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第5話

翌朝。

セレスティアが目を覚ますと、窓の外は眩しいほどの陽光に満ちていた。

昨夜の出来事が嘘のように、心も身体も軽くなっていることに驚く。リアムが淹れてくれたハーブティーのおかげか、久しぶりに熟睡できたのだ。


侍女に案内されて向かった朝食の席には、すでにリアムが座っていた。

夜の礼装とは違う、動きやすそうな、しかし上質なシャツ姿の彼は、どこか親しみやすい雰囲気をまとっている。


「よく眠れたようだね」

「はい。……あの、昨夜はありがとうございました」


ぎこちなく礼を言うと、彼は「気にするな」と小さく笑った。

その笑顔に、また心臓がとくんと鳴る。


穏やかな朝食の時間が、しかし、突然の来訪者によって破られた。


「リアム・フォン・シュヴァルツフェルド公! ご在宅ですかな!」


扉の外から響いてきたのは、聞き間違えようのない、アルフォンス王子の甲高い声だった。

侍従が制止するのも聞かず、王子は数人の騎士を引き連れて乱暴に部屋へ入ってくる。


「やはりここにいたか、セレスティア! 我が国の恥め、すぐにこちらへ戻ってこい!」


王子は、まるで所有物を取り返すかのように、セレスティアを指さして叫んだ。その瞳には、昨夜の屈辱に対する、子供じみた意趣返しの色が燃えている。


「アルフォンス殿下。彼女はもう、貴殿の所有物ではない」


リアムが、ナイフとフォークを静かに置き、冷たい声で言った。


「黙れ! 元はと言えば、俺の婚約者だった女だ! 魔力もない出来損ないが、隣国の公爵をたぶらかしたとあっては、我が国の威信に関わる! さあ、来い!」


王子が騎士に目配せし、彼らがセレスティアに近づこうとする。

その侮辱に満ちた言葉と、乱暴な振る舞いに、セレスティアの心の奥底で、何かがぷつりと切れる音がした。


(やめて……)


――私に、触らないで。


そう思った瞬間。


カシャン!


部屋のテーブルに置かれていた銀の燭台の火が、一瞬だけ、燃え盛るように大きく揺らめいた。

炎は、ありえないはずの白銀の色を帯びて、パチパチと音を立てる。

同時に、部屋の空気がビリリと微かに震えた。


「……なんだ?」


騎士たちが、怪訝な顔で足を止める。

変化はほんの一瞬。すぐに燭台の炎は元のオレンジ色に戻り、空気の震えも収まった。

セレスティア自身も、何が起きたのか分からず、ただ自分の手のひらを見つめていた。


だが、その微細な変化を見逃さない者が、一人だけいた。


リアム・フォン・シュヴァルツフェルド。

彼の口の端が、満足そうに、わずかに吊り上がる。


(心の声:やはりな。彼女の力は眠っているだけだ。だが、目覚めにはもう少しきっかけが必要か)


リアムはすっくと立ち上がると、セレスティアの前に立ちはだかり、まるで壁のように彼女を守った。

その背中は、驚くほど広く、頼もしい。


「アルフォンス殿下。これ以上、私の婚約者を侮辱するというのなら、貴殿の国に対する『宣戦布告』と見なすが、よろしいかな?」


「せ、宣戦布告だと……!?」


リアムの金の瞳から放たれる、凍てつくような殺気。

それは、戦場を知る者だけが持つ、本物の威圧感だった。王子も騎士たちも、その気迫に完全に呑まれ、顔を青くして後ずさる。


「彼女は、私のものだ。二度と、その汚らわしい手を近づけるな」


最後通牒を突きつけられ、アルフォンス王子は屈辱に顔を歪ませながらも、すごすごと引き返していくしかなかった。


嵐が去った部屋で、セレスティアは、自分を庇ってくれたリアムの広い背中を、ただ呆然と見つめていた。

今まで、誰かに守られたことなど一度もなかった。

いつも蔑まれ、虐げられ、一人で耐えるしかなかった。


(この人は、本当に……)


自分を「至宝」だと言い、「君でなければ意味がない」と言ってくれた人。

そして今、その言葉通りに、自分を守ってくれた人。


リアムがなぜ自分をこれほどまでに求めるのか。

その理由を、どうしても知りたい。

セレスティアの心に、初めて、他者に対する強い興味と、確かな信頼の芽が、静かに生まれ始めていた。

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