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4. 魔の森まであと少し

 私が強力な光の魔法の片鱗を見せたあの後。

 隊長さんにもう一度、と言われて同じようにやってみるも、なぜか光は現れなかった。

 その後何度試してもただ両手を叩くだけで終わってしまう。その度に馬車の中が気まずい空気になるのは言わずもがなである。


 いつまでも失敗に終わる実践練習ばかりというわけにもいかないので、合間にはこの国の歴史や聖女の仕事、普段の生活についてなどを色々と教わりつつ、いつの間にか魔の森まであと一歩というところまで来ていた。



「今日はここで野宿します」

「分かりました」


 隊長さんが討伐部隊の隊員さんたちと会話してきた結果を教えてくれた。

 討伐に向かう間は野宿するということに最初は私も驚いたけど、何度も経験すればもう狼狽えることもなく受け入れられるようになる。


「朝になったらもう少し進んで、昼頃には魔の森の入り口に到着する予定です。入り口に到着したら、その先は歩きで進むことになるので、今夜はしっかり休んでください」


 いつまでも馬車には乗っていられないようだ。


 ……馬車に揺られて身体が痛いのと、危険な森を徒歩で進むのはどっちがマシだろう。


 人生で経験のない二択だ。

 二択と言っても、私にそれを選ぶ権利はないけれど、そんなどうでもいいことを考えて苦笑いを浮かべながら、私は「はい」と返事をした。


 馬車から降りると、隊員さんたちがせっせとテントを張ったり夜ご飯を作ったりしていた。私は最近、夜ご飯作りのお手伝いをしている。


 最初は「聖女様になんて」と恐縮されて拒まれた。しかし、手持ち無沙汰な間に隠れて、余った食材で適当にポテトサラダのようなものを作って隊員さんたちにもお裾分けしてみたら、好評だったのだ。そのときをキッカケに、今ではしっかりご飯作りを手伝わせてもらっているのだ。



「今日は何を作るの?」


 ご飯作り担当の隊員──ジェイが鍋を火にかけているところを見つけて、後ろから話しかける。

 ジェイは私より二歳年下の二十五歳。栗色のふわふわした髪の、いわゆる子犬系男子のような可愛らしい見た目をしているので、最初から話しかけやすい人だった。


「今日はシチューですよ」

「シチュー! 美味しそう!」

「弟たちに作るとすごく喜んでくれるメニューで味には自信ありますからね。ぜひ期待していてください」

「それはとても楽しみね!」


 ジェイには歳の離れた弟や妹がいて、家ではよく弟たちの面倒をみて、夜ご飯も作ってあげていたらしい。そのおかげで料理の腕も磨かれて、討伐部隊では料理担当になったのだとか。


 実際これまで何日か彼の料理を食べているが、どれも外れはなかった。

 そんな彼が味に自信を持っているシチューの出来上がりが、今から待ち遠しい。


 シチュー作りのお手伝いとして、私は野菜の皮むきをした。黙々と作業をしているところで、ジェイは私に質問をしてきた。


「聖女様。隊長の魔法講座はいかがですか? 結局まだ魔法は使えないですか?」


 やはり隊員さんたちも、私の魔法の習熟状況が気になるようだ。私は正直に答える。


「そうね……。使えたのは一度きりでその後は全然。隊長さんも何が原因なんだろうって頭を悩ませてる」

「そうですか。なかなか難しいですね」

「もう魔の森に着くっていうのに、魔法も使えない役立たずでごめんね?」

「とんでもない。聖女様はそこにいてくれるだけで皆の士気が上がりますから。……それに、異世界の美味しい料理も教えてくれますし」


 ジェイの面倒見が良いというのがよく分かる。

 なぜか彼には、悩みとか愚痴とかを吐き出しやすくてついつい甘えたことを言ってしまう。

 どんな相談事も笑顔で受け入れて、ポジティブな返しをしてくれるからだろうか。


 魔法も使えない聖女は「用無し」。


 そんなレッテルを貼ってもらえば討伐部隊から解放してもらえるかと期待していたこともあったのだが、実際には隊長さん含め隊員さんたちは皆良い人たちで、魔法が使えない私でも誰も「用無し」だなんて言わないし、白い目で見てもこない。


 ……皆、良い人たちなのよね。


 突然異世界に召喚されて、一緒に生活できているのがこの部隊の人たちでよかったと思えるほどには、ここはとても居心地が良かった。……馬車の乗り心地の悪さを除けば。



「あ、そう言えば。この世界には移動魔法はないの?」


 あったら長い時間馬車に乗らなくて良いのでは、と考えていたことをジェイに聞いてみた。


「ありますが、魔法スキルが高い人しか使えないので、使える人間が限られますね。また、使える人間が何人か引き連れて移動するってこともできなくはないそうですが、その分かなり魔力を消費するようです。なので我々討伐部隊はもっぱら、馬や徒歩での移動になっています」

「なるほど」


 あるにはあるけど、あんまり使えないらしい。

 ものすごく残念だ。


「長時間あの馬車に乗っていると体が痛くて痛くて。皆はよく平気だよね。隊長さんなんて全然痛い素振りもしないの。お尻とか痛くならないの?」

「我々は単に慣れたとしか言えませんね。隊長に至っては新人のときから平気だったみたいですけど」

「慣れかぁ……」


 正直、慣れるほど乗りたくはない。


「せめてクッションでもあれば良いのに」

「クッションをどうするのです?」

「そりゃもちろんお尻に下に敷くのよ」

「え」

「お尻の痛みは椅子が固いことが原因だから、クッションを敷いて柔らかくさえすれば痛みは軽減されると思うのよね」

「クッションに、座るということですか?」

「ええそう」


 ジェイにはピンと来ていないようだが、言いたいことは伝わってるみたいなので、とりあえず頷く。


「できたら馬車の椅子そのものをクッションみたいにふかふかにするのが良いけどね。そういう馬車はないの?」


 私は、多分きっとこの世界には存在しない電車の座席を頭の中で想像しながら話していた。


 ジェイは鍋の中に下準備ができた野菜を入れながら、うーん、と考えて答える。


「僕は馬車事情にあまり詳しくないんですが、公爵家とかお金持ちの貴族が乗る馬車ならふかふかかもしれませんね」

「ふーん」


 お金持ちだけが良い馬車に乗れる。

 それは元いた日本でも同じだ。

 お金持ちほど、良い車が買えるということ。


 ……違うとすれば、日本では安い車でも乗り心地はある程度保証されているところかしら。


 この討伐が終わったら、何か改善できないか考えてみようと思ったのだった。

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