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6. 現れた瘴気

 昨夜の隊長さんとの気まずい会話から一夜明け、朝動き始めた馬車は、お昼頃に魔の森の入り口付近に到着した。


「着いたようですね。ここからは歩きます」


 隊長さんから出たのは普段通りの単調な言葉。

 なんとなく気まずく思っているのは私だけのようで、隊長さんは何事もなかったように冷静だった。


 ……まあ、変にギクシャクしてもやりづらいから助かったけど。


 隊長さんは先に馬車を降り、スッと手を差し出してくれた。私はそこに自分の手を乗せて支えてもらいながら、ゆっくりと馬車を降りる。


 すると目の前には、鬱蒼と繁った森が広がっていた。その先には、馬車で進めるような整備された道が見当たらない。なるほどこれでは、確かに歩きに切り替えるしかない。


 しかし歩くということは同時に、危険も増すということ。

 いつ何時、瘴気や魔獣が現れるか分からない。

 魔獣は人の命を奪うほどの危険な動物。

 ここからは気を引き締めていかなければいけないのだ。


 魔法の使えない私が一緒に行っても意味がないのではないかと一応聞いては見たけれど、魔獣や瘴気を前にしたら何か力が発動するかもしれないということで、馬車で待っているという選択肢はもらえなかった。


 緊張と不安を感じた心臓は、どくんどくんと大きく脈打っているのが分かる。少しでも落ち着くように、私はグッと胸に手を当てていた。


「……大丈夫ですか?」

「え、あ、大丈夫です! ちょっとあの、緊張して……」


 私の顔色を心配してくれたらしい隊長に声を掛けられ、私は無理矢理笑顔を作った。多分きっと、引きつった笑顔だったと思うけれど。



「ここからは私の隣を離れないでください。それから、絶対にあなたを守りますので安心してください」


 イケメンに「隣を離れるな」、「あなたを守る」と言われてキュンとしない人はいるだろうか。いや、いない。


 ……これでモテないってんだからほんとおかしな話だわ。


 目の前の隊長さんにいきなり甘いセリフを吐かれて、心臓のドキドキが魔の森に対する恐怖心からではなくなったことは、言うまでもなかった。


 恋愛経験の少ない私には、隊長さんの言動はちょっと荷が重い。


 ……勘違いしちゃダメよ。これは隊長さんが、私が聖女だと思ってるから言ってくれたセリフ。決して私を好きとかそう言うんじゃないんだから。


 ころっと恋に落ちてしまいそうな自分を、心の中で戒める。

 隊長さんのセリフには好意なんてない。勘違いするなと。


 私は自分に言い聞かせ終わると、一度こくんと頷いて、隊長さんに返事をした。


「ありがとうございます隊長さん。おかげで少し、落ち着きました」

「それは良かった。では行きましょうか」

「はい」



***


 森の中は本当に整備されておらず、ただ歩くだけでも大変だった。

 足元は一歩一歩確認しながら、ふとした時に目の前に垂れ下がってくる木の枝は避けながら、しかし前の人とは離れないように一定のペースで進む必要がある。


 想像以上に、これには息が切れる。


 元々ただの社会人で運動も苦手な私。

 そもそも体力のない人間がこんな森を進んだら、こうなるに決まっているのだ。


「大丈夫ですか、聖女様?」

「だ、大丈夫、です……」


 時折私の状態を心配して声を掛けてくれる隊長さんに、私はヘトヘトになりながら「大丈夫」と答えていた。


 ……私一人のせいで、部隊の動きを止めるわけにはいかないもの。それに。


「目的地はもうすぐなんですよね? もう少しなら、頑張れます」


 隊長さんに心配かけまいと、私は笑顔でそう言った。


「はい。今回討伐を任された場所はもうすぐそこです。ただおかしなことに……ここまで魔獣が一匹も出てきてないのです」

「それは良いことなのでは?」

「我々の任務は魔獣を討伐することです。出て来なければ討伐のしようがありません」


 魔獣が出なければ危険な目にも遭わずに済む。

 短絡的にそう考えたのは間違いだった。

 確かに隊長さんの言う通り、危険ではあるけれど魔獣に出てきてもらわなければこの討伐が終わらない。


「もしこのまま魔獣が出て来ない場合はどうなりますか?」

「魔獣を討伐出来るまでは何日も魔の森に通うことになります」

「え!?」


 今日のこの一回で終わると思っていたのに、今後もここに来る可能性を示唆されて思わず顔が青ざめた。今日一日ならと頑張っていたのに、これが明日も明後日もとなると話は別だ。そんなに長くては絶対に体力がもたない。


 絶望感に襲われて思わず言葉を失う。


 するとその時、突然嫌な気配を感じた。

 ざわざわと、これまで生きて来て味わったことのない胸騒ぎがする。


 …………なに、これ。


 本能が、前に進むことを拒否しているようなそんな感覚。

 足も地面に張り付いたように前に進めなくなり、ぶわっと額に冷や汗も出てきている。


 隣にいた私が突然足を止めたことに気付き、隊長さんが心配そうに私の顔を覗き込んできた。


「聖女様?」

「あの……隊長さん」


 しかし、言葉を失っている場合ではない。

 私はグッと拳に力を込めて、必死に言葉を吐き出した。


「この先はなんか……嫌な、感じが……」


 無意識に、隊長さんの上着の裾を握ってしまっていた。

 恐怖にも似たその感覚を一人で抱え切れずに、無意識のうちに目の前の彼に縋ってしまっていたのだ。



「…………やはり聖女様は、聖女様のようですね」

「え……?」


 隊長さんの顔を見上げると、その目は部隊の前方を睨みつけていた。


 ……隊長さん、こんな顔するんだ。初めて見た。


 今までもクールな態度ではあったけれど、こんなに視線で人を突き刺しそうな顔は初めて見る。

 これが隊長さんの、討伐時の姿なのだと直感した。



「気をつけてください聖女様。瘴気です」



 そう言われて部隊の前方、そのまた奥に焦点を合わせると、見えてしまった。


 黒、灰、紫の色が混じり合い、遠くからでも毒々しさが分かる靄のような物体。



「あれが…………瘴気……」

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