34. 先の見えない討伐
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聖女お披露目会から早いものでもう半年が経ち、私は何度目かの討伐のため魔の森へ向かう馬車の中にいる。
毎回舗装されていない道を通るので、以前は体が痛くなって堪らなかった道中が、今ではそこまで気にならなくなった。
それは決して、この残念な乗り心地に慣れたからではなく……。
「聖女様のおかげで、隊員たちも移動が楽になったと言っております。隊員たちを代表して私からお礼を言わせていただきます。ありがとうございます」
「いえそんな。私はただ、体が痛くならないように馬車の座席や背もたれをクッション性のあるものに変更して欲しいとお願いしただけで……! 実際にお礼を言うべきは、私の希望を叶えてくれた職人の方々でして」
謙遜でもなんでもなく、この部隊が使う馬車全てに変更を加えてくれた職人さんには本当に感謝しかないし、この功績は彼らのものだ。
「あ、それよりも」
私は目を少し細めながら、目の前の隊長さんをじーっと見つめて言う。
「また『聖女様』って言いましたね?」
「……あ」
実は、私と隊長さんは最近あることを取り決めていた。
「すみません。…………澪」
ごほん、と咳払いして少し照れ臭そうに私の名前を呼ぶ隊長さんは、なんだか可愛い。
そして私も、『隊長さん』と呼ぶのではなく。
「はい、リアムさん」
ふふ、と笑いながら、私も彼を名前で呼んだ。
なんとなくお互いに『聖女様』と『隊長さん』と呼び始めていたせいで、今更名前で呼ぶなんて気恥ずかしい。だが、聖女お披露目会であれだけ盛大に結婚の話を出しておいて、当人たちがいつまでも他人行儀ではいけないとナディアさんたちに言われてしまったのだ。
まあ実際には、半分くらいは単なる揶揄いだったと思うけれど。
しかし名前で呼ぶと、ぐっと距離が近くなる気がするのは確かだった。
……というか、呼び捨てはちょっとずるい。
好きな人に自分の名前を呼ばれたら、自分の名前が特別に感じられて、くすぐったい気持ちになる。
ニヤつきそうになる顔を必死に自制しながら、私は話を進めた。
「なかなか、終わりが見えないですね」
「そうですね。ですが、瘴気は毎回着実に浄化していただいていますし、魔獣ももちろん片付けています。魔の森の瘴気があとどのくらいあるかは分かりませんが、周辺の村々からは魔獣被害が減っていて助かっていると報告は受けていますよ」
「それは良かったです。私はいつも、家族を魔獣に奪われる人を一人でも減らせたら良いなって、そう思いながら浄化してるんです。だから、その効果が出ているなら……嬉しいです」
自分が聖女だなんて未だに信じられない。けれど、自分が魔法を使ったり浄化する場面を見ていると、段々とその自覚と、自分がやらなければいけないのだという責任感が否応なしに湧いてきていた。
魔の森へ向かう途中で通り道にある村に立ち寄ると、いつも村人たちが寄ってきて皆口々にお礼を言ってくる。
聖女様のおかげで家族が救われた、この村で平穏な夜を過ごしたのはいつぶりだろう、などと安堵のあまり涙ぐむ人もいたくらいだ。
それぐらい、魔獣は人々の幸せを奪う生物なんだと思い知らされもした。
リアムさんから魔獣が家族を奪っていくと聞いても、私はどこか他人事のように感じてしまっていたから。
現実に、魔獣は本当に容易く人の命を奪い、人によっては、毎晩いつ襲われるのかと怯えて夜も眠れないほど絶えず恐怖を感じているのだということを実感した半年だった。
「澪はクロスボウの腕前も上がって、瘴気を見つけたら一瞬で浄化できるようになっていますし。討伐部隊の隊長としては、負傷した隊員の治癒もすぐ行なっていただけてかなり助かっています」
私には過分な評価だと思うけど、褒められるのはすごく嬉しい。
「治癒はまあ……私の魔力ではないですけどね」
「魔法を使っているのはあなたなのですから謙遜することはありませんよ」
魔力ゼロの私が魔法を使うには、誰かの魔力をもらう必要がある。
その源は、まさかのあの人。
「まさか、ウッド家の償いが魔力提供になるとは……。魔法士長、恐るべしって感じです」
「はは。本当ですね」
後からレヴィさんが教えてくれた。
禁忌魔法の隠匿および使用の罪で捕らえられたウッド家の人間は、今後一生レヴィさんたち魔法士の監視下に置かれ、自身の魔力を魔石に込めて差し出すという罰が課せられたらしい。
人の魔力を使うとそれを何倍にも増幅して魔法を発動できる私の能力を最大限活用できるようにと、レヴィさんがウッド家に課す罰の案としてそんなことを王様に提言し、実現したのだ。
エリーさんに至っては王様に禁忌魔法を使って妃の座まで狙っていたわけで、死刑になってもおかしくなかったらしいが、長期間大勢に対して禁忌魔法を使用していただけの魔力量を買い、魔力ゼロの私がいる今、ただ殺しては勿体無いと王様を説いたらしい。
しかも驚くことに、ウッド家の人が納めた魔石は毎回全てレヴィさんが鑑定し、中でも上質なものを私の元に運んできてくれている。
「でもおかげさまで、魔獣討伐ではすごく助かってます」
私がニコッと笑顔を見せれば、リアムさんも笑顔で「そうですね」と返してくれて、馬車の中は幸せな空気に包まれた。
そうしてこの日もまた、魔の森での瘴気浄化に励むのだった。




