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陸海軍協力な世界

連合爆撃機構想ー2機目ー

作者: 仲村千夏

 霞が関の会議室に、陸軍と海軍の制服が入り交じった。窓から射す秋の光が磨かれた長机を照らし、整然と並ぶ椅子の背に、かすかな埃を浮かび上がらせていた。

 形式ばった儀式のような開会を待つ空気の中で、しかし、席についた将校たちの表情はどこか柔らかかった。


「おう、あの時の顔ぶれが揃ったな」

 最初に声をかけたのは海軍航空本部の少佐だった。肩章の金線が光り、笑みを浮かべて隣の陸軍技術本部大尉に手を差し伸べる。

「連合爆撃一型――あれのおかげで、貴様らの支那大陸行も随分と楽になったそうじゃないか」


「ははは、そちらこそ。南方であの機体が魚雷をぶら下げて飛んだと聞いた時は、素直に驚きましたよ」

 陸軍大尉はしっかりと握手を返した。

「あれほどの距離を保ちながら、しかも操縦性も悪くない。正直、我々だけでは到底成し得なかった設計です」


 周囲からも笑い声が漏れる。

「いやいや、貴様ら陸軍の燃料タンクの工夫がなければ、航続距離など夢のまた夢だったろう」

「海軍の風防設計もあってこそだ。あのガラスノーズは評判だったぞ」


 思い出話に花が咲き、机を囲む空気は一時、懐かしい同窓会のようになった。

 かつて陸軍と海軍が互いの縄張りを越えて協力した奇跡のような計画――それが「連合爆撃一型」である。陸軍は大陸奥地への長駆爆撃に、海軍は艦隊決戦用の雷撃にと、それぞれの望みを織り込みつつ、互いに妥協を重ねた末に生まれた双発爆撃機だった。

 結果は上々。陸軍では北支から漢口、さらに成都へと飛び、海軍では演習で戦艦への模擬雷撃を成功させた。両軍にとって実績と自信を刻んだ一機であり、そしてなにより、相手の力を認めざるを得ないきっかけとなった機体であった。


「まさか、あの時のご縁でまた集まることになろうとはな」

 海軍中佐が口ひげを撫でながら言った。

「だが、次は――もっと大きな挑戦だぞ」


 場の空気がふっと引き締まる。

 そう、今日の会議の議題は「次世代爆撃機」、しかも双発ではない。連合爆撃一型の成功を踏まえ、今度は四発長距離爆撃機を統合開発するか否か。

 それは両軍にとって、単なる兵器以上の意味を持つ挑戦だった。


 空気が落ち着いたのも束の間、議題が読み上げられると、場の雰囲気は一変した。

「次期連合爆撃機、四発式――通称、計画名“連合爆撃二型”」


 海軍側の技術中佐が立ち上がり、まずは滑らかな声で切り出した。

「まず我が方としては、前型と同様、魚雷搭載能力を求める。艦隊決戦においては必須であり、これを欠くならば海軍は協力の意義を見出せぬ」


 すぐさま陸軍席がざわめく。

「また魚雷か!」と、陸軍航空本部の少佐が机を叩いた。

「連合爆撃一型の時もそうだ。我々の長距離爆撃機に、わざわざ海軍の魚雷運搬を押し付けられた結果、航続力も積載量も犠牲になった! 今度は大陸のさらに奥地、インドやシベリアへ届かせねばならんのだぞ」


「無茶を言うな!」

 海軍中佐がすぐさま怒鳴り返す。

「海軍にとって艦隊決戦は一度きりだ。その時に敵戦艦を屠れるか否かが勝敗を決する! 陸の城を焼くのと同列に論じるな!」


「何を!」

 陸軍側からも立ち上がる者が出る。

「陸軍にとっては敵補給線を断つことこそ勝敗を決するのだ! 都市爆撃と長駆浸透ができぬ爆撃機に何の価値がある!」


 机の上に拳が打ち付けられる。

 怒号が飛び交い、数名は立ち上がって互いに詰め寄りそうになる。議長役の航空本部少将が慌てて手を上げるが、火は消えない。


「魚雷を外せば、ガラスノーズも要らんはずだ!」と陸軍参謀が叫ぶ。

「照準手を置くスペースも無駄だ! 我らが欲しいのは防御火力と航続力、爆弾搭載量だ!」


「笑止!」と海軍大佐が机を叩き返す。

「照準手を置かずに正確な雷撃ができるか! 艦船を狙うのに前方銃手を廃するなど愚の骨頂!」


 場の空気は張りつめ、互いの罵声が交錯した。

「我らは洋上を制するために必要だと言っているのだ!」

「陸の戦を知らぬ者の思い上がりだ!」


 その時、海軍技術少佐が口を挟んだ。

「……だが諸君、忘れるな。我々は“連合爆撃一型”で既に実績を残している」

 声は低かったが、場の騒めきを抑えるだけの力があった。

「確かに、あれは不格好だった。魚雷を吊るせば重くなり、爆撃用にすれば前方視界が犠牲になった。しかし――あの機体のおかげで、海軍は雷撃に新しい戦術を得、陸軍は長距離爆撃の足がかりを得たではないか」


 沈黙。互いに目を合わせたが、誰もすぐには言葉を発せなかった。

 怒号の余韻だけが会議室に残り、窓から差し込む光が書類の上に淡く広がっていた。


 会議室の熱気はさらに増していた。

 最初は笑い声もあった陸海軍合同の会合だったが、机上の模型を囲む今は、誰もが真剣そのものだ。

 議題は新型爆撃機――「連合爆撃二型」に移っていた。


 この名は、数年前に両軍が共同開発した双発機「連合爆撃一型」に由来する。

 だが一型は、陸軍の要求を優先した結果、中途半端な性能に終わったと誰もが感じていた。

 ゆえに今回の「二型」は、同じ轍を踏んではならぬという思いが双方にあった。


「魚雷は一本では片手落ちだ!」

 陸軍航空本部の参謀が声を張り上げた。「四発機の巨体に魚雷一本など、ただの見せかけに過ぎん! 最低でも二本は積ませるべきだ!」


 海軍の幕僚たちが一斉に顔をしかめる。

「現状の爆弾倉寸法では一本が限界だ。重量配分を考えても無理だ」

「それに、エンジンはまだ一五〇〇馬力級だ。二本も抱えて離陸できると思うのか?」


 技術将校も渋い顔をして図面を指差した。

「魚雷二本となれば爆弾倉を根本から作り直さねばならない。重量は跳ね上がり、航続も削られるでしょう」


 会議室に一瞬の沈黙が落ちる。だがすぐに、海軍側の若い士官が口を開いた。

「ならば、やるまでだ」

「……何?」陸軍参謀が眉を吊り上げる。


「爆弾倉を拡大して魚雷二本を格納可能にする。エンジンも強化するのだ。一八〇〇馬力、いや、二〇〇〇馬力級を新たに採用する。重量が増える分は推力で押し切ればいい」


 別の海軍士官が続ける。

「燃料搭載量も増やすべきだ。二本の魚雷を抱えて敵艦隊に届かなければ意味はない。さらに爆弾搭載量も拡大し、対地攻撃にも備える。多用途性を持たせることでこそ、この“連合爆撃二型”は真価を発揮する」


 陸軍側は一瞬ためらったものの、やがてその論理に頷かざるを得なかった。

「……確かに。それなら我々の要求も満たされる。爆撃力は増し、戦略的価値も高まるだろう」


 次々と図面に赤鉛筆が走り、仕様変更が書き込まれていく。

 魚雷二本を収められる大きな爆弾倉。二千馬力級へと強化されたエンジン。増設された燃料タンクと、より多くの爆弾を搭載するための設計。


 やがて一人が呟いた。

「……こうして見ると、最初の“一型”とは、まるで別の飛行機だな」


 会議室の誰もが頷いた。

 怒号と応酬を経てなお、そこには確かな熱気と使命感があった。陸と海、両軍の要求がぶつかり合い、削られ、磨かれ、そして一つの巨大な形へと結晶していく。

 ――それこそが、「連合爆撃二型」の誕生の瞬間であった。

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