第一卷:龍淵遗誓(220〜280年) 第1章·機関鳶墜 第一回·火鳶焚林 三、亀甲羅現れ
(上)鎖の驚涛
王勉の鎖鏢が崖に突き刺さった時、川の渦は百丈の幅に広がっていた。諸葛瞻は無重力状態で自分の血の珠が逆流し、対岸から飛来した夏侯覇の魔血と空中で衝突するのを見た。紫黒い毒霧が爆発する。老将の鎖が突然張り詰め、鉄の輪が少年の腰に白骨を浮かび上がらせた。
「少主、掴まれ!」王勉の片目が裂け、岩の隙間から突き出た青銅の歯車を蹴りつけた。
五十年前に墨家が築いた桟道の機械装置だ。歯車の軋みが巨大な獣の歯ぎしりのように響き、崖が割れて青銅のレールが現れた。秦の始皇帝が南巡時に残した「天弩」の土台だった!
三本の毒付き矢が空を切る。諸葛瞻は回転して二本を蹴散らすが、三本目は鎖に跳ね返り王勉の喉元へ。老将は避けず、矢が首を貫くと漏れる息で呻いた。
「老僕...丞相に申し訳ない...」言葉が終わる前に、折れた矢で鎖を青銅レールに打ち込んだ!
「王叔!」諸葛瞻は垂れ下がる老人の腕を掴んだ。焼け跡だらけの手が突然力を込め、少年を渦の中心へ放り投げた。
「水の下を見ろ!丞相の...」声は川の波に飲まれた。
諸葛瞻が渦に呑まれる瞬間、川の水が層を分けた。上層は血の赤、下層は墨の青。十二の青銅棺が暗流に浮き沈み、族の紋章が回転する。諸葛家の木牛流馬の紋が夏侯家の饕餮紋に衝突し、司馬家の渾天儀紋に砕けて張角の黄巾鬼面が現れた。
(中)亀甲の予言
渦の中心で亀甲の破片が組み合わさると、川底から鐘の轟音が響いた。諸葛瞻の鼓膜から血が滲んだが、父の最期の呟きがはっきり聞こえた。
「甲子の再来...予言ではない...カウントダウンだ...」血に汚れた目を必死に開くと、亀甲の表面に浮かぶのは文字ではなく無数の細かい彫刻だった。
秦始皇陵の奥で九つの大鼎が人を溶かし、蒸気が青銅の竜を動かす。 八百年後の馬嵬駅で楊貴妃の簪が身代わりの喉を刺し、血が大地に染み込む。 黄浦江の蒸気船が黒煙を吐き、甲板で司馬の子孫が放射線計測器で亀甲を調べる。
「こ、これが未来?」
少年は懐の『魯班の書』を探った。残りの頁が亀甲と共鳴し、血の文字が浮かび上がる。
「龍淵は剣ではない、宇宙船の名だ」川面から七本の水柱が噴き上がり、北斗七星の形で麗山を指す。
対岸の高台で青銅の仮面を被った魏の将が仮面を外した。司馬昭の青白い顔が嗤う。
「諸葛公子、太平の幻はお気に召したか?」
連弩が変形し、掌サイズの渾天儀に。
「お父上が協力していれば、鼎の気で苦しむこともなかったものを...」
諸葛瞻の瞳孔が縮んだ。司馬昭の背後に父の最期の光景が浮かぶ。五丈原の陣で、諸葛亮の胸に亀甲が刺さり黒血が星図を描く。傍らには火教の仮面を被り、司馬家の紋章を刻んだ玉を身に着けた医者が立っていた!
「貴様ら司馬家の仕業か!」少年が絶叫する。
気の勢いが渦巻くと亀甲の陣が逆転し、七本の水柱が氷の槍となって司馬昭に襲いかかる。川底の青銅棺が開き、十二体の甲骨文を刻んだ骸骨が浮上。手にしたのは未来の銃と古代の剣を融合した武器だった。
(下)血の鎖の輪廻
王勉の亡骸が突然動いた。首に刺さった矢を残したまま人形のように川に飛び込み、骸骨の頭を鎖で押さえた。
「少主...これは墨家初代の巨匠の遺体...手に...」骸骨が握るのは武器ではなく、二進法のコードが刻まれた亀甲の破片!
諸葛瞻は氷の槍の雨の中、破片を受け取った。触れた瞬間、建安二十四年の白帝城が目に浮かぶ。病床の父がこの亀甲で劉備の命を繋ぎ、若い司馬昭と陸遜が立ち会う。三人の指から滲む血が亀甲にDNAの二重螺旋を描く!
「お前ら...最初から組んでいたのか?!」
少年が天に吼えた。亀甲が突然熱を帯び、記憶の映像を灰にする。川底から機械音が響き、十二体の骸骨の眼窩が赤く光る。銃剣が一斉に天を指す中、諸葛瞻の定規が分解再構成し、光の刃となって司馬昭を斬りつけた。
「ガチ——ン」
金属の衝突音が川の波を砕く。夏侯覇の魔刀が西岸から襲い、刀の気配が光の刃と融合し、亀甲の陣上にキノコ雲を咲かせる。陸遜の太平の旗が竜巻を巻き起こし、三人の声を諸葛瞻の耳に届ける。
「愚か者よ、この計画は光武帝の時代から始まっていた...」(司馬昭)
「諸葛亮の死が自然だと思ったか?」(夏侯覇)
「三家の血はとうに枯れるべきだった...」(陸遜)
王勉の亡骸が浮上し、胸に最後の亀甲を嵌めていた。片目が見開かれ、残りの力を振り絞って叫ぶ。
「少主、逃げろ!これは墨家が二千年守った...」言葉が終わらぬうちに、十二体の骸骨が一斉に銃口を向け、老人の遺体を血の霧に変えた。
諸葛瞻は爆発の衝撃に呑まれ川底へ落ちた。最後の意識に、三枚の亀甲が織り成すホログラムが映る。2049年の火星基地で、クローンの自分が七星龍淵の剣を祭壇に突き立て、その下には王勉の青銅製骨格が横たわっていた!