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容疑者 山村誠一夫婦

山村誠一の聴取。

「青酸カリって、本当ですか?母ちゃん…いや、母は持ってたんですか?」

 誠一は驚いて聞き返した。若い刑事の桜井は鋭い眼差しで観察している。中年刑事の矢野は優しく同情するように問いかけた。

「お母さんを亡くされたばかりで心苦しいのですが私共も仕事なので。お答え、お願いします。何か心当たりはないですか?」

誠一は首を振った。

「いえ、全然わかんねぇです」

「死亡推定時刻は午後七時頃と言うことですが、その時間は何を?」

誠一は更に驚いた。

「その時間なら兄弟全員おらの家にいたから!」

「全員?」

桜井刑事が声を上げた。

誠一は、昨日の親族会議のことを打ち明けた。。

「"マルセイ"って知らねぇすか?」

誠一がおもむろに聞いてきた。

矢野刑事はちょっと考えて

「すいません、知らないです。私達、出身はもっと遠いんですよ」

誠一は少しがっかりしたようだが、話を戻した。

「恥ずかしい話で、おらは何もかも無くしちまってここにいるんです…」

誠一はO町から引っ越してきた経緯を、言いにくそうに、たどたどしく話した。矢野刑事は誠一の様子を見て少し間をおいてから質問した。

「その日はご兄弟以外に訪ねてきた人はいますか?」

「いねぇです。朝かおら達兄弟だけです」

「そうですか...」

「フミさんのご亭主、お父さんはいつ亡くなったんで?」

誠一は記憶を辿るために上を見上げた。

「十五、六年前にです。癌で」

「そうですか」

矢野刑事が写真を見せた。

「この黒い小瓶がご遺体の近くにあったんですが、見たことは?」

誠一はじっと見て首を振った。

「わかりません」

「本当に?」

「はい」

「フミさんの預金や生命保険について教えてもらえますか?」

誠一がゆっくり顔を上げて驚いた表情をした。自分は警察の説明を聞きに来たつもりだった。しかしその時、"自分が疑われている" と初めて気付いたのだ。途端に緊張が走り、全身が汗ばんできた。

「自分は何も知らねぇです」

誠一は強く首を振りながら答えた。首を滴る汗を拭いながら、汗をかいている自分が疑われないか心配した。

「知らない?何も?」

「…はぁ…」

誠一は間をおいてから溜め息をついた。

「おらは全部、女房に任せてたんです。店の客が減って、おら、東京へ出稼ぎしてたんです。でももう、六十五過ぎてから仕事がなくてね。でも母ちゃんを殺して金を取ろうなんて思わねぇです。母ちゃんのことは、女房が知ってると思います」

 すっかり髪が薄くなった頭には、うっすら白髪がまとっている。大きな体はさぞかし若い頃は力強い男だったのだろう。今は眼鏡をかけ、力なくこちらの顔を覗いている。矢野刑事は静かに問いかけた。

「奥さんの他にお母さんについて詳しい人はいますか?」

「娘の百合と、妹の緑とタエちゃん」

「タエちゃん?」

「親戚です」

誠一はすらすら答えた。

「最後に、どんなお母さんでしたか?」

誠一がふっと寂しそうな顔になった。

「働きもんで、情に厚い人だったと思います。ただ最近は...ボケてきちまってて...」



「こりゃあ、兄弟全員容疑者じゃないですか!」

山村誠一を帰宅させた後、若い刑事の桜井がテンション高めに声を上げた。

「ただなぁ、何だかなぁ」

中年の刑事の矢野が一人でぶつぶつ言っている。



山村志津の聴取。

「私は知りません」

ぶっきらぼうに、ふてくされたように話す志津に、桜井刑事が質問していた。

「ご兄弟皆さんいたんですよね?誰もちゃんと本当に寝てるか確認しなかったんですか?」

志津はふっと笑いながら答えた。

「年なんでねぇ。ボケてたんですよ。あ、今は認知症っていうの?暇さえあればいつもウトウト寝てるんですよ。皆 "いつものこと" だと思ったんじゃないですか?」

志津は細身で目鼻立ちがハッキリした顔で、シワやシミがあるものの若い頃は綺麗だったんだろうと思わせる顔立ちだった。ハキハキ話す口元は、少し前歯が出ている。

「その日はご兄弟の他に誰か来ませんでしたか?その、一日を通して..」

「はい、誰も」

矢野刑事が桜井刑事に目配せして質問を交代した。

「いつから認知症の症状が?」

「さぁ、いつだったか。もう随分なりますよ」

「どんな症状でしたか?」

「嘘つくんですよ。私にお金盗まれるとか、殴られるとか、ご飯食べさせられないとか。要するに嫁の悪口みたいなもんですよ」

志津はふんっと不機嫌そうに顔を曇らせた。

「実際はどうだったんですか?早く死んでほしいと思ったりとかは?」

矢野刑事がこう質問してみると、志津は突然、今まで見せたことのない怒りの表情をして声を荒げた。

「おらがやったっていうのか!?誰がおらがそんなことしたって言った!?」

志津の迫力に二人の刑事は目を丸めて仰け反った。

「いえいえ。普段の暮らしぶりを聞きたかったんです。介護も大変だったでしょう?」

矢野がとりなすようになだめた。すると、志津はふっと落ち着き、緩やかになって得意気に話した。

「そりぁねぇ。お義母さん耳も遠いし足も悪かったでしょう?大変でしたよ。私が何かしたら近所や親戚から言われるから、そりゃあ懸命に世話しましたよ」

二人の刑事は志津の変容ぶりに驚いて顔を見合わせた。

「朝は最初にあなたがフミさんを起こしたと?」

「部屋の外から声をかけただけです。私は勝手に部屋に入らないので、見てはないです」

「フミさんの体調はどうだったんですか?」

「よく食べるし、飲むし、よく寝るし。元気なもんですよ、まったく」

志津は呆れたように言い放った。

矢野刑事が深呼吸した。

「フミさんの預金や生命保険はありましたか?」

志津の顔色が変わった。志津は少し声のトーンを落として答えた。

「通帳は娘が持ってる。保険は掛けてない」

矢野刑事が志津をじっと見たまま続けた。

「なぜ娘さんが?」

志津が顔を背けて答えた。

「私にはお金を余計に持たせられないんですと。はぁ、...お義母さんの恩給無きゃ暮らせないのに。どうなるんだか...」

矢野が写真を取り出して質問した。

「これに見覚えはありますか?」

小さな黒い小瓶が写っている。志津は横目で見ながら

「さあ、知りません」

と、素っ気なく答えた。

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