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春風と桜と、新しい日常

春の風が、窓の隙間から教室に入り込んでいた。


 星ノ宮高校、二年A組。

 進級から一週間が経ったとはいえ、新しいクラスにはまだ少しだけ、よそよそしさが残っている。


「おい楓真。……朝っぱらからまたアンパンかよ」


 開け放たれた窓際の席で、俺は牛乳片手にパンをかじっていた。

 聞き飽きた声で文句を言ってくるのは、俺の悪友──三島慎吾だ。


「朝起きれなかったんだよ」


「“寝坊”じゃねえかよ。ほら、顔についてるぞ、あんこ」


「……マジか」


 慌ててあんこをティッシュで拭うと、今度は後ろの席からクスクスと笑い声が響いてきた。


「ほんと変わんないよね、楓真って。寝癖ついたまま登校してきた頃から成長してない」


 振り向けば、そこには俺の幼馴染──橘さくらがいた。


 茶色のセミロングに、小さく笑う瞳。制服の胸元には新しい名札がついている。

 進級してクラスは変わったのに、また同じクラスだ。


「お前もな。弁当箱よく忘れて、俺のパンをぶんどってただろ。あれで俺が何度昼メシ抜きになったか」


「……覚えてない」


「都合の悪い記憶はなかったことにすんのかよ」


「女子にはそういう機能が備わってるの」


「それ理不尽すぎない?」


「ふふっ」


 なんてくだらない会話。だけど──なんとなく、心地いい。


「……はいはい、イチャイチャはそこまでなー」


 今度は左隣からのんびりとした声が飛んできた。

 机に突っ伏していた田村圭介が、眠そうに顔を上げる。


「まったく、朝から糖分とラブの摂取量が過剰なんだよ。俺の安眠を返してくれ」


「どの口が言ってんだよ、朝のHR毎回寝てるくせに」


「寝る子は育つってな。あと俺、栄養は耳から吸収するタイプだから」


「……なにそれ、妖怪?」


「むしろ賢者」


「こいつ今日も安定してアホだな」


 三島と俺で同時にツッコむと、圭介は「ふふっ」と肩をすくめて笑った。

 こうして、いつもの馬鹿話で平和な一日が始まる──。


 しかし。


「はいはい、盛り上がってるとこ悪いけど、静かにしろー」


 三島が教卓を指差す。担任の南先生が名簿を片手に、やる気ゼロの声を響かせる。


「えー、今日は転校生を紹介する。お前ら、ちゃんと起きて聞いとけよ」


「転校生?」

「今さら?二年になってから?」


 教室がざわめく中、ドアが静かに開いた。


 その瞬間、空気が変わった。


 入ってきたのは、一人の少女。


 銀色の髪。整った顔立ち。制服の着こなしは完璧で、乱れひとつない。

 感情の読み取れない青紫の瞳が、教室の全員を順に見渡していく。


 ただ静かに立っているだけなのに、誰もがその存在感に気圧されていた。


「今日から星ノ宮高校の二年A組に転校してきた魔束彩菜さんだ仲良くしてくれよな。魔束一言」


 そう言われると銀色の髪をなびかせている彼女は自己紹介を始めた。


魔束彩菜まづか あやなです。よろしくお願いします」


 淡々と、無駄のない喋りだった。


 彼女は一礼し、空席へと向かって歩き出す。

 その歩き方すら、まるで“この空間に馴染んでいない”とでも言うような、不思議な 違和感を漂わせていた。


「……うわ、なんか雰囲気すごくね?」


 三島がぽつりとつぶやく。


「うん……ちょっと、別世界の人みたい……」


 さくらもまた、圧倒されたように彼女を見つめていた。


 俺は、なぜかその姿から目が離せなかった。





 ──昼休み。


 チャイムが鳴ると、教室内は一気にざわつき始めた。

 机を寄せる者、お弁当を広げる者、購買へ急ぐ者──その中で、俺は持参したパンの袋をゆっくり開ける。


「またあんぱんかよ飽きないね」


「好きなんだからしょうがないだろ」


 圭介がいつものように俺をイジっていると。


「なあ、楓真。あの転校生、昼どこ行った?」


 と、三島が自分の弁当のふたを開けながら尋ねてきた。


 思わず教室を見回すが、銀髪の転校生──魔束彩菜の姿は、どこにもなかった。


「……さっきの授業終わってから、見てないな」


「一人で飯食うタイプか? それとも屋上で宇宙と交信してんじゃねえの?」


「どんな偏見だよ……」


「お〜い、話戻すぞ楓真。ぶっちゃけどう思う? あの子。転校生のこと」


 三島が横からウィンナーをつまみながら顔を覗き込んでくる。


「……どう思うって言われてもな」


 俺はパンをかじりながら、わずかに言葉を選ぶ。


「不思議な子……ではあるよな。なんか、空気というか、距離感というか」


「だよなー。でも、あの美人っぷりはレベチだわ。銀髪だぞ? 銀髪! アニメかっての」


「でも日本語ぺらっぺらだし、育ち良さそうだよね」


「可愛いよな〜彩菜ちゃんだっけ? 俺、今度アタックしてみようかな〜」


「やめとけ。100%撃沈するぞお前」


「そのときは、俺のハートが砕けるだけで済むからノー問題!」


「それは問題だらけだよ」


 三人でいつものようにくだらない話をしながら昼飯をかきこむ。

 けれど心のどこかで、さっきの銀髪の少女のことが──まだ、引っかかっていた。





 ──放課後。


 靴箱で靴を履いていると、さくらがリボンを結び直しながら言った。


「ごめんね、今日部活あるから、先に行ってて」


「ああ。気をつけてな」


 手を振るさくらを見送ったあと、俺はひとり校門を出た。

 帰ろうとして──ふと足が止まる。


 視線の先。

 裏山の木々の隙間から、かすかに光が漏れていた。


 夕陽じゃない。車のライトでもない。

 もっと、冷たくて、淡い光。


(……なんだ、あれ)


 理由もなく、ただ惹かれるように歩き出していた。


 裏山の奥。

 草を踏み分け、坂を登った先で、その光は消えていた。


 周囲に異変はない。でも──確かに、ここには何かあった気がする。


 そのとき。


「来ると思ってたわ」


 背後から、聞き覚えのある声がした。


 振り返ると、そこには──あの銀髪転校生、魔束彩菜が立っていた。


「……お前、なんでここに」


 俺の問いかけに魔束は答えずに話し出した。


「質問。今日の教室で、私が入ってきたとき。……何か感じなかった?」


「はあ?何を」


「いいから答えなさい」


 まだ言葉の途中だったにも関わらず間に入ってきたその言葉はめんどくさいなという思いが伝わってきた。


「……変な感じはした。けど、それが何かなんて──」


「それで十分。感じたことが大事なの」


 魔束はまっすぐ俺を見据える。


「あなたには、“力”がある。……まだ目覚めていないけど」


「力?」


「私は、それを探しに来た。──あなたには“それ”の可能性があるの」


 空気が一段、冷たくなった気がした。


「今はまだ、理解しなくていい。けれど……あなたの世界は、もう“普通”には戻らないわ」


 それだけ言うと、彩菜は背を向ける。


「……おい、待てよ! それだけかよ!?」


「……いずれ、わかるわ」


 歩き出そうとする彼女に──


「アヤナ、それでは説明不足だ」


 しわがれた老年の声が空中から響いた。


「……あーもう。エスフェリア、また勝手に」


「もう少し話してやってもいいだろう、こやつも巻き込まれてしまったんだからな」


 魔束が静かに左手を掲げると、そこには青い宝石の嵌められた指輪が光を放っていた。


「え、まさか……指輪が、喋ってるのか……?」


「そうだ。我は《エスフェリア》。アヤナ=フェルディナンドに仕える知性ある魔法具にして、理の記録者。

 結城楓真、おぬしの中にはすでに“鍵の因子”が芽吹いておる」


「は、はあ!?」


「おぬしは、“扉を開く者”だ。──だが、また“扉を閉じる者”でもある。まだそれも可能性の話だがな。

 だが開くことは選びの始まり、閉じることは終わりの責任。忘れるでないぞ」


「……なにそれ……マジで、何なんだよ……!」


 混乱の中、答えはどこにもなかった。


「……明日から、あなたを監視する。以上よ」


 そう言って、彩菜は今度こそ森の奥へと消えていった。


 俺はただ、夕焼けの裏山に立ち尽くしていた。


 “鍵の因子”

 “扉を開く者”

 “運命は、もう始まっている”


 理解なんて追いつかない。でも──


 確かに、世界の何かが静かに動き始めていた。

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