現実感と非現実感
朝。
カーテンの隙間から差し込む淡い光が、静かに部屋を照らしていた。
時計の針は、まだ6時前を指している。
けれど俺はとうに目を覚ましていた。というか──ほとんど眠れていなかった。
脳裏に何度もよぎるのは、昨夜の出来事。
使い魔との戦い、あの黒い男の登場、そして「崩壊の未来」という言葉。
どれも現実味がないはずなのに、確かに俺の中に“現実”として残っている。
隣の部屋──元・物置だった空き部屋には、魔束彩菜が寝ている。
この家に“住み着いた”銀髪の魔法使い。
あいつは昨日の戦いを終え、家に戻るなり「ここの空き部屋でいいわ」と言って布団を敷き、何事もなかったように眠りに落ちた。
「……マジで夢じゃなかったんだな」
小さく呟いて、俺は布団の中で天井を見つめたまま、スマホに手を伸ばす。
通知が一件。
──差出人は、橘さくらだった。
【さくら】
《今日の朝練、中止になったって!》
《よかったら、朝一緒に学校行かない?》
《7時半にいつものとこ集合でどう?》
“いつものとこ”。
家の近くの信号のない角──小学校の頃から、俺とさくらがずっと使ってきた“集合場所”。
画面を見つめながら、思わず小さく息を吐いた。
さくらには、昨日のこと……いや、今この瞬間進行している“異常”について、何も話していない。
話すべきか? それとも、巻き込むべきじゃないのか……
考えは堂々巡りするばかりで、答えは出なかった。
「……まあ、会ってから考えるか」
そう口にして、俺はスマホを握ったまま、布団から抜け出した。
リビングに降りると、母さんはすでに朝ごはんの支度をしていた。
「おはよう、楓真。今日はちょっと早いのね?」
「ああ、ちょっと目が覚めちゃって」
俺は曖昧に笑いながらテーブルにつく。
昨夜のことを話せるわけもなく、ただ焼き鮭の香りに意識を逃がす。
その少しあと──
「……ふぁ……おはようございます」
髪をひとつにまとめた魔束彩菜が、リビングに姿を現した。
普段の黒と金の魔導ローブではなく、俺のTシャツをラフに着て、眠たげな顔であくびを噛み殺している。
そういえば、昨夜──
「寝巻きがない」と言われて、仕方なく俺のTシャツを貸したんだった。
肩は少し落ちていて、袖も長い。サイズが合ってないのが逆に“部屋着感”を強調している。
それにしても……完全に“馴染んで”やがる。
まるで前からここで暮らしていたみたいに、自然な仕草で椅子に腰を下ろすその姿に、妙な現実感と非現実感が混ざり合っていた。
「おはよう、彩菜ちゃん。よく眠れた?」
「はい。ぐっすり眠れました。ありがとうございます」
母さんの明るい声に、魔法使いがまるで普通の女子みたいに返す。
なんなんだこの日常感……いや、非日常なのは、俺の方だけなのか。
昨日から続く現実と非現実の混ざり合いに、またひとつ深いため息が出た。
「楓真、もうすぐ7時よ。学校の支度、大丈夫?」
「あ、うん……朝、さくらと約束してるからもう行くね」
そう言って立ち上がると、彩菜がちらりとこちらを見た。
「……その“さくら”って女の子、何者?」
「幼馴染だよ。ただの。てかクラスメイトだろ」
「全然覚えてない」
……こいつ、クラスメイトの顔すらまだ覚えてないのか。
転校したばかりとはいえ、興味なさすぎだろ。
俺は、またまたまた深いため息をついて、家を出た。
7時半。いつもの角。
さくらはすでにそこにいた。
制服のスカートを風で押さえながら、スマホを見ていた彼女は、俺に気づくと顔を上げて、ぱっと笑った。
「おはよう、楓真!」
「お、おう。おはよ」
「ふふっ、なんか元気ない? 寝不足?」
「まあ、ちょっとな……」
──そりゃそうだ。
昨日、命がけの戦いを目の前で見せられて、家には魔法少女が居候してて──なんて、寝られるわけがない。
「ねえ、今日は帰りに用事ある?」
「ん? ああ、ないけど……なんで?」
「……なんでもない。ふふ」
なんでもないって顔じゃないけど……
それ以上は聞かず、俺たちは並んで歩き始めた。




