5. この国の結婚観
「「「いただきます」」」
ジェイたちと夜ご飯を作り終え、カップに注いだ美味しそうなシチューとパンを前に、部隊の皆で声を合わせて食前の挨拶をした。
いただきますをするや否や、隊員たちはばくばくと食らっていく。早さも量も、皆凄まじい。
さすがに同じようなペースでは食べられないので、私はゆっくりとシチューを味わう。
……わ、おいしい。ジェイが自信があると言ってたのも頷けるわ!
ほくほくのジャガイモに甘いニンジン、柔らかい鶏肉。具材は多くないけど、ミルクやバターで味はまろやかに仕上げられており、そこにほんのりチーズの風味も感じられる。スプーンを口に運ぶ手が止まらない美味しさだった。
それに、夜はよく冷えるから、体の芯から温まるシチューは最高のメニューだ。
「おいしいなあ……」
つい、口から言葉が溢れてしまった。
誰に向かって言ったわけではなかったけれど、すぐ隣にいた隊長さんが返事をしてくれる。
「そうですね。……シチューはお好きなんですか?」
「あ、はい。作るのも簡単ですし、忙しい時にはよく作ってました」
「シチューが簡単とは。聖女様はよほど料理が得意なのですね」
隊長さんにとってのシチューは難しいメニューなのだろうか。
私が「作るのは簡単」と言っただけで、感心した顔で見られている。
「ああいえ。私がいた世界には『ルー』っていう便利な料理アイテムがあって、それさえあれば誰でも簡単にシチューが作れるんですよ。だから別に、そんなに料理が得意というわけではないんです。宏人……元婚約者にもあんまり『おいしい』とは言ってもらえなかったですし」
私は苦笑した。
でも言った後に後悔する。
最後の一言は、絶対に余計だった。
「…………婚約、されていたんですか?」
そう言えば、まだ誰にも彼の話はしたことがなかった。自分から振る話でもないし、何より面白い話じゃないから。
……あれはもう黒歴史よね。
「まあ、えっと……はい。あ、でもこの世界に来る前に関係は終わってて、その……浮気、されて……」
なかなかうまく話せない。
しかも、『浮気』という単語を言ったところでふと思った。
「あ、『浮気』って分かりますか? この世界にはそんな概念なかったりします?」
思い出したのは、隊長さんから教えてもらったこの国の結婚制度についてだ。
この国に来てすぐあの失礼な王様に「四番目の妃にしてやる」と言われてそれはすぐお断りしたものの、王様に限らず、この国では複数の奥さんがいることが普通らしい。つまり一夫多妻制だ。
しかも驚いたのは、『貴族の男は妻を三人娶ってようやく一人前と認められる』ということ。
三人の妻を養うだけのお金や、三人とも幸せにする甲斐性がない男は一人前と呼べないという考えらしいが……。
この国の男女比が三対七ほどで、男性優位だからこそ成り立つ考えなのだろう。しかし、男女平等を謳い一夫一婦制の日本から来た私には理解が難しい考えだ。
そんな世界だから、『浮気』という概念がないのではと思い、念のため隊長さんに聞いてみた。
「……一応ありますよ。女性は一人の夫しか持てませんから」
「つまり女性にだけ適用されるってことですか?」
「そうですね。既婚女性が浮気した場合は罰則もあります」
「え! 理不尽!」
……っと。
思わず口をついて出てしまったので、私は即座に口を手で覆う。
だって思ってしまったのだ。
男性は何人とでも結婚できて浮気し放題なのに、女性は一人だけとしか結婚できず、浮気しようものなら罰があるだなんて、理不尽極まりないと。
「……すみません。つい」
私はペコッと軽く頭を下げる。
「いえ。……ですが確かに、女性にだけ適用されるのは理不尽と言えるかもしれないですね。今まで考えたこともありませんでしたが」
隊長さんにとってはそれが当たり前だったから、疑問にも思わなかったのだろう。
「まあ、仕方ないと思います」
「聖女様がいた世界では男女はどちらもお互いだけを愛するってことですよね? 私も、そちらの考えの方が好きです」
「ええ? でも隊長さんはモテそうだし、綺麗な奥さんがたくさんいるんじゃないですか? 一人に絞れます?」
ただ適当に話を合わせてくれたのではないかと、私は冗談めかしながらじとっとした目で隊長さんを見つめる。
……だって隊長さんはイケメンで、討伐部隊の隊長さん。絶対、世の女性たちが放っておかなさそうだもの。
どの世界でも、イケメンで地位のある男性はモテるはず。
「持てそう、というのは何を?」
「あ、『モテる』って言葉はないですか? えっと、異性から人気があるという意味の言葉です」
「ああすみません。そういう意味ですか。……その、期待を裏切って申し訳ないですが、私は人気なんてないですよ。むしろ嫌われています」
隊長さんからはそんな謙虚な言葉が返ってきたが、私は「またまたあ」と返し、そう簡単には信じない。
「隊長さんを嫌うなんて有り得ませんし、絶対人気ありますよね? もし本当にモテないって思ってるなら、多分隊長さんが気付いてないだけですよ」
私はくすくすっと笑う。
きょとんとした顔の隊長さんが可愛くて、おもしろくなったからだ。
しかし隊長さんは、本当によく分からないという顔をしている。
「……そんなにモテそうに見えますか?」
「見えます。とっても。だってほら、かっこいいし、高身長だし、クールだし、強そうだし? 年齢は知らないですけど、見た感じまだ若いでしょうし、もし隊長さんが私の元いた世界にいたとしたら人気者間違いなしです」
モテ要素を並べてみると、やはりすごい。
こんなに素敵な人がモテないわけがない。
それでもやはり、隊長さん自身はなかなか納得いかないという顔をしている。
本当にモテないのだろうか。
……あ、この世界だとモテるポイントが違うとか?
思い出すのは、上から目線のあの王様。
あんな人でもすでに奥さんが三人いるらしいから、この世界では一人前。この世界ではナルシストな俺様系男子がモテるというのなら……隊長さんは確かに違う。
「……では、そちらの世界に生まれたら良かったかもしれませんね。恥ずかしながら私は未だ独身でして、」
「そうなんですか!?」
まだ隊長さんが話していたのに、つい言葉を挟んでしまった。
だって驚くではないか。
こんなにモテそうな隊長さんが、三人妻を娶って一人前と呼ばれるこの世界で、未だ誰とも結婚していないなんて。
私が目を見開くと、隊長さんはフッと笑顔になった。
「そう言ってくれるのは聖女様くらいですよ。私はあまり女性とうまく話せなくて、つまらない男だと言われます。それに、討伐のたびに王都を離れるので、結婚どころか恋愛する暇もなかなか持てず。あと……まあ理由は色々と」
……なるほど、仕事が忙しくて恋愛できなかったと。こんな優良株が独り身だなんてもったいない。
「みんな隊長さんの良さが分かってないんですね。それなら私が立候補しちゃおうかな」
「え……」
ぱくっとパンを口に入れながら、特に何も考えず冗談のつもりで言ったのに、隊長さんがフリーズしてしまった。冗談が通じておらず困惑させてしまったのかもしれない。
私は慌てて補足する。
「じょ、冗談ですよ冗談! 隊長さんが良い人っていうのは本当ですけど、私じゃ釣り合いませんし! なのでその、本気でどう断ろうかとかは考えなくて大丈夫ですからね!?」
あはは、と笑い飛ばしながら、私はその場の空気を必死で和ませようとした。
「冗談なのは分かっています」
「あ、ですよね。すみません私が変なことを、」
「私のようなつまらない男に、聖女様のように素敵な女性は勿体ないですから」
「え」
今度は私がフリーズしてしまった。
間違いなく、恐縮すべきは私の方だ。
顔は地味だし、聖女として召喚されたとは言え魔法もろくに使えない残念な女なのだから。
それがどうして、イケメン隊長さんに素敵な女性と評されるのかいまいち理解できない。
「……聖女様? どうかされましたか?」
「いいえなんでも!」
固まってしまった私に対して隊長さんが心配そうに声をかけてくれたので、ぶんぶんと首を横に振りながら答えた。
お互いにお互いを高く評価しつつ、自分は相手として不足であると言い合うなんて、なんとももどかしいやり取りだ。
そして、会話がそこで途切れてしまったので、そこから私たちは黙々と夜ご飯のシチューとパンを食べたのだった。