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第9話 姉妹の絆と、異変の始まり


 気づけば、すっかり暗くなっていた。


 陽が落ちた南街商店街には、魔石ランプの明かりが灯り始める。

 閉まるお店も増えはじめ、人々は仕事を終え、夕食の支度へと移行する。


 消耗はしたけど、気力は満々だったあたしは、元気に、そして意気揚々と帰宅した。


――ガランガランッ!



「たんだいまーっ!!」



 あえて裏口でなく、正面入り口から帰宅するのがあたしの正義だ。

 派手にドアベルをかき鳴らし、帰宅したあたしを迎えたのは……



「お゛ねえ゛ちゃん………」



 どういうワケか、べそをかいているシャリエナだった。




―――――――




「お、お姉ちゃんの、あほーっ!! びっくりしたじゃん!!」


 そう文句を言いつつ、あたしの懐に突進してくるシャリエナ。

 甘えるように肩口に顔をグリグリされる。


「あ、あらー、どうしちゃったのさ、シャリエナ。 今日は随分甘えたさんじゃない……」


 予定では、あたしの方がシャリエナに愚痴や文句を聞いてもらって、

 たっぷりメンケアしてもらうはずだったのに……

 すっかりスカされてしまった。


 感情色は……


――驚きのシアンブルーと、甘えのベビーピンクが滲み出ていた。 ほんのり温かい……


 どうやら本当に驚いただけのようだった。


 しかし、びっくりしただけで泣き出すような、そんなやわな子じゃないはずだ。

 おそらく直前に何かあったのね。


「ほら、ヨシヨシ。 怖かったね。 ごめんね。 驚かせちゃったね」

「ん~~~~」


 これはもう完全に甘えモードだ。

 胸に埋まり、めっちゃ匂いを嗅がれる。


 この様子だと、やっぱり大した事では無かったようだ。


 それに安心しながら、シャリエナの背中をトントンしてあげる。


 あ~、なんか懐かしいな~。 昔もこうやったっけ。



……………



 5分もせずに落ち着いたシャリエナ。

 自らカウンター奥のいつもの丸椅子に座り、足をぷらぷらさせる。


「あ、そうそう、お姉ちゃんおかえりー。 で、今日はどしたの? 随分遅かったじゃん」


 さっきまでグズってたのは何だったのか。

 そんな様子をこれっぽっちも見せずに、飲みかけのカップに口をつけ、こちらを責めてくるシャリエナ。


 そういう子だよ、アンタは。


「あ~、実はね……」


 今日、あったことをお互いに報告し合う。


 シャリエナの方は、あたしへの直接依頼、それに、最近来るキモ客の話とか。

 あたしの方は、路上婚約破棄事件の噂、調査局の話、ノクセラ草の在庫、リゼラちゃんの予感といった話。


 そして……西街で感じた、あの背中を舐められるような視線と温度。

 それに怯えて、教会でずっと身を潜めていた事も全部言っちゃう。


 あたしの情けない所も全部知ってるシャリエナに、今更隠すことなんかない。

 ……と思ったけど、さすがに恋人が欲しくて号泣してしまった話だけは、伏せた。


「いやさ、多分お腹空き過ぎちゃって感じた妄想だと思うの。 あたしってば行動が先走っちゃう事あるから」


 そうそう、今思えば空腹が見せた幻想というのがしっくりくる。

 しかし、意外にも、あたしのそそっかしい所をよく知っているはずのシャリエナが、反論を見せる。


「わたしはそうは思わないなー。 変な奴がお姉ちゃん見てたのは本当だと思うよ」

「え? なんでそう思うの?」

「お姉ちゃんがやらかすのって、食べ物関係で意地汚くなった時だけじゃん。 お腹空いてたとはいえ、仕事でポカするのなんてわたし見た事ないし、ましてや身の安全の事でしょ? 絶対あった事だよ、それ」

「す、するどい……」


 これだからこの子は油断できない。


「でも、あたしだって仕事でミスする事は結構あるよ?」

「お姉ちゃん仕事でミスっても、すぐにフォローするじゃん。 わたしとかお母さんの安全にもやたらウルサイし。 危険に敏感なお姉ちゃんが怖くて逃げちゃうくらいだったんでしょ? 絶対そいつ、いたよ」

「す、するどい……」


 あたし以上にあたしを知っている。

 ホントこの子は油断できない。


「もう一個あるよ。 お姉ちゃん、なんかココロ読む異能持ってたでしょ?」

「あ、ちゃんと信じてたのね」

「なんだっけ? ココロパレット?」

「感情色の魔眼(エモパレ)」

「そう、エモパレ。 異能って本能に直結してるんだって。 だから『恐怖』なんて本能に近いもので異能が誤作動起こすってのも、考えにくいじゃん」

「なんなの、この子」


 シャリエナが時たま見せる、この妙に鋭い観察眼。

 ポンコツのあたしじゃなくて、この子が異能持てば無敵だったんじゃないの?


「じゃあやっぱりアレはちゃんと感じた事で、ヤバイ奴はあの場にいたんだ……」

「うん」

「一人で騒いで、怯えて、ヘコんで……」

「怖かったんだよね」

「……うん。 お仕事サボっちゃった事も後ろめたくてさ。 ごめんね」

「お姉ちゃんが仕事サボるなんて、わたし思ったことないよー」

「あ~ん、シャリエナ~~っ!」


 さっきとは逆の立場、椅子に座っているシャリエナに、上から抱き着くあたし。

 今度はあたしがヨシヨシしてもらう番。


「ヨシヨシ、怖かったね。 頑張ったね、お姉ちゃん」


 そうそう、これよ、これ。

 これをして貰いたかったの。


 ……大げさだって思う?


 ……わざとらしいって思う?


 あたしは思うよ、大げさだって。

 オーバーだって。


 ホントはもう、精神的ダメージなんて大分持ち直してる。

 こんなに過剰に慰めてもらうほどじゃないの。


 でもさ、こうやって大げさに抱き着いて……

 お互い気持ちを出し合って……


 そうしてるとさ。

 なんていうのかな。


 姉妹の絆を感じるの。


 きっとシャリエナも思ってる。

 顔を見なくても、感情色も見なくても分かる。


 普段から甘え上手なシャリエナではあるけど、さっきはシャリエナの方が頼ってくれてさ。

 お姉ちゃんはとっても嬉しかったよ。


「お姉ちゃん、よく見ると、目元、赤いね」

「……ふふふ、ちょっと妹に甘えすぎちゃった」

「……そっか。 じゃあ、あったかいお茶入れるね」

「……いいね。 そうそう、あたしのプリン残ってるよね? 半分こしよう」

「お姉ちゃんからおやつくれる提案するなんて!?」


 何のお茶を入れようか、と、二人できゃっきゃと相談する幸せのひと時。

 今日しなくちゃ、な、お仕事は、もうちょっと後に回しちゃおう。



――ガランガランッ!



 その時、入り口のドアベルが、ひと際大きな音を鳴らした。

 外はすでに暗い。


 シャリエナと二人、顔を見合わせ、休憩は後だねと最後のお客様の対応へと向かう。


「「いらっしゃ」いませー」


 ん?

 二人で応答した迎礼の言葉に違和感が。


 シャリエナの方を見ると、いらっしゃいませの「いらっしゃ」部分で、すでにカウンターの陰に隠れていた。


 とにかくまずはお客さまへの対応をしなければ、と、再び客の方へと振り返って、ぎょっとした。


 なんじゃこれ!? 初めて見た。

 感情色が……



――特定が出来ないほど……グッチャグチャだった。



 あたしの経験上、幾重に重なる複雑な感情を持っていても、一つ一つの色はハッキリ出る。


 だけど、この客はまるで乱雑に何度もインクをぶち撒けたような……

 様々な色で塗りつぶされては、変わっていく。


 感情が、まるで”形”を保てていない。 


 情緒不安定、とも違う。

 まともな精神状態とは思えない。


 エモパレの感度を上げ、警戒モードを2段くらい上げる。


「お客さま、何かお探しでしょうか?」


 先だって声を掛け、客の顔を見て二度目のぎょっとを味わう。


 目の光が正気じゃない。


 体型はヒョロっとしていて、背が高い。

 纏う雰囲気で気の小ささは伺える。


 見覚えがあった。


 以前、一度だけ応対した事があった。

 やたらとシャリエナに会いたがっていた客だった。


 シャリエナ目的の客はたまにいる。

 あたしの自慢のカワイイ妹だからね。


 この客はシャリエナに会いたがる割に……

 あたしの胸元から一切視線を外さないキモい客だったから、特に覚えてる。


 その時はたしか……小物を一つ買っていった。

 そんなんでも、まぁお客さんかな、と、その時は大して気にしなかった。


 さっきシャリエナから聞いた、最近来るキモ客の話とリンクする。


 こいつだ。 間違いない。


 ヒョロ客は、あたしの言葉も意に介せず、店内をフラフラと歩き回る。

 コツコツコツと、静かな店内に、そのヒョロ客の足音だけが響く。


 纏う空気が尋常ではないのは誰が見てもそう。

 しかし、感情色の異常にまで気付けるのはあたしだけだ。


 もしかしたら、ちょっと何かを購入するだけでは?

 仕事の終わりに、何かちょっと見ていこうかな、と思っただけでは?


 都合のいい可能性に、一縷の望みを掛ける。

 そんなはずは無いと、心のどこかで分かっているのに……


 3人もいるとは思えないほどの静まり返った店内。

 普段はもう少し騒がしい外も、今は何も聞こえてこない。


 ヒョロ客の足が止まり、売り物のカップを一つ手に取った。

 使い捨てでも使えちゃうやっすいヤツだ。


 ヒョロ客は、手に取ったカップをじ~っと見つめたまま動かない。

 何をしているのかと様子を伺おうと顔を覗き込むと……



 ニィ~、と薄ら笑いを浮かべていた。



 ゾゾゾゾゾっ!!

 生理的嫌悪が沸き上がり、背中をわさわさと這い回る。


 見れば、シャリエナも同じ気持ちを味わったようで、両手で身体を抱きながら身悶えしている。


 静かな店内に、再びヒョロ客の足音のみがコツコツと響く。


 カウンターに、コトリとカップを置かれる。


「会計を……」


 店に入って初めて発したヒョロ客の小さな声。


 さっきから寒い。

 エモパレの感情温度感知がアラートを鳴らしまくっている。


 だけど、この客はまだ、何かをしたわけではない。

 カウンターのシャリエナも、黙々と素早くカップを紙袋に包み、お金を受け取った。


 そして、事態は動きだす。


「……シャリエナちゃん、今日は、お話、してくれないの?」

「えっ!? あなたとお話した事なんてないケド……」

「……シャリエナちゃんは……今日もカワイイね。 いつもみたいにお話してよ?」

「えっ? だからー……」


 訂正も許さず、一方的に話すヒョロ客。


「……僕、お客さんだよ? ちょっとぐらい、僕と話してくれてもいいじゃない?」


 そう言って、ポケットから何か葉っぱのような何かを取り出した。


 あれは、四葉のクローバー?


「……ほら、これ。 シャリエナちゃんにプレゼント。 そこで見つけたんだ。 クローバーのピアス、いつも着けてるよね? 好きなんでしょ? クローバー」


 そう言って一方的に渡そうとするヒョロ客。

 キモすぎる。


 あたしだったら、こんなやべえ人に自分の好みを指摘されたら泣いちゃいそう。


 しかしそこはシャリエナ。


「あ、あははー。 う、うん、クローバーは好きだけど、ごめんね。 受け取れないよー」


 き、気丈だ。 しかも躱し方も上手い。

 見なさい、アレがウチの自慢の妹よ!


「……イチゴ……」

「……え? イチゴ?」


 もう興味は無いとばかりに手に持ったクローバーをポイと捨て、突如別の話題を切り出すヒョロ客。

 脈絡もこだわりも無さ過ぎて、不気味さだけが際立つ。


「……イチゴ、好きなんだ? それ、イチゴの紅茶でしょ?」


 ヒョロ客が指差したのは、さっきまでシャリエナが口を付けていたティーカップ。


「……シャリエナちゃんが口をつけた箇所、ハッキリ見えるよ。 唇も可愛らしいんだね……ふふ」


 ゾゾゾゾゾっ!!

 もうダメだ。 あたしが耐えられない。


 シャリエナはすでに引き攣った顔でフリーズしていた。


「ちょっとっ! お客さん! そこまでよ!」


 シャリエナとお客の間に、身体を差し込む。


「なんだよ……邪魔すんなっ! デブっ!!」

「なっ!? デ……」


 久しく聞いてなかった、あたしへのまっすぐなチクチク言葉に怯んでしまう。


 っていうか、コイツいきなり態度変わりすぎじゃない??


「……ねえ、シャリエナちゃん…………僕、怒ってるんだよ?」


――空気が、変わった。 凍りつく様な怖気。


「……あのさ、僕……毎日来てるよね?  それって、わかるよね!?  僕の気持ち! もっと話してくれてもいいじゃないっ! いつもみたいに……笑顔でさあ!!」

「や、やだっ! 嫌いっ! 来ないでよっ!!」

「……っ!!」


 どういうワケか、ヒョロ客が一瞬怯んだ。


 え? なに?

 「嫌い」に反応した?


 その時、ハッキリ見えた。



――悪意の黒灰色が一気に膨れ上がり、もはや熱波となって襲ってきた。



「なんでだよ……なんで、毎日、来てるのに! ……よくも、僕の気持ちを、裏切ったなぁあああっ!!」

「シャリエナっ!!  伏せてっっ!!!!」



――ガシャーーンッ!



 ヒョロ客は、手に持った紙袋をバリッと破り捨てると、剥き出しになったカップを振りかぶり、至近距離、目の前のシャリエナに、思いきり投げつけた。


 間一髪のあたしの呼びかけが間に合ったのか、

 カウンターの下に隠れ、躱すことができたシャリエナ。


 エモパレをアクティブ全開にしていたのが役に立った。


 今度はカウンターの向こうのシャリエナに掴みかかろうと、必死に手を伸ばすヒョロキモ客。


「うおおおおお!! こんなに愛してるのにっ!! お前だって僕の事を好きだろぉおおお!?」

「きゃあああああ!!」

「てりゃあっ! ハルネタックルっ!!」


――ゴッ!!


 手に持ったリーフシールドステッキの盾を前に構え……

 ヒョロキモ客に向けたタックルが見事にヒット!


 派手に吹っ飛び、棚にもたれ掛かるヒョロキモ客。


 完全にラインを超えた客。

 そう、すでにあたしは覚悟を決め、タックルの前に壁にかけてあったステッキを手に取っていた。


 あたしの大事な妹に手を出すなんて、許せない!!


「……なんだよ。 僕は客だぞ? ちゃんと商品も買った……」



――グチャグチャだった感情色が、憎しみの黒褐色に染まっていく。



 こいつはもう、止まらない。



「そうね。 だからこそ言わせてもらうわ。 でもその前に……シャリエナ!」


 ヒョロキモ客を牽制しながら、カウンターで隠れているシャリエナに目配せをする。


「……そうだね、お姉ちゃん、このお客さん『アレ』だね」


 シャリエナは、あたしの言いたいことを、一瞬で察してくれた。


「そうよ。 『アレ』だわ」


 あたし達姉妹の空気が、ピンと張り詰める。


「……行くわよ?」


 シャリエナは頷き、ぴったり呼吸を合わせる!



「「 お客様!  お帰りはあちらですっ!! 」」



 あたしは、改めて手に持ったリーフシールドステッキをグッと構え……

 シャリエナは、カウンター下のアロマポシェットを取り出した。



 ここまでの客は初めてだが、この手のお客はたまに来る。

 迷惑をまき散らす害にしかならない客。


 サフラン香房にはか弱い女性しかいない。

 以前は警備の呼び方を工夫していた。


 だけど!


 あたしがこの店を仕切るようになってからは違う。


 警備の兵士を呼ぶのはいいけど、それでは遅い。

 到着するまでどうするの?


 そこであたしは考えた。

 いっそのこと倒しちゃえばイイって!


 あたしが手掛けたサフラン香房の中なら、目をつぶっててもどこに何があるか分かる。

 昼間の路地では醜態をさらしたけど、お店の中では違うのよ!


 色んなパターンの迷惑客を想定して……

 撃退するための香房武器も開発して……

 地の利を生かした罠も作って……


 そういう事をたくさんたくさん、シャリエナと一緒に考えた!



 それがこの――



「『お客様お帰りはあちらですフォーメーションAッ!!』」



 やったるわよっ!!


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