7. 一筋の光
瘴気を見つけると、同じくして数体の魔獣も姿を表し、そこからはあっという間に魔獣討伐が始まってしまった。
ここに来るまで魔獣は一体もいなかったのに。
ここに来てようやくと言うべきか、むしろ今までどこに隠れていたのかと聞きたくなるくらいに、尋常じゃない数の魔獣だ。
正気を失い魔獣に堕ちた動物たちは、こちらを殺しにかかってきていて、隊長さん含め隊員さんたちは必死に応戦している。
剣で斬る隊員もいれば、魔法で凍らせたり燃やしたりする隊員もいて、戦い方は様々だった。
しかしどうしてか、魔獣を何体倒しても一向に数が減らない。
……なんであんなに?
そう思ったとき、私はあることに気が付いた。
……減らないわけね。瘴気からあんなに魔獣が湧いてきているなんて。
どんなに目の前の魔獣を殺しても、それを上回るペースで魔獣が瘴気から生まれてきている。これではこの戦いは不利だ。この森にいるすべての動物が瘴気を通ればいくらでも魔獣は出て来てしまう。つまり、このままいけば人間の持久力の方が先に底をつく可能性が高い。
このままでは部隊は……。
一瞬嫌な想像が頭をよぎり、私はその想像をかき消すように頭を横に振った。
「ぐぁっ!」
「!」
一瞬目を離した隙に悲鳴が聞こえた。悲鳴のした方を見ると、あのジェイが熊の魔獣に馬乗りになられていて、魔獣が今にも彼の首にかぶりつきそうな状況だった。私は思わず声を上げる。
「ジェイ!!」
すると私の声と同時かそれよりも早く、隊長さんがジェイの元に駆けつけて彼を襲っていた熊の首を斬り落とした。それは一瞬の出来事だった。魔獣となって普通の熊よりも一回り以上大きくなっている熊の首を一太刀で切る姿は、圧巻であった。
「大丈夫か?」
「は、はい。すみません隊長」
「謝るのは後だ。魔獣はどこから出てくるか分からないから、視野を広く持て。出てきたら、一体一体着実に倒せ」
「はい!」
隊長さんが手を差し伸べて、その手を取って無事立ち上がるジェイを離れたところから見て、私は安堵する。
……良かった。ジェイは無事みたいね。
だが、ただ安堵してもいられない。
こうしてる間にも瘴気から魔獣が出てきてしまっている。
……どうにかして瘴気を消さないと…………ん?
瘴気の中に何かが見えて、私は目を凝らす。
なにぶん私が瘴気からは少し離れた場所にいるので、瘴気の中まではよく見えないのだ。じーっと瘴気を見つめて、その何かが何なのかを確認しようと試みる。
「あれって……?」
瘴気の中に一箇所だけ、光って見える場所がある。
黒や紫の靄の中に白い光がポツンと浮かんで見える。一度気づいてしまうと逆にそこにしか目がいかなくなるから不思議だ。
「ダメだわ。ここからじゃ遠すぎる。もう少し……」
もう少し近くで見たい。
そう思って、ほんの数歩だけ前進してみる。
しかし次の瞬間、動くべきじゃなかったと後悔した。
「聖女様!!」
そう叫んだのは隊長さんだろう。
聖女様と呼ばれて初めて気づいた。
私のすぐ横に、魔獣となった狼が三体も近づいてきていたことに。
「っ……!」
人間、恐怖の瞬間は体が硬直し、足も動かせなくなるものだ。三体の狼が数メートル先から私に向かって飛び出してきても、その大きく開いた口に恐怖を覚え、私はその場から一歩も動けなかった。
恐怖でぎゅっと目もつぶる。
それなのに。
一秒……二秒。
もう噛みつかれてもおかしくないのに、全然痛みを感じない。
……あれ?
目を開けるのも怖いが、そーっと瞼を上げて確認すると、目の前は真っ暗だった。まだ昼間なのに。
その暗さの原因は……
「た、いちょう……さん?」
隊長さんの大きな体が、私を覆うようにして立っていたのだ。本当にすぐ目の前に、太陽から私を隠すようにして覆い被さっていた。そんな構図なので、私から彼の顔は逆光になりよく見えない。
彼は先ほどジェイのところへ助けに行ったのと同じように、今度は私を助けに駆けつけてくれたのだ。
「ご無事ですか、聖女様?」
彼の心配そうな声が頭上から届く。
「は、はい。大丈夫です。私は何とも」
隊長さんのおかげで私に怪我はなかった。
きっと私が目をつぶった隙に、隊長さんはあの狼たちを斬ってくれたのだと思う。
顔は見えないけれど、一応隊長さんの顔を見上げる形で答えた。
「それよりあの」
私はそのままの体勢で、さっき気になった瘴気の中の何かについて隊長さんに聞いてみる。
「あの瘴気の中で何かが光っているように見えました。それが何なのか確かめようと思って、つい前に出て来てしまって……すみません」
私がつい動いたばかりに、隊長さんに迷惑をかけてしまったと謝った。魔獣がたくさん湧いている中で、たとえ数歩でも勝手に動くべきではなかったと反省している。
「光? それは今も見えますか?」
「え……? はい。あそこに」
隊長さんには光が見えていないのだろうか。
今も見えるかと聞かれたので、私は迷わず目に見えている瘴気の中の光を指差した。
「……なるほど。今日はここで退き、作戦を立て直します。すみませんが、撤退の際は抱きかかえさせていただけますか?」
「え、抱き……? きゃっ!」
私が頷くよりも先に、隊長さんは私の腰に腕を回し、両脚を持ち上げられてしまった。つまり、お姫様抱っこされている状態になった。
突然の出来事に、思わず「きゃっ」なんて若い子のような可愛い悲鳴が出てしまい、輪をかけて恥ずかしくなる。
そして、隊長さんは私を抱きかかえたまま声を張り上げて隊全体に命令を出した。
「総員、一旦退避だ! 足を怪我した者には手を貸してやれ! 魔力が残っている者は後ろに周り、魔獣の追手を食い止めろ! 一気に退くぞ!!」
命令を下された隊員さんたちは互いに視線を送り合い、怪我の度合いを確認し、遅れる者がいないように手を貸し合う。
「よし、総員退避!!」
皆が逃げられる体制を取れたと判断したところで、隊長さんは正式に退避命令を出した。
命令と同時に走り出した隊長さんは、ものすごく足が速かった。
……もし私が自分の足で走っていたら、魔獣に追いつかれちゃったかも。
さっきまではなんでいきなりお姫様抱っこされているのか分からなかったけれど、隊長さんのスピードを体感するとその意図がよく分かった。
退避して、魔獣から逃げ切れるかどうかは皆の足に掛かっているのだ。私はきっと足手まといでしかなかっただろう。
それに気づいた時、隊長さんの腕から落ちないようにと彼の首に回していた両腕に、私はキュッと小さく力を込めていた。