#1 誰も知らない勇者
突発的に、転生ものを書いてみようと思いました。
転生ものが流行っているのは知ってますが、読んだことはないので、自分らしく書ければいいかな程度で始めます。
「オレはホップス・オ・ダーラ……勇者だ」
異民族の前でキメ顔を作り、自己紹介をした瞬間から地獄は始まった。
「ほっぷす……お……おだ……え? 何て言うたん?」
「アホかお前は! ちゃんと聞いとけ! オレはちゃあんと聞いてたさかいな! あの子は『僕の名前はプップスオナラでんねん!』そう言うたんや!」
「プップスオナラ! めっちゃ臭そうな名前やん!」
「せやな! よっぽどくっさい屁こくんやろな! 多分、あれやで! 自分の名前言いながらこきよるねん! オレはプップスオナラや! ぶぅ! 以後覚えとき! みたいに」
「めっちゃインパクトあるやん! ええなぁ!」
「ウチのおとんもめっちゃこきよるねん! 何も言わはれへんから、プップス君みたいにちゃんと宣言してくれたら、えらい助かるわ! 気ぃつかいやん! 男前やし!」
室内が祭りのような騒ぎになっている。オレには何が起きているのかまるでわからない。彼らの言葉も、おおよそ意味はわかるのだが、聞いたことのない方言らしく、ところどころ意味不明だ。どうして、自己紹介をしただけでこんなことになるんだ……。
しかも、誰一人『勇者』というところには食いつかない。
オレのパーティは、世界を二十年間支配していた魔王を一年前に倒した。オレたちの名声は、出身地であるコイデル国はもとより、世の果てと言われていたシーリ国にも届いていた。
なのに、なぜ? こいつらは知らない? そもそもここはどこなんだ? やはり、あの扉が全ての原因らしい。
「静かに静かに! 君たちオナラ君に失礼やろ!」
先ほど『先生のアオキや』と紹介を受けた初老の男性が、沸騰する部屋を静めにかかる。とりあえず助かった。
「えー! なんでやねん先生! 転校生のことは早いこと色々知りたいやんか!」
「せやせや! 邪魔せんといて!」
文句が飛び交うなか、威厳たっぷりに先生は吠えた。
「お前らあほか! 今まで何を勉強してきててん! 名前のことはどーでもええやろ! さっき、オナラ君が最後に何て言うた? 『オレは勇者やで』そう言うたんや!」
部屋が水を打ったように一瞬にして静まり返る。
そう。オレが欲してたのはこういう反応だ。先生、気づいてくれてありがとう。さすがに言い直すのは自己主張が激しすぎるかな? と思ってどう行動したものかと迷っていたところだ。
「いいんだ……いいんだ。みんな。わかってくれれば何てことない」
オレはここぞとばかりに広い心を見せる。もちろん極上の勇者スマイルもつけて。
「すまん! ほんまにすまんかったオナラ!」
一番声の大きかった男が、立ち上がって涙を流し始めた。
「いいさ。ところで、オナラじゃなくて、オ・ナーラ……」
オレの言葉は男の叫び声でかきけされた。
「そんなわっかりやすい『ボケ』を、俺らは拾ってやれへんかった! これは俺らの問題や!」
「え?」
オレは彼が何を言っているのか理解できなかった。ボケ? どういう意味だ?
「せや! お前らをこんなドンクサイ人間に教育した覚えないで! 先生は悲しい! 涙で淀川下りできるわ!」
「え?」
オレはもう一度当惑した。先生は何かしらの勘違いをしている彼をたしなめるのだと思っていた。
「オナラ君! ウチも気づかれへんくて……なんて謝ったらええんかわからへんから謝らへん! せやからもう一回最初っからやり直してくれへん? それでみんな水に流そ!」
髪を二つにくくった女がわけのわからないことを言いだした。オレがもう一度「え?」と言う間もなく、謎めいた呪文が詠唱されはじめた。
「せや! アンコール! アンコール!」
「なっ! なんだこれは……」
未知の状況に陥った場合の鉄則、防御力アップの魔法を使おうとしたが、その前に先生が近くに来て静かに言った。
「ってわけで、すまんけど、もっかい自己紹介やってくれへん?」
「え?」
一体何度目だろう。魔王の力で全員が五年もの間眠らされていた町を見つけたときよりも「え?」を連発している。
オレの知っている世界と違いすぎて、情報が処理できない。ここはとりあえず従っておくことにしよう。
「あ……あああ」
声を整える。部屋には三十人ほどの人がいる。男女は同数程度。全員が緊張した目をオレにむけている。
「オレはホップス・オ・ダーラ……勇者だ」
オレが言った瞬間、先ほどの声の大きな男が武闘家よりも素早く立ち上がる。
「いやいや勇者って! オナラが勇者になれんねやったら、神さまはウンコかい!」
部屋がわいた。笑い声でわいた。先生は嬉しそうにうなずいている。オレの目がおかしくなったのでなければ、「どっ!」という文字が空中に表示されている。
こんな不思議な魔法は見たことがない。もしかすると、かなりヤバいところにきてしまったのかもしれない。国一番の歴史家でもある大臣の言うことをもっとちゃんと聞いておけばよかった。あのとき、大臣は『別の世界に通じる』と言った。オレは『別の国』のことだと理解していたが……どうも違うらしい。
どんな魔物にもひるまなかったオレが、英雄のオレが、勇者のオレが、今、初めての足の震えを感じている。
(続く)