第8話
玉座の間での一件から数日後。
セレスティアの処遇は、国中を揺るがす大問題となっていた。
本物の聖女。
それも、国王の命を救うほどの強大な癒しの力を持つ存在。
そんな至宝を「出来損ない」と虐げ、隣国に奪われようとしているのだ。
「セレスティア! 我が娘よ! どうか、この父を許しておくれ!」
「あなたが私たちの誇りですわ! さあ、ヴァインベルク家に戻っていらっしゃい!」
手のひらを返したように媚びへつらう両親に、セレスティアはただ静かに首を横に振った。
彼らが愛しているのは「聖女」という称号と力であって、セレスティア自身ではない。その事実は、もう痛いほど分かっていた。
アルフォンス王子は、偽聖女に騙されたとはいえ、本物の聖女を見抜けず婚約破棄した愚行の責を問われ、王位継承権を剥奪された上で辺境の地へ幽閉されることが決まった。彼の心は完全に折れ、その瞳からはかつての傲慢な光が消え失せていたという。
そして、国王自らが大使館を訪れ、セレスティアに深々と頭を下げた。
「どうか、この国に留まってはくれまいか、聖女殿。君には望むままの地位と富を約束しよう」
国に残れば、英雄として、聖女として、誰もが羨む栄華が手に入るだろう。
かつて自分を虐げた者たちを見返すこともできる。
けれど、セレスティアの心は、もう決まっていた。
彼女が欲しいのは、地位や富ではない。
「……私の居場所は、ただ一つだけですわ」
セレスティアは、隣で静かに成り行きを見守っていたリアムの手を、そっと握った。
驚いてこちらを見る彼に、最高の笑顔を向ける。
「あなたのおそばに、いさせてください。リアム様」
初めて、彼の名前を呼んだ。
その瞬間、氷血公爵と呼ばれた男の、冷徹な仮面が完全に溶け落ちた。
彼の金の瞳が驚きに見開かれ、次いで、今まで見たこともないような、熱い喜びの色に染まる。
リアムは、たまらないといった様子でセレスティアの身体を強く抱きしめた。
「……ああ。もちろん、だ。君以外の誰が、私の隣に立つというんだ」
その声は、愛しさと喜びで微かに震えていた。
国王も、両親も、もはや何も言うことはできない。
セレスティアが選んだのは、国の英雄になる道ではなく、たった一人、自分を信じ、愛してくれた人の隣で生きる道だった。




