お隣さん
「お隣さんそこに座ってくれ。遠慮すんな。今日のランチは俺の奢りだ。それと記者さん、こんにちは。生憎の天気だね。おっと、また光りやがった。いや、この雨と嵐は凄いね。こんな酷い落雷は、生まれて初めてだ。そうそう、先ず謝らないとね。すまないね。お昼にインタビューの約束があるのを、ころっと忘れていてね。そう、ブッキングってやつさ。さっき初めて挨拶したこのお隣さんと、趣味が合って意気投合してね。つい、ランチの約束をしてしまったんだ。そんな訳で、同席させてやってくれ。お隣さんへの自己紹介も兼ねて、俺が一人でべらべらしゃべるからよ。何? 聞かれて、困らないかって? はは、そりゃいい。あんたらからすれば、未知の仕事だもんな。別に実に簡単な仕事さ。ビュンと飛んでいって、腹に抱えた荷物を落とす。それだけさ。何より向こうは天気がいいからな。操縦してりゃ、それだけでご機嫌さ。そうそう、こっちのこの雷と比べりゃ、同じ地球の上かと思う程だよ。何処までも青空なんだ。暑くないかって? はは、多分向こうはね。何? 何でこの仕事に就いたのかって? そりゃ、子供の頃から趣味だったからさ。あんたも子供の頃には熱中しただろ? この手のことにはさ。ま、俺の場合、子供の頃だけじゃなくて、ハイスクールを卒業してもだったんだけどよ。そう、引きこもりってやつさ。はは、今は違うよ。今はお隣さんと、ランチを一緒にするぐらい積極的さ。結局何年か家でコントローラを握るだけの生活に、流石に両親が心配してね。この仕事を見つけてきたんだ。この仕事を始めて、俺も随分と明るくなったよ。数年前まで家でゲームしかしてなかった俺が、自分からお隣さんに声をかけたんだぜ。お隣さんと言っても、事務所が隣なだけなんだしな。ほったらかしで、すまないね。お隣さん。ランチはどうだい? うまいってさ。おっと、また光りやがった。嫌な雷だよ。何? 罪悪感を感じないかって? それは会社に言ってくれ。俺は言われた通りにやってるだけさ。他の仕事と大差ないと思うよ。求人票の条件に納得して、雇用契約の内容にサインしたら、後は会社と上司の言うことを聞くだけさ。九時出勤。五時終業。休憩一時間。各種保険あり。通勤費支給。ただし幾らまで。有給は何日。給与はってね。毎朝決まった時間に起きて、お気に入りの車で渋滞に辟易しながら通勤する。定時がくれば、やっぱり軽い渋滞にぼやきながら家に帰っていく。それだけさ。また、光った。こりゃ、仕事にならないね。やっぱり仕事にならないかって? そりゃ、電源が落ちたら、指令が送れないもの。停電に強いってんで、似たような会社が沢山入ってるこのビルだけど、今日のは流石に想定外だってさ。送電線も、ビルも同時に雷を食らっちゃね。お手上げさ。向こうはいい天気だってのに、こっちは落雷でサーバーダウン。サーバーは繊細だからね。電気が戻っても、落雷の高電圧くらっちゃいけないってんで、ブレーカーも上げられない。で、お手上げだと思って事務所の外にふらっと気分転換に出たら、お隣さんもお手上げだって顔で出てきたんだ。思わず声をかけちまったよ。普通の仕事みたいだって? そりゃそうだよ。特別なことと言えば、誤爆に関することぐらいかな。民間人の誤爆は一日一人五人まで。六人以上は流石に始末書ものだけどね。他は簡単さ。無人機飛ばして、お腹に抱えた爆弾落とす。実際はコントローラを握って、スイッチを押すだけ。こっちのサーバーから指令が出たら、何千キロと離れた機械が作動する。それだけさ。俺にとっちゃ趣味の延長みたいなものさ。もう少ししたら、在宅勤務でだってできるって話だぜ。映画みたいだって? 一昔前ならな。今は現実さ。簡単なものさ。厄介なのは、敵さんの無人機と、今日みたいな落雷かな。敵さんの無人機は向こう側についた別の傭兵会社のものだろ? 性能に大差がないのさ。地上の現地兵みたいには、ばたばたと倒せない。それに向こうも人が乗ってないからな。落とされても本人は痛くも痒くもないんだよ。という訳で、趣味の合うお隣さんと停電をぼやく為にこのお昼にしたのさ。落雷やランチで戦争を中断していいのかって? 大丈夫だよ。無人機はランチの時間は自動操縦になるからね。いつものことさ。それに相手の傭兵会社の社員も、今はランチ食ってるさ。この雷に辟易しながらね。な、お隣さん?」