第四巻第一章 天罰降臨
三星堆の巨大な穴のふちを、探照灯の光が鋭く切り裂いていた。その光はまるで裁きを下す剣のようで、夏侯烬の血にまみれた顔を照らし出した。
彼の足元には、初期型クローンの死体が横たわっていた。それはゆっくりと蒸発し、青い煙となって空中に立ちのぼり、やがて「SN-1901-XHL」という文字の幻影を形作った。
「クリアランスまで、あと十秒、九秒……」
無機質なカウントダウンの声が、装甲車から響きわたり、坑道の壁を震わせて岩片がぱらぱらと落ちていく。
その時、指揮車の中で何かがはがれ落ちた。人間の顔の皮を模したマスクがふわりと落ち、制御盤の上に転がる。そして現れたのは――焼け焦げた金属の素顔だった。
司馬空。かつての将軍。だが今は人ではなく、半分が機械に置き換わった異形の存在だった。右目から放たれる赤い光が、夏侯烬の胸を正確に狙う。
「教授、危ない!」
夏侯烬が叫んだ瞬間、地面が爆発し、炎の柱が吹き上がった。轟音がすべてをかき消し、諸葛青が立っていた場所は、一瞬で溶岩に飲み込まれた。
そこから姿を現したのは、黄帝の面をかぶった男だった。足元の溶岩に沈まず、まるで従えるかのように歩を進める。その手に握られているのは、青銅の剣。
剣先が夏侯烬の胸の前、わずか三寸(数センチ)に迫った瞬間、その刀身が不思議な映像を映し出した。
――砕け散った月の残骸。
その周囲を漂う無数の冷凍カプセル。
表面には「七殺星」と「天機」の紋様が光り、まるで宇宙に浮かぶ墓碑のようだった。
夏侯烬は息をのんだ。胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
「わかったか?」
面の奥から響く声は、金属の鐘のように重く、どこまでも冷たい。
「これこそが、本物の文明の火種だ。」
言葉と同時に、青銅剣は液体のように溶けて、無数のデータの流れへと変わり、天坑の底へと流れ込んでいった。
そこに浮かび上がったのは、巨大な円盤。
半分は精密な歯車、もう半分は血管のような有機的な組織でできていた。見る者を震え上がらせる異様な光景。
その表面に刻まれていたのは――
文明フォーマット・インターフェース。
夏侯烬の心臓が大きく跳ね上がる。直感が告げていた。これが動き出せば、すべての文明が消される。
「狂ってる!」
夏侯烬が吠えるように叫んだ。
面の男は淡々と首を振る。
「狂気? いや、秩序に戻すだけだ。古い文明はもう腐りきっている。一度消さなければ、新しい芽は生まれない。」
「それは再生なんかじゃない!ただの破壊だ!」
諸葛青が声を張り上げる。怒りと恐怖で手が震えていた。
だが、男は嘲笑するように言った。
「破壊を恐れるのは弱者だ。本当の虚妄は、お前たちが必死で守ろうとする、この腐敗した世界だ。」
夏侯烬は全身の力を込めて剣を振るった。火花が散り、データの奔流に切り込む。
「文明を滅ぼすなら、まず俺の死体を踏み越えて行け!」
面の男は一歩前へ進み、冷たく言い放った。
「ならば見せてやろう。お前の肉体が、天罰に耐えられるかどうかを。」
円盤の中心が眩く光り出した。耳をつんざく轟音。大地が震え、空気が焼ける。
「カウント、ゼロ。」
冷酷な声と同時に、白い光が世界を呑み込んだ。
夏侯烬の体は吹き飛び、骨がきしむ。耳は聞こえなくなり、視界は真っ白に塗りつぶされる。その最後の一瞬、彼は見た。
諸葛青が必死に自分へ飛び込んでくる姿。
司馬空の赤い光がふっと消える瞬間。
そして、黄帝の面がはがれ、まだ見ぬ顔が白光の中で浮かび上がる。
――天罰とは神の裁きではない。
それは人間が自ら作り出した、最大の破壊だった。
意識はそこで途切れ、夏侯烬は闇へと沈んでいった。




