覗く気でしょ
夜。
母さんが夕飯の準備をしている間、俺は彩菜と並んで自室にいた。
どうしてこうなったのか、改めて考えようとしても……やっぱり理解が追いつかない。
この部屋に、銀髪の転校生がいる。
しかも、魔法使い(?)らしい美少女が、当然の顔して座ってる。
俺のベッドに。
「……おい、そこ俺の寝る場所なんだけど」
「問題ないわ。寝るときは別室だもの」
「答えになってないだろ……」
はぁ、とため息を吐いて座り込んだそのとき、彩菜が唐突に口を開いた。
「一つ、お願いがあるの」
「ん?」
「……今日のこと。それと、私の力に関して。誰にも話さないで」
「……つまり、お前が“魔法使い”だってことは、隠したいってことか?」
「そう。少なくとも、今はまだ」
その表情は真剣だった。どこか、責任感のようなものすら感じさせる。
「わかった。誰にも言わないよ。言ったところで信じられないしな……」
「ありがとう」
そう言って、彼女はほんの少しだけ──微笑んだ気がした。
そしてもう一度、まっすぐ俺を見た。
「それと、もう一つ。伝えておくべきことがあるわ」
「……まだ何かあるのかよ」
「私は“鍵の守護者”のひとり。けれど、この世界を護るために選ばれたのは、私だけじゃない」
「……どういうこと?」
「あなたを守るために、この世界には──私を含めて、四人の“守護者”が送り込まれている」
四人。
その言葉が、頭の中でぐるぐると回る。
「全員がもうこの世界にいるのか?」
「一部はすでに行動している。けれど、誰がどこにいるかは、私にもまだ知らされていないの」
「なんだよそれ……連携とかできてないのかよ」
「慎重すぎるくらいがちょうどいいのよ。あなたの力は──あまりにも危険だから」
「…………」
話せば話すほど、自分が“特別”な存在になっていくのが怖くなる。
「楓真、ご飯の前にお風呂入りなさ〜い」
部屋の扉越しに、母さんの声が聞こえた。
「はーい」
返事をしながら、隣に座っている魔束の方をちらりと見る。
「……先、入るか?」
少しは気を使ったつもりだった。でも返ってきたのは、鋭い一言。
「覗く気でしょ」
「いや、なんでだよ!?」
突然の疑惑に、思わず声が裏返った。
「普通、そういうときは“ありがとう”とか“悪いわね”とかじゃないの!?」
「男子はそういう隙を狙って覗くものだって、文献にあったわ」
「その文献、今すぐ焚き火にくべてきてくれ!」
冗談なのか本気なのかまったく読めない顔で、彩菜は淡々と告げた。
「だから、あなたが覗かないように《エスフェリア》を置いていく」
『おいアヤナ、我を監視カメラ代わりに使うでない』
「そうでもしないとこいつ覗くでしょ」
「だから覗かないって!」
ツッコミが追いつかない。というか、俺の立場がどんどん下がっていくんだが。
「……もういいから、さっさと入ってこいよ」
「ええ。すぐ戻るわ」
そう言って、魔束はすっと立ち上がり、部屋を出ていった。
『……結城楓真、我はお主の味方でもあるつもりだが──覗きは許さんぞ』
「やらねぇよ!!」