



 これが新たな日々の始まりなのだと。




 


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