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第3話 サフラン香房の日々あれこれ

 東の空が白み始める頃。

 夜半に降った小雨の水たまりの残る石畳を、小鳥の声が滑っていく。


 サフラン香房の朝は早い。

 木製の看板が、朝日の光を受けてほんのり揺れる。


「ふわぁ……眠いね、お姉ちゃん」

「ふはわぁぁ…………そうね。 うっかり昨夜、盛り上がっちゃったからね……」


 むむぅ……とはいえ、朝のお仕事をサボるワケにも行かない。

 掃除に在庫チェック、ハーブや薬草の手入れをしたりと、朝は忙しい。


 ……相変わらずお母さんはやる気ないし、あたし達が頑張るのだ!


「ま、動けば目が覚めるわよ。 シャリエナ、在庫チェックお願い」

「あいあい、ん~っと……お姉ちゃん、これ「トロールもすやすや眠る黄金ティー」もう切れるよ」

「あ~「トロ眠ティー」ね。 たしか材料のノクセラ草がそろそろ怪しいのよね……」


 在庫はある程度頭に入ってる。

 今日だけなら持つはず。


「今日はいいわ。 売り切ったら品切れ入荷待ち票を出しておいて」

「あいあい」


 明日にでも契約農家のリゼラちゃんの所に仕入れに行かないとね。


 最近はシャリエナもすっかり戦力になって、接客に、在庫管理にと、色々やってくれるからとても助かる。


「お姉ちゃんが名前変えようって言ってからよく売れるねコレ。 味も何も変わらないのに」

「単なる「カモミールとノクセラ草のブレンド茶」じゃ弱いのよ。 こういうのはインパクトがある方がウケるの」


 元々、このサフラン香房は商店街の外れでひっそりとお茶やハーブ、薬草、錬金素材を扱ってるお店だった。

 あまりやる気も体力も無いお母さんが、細々とやっていくには十分だった。


 しかし、あたしがお店を手伝うようになって、じわじわとテコ入れを始めてみた。

 最近ではお茶請けの焼き菓子の販売も導入してみたが、売り上げはなかなかだ。


「シャリエナ~、ミントに水やっといて~。 あたしはオーブンを見てくる」

「あいさー。 ……あ~あ、お腹減ったなあ」

「店先の掃き掃除が終わったらご飯にしよう。 今日はシャリエナの好きなシナモンロールを焼いたよ」

「やたっ! お姉ちゃんのシナモンロールは甘くて大好き!」


 あたしの焼くパンは基本的にどれも糖分多めの甘味大礼賛仕様だ。

 甘くなければパンじゃない。 そうでしょ?

 奥から香ばしくも甘いスパイスと穀物の香りが漂ってくる。

 どうやら今日も上手く焼けたみたいだね。




―――――――




「はい、今日ラスイチのおすすめブレンドセットです。 ありがとうございました」

「ましたー」


 カランカランっ……という入り口のドアベルの音を残し、午前最後のお客さんが捌けた。


「ふぃー……今日はお客さん多かったね、お姉ちゃん」

「そうね。 おすすめブレンドのローテのラス日だからかしらね」

「ローテ? ラス日? またよく分かんないことを……」

「今度教えたげる。 どうする? 疲れたなら奥でちょっと休む?」

「ううん、いい。 代わりにお姉ちゃんがお茶入れて」

「りょーかい」


 前世で経営企画やマーケティングに絡んだ仕事をしていたせいか、どうもこっちには似つかわしくない言葉が出る。


 それより今日はどうしようかな……うん、オレンジ系にしよう。



……………



「はー、やっぱりお姉ちゃんの入れるお茶は美味しいね。 イチゴのやつも好きだけどオレンジもいいねー」

「イチゴも美味しいわよね。 時期的に今のトレンドからは外れてるけど」


――カランカランッ


「あ、いらっしゃいませ」

「ませー」


 入ってきたのは、若いカップルのお客様。

 二人とも地味めの明るい茶色の髪と、素朴な顔立ち。

 この辺では見かけない顔だけど、初々しいステキカップルだ。


「微笑ましいな~」

「そだねー」


 ……と思ったら、互いに手を組んでお互いを見つめ合い、二人の世界を作り始めた。

 感情色は……


――そのまんま! 桃色ドピンクじゃないのさ!


「小憎らしいっ……!!」

「えっ!? お姉ちゃん、この数秒で何があったの!?」


 どうせあたしは前世から一度も恋人がいたことも無い独身デ……

 ぽっちゃり女ですよーだ。


 そう、あたしのぽっちゃり体型は前世から続く呪いなのだ。

 もう呪いって言っていいでしょ。


 転生してから痩せようとしたことはあった。

 でもどう頑張っても無理だった。


 運動しても三日坊主。

 サラダオンリー生活も続かず三日坊主。

 甘いものだけは三日じゃ飽きない。


 痩せようとするたび、何か阻害されてるんじゃないかってくらい、気力が削がれる。

 これはもはや呪いなんだもう。 うわーん!


「恋かぁ。 いいなぁ。 あたしも恋愛したい……」

「すればいいじゃん」

「出来たら苦労しないわよ! 何さ! 自分が痩せてるからって!」

「あぁ、また始まった……」

「何よ! あたしだって好きでぽっちゃりでいるんじゃないわよ! 運動してもダメだし! 自分で作るご飯は美味しいし!」


 転生してから、ご飯がより美味しくなった。

 前世はストレスの果ての果てだったから……


「確かにお姉ちゃんの作るご飯は美味しいよね」

「じゃあなんでシャリエナは痩せてるのよ! 理不尽よ! 理不尽だわ!」

「うわめんどくさぁ…………よしよし、お姉ちゃんは可愛いよ」


 そう言って頭を撫でてくれるシャリエナ。


 うぅ、癒される……

 ……どっちが姉?とかは言わないで。


「大丈夫だよ。 そのままのお姉ちゃんを愛してくれる人もきっと現れるよ」

「……ほんとに? その人は40代くらいの?」

「そうそう」

「背が高くてシュッとしてて? 渋くて?」

「そうそう。 寡黙で仕事も出来て」

「あたしだけを見て、愛してくれる?」

「そうそう。 もう何度聞かされたかわかんないけど……」

「そっか、そうだよね! ちょっと元気出たよ! ありがとシャリエナ! 大好きだよ!」

「(ほっ)そう、よかった。 わたしも大好きだよお姉ちゃん」


 シャリエナに慰められて元気が出る。

 うぅ……本当にありがとうね?


 でもま、本当にそんな理想のオジさまが現れた所でさ、

 あたしが選ばれるなんて絶対思わないケドね。 ……また悲しくなってきた。


「お姉ちゃん、仕事ではカッチョイイ所いっぱいあるのに……」

「仕事は仕事じゃん。 お仕事しなきゃ明日の食べ物もありつけないのよ?」


 なんてグダグダとシャリエナとおしゃべりをしていても、

 まだカップルさん達は二人の世界でイチャイチャしていた。


 うん。 ……もう、好きなだけやって。


――カランカランっ


「いらっしゃいませー」

「ませー」


 続いてやってきたのは、優しそうな年配のおばあちゃま。

 お召し物がお上品。


 ……ん?

 ついクセで、おばあちゃまの感情色を視る。

 軽い違和感。


――うす~い黒、そして好奇の山吹色も混じってる。


 好奇の色はいいとして、うすい黒は……疲れとか落ち込み?

 なんとなく気になって、あたしは先んじて声を掛ける事にする。


「何かお探しですか~……っ! おっとっと!」

「あぁ! どうもすまないねぇ」


 どうやらおばあちゃまは足が良くなさそう。

 少しつまづいてよろけた所を、すんでのところで支えてあげられた。

 ふー、あぶないあぶない。


「大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よぅ。 えぇと、よく眠れるお茶があると聞いてねぇ。 どれかしら?」

「あ、多分「トロールもすやすや眠る黄金ティー」ですね。 持ってくるので、カウンターで座ってお待ちくださいな」


 足の悪そうなおばあちゃまに、店内を歩かせるのもあんまり良くない。

 まず、残り少ないトロ眠ティーを。

 それから……



……………



「はい、おばあちゃま。 お待たせしました」

「あ、お姉ちゃん」

「あぁ、すまないねぇ」


 シャリエナに相手してもらっていたが、特に問題は無かったみたい。


「トロ眠ティーと……あと、勝手でごめんなさいですけど、この「癒しの妖精茶」。 コレもおばあちゃまに買っていって欲しいな?」

「あら、何かしら?」

「コレね、疲れが取れるお茶なの。 トロ眠ティーもイイけど、こっちも飲んでみて?」


 少し押し売りの形になるけど、その方がいいとあたしは判断した。


「治癒ポーションに使われてる薬草もブレンドしてあるから、足の痛みもちょっとだけ楽になるよ、きっと。 ね?」

「あら、ありがたいわぁ。 じゃあ、そちらもいただこうかしら?」

「うん、ありがとう、おばあちゃま」


 こちらの気を察してくれたみたい。

 感情色の温度もあったかくて柔らかいし、優しい人だ。


「あとこれ、紅茶のクッキー。 これはサービスね。 美味しかったら次はいっぱい買ってね?」

「ふふふ、気の利くお嬢さん方ね。 本当にありがとうねぇ」


 入り口まで、手を添えてお見送りする。


「ありがとうございましたー」

「ございましたー」


 馬車乗り場までの道中、ちょっとだけ心配だけど……

 ま、だいじょぶでしょ。


「紅茶のクッキー、タダでつけてあげてよかったの?」

「いいのよ。 あのおばあちゃまは、誰かと一緒に、お茶を飲んでお菓子を食べるはずなの。 その時にウチのクッキー食べてもらえればさ」

「……ウチの宣伝になる?」

「そうそう。 シャリエナも分かってきたじゃない」


 要は遠隔試供品みたいな感じだ。

 ウチのお菓子は美味しいんだから、リピーターは期待できる。


 いつの間にやら、初々しくも憎々しいカップルさん達もいなくなったようだった。

 お客様が捌けて、誰もいなくなった店内を見回す。



 んふふ……

 あたしのお店――サフラン香房。


 最近は穏やかで楽しい事続きだったせいか、思わずにんまり笑顔が出た。


 正確にはお母さんが店主。

 あたしがメインでお店を回しているとはいえ、まだ店主代理の立場。


 でも、会社勤めの果てに朽ち果てた前世と違って、やりたい事と成果が直結するお店の経営というのは、とってもやりがいに溢れていた。


 一応、お母さんから錬金術の手解きは貰ってる。

 けれど、錬金メインのお店だったサフラン香房は、今では主力製品がお茶とお菓子と香辛料。


 やりたいアイデアはいっぱいある。

 お茶の売り方だってまだまだ工夫できるし、お菓子だって他のお店とコラボとかもしたい!

 美容方面にだって手を出したいし、利益だって順調過ぎる右肩上がり!

 商業ギルドでも今一番の有望株がサフラン香房なのさ。


 シャリエナも気持ちよく手伝ってくれて、お母さんは…………まぁいいか。


 とにかく――今が楽しいんだ。

 


 変な異能(エモパレ)と、ぽっちゃりの呪いまで着いてきて……


 ついでに異性関係は今世も壊滅だけども!


 あたしは今の安定した生活を、すっかり謳歌していた。


――カランカランっ


「あ、いらっしゃいませー」

「ませー」


 接客をしながら思い出す。

 ……そういえば、明日は朝から定例のギルド会合があった。


 次のギルド長への差し入れは、さっきおばあちゃまにもお勧めした妖精茶でもいいわね。

 ギルド長、最近お疲れの様子だったし。

 根回しもちゃんとしておかないとね!



 そんなふうに、


 サフラン香房の穏やかな日々は、当たり前みたいに過ぎていった。


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