魔束彩菜はホームステイの女の子
帰り道、俺たちは並んで歩いていた。
「なあ、魔束は“魔法使い”でいいのか?」
ずっと心の奥で引っかかっていた言葉が、口をついて出た。
魔法使い──そんなのはもう、わかってる。
あの戦いを目の前で見せられたら、否定のしようなんてない。
それでも。
本人の口から、その言葉を聞きたかったんだと思う。
「そうよ」
『我々の世界では“メイジ”と呼ばれておる』
喋る指輪、エスフェリアが淡々と補足する。
「……本当に、魔法使いがいるんだな……」
しばらく沈黙が続いたあと、ふと思い出したように口を開く。
「……そういえば、魔束の家ってどこなんだ?」
「こっちの世界に家なんてないわ」
「は? じゃあどうやって生活するんだよ!」
「それなら大丈夫。今日から、あなたの家に泊めてもらうから」
「はあ!? なんだよそれ! 銀髪の魔法使いが急に家に来たら、母さんが驚くだろ!」
「それなら大丈夫」
魔束は当然のように言った。
「……大丈夫って、何がだよ」
「とりあえず、あなたの家に行けばわかるわ」
そう言って、彼女はそれ以上何も語らず、歩き出す。
俺は思わず、ため息をついた。
「……なんだよ、大丈夫って……」
⸻
家の玄関を開けて中に入る。
「母さん、ただいまー」
「楓真おかえり〜」
キッチンの奥から顔を出したのは、ふわっとした柔らかい雰囲気の女性──俺の母さんだ。
栗色の髪をゆるく結び、エプロンの上からも伝わる落ち着いた雰囲気。
優しげな目元はいつも穏やかで、どこか天然っぽさもあるけど、俺が小さい頃からずっと支えてくれた。
「えっと……そちらの方は?」
母さんがそう言った瞬間、空気がふっと浮いたような違和感を覚えた。
次の瞬間──
「あら、あなたが今日からうちにホームステイに来る魔束彩菜さんね!
どうぞどうぞ、遠慮しないで。自分の家だと思ってゆっくりしてね!」
母さんはあたかも最初からすべてを知っているかのように、にこやかに彼女を迎え入れた。
「ありがとうございます。お邪魔します」
魔束もそれが当然であるかのように、すっと玄関を上がる。
⸻
「……なんだよ、さっきの」
母さんが別室に行った後、俺は玄関の靴を見ながらつぶやいた。
「《エスフェリア》があなたのお母さんの記憶を調整した。“海外からのホームステイの子が来る”と思い込むように」
「記憶を……書き換えた……?」
背筋がぞくりと冷えた。
「ちょっと待てよ。それって……いいのかよ? 勝手に人の記憶をいじるなんて……」
「やむを得ない処置よ。私の存在は、“この世界の常識”の外にあるものだから」
魔束は、まるでそれが当然だと言わんばかりの目で、俺を見た。
──そうか。魔法使いにとって、これが“当たり前”なんだ。